るとです。診療所ば何日か空けるばってん
      よかですか?昨日村ば廻って薬のいる人に
      は前もって渡しときました」
     時蔵「うん、構わんよ。どげんでんの時は天
      水村さん行って貰おう。まあ、こん村ん人
      は皆元気かけん心配しなはんな」
     五日「あはは。はい」
     時蔵「代官に許可はとったけん」
     五日「はい、すみません。‥こっちはまだ食
      料のもつごたるですか?」
            -51-

     時蔵「うん‥今のところは蔵の雑穀ば配られ
      よる‥」
     五日「稲が半分やられたけんですね‥でん父
      さんが言うたごつ、半分ば早目に田植えし
      たかて申請しとって良かったですね」
     時蔵「多之助爺ちゃんのお陰たい。渡り鳥の
      飛び方のおかしかって言いよんなはるって
      組頭の言いに来てくれて助かったとよ。昔
      もそげんかことのあったらしか‥」
     五日「でん、前の代官が伊勢に行かした時早
            -51-

      植えの苗ば買うて来てやんなはったけん、
      それも良かったですね」
     時蔵「うん。その分だけは何とか収穫が出来
      たけんね」
     五日「年貢で取れ高の半分ば納めても、半分
      残るなら何とかなるかもしれんですもんね」
     時蔵「そげん思っとったとけどね‥」
     五日「‥でけんとですか?」
     時蔵「年貢が採れ高の半分ならよかけど、去
      年と同じか量ば納めれて言われるなら、今
            -52-

      年の分は村には何も残らんごとなるなって
      思いよる‥」
     五日「去年と同じか量ばですか?そげんかこ
      と言いなはらんでしょ?」
     時蔵「うんにゃ。今の代官ならもしかしたら
      そげん言うてくるかもしれん。菊南村では
      田んぼが全滅してどげんしようもなかけん、
      城に嘆願書ば持って押し掛けようていう話
      も出とるらしか」
     五日「え?そげんとですか?‥一揆になると
            -52-

      ですか?」
     時蔵「‥ウチの村にもやけど、天水村と柳井
      村にも一緒にかたらんかって話が来とると
      げな。ばってんうちは今のところはその気
      はなかって言うた」
     五日「他の村はどげんとですか?」
     時蔵「天水村には大豆と小豆のあるけんね。
      一揆にはかたらんて言いよんなはったけど、
      柳井村はかたろうかて思いよらすごたった。
      ウチの村も菊南村には世話になっとること
            -53-

      もあるとばってんがら‥」
     五日「そげんとですか‥一揆になるなら大ご
      とですね‥」
     時蔵「心配せんでよか。こっちのことはよか
      けん、気を付けて行って来んね」
     五日「はい‥この薬が効くごたるなら乾先生
      が長崎の他のお医者さんにも紹介してくれ
      なはるらしかです。もし売れるなら少しは
      村の役に立つかもしれんです」
     時蔵「ありがとう。薬なら申請も通るやうけ
            -53-

      ん、そげんなるなら有難か。‥向こうは少
      し雨の降りよるて聞いたばってん、道中気
      を付けて行ってこなんよ」
     五日「はい」
        汗をぬぐい、薬草をすり潰す五日。
        微笑んで五日を見ている時蔵。
        
     〇野道
        山々の間に通っている野道。尾花に乗
        った五日、道を駆けて行く。
            -54-

        
     〇長崎の街
        長崎の異国情緒のある街並みに太陽の
        日差しがきつく注いでいる。
        歩いている人が暑そうに小さな日陰で
        汗を拭っている。
        
     〇乾診療所・表
        山の手の一角にある小さな乾診療所。
        簡素だが板造りの異国風の清潔そう
            -54-

        な建物。
        表の木に繋がれている尾花。
        
     〇同・書斎
        五日と乾(35)、医学書や薬学書を見
        ながら話している。
        嬉しそうに頷く五日。
        
     〇同・仮眠室(夜)
        二畳ほどの小さな部屋に布団を敷いて
            -55-

        いる五日、小さな障子窓を開けると軒
        下に下げてあった風鈴が揺れる。
        襖が開き乾が顔を出す。
        乾に頭を下げる五日。
        笑って首を横に振る乾、そっと襖を閉
        める。
        
     〇・表
        入口から出てくる五日、振り返って乾
        に頭を下げ扉を閉める。
            -55-

        
     〇有明海沿いの道
        遠くに見える海。潮が引き、干潟が広
        がっており、貝などを捕獲している漁
        師達が数人いるのが見える。
        
     〇滝の家・外観(夕)
        海の近くにある木造平屋の滝の家。外
        には漁の網が干してある。
        少し向こうに雲仙岳が見えている。
            -56-

        
     〇同・板間(夜)
        滝の家族が揃って食事している。
        五日、その中に混ざり笑っている。
        
     〇同・表(朝)
        五日に干魚を渡す滝(38)。
     滝「向こうの方が日照りの酷かとでしょ?春
      さんによろしく言うとって下さい」
     五日「はい。いっぱいお世話になってから、
            -56-

      ありがとうございました」
        頭を下げる五日に、慌てて深く頭を下
        げ返す滝。
        
     〇海岸線に沿った道(朝)
        五日、海が見えている海岸線に沿った
        道を荷物を積んだ尾花の手綱を曳き
        ながら歩いている。
        五日、振り返ると高台に雲仙岳が聳え
        ている。
            -57-

        
     〇稲本家・表
        尾花が表の木に繋がれている。
        
     〇同・玄関・前
        玄関先で話している稲本春(44)と
        五日。
        五日、干魚の束を抱えている。
     春「関所は大丈夫やったとですか?」
     五日「役人に少し渡して交渉したら、申告無
            -57-

      しで通してもらわれました」
     春「遠くまで大変やったですね。藤沢さんと
      こで皆によかごと分けてもらってもよかで
      すか?」
     五日「いいとですか?」
     春「当たり前です。‥はよ雨の降ると良かで
      すね」
     五日「ほんなごつですね‥」
        カンカン照りの空を見上げる五日と春。
        
            -58-

     〇野山の中の畦道
        カンカン照りの空を見上げる呼十。
        枯れている葉っぱや小さな木々、草花
        が目立つ野山の中。
        汗をぬぐいながら歩く呼十の後ろを
        稲本珂内(13)がついて来る。
        呼十の数メートル先を歩いている稲本
        藍太(26)。
     珂内「暑いってどげん書くとやったっけ?」
     呼十「暑いは意味によって違うとよ。物が熱
            -58-

      かとは土書いてしゅっしゅって書いて‥」
        呼十、空中に指で熱の字を書く。
     珂内「‥何か余計暑なってきた」
     呼十「で、もう一つの今日は暑かとかいう時
      は上に日ば書いて‥」
     珂内「‥もうよか。俺は平仮名が書ければよ
      かけん」
     藍太「いつの間にか呼十が教えよるとやね」
     珂内「呼十ちゃんは字ば覚ゆるとが楽しかげ
      なけんね。好いとらす人には敵わんよ」
            -59-

     藍太「庄屋さんとこも、呼十に手伝って貰っ
      て助かっとるって言いよんなはった」
     呼十「でん、お母ちゃんにいつやめるとって
      言われんか、はらはらしとる」
     藍太「あはは。お母ちゃんも呼十はもう諦め
      とるって言いよらしたよ」
     呼十「諦めらしたと?良かったー」
        笑う藍太、手にした山菜を二人に見せ
        る。
     藍太「こしこ採れたばい。今日のおかずくら
            -59-

      いにはなるやろ」
        道の向こうから尾花を連れた五日が歩
        いてくるのが見える。
     藍太「あ、いっちゃん‥」
        五日、藍太達に気づく。
        呼十と珂内、五日に声を掛ける。
     呼十・珂内「こんにちは」
     五日「こんにちは」
        藍太と五日、向かい合う。
        少し離れたところで山菜の根の泥を払
            -60-

        い始める呼十と珂内。
     五日「今藍ちゃんちに行ってきたったい。滝
      おばさんにこれ預かって来たと」
        五日、尾花の背中の干魚を見せる。
     五日「ばってん今、春おばさんに皆で分けて
      くれって言うてもろたけん、ごめんね」
     藍太「何ば言いいよると、こげんか時に‥庄
      屋さんとこにはいつも良うして貰うてから、
      皆感謝しとる」
     五日「うんにゃ‥こん日照り続きじゃどげん
            -60-

      もならんくて‥」
     藍太「年貢、去年と同じか量ば納めなんとや
      ろ?今度の代官は何ば考えとらすとやろね」
     五日「ほんなごつね?決まったと?」
     藍太「まだ家に帰っとらんとね?」
     五日「うん。先にこっちに寄ったけん」
     藍太「はよ帰った方がよか。田上さんとこの
      日出吉さんが手代に文句ば言うて代官所さ
      ん連れて行かれたらしか‥」
     五日「…日出吉さん?あげん優しか人とに?」
            -61-

     藍太「とにかく早よ帰らんね。また話そ‥」
     五日「うん‥分かった」
        手を挙げ、歩き出す五日。
     呼十「あ、いっちゃん」
        五日声に振り向く。
     珂内「呼十ちゃん、いっちゃん先生ばい」
     呼十「そげんやった」
     五日「あはは。よかよ」
        呼十、五日の元へ行き薬草を渡す。
     呼十「これ、あの薬草じゃなかですか?今山
            -61-

      菜の中に混じっとって」
     五日「ああ、ほんなごつ。この頃あんまり無
      かごつなって困っとったとよ。ありがとう」
     呼十「良かったです」
     五日「手習所ば手伝ってくれよるとやろ?久
      爾子さんが体調が悪かけん助かっとるって
      言いよらした。ありがとう」
     呼十「ウチこそこん年でん手習所に行かれて
      嬉しかです。手伝わせて貰って助かっとり
      ます」
            -62-

     五日「なら良かった。じゃ‥」
        尾花を曳き急ぎ足で帰って行く五日。
     藍太「俺らも帰ろう」
     呼十「うん」
        
     〇海着川・川原(夕)
        2、3センチ程の水嵩になっている川。
        川原に立っている藍太、呼十、珂内。
     藍太「珂内、この辺にも何か生えとらんか見
      てきてもろてよかね?」
            -62-

     珂内「うん」
        珂内、水際沿いを歩いて行く。
        藍太と呼十、採れた山菜を川の水で洗
        っている。
     藍太「呼十‥ずっと前やけど、いっちゃんと
      こに嫁ぐっていう話どげんなったとね?」
     呼十「ん?ああ‥あれお母ちゃんが断ったっ
      て言いよんなはったけど、よう分からん」
     藍太「‥お前いっちゃん好いとると?」
     呼十「うん、好いとるよ」
            -63-

     藍太「‥好きって、その好きじゃなかとよ」
     呼十「‥なら藍太兄ちゃんの好きはどげんか
      ことと?」
     藍太「‥いっつもそん人んことば思ってしま
      うっていうこととかな」
     呼十「ふーん‥藍太兄ちゃんは会うとらん時
      でん千穂姉ちゃんのことば考えとると?」
     藍太「会うとらんけん考ゆるとよ」
     呼十「‥なら会うとる時は考えんと?」
     藍太「会うとる時はもっと考ゆるよ」
            -63-

     呼十「え‥どげんかこと?」
     藍太「分からんめ?」
     呼十「うん‥分からんかもしれん‥」
        微笑む藍太。
     呼十「でん、よかな‥何か好きってよかこと
      とやね‥羨ましか‥ウチも誰かば好きにな
      った方がよかとかな‥」
     藍太「‥うんにゃよ。好きにならんでよかな
      らその方がよかよ。俺はお前の方が羨まし
      か‥」
            -64-

     呼十「何で?‥聞きよったら好きって何かあ
      ったかかごたるごつ感じがするばってん違
      うと?」
     藍太「好いとるなーって思う時はあったかか
      けど、好いとるなって思ったとと同じ数、
      苦しかことが降ってくるとよ‥帳尻ばあわ
      せるごとして‥」
     呼十「‥そげんと?」
     藍太「やったら好いとるって思わんやったら
      良かったって思う。先にこんくらい苦しく
            -64-

      なるとよって教えて貰っとったなら、好き
      になるとばやめとったとにって思う」
     呼十「‥やめられるもんやと?」
     藍太「やめられん‥やけん好きにならんです
      むとやったらその方が良かとよ」
     呼十「‥そげん怖かこと言わんで」
     藍太「あはは。別に怖かことじゃなかけど」
     呼十「‥」
        藍太、洗っていた山菜を籠に入れる。
        
            -65-

     〇藤沢家の前の田んぼ(夕)
        時蔵、ひび割れた田んぼの中にしゃが
        んで土を触っている。手に取ると乾き
        きった土がぽろぽろと落ちる。
        時蔵の前に立つ五日。
     五日「‥日出吉さんが代官所さん連れて行か
      れたって聞いたです」
        五日を振り返る時蔵。
     五日「ウチの村も一揆にかたらんでよかとで
      すか?」
            -65-

     時蔵「日出吉んことは今、弟の達吉に頼んど
      る。役人に年貢ば納むるて言うて来んねっ
      て、お金も持たせとる。明日俺も行ってみ
      るけん」
     五日「向こうの言うごつ納むるとですか?」
     時蔵「誰かがまた連れて行かるるよりは良か
      ろ‥」
     五日「そげんとでしょうか‥」
        複雑な表情の五日。
        
            -66-

     〇藤沢家・大部屋(朝)
        朝日の差し込む、まだ子供達の来てい
        ない大部屋。
        机を拭いている珂内と、床を雑巾がけ
        している呼十。
     達吉の声「いっちゃん先生」
        声が聞こえ、顔を見合わせる呼十と珂
        内。
        
     〇同・土間(朝)
            -66-

        呼十と珂内、土間に駆け付ける。
        開いた玄関の手前にボロボロの姿の
        田上日出吉(30)と日出吉を肩で支
        えている田上達吉(27)が立ってい
        る。
     呼十「どげんしなはったとですか?!」
        倒れこむ日出吉を抱える達吉。
        呼十と珂内、土間へ降り、日出吉へ駆
        け寄る。
        
            -67-

     〇同・診療所・中
        畳の間に敷かれた布団に寝ている日出
        吉の傷口を拭く呼十。
        五日、日出吉の半身を起こし、薬を飲
        ませる。
        
     〇同・外観(夜)
        暗がりの中、ポツンと明かりがともっ
        ている藤沢家。
        
            -67-

     〇同・大部屋(夜)
        二十人ほどの男性達が時蔵を中心に輪
        になって座っている。時蔵の右に五日、
        左に黒岩多之助(70)。6、7人離れ
        た所に藍太と達吉が座っている。
     村人1「庄屋さん、もう我慢出来んです!こ
      ん村も菊南村と合流して、一揆にかたるご
      としましょう」
     時蔵「うんにゃ‥嘆願書ば出すとは最後の手
      段て思っとる。やれることは全部やってみ
            -68-

      らんといけん」
     村人2「時蔵さん、やれることって何な?」
     時蔵「‥皆には悪かばってん、採れた米ば全
      部年貢に納めようと思いよる」
     村人1「そしたらどげんして食うていくとで
      すか?!」
     時蔵「まだ倉に穀物の少し残っとる。去年蓮
      根ば売ったお金もある。穀物ののうなった
      時は町さん食料ば買いに行く‥辛抱しなが
      ら凌いでいけば、いつか必ず雨は降る。そ
            -68-

      したら麦ば植えらるるし、冬用の作物ば作
      りながら、何とか皆で耐えていこうて思っ
      とる」
     村人2「雨やらいつ降るかも分からんとに」
     時蔵「うんにゃ、もうすぐ降る。少しづつば
      ってん、鳥たちの帰ってきよる。多之助爺
      ちゃん、そげんことなかですか?」
     多之助「うん‥わしもそげん思いよる。風で
      ん肌では感じれんごつ少しばってんが、吹
      くごつなってきよる。雨の降るまでそげん
            -69-

      は遠はなか」
     村人1「そげんか当てのなかこつ言われてん
      納得出来んです。年貢は一旦納めてしもう
      たらもう取り戻されんとですよ。食うもん
      のなかなら皆で飢え死にせなんごつなる。
      納得出来る理由ば言うて貰わんと、皆家族
      のおるとですけん‥」
        頷く人々。 
     村人2「‥多之助爺ちゃん、今までいっぺん
      でん採れた分ば全部納めたこつやらなかっ
            -69-

      たとやろ?もし今代官に言われたごつする
      なら、これから先でんどげんかことば言う
      てくるか分からんじゃなかとね」
     多之助「…」
     五日「‥もしここで一揆に加わらんやったな
      ら菊南村ば裏切ったことにならんとです
      か?菊南村には親戚のおる人も多かし、仲
      違いはしとうなかごと思います」
     村人3「そげんですよ」
        頷く人々。
            -70-

     五日「‥日出吉さんでん皆の為に言うてくれ
      なはって、それであげん酷か目におうて、
      それやとに何もせんてあんまりかです」
     達吉「‥」
     五日「やっぱりうちも一揆にかたらんといけ
      んと思うです‥俺がこん村の首謀者になり
      ます」
     時蔵「でけん。それじゃでけんとよ。俺でん
      日出吉さんのことは悔しかし仇ばとりたか
      て思う。ばってんここで感情的になったら
            -70-

      いけんとよ」
     五日「何でですか?分からんですよ」
     村人2「いっちゃん先生の言うごつです。庄
      屋さん、皆同じか考えですけん。な?俺達
      も一揆にかたろう」
        強く頷き合う人々。
     時蔵「‥確かに菊南村と一緒に一揆にかたる
      とに義があるとかもしれん‥ばってん嘆願
      書ば出したら、首謀者だけじゃ済まんやろ
      う。よその村が何人も出すとにウチだけ出
            -71-

      さん訳にはいかんごとなる。挙句に失敗す
      るかもしれんとよ」
     達吉「失敗しちゃったよかじゃなかですか!
      俺でん処罰されたっちゃよかと思っとりま
      す。兄ちゃんのあの状態ば見て俺だけ無傷
      ではおられんです」
     時蔵「‥」
     達吉「兄ちゃんは無茶ばする人じゃなか‥む
      しろ穏やかな人で‥そん兄ちゃんがあげん
      か状態になって帰って来て‥やとに、この
            -71-

      まま何もせんかったら俺はずっと心に重り
      ば抱えていかなんです。そんくらいやった
      ら俺はいっちゃんと一緒に一揆にかたった
      方がどんだけ救わるるか‥」
        達吉、ぎゅっと拳を握る。
     時蔵「‥日出吉さんのことのあって、俺はも
      う誰にも犠牲にならせたらいけんって思う
      た‥菊南村の庄屋さんの方が正しかとかも
      しれん。ばってん、俺はどげんしてん一揆
      にはかたられん。まだ方法のあるとにそれ
            -72-

      ばせんで誰かば死なせる訳にはいかん」
        頭を下げる時蔵。
     時蔵「皆には悪かと思うけど‥こうしか選べ
      ん‥」
        時蔵の言葉にしんとする人々。
     村人1「‥もし年貢ば納むるなら、ほんなご
      つもう誰も連れていかれんとですか?それ
      で俺達は食べて行かるるとですか?」
     時蔵「‥出来ることは何でんするとしか言わ
      れん‥でん、決して希望的観測で言うとる
            -72-

      とじゃなかけん。一揆にかたらんでんこん
      村ならやっていかれるって思っとるし、も
      し途中で予想外のことの起きても、何とか
      して乗り越えられるごつ俺が責任もって対
      策ば練るけん、信じて貰えんやろうか」
        黙り込む人々。
     藍太「あの‥俺はこの村が好いとるです。こ
      の村の庄屋さんが時蔵さんで良かったって
      ずっと思っとりました」
     五日「‥」
            -73-

     藍太「‥俺はよう分かっとらんとかもしれん
      けど、絶対大丈夫っていう保証はどげんか
      時でん出来んとじゃなかやろうかって思う
      とです‥一揆ばしたって皆が食べていかれ
      るとかは分からんですし‥」
     多之助「‥こん村は菊南村とは状況のちごう
      とる。時蔵が備えばしてきたお陰で一揆と
      は違う道も選ばるる。周りの村ば裏切れん
      って言うとも正しかし、もう犠牲になるも
      んば作りとうなかて言うとも正しかとやろ。
            -73-

      皆の言うごつ、家族ば守る為にどげんする
      とかて考ゆるなら、ワシは時蔵に任せたか
      て思う」
     村人2「‥もし一揆にかたって男達が何人も
      おらんごつなったなら、苦労するとは残さ
      れた家族やもんな‥」
     多之助「‥達吉んとこも一揆にかたりたかっ
      て思ったっちゃ、お前が家に残らん訳には
      いかんやろ‥辛かろばってん‥」
     村人2「明日庄屋さんに代官所に行ってもろ
            -74-

      うて、それからまた決むい。どげんね?」
     村人1「そげんですね‥」
        頷く人々。
     村人2「達吉は?」
     達吉「分からん‥」
        隣の藍太、項垂れる達吉の背中をさす
        る。
     時蔵「明日代官所さん行って来るです‥一揆
      にかたらんくなったら皆には肩身の狭か思
      いばさせてしまうかもしれんばってん‥申
            -74-

      し訳なかです」
        頭を下げる時蔵に複雑な思いの人々。
        
     〇同・廊下(夜)
        重い面持ちで廊下を歩いて行く人々。
        歩いている藍太の肩を叩く五日。
     藍太「‥」
     五日「藍ちゃん、ありがとう‥」
     藍太「うんにゃ‥俺はいっちゃんとは違うけ
      ん。庄屋さんもいっちゃんも何かば引き受
            -75-

      けて生まれてきた人とやなって、見よって
      そげん思う。俺には分からん苦しみとやろ
      うなって思う。分からんけん言えるとやろ
      う‥ごめん」
     五日「うんにゃ‥」
        並んで歩いて行く五日と藍太。
        
     〇稲本家の裏山(朝)
        稲村家のすぐ後ろにある裏山。
        三メートル程の苔や雑草の生えた土壁
            -75-

        の土手になっており、上に木々が茂っ
        ている。
        呼十、見上げると土手から少しだけ湧
        き水が出ているのに気づく。湧き水の
        横に薬草が生えている。
     呼十「あった‥」
        土手をよじ登り、薬草を摘む呼十。
        下へ降りてくると、トンボが道のわき
        の低い雑草に止まっている。
     呼十「トンボの低く飛びよる‥」
            -76-

        
     〇藤沢家・久爾子の部屋(朝)
        北の角の小さな部屋。咳き込む声。
        敷かれた布団で上半身を起こしてい
        る藤沢久爾子(39)の背中をさすっ
        ている時蔵。
     呼十の声「おはようございます。久爾子先生、
      開けてもよかですか?」
     久爾子「おはよう。よかよ」
        襖を開け廊下に座っている呼十。
            -76-

     呼十「あ、庄屋さん、おはようございます」
     時蔵「おはよう。ご苦労さん」
     呼十「咳はどげんですか?」
     久爾子「うん、お薬のお陰で大分良かごたる」
     呼十「やっぱりお薬効くとですね。雨が降ら
      んけん薬草もだいぶ減っとるごたるけど、
      裏山の土手の所に少し生えっとって採って
      きました」
        呼十、久爾子に薬草を見せる。
     久爾子「ありがとう」
            -77-

     呼十「いっちゃん‥じゃなかった先生に届け
      て来ます。離れやろか?」
        立ち上がる呼十。
        
     〇同・診療所・中(朝)
        開いた戸から中に入り土間に立つ呼十、
        辺りを見回す。
        綺麗に片付けられている部屋。
     呼十「…」
        外が騒がしくなり入口から、重本弥一
            -77-

        (36)が数人を連れて中へ入ってく
        る。
     弥一「藤沢五日はどこね?!」
        弥一の勢いに怯む呼十。
     弥一「‥お前ここで何ばしよる?」
     呼十「‥先生ば探しに来ました」
     弥一「どこさん行った?」
     呼十「‥分からんです」
     弥一「嘘ば言うな!」
        時蔵が入口から入ってくる。
            -78-

        弥一をにらむ時蔵。
     時蔵「‥何ばしよるとですか?」
        時蔵に迫る弥一。
     弥一「菊南村と組んで一揆ば起こそうとしよ
      るやろが?知らせは入っとるとぞ。藤沢五
      日はどこさん行った?」
     時蔵「‥ウチの村は一揆やら起こさんです。
      今から代官所に話しに行こうと思っとった
      とこです」
     弥一「菊南村んもんから聞いとる。田中村の
            -78-

      首謀者は藤沢五日て」
     時蔵「やけん一揆やら起こさんって言いよる
      じゃなかですか」
     弥一「‥なら証拠のあったならどげんする?」
     時蔵「ほんなごつやけん証拠やらなかです」
        五日が入り口から入ってくる。
     五日「おはようございます」
     弥一「‥おお」
        五日、呼十を見つけ傍に行く。
     五日「手習所に戻っとかんね」
            -79-

     呼十「‥はい」
     弥一「いけん。村のもんと口裏ば合わせられ
      んごと、お前もここさん残っとかんと」
     五日「‥」
        弥一、端っこに立っている東川介太(1
        3)に戸を閉めるよう促す。
        入口の戸を閉める介太。張り詰める空
        気。
        弥一、板間に腰掛ける。
     弥一「‥お前どん一揆ば企んどるやろが?知
            -79-

      っとるとぞ」
     五日「‥うんにゃですよ」
     弥一「まあ‥お前ば連れてったっちゃ喋らん
      やろうけん、別のもんば連れて行って喋ら
      せようかね」
        弥一、呼十に近寄る。
     呼十「‥」
     時蔵「待たんね」
     弥一「何や?」
     時蔵「あんた達こないだ日出吉ば拷問にかけ
            -80-

      たやろ?あれじゃまだ足りんとね‥」
     弥一「あれとはまた別件やろ」
     時蔵「当たり前のことば言うた日出吉ば、何
      であげんか目に合わせられる?」
     弥一「当たり前はこっちたい。去年より多く
      納めろとか言うとらん。去年と同じか量で
      よかて言うたとに文句ば言うてから。な?」
        一緒に来た男達に言う弥一。
        苦々しく目をそらす男達。
     時蔵「‥あんた達が拷問にかくるとは、そん
            -80-

      痛みが分からんけんね?分かるけんね?」
     弥一「‥何かばするとには、犠牲がいるとい
      うことやろ。一揆でん同じこつやなかか」
     時蔵「だけん、うちの村は一揆は絶対せん。
      庄屋の俺が言うとやけんほんなごつたい」
     弥一「なら年貢ば納めるとか?」
     時蔵「納める。そん代わりもう拷問はせんて
      約束してもらう」
     弥一「‥ほう」
        弥一、立ち上がり呼十の腕を掴んで刀
            -81-

        を抜く。
        時蔵、弥一に詰め寄る。
     時蔵「何ばするとね?!」
        弥一、呼十の着物の袖を掴み刀で切る
        と薬草が袖から落ちる。
     呼十「‥」
        薬草を拾う弥一。
     弥一「これは何や?」
     五日「‥それは薬草です」
     弥一「薬草?何の?」
            -81-

        弥一、呼十の顔の前に薬草を見せる。
     呼十「‥返してください」
        呼十、弥一から薬草を取り戻そうとす
        る。
     弥一「この‥」
        弥一、呼十に刀を突きつける。
     呼十「‥」
     弥一「薬草って何の?」
        五日、呼十の隣に立ち腕を掴む。
        緊張していた呼十、少し落ち着く。
            -82-

     五日「‥咳止めの薬草です。これと桔梗の根
      ば乾燥させて一緒に煎じると、痰が出て咳
      が治まるとです」
     弥一「ふーん‥で?どげんするとね?」
     五日「‥こればこないだ長崎の先生に見ても
      らって来ました。先生んとこで効能が確か
      められたなら他の医師に譲ったりできるっ
      て言われとって」
     弥一「‥商売になるったい。そしてどげんや
      ったとね?」
            -82-

     五日「何人かの患者さんに飲んで貰って、効
      能はあるって言われました。ばってん俺た
      ちはなるべく安く、皆が手に入るごつした
      かって思っとります」
     弥一「薬か‥ばってん申請はまだされとらん
      が?」
     五日「まだ帰って来たばっかりで、これから
      申請するとこです」
     弥一「申請は通さんぞ。どげんする?」
        刀を突きつけられたままの呼十。
            -83-

     五日「‥分かりました。よかです。今年採れ
      た分ば全部調合して完成したなら、代官所
      さん持って行くけんそちらで売って下さい」
     弥一「‥今後も薬ば売ることは許可せんけん
      な。いくら作ったっちゃ無駄になるだけぞ」
     五日「‥構わんです」
     呼十「そげん‥おかしかです。何年も掛かっ
      てやっと出来たとに、何でですか?」
     弥一「おかしかたっちゃ、それが生きていく
      っていうこととたい」
            -83-

     呼十「‥生きていくとはこげんかこととです
      か?」
     弥一「そげんよ。そのうち分かる」
        弥一、刀を振り上げる。
        肩をすくめる呼十。
        思わず刀先を掴む五日、手から血が滴
        り落ちる。
     呼十「あ‥」
     時蔵「ふっ」
        時蔵、弥一の手から刀を奪い取る。
            -84-

     弥一「‥別に何もせん。世の中には色んなこ
      との起こるって言おうとしただけたい‥」
     時蔵「‥」
        時蔵、血のついた刀を弥一に返す。
     時蔵「年貢は全部揃えて明日代官所さん持っ
      て行くごつします」
     弥一「分かった‥」
      弥一、刀を受け取り鞘に納める。
     弥一「なら、明日な」
        弥一、戸を開け出て行く。後に続く男
            -84-

        達。
        時蔵、五日の血の流れている手首を掴
        んで上にあげる。
     時蔵「血止めの薬はどこね?」
     五日「ヨモギが外の薬草園に植えてあります」
     時蔵「採って来らるるね?」
     呼十「‥はい」
        時蔵、五日の手の平を見ると刀の切り
        傷が一本深く刻まれており、血が溢れ
        てくる。
            -85-

     呼十「‥」
        急いで外に出る呼十。
        
     〇同・診療所・表(夕)
        手に手拭いを巻いた五日と時蔵、呼十
        が診療所から出てくる。
        先に表に出ていた弥一が外で待ってい
        る。
     弥一「ちょっとよかね‥」
        弥一、時蔵に近寄り、男達と一緒に立
            -85-

        っている介太に手招きをする。
     弥一「こいつばこん村で預かってくれんね」
     時蔵「え?」
     弥一「山ばウロウロしよるところば役人に捕
      まったったい。菊南村んもんて分かって何
      か一揆のことば知っとるとじゃなかかて拷
      問に掛けられてね‥子供やけん知らんめて
      言うても、黙っとるとがおかしかって言う
      て‥」
     介太「…」
            -86-

     弥一「知らんとも言わんけど何も話しもせん
      もんやけん、上からこいつば田中村さん連
      れて行って、目の前で聞いてみれて言われ
        てから連れて来ったい」
     時蔵「…」
        俯いているやせ細った介太。
     弥一「代官所に菊南村出身の者のおったけん
      聞いてみたら、こいつは三年前に父ちゃん
      と母ちゃんば病で亡くしてから、祖母ちゃ
      んと二人暮らしになったとげなたい‥それ
            -86-

      からはこいつが少しづつ話し始めたことば
      ってん‥」
        
     〇(回想)介太の家・和室
        部屋に寝転がっている叔父の喜助(3
        0)とその横で笑っている叔母。
     弥一の声「働き手のなかごつなって叔父夫婦
      に戻ってきてもろうて一緒に田んぼばみて
      いく筈やったとばってん、すぐ叔父夫婦に
      物置に追いやられてしもうて、祖母ちゃん
            -87-

      も体ば悪くしてそん後すぐに亡くなったと
      げな」
        
     〇(回想)介太の家の物置・中
        農具の入った狭くて暗い物置小屋。
        茣蓙の上で横になっている祖母。
        その横に正座して泣いている介太。
        
     〇(回想)畑(夜)
        介太、真っ暗になった誰もいない畑を
            -87-

        耕している。
     弥一の声「毎日叔父夫婦に朝早よから晩遅う
      まで働かされて、挙句にこん飢饉で食いも
      んも貰えんごつなって‥」
        
     〇(回想)介太の家の物置小屋
        小屋の中で弱りきり茣蓙に横になって
        いる介太。やせ細った腕。
        小屋の外を通り過ぎていく声が聞こえ
        る。
            -88-

     菊南村人1の声「やっぱり一揆ばするげなぞ」
     菊南村人2の声「やっぱりか。ばってん田中
      村はかたらんて言いよるとやろ?」
     菊南村人1の声「うんにゃげな。村の一人が
      拷問に連れて行かれたけんかたるごつなっ
      たって聞いたばい」
     菊南村人2の声「ほんなごつな?」
     菊南村人1の声「うん。首謀者は庄屋さんと
      この息子が立つごつ決まったらしか」
     菊南村人2の声「そんなら、いよいよたい」
            -88-

        朦朧とした意識の中で上半身を起こす
        介太。
        
     〇(回想)山の中
        山の中をふらふらと歩いている介太。
        役人に見つかり逃げようとするが、力
        なく転んでしまい取り押さえられる。
     弥一の声「最後の力ば振り絞って逃げ出した
      ところば役人に捕まって‥」
        
            -89-

     〇(回想)詰問所・中
        介太、地面に正座させられ腿の上に重
        い石を乗せられている。
     役人「何か知っとるとやろが?」
        顔を歪め、首を横に振る介太。
        
     〇藤沢家・診療所・表(夕)
        弥一、介太の腕を取り時蔵の前に立た
        せる。
     弥一「菊南村に連れ戻されんごつ、ここで匿
            -89-

      ってやってくれんね」
        介太の頭をポンと叩く弥一。
     時蔵「‥でん昔から菊南村から逃げ出してき
      たもんは元の村に返すごと決まっとる‥」
     弥一「だけんあんたに頼みよるとたい。あん
      た達なら何とかしてくるるど?」
     時蔵「‥考えてみっです」
     弥一「すまんね‥」
        弥一、介太の腕をぎゅっと掴む。
     弥一「生き抜かなんぞ」
            -90-

        神妙に頷く介太。
        
     〇藤沢家に続く道(夕)
        数人の男達を連れた弥一が帰っていく。
        弥一を見送っている介太。
        介太の肩に手を置く時蔵。
     時蔵「黙っとってくれたとやろ‥拷問には大
      人でん耐えられんとに‥すまんかったね‥」
     介太「‥」
     五日「心配せんでここにおっていいけんね」
            -90-

     時蔵「これで良かったとやろかな‥これから
      大分ひもじか思いば皆にさするかもしれん
      ‥俺は庄屋には向いとらんな‥」
     五日「俺も一緒に、分かってもらえるまで皆
      に説明するです。誰にも分かって貰えんで
      も、俺は父さんに従うです」
     時蔵「‥悪かね。あんたまで根性なしのごつ
      思われるとやろな‥」
     五日「‥別にどげん思われてもよかです」
     時蔵「遠かよその藩では命ば投げ出して義民
            -91-

      になったもんもおるて聞く。凄かと思う。
      尊敬する。俺はあんたに悪かことしとると
      やね」
     五日「うんにゃです‥俺も村の為に命ば投げ
      出すとが正しかと思っとりました。一時は
      それが自分の役目て思ったっです。‥それ
      にウチの村が一揆にかたらんやったなら、
      こん村がもう信じて貰えんごつなるごたる
      気がして、ずっと蟠っとりました」
     時蔵「そげんやな。菊南村が命ば掛けて戦う
            -91-

      ていうとにな‥」
     五日「ばってん父さんが誰も犠牲にしたらい
      かんって思っとんなはるとは分かっとりま
      す。どっちが正しかとかは分からんけど、
      俺は父さんと行動ば一緒にしたかと思っと
      るです」
     時蔵「‥すまんね」
     五日「うんにゃとですよ。俺は父さんと親子
      で良かったて思っとるとです」
     時蔵「‥でん、何か俺は申し訳なかごたる気
            -92-

      のするが‥」
        五日、時蔵を抱きしめる。
     時蔵「うわっ」
     五日「うんにゃて言いよるやなかですか」
     時蔵「何ばするとね!気色ん悪か!」
        時蔵、照れたように慌てて五日から離
        れる。
        笑う五日。
        後ろから呼十が近づく。
     呼十「あの‥」
            -92-

        振り返る時蔵と五日。
     呼十「‥ウチのせいで薬も取り上げられて挙
      句に怪我させてしまってから、本当にすみ
      ません」
        頭を下げる呼十。
     五日「ああ‥違うとよ。あんたのせいじゃな
      かけん」
     呼十「うんにゃ、あん時ウチがあげんかこと
      ば言うたけんです」
     五日「違っとるけど‥ならそげんでもよかけ
            -93-

      ど、そげんでも大した怪我じゃなかけん気
      にしなさんな」
     呼十「‥」
     時蔵「怖かったやろ?巻き込んですまんやっ
      たね。五日、家まで送って行ってやらんね」
     呼十「うんにゃ、よかとです。一人で帰られ
      るけん」
        歩き始める呼十。後を追う五日。
        ポツリと雨が呼十の頬にあたる。空を
        見上げる呼十。
            -93-

        パラパラと雨が降って来る。
     五日「雨‥」
     時蔵「‥ほんなごつ」
     介太「‥」
        空を見上げる四人に、突然土砂降りの
        雨が降り注ぐ。
        
     〇野山の中の畦道(夕)
        土砂降りの雨の中、笠を頭に被り肩か
        らミノを纏った五日と呼十が縦に並
            -94-

        んで歩いている。
     呼十「‥薬草ずっと勉強しよんなはったとに」
     五日「うんにゃ、元々は久爾子さんの咳に効
      く薬が欲しかっただけやけん、本当はそれ
      でもうよかとよ」
     呼十「‥でも何か気が済みません。ウチは恩
      を返さんといけんような気がします」
     五日「だけん恩やらなかとって」
     呼十「‥でもあるとです」
        五日、少し振り向き呆れたようにため
            -94-

        息をつく。
     五日「暗くなるけん急ごう」
        五日、呼十の手首を掴み早足で歩く。
     五日「俺‥本当はよう分かっとらんやったと
      よ。一時は一揆の首謀者になろうって思っ
      て、村の為になら命が無くなってもよかと
      思って‥」
     呼十「‥」
     五日「やけどどこかちゃんと分かっとらんで。
      迷いがあった訳やなかとやけど、何か責任
            -95-

      感だけやって、怖さば感じんごつ無理矢理
      責任感で押込めとって‥ばってん、あん時
      は、目の前のあんたばただ切られんように
      せんとってそれだけ思って‥」
     呼十「すみません‥」
     五日「うんにゃ‥あん時俺、確信が持てたと
      よ。自分の命のことやら何も考えんかって、
      怖さやら一個もなかったと‥。ああ、これ
      やったとかって。ずっと掴めんやったこと
      があん時掴めた気がして、だけん何か、俺
            -95-

      は俺で有難かと思っとるとよ‥」
        呼十立ち止まり、五日もつられて立ち
        止まる。
     呼十「‥死なんで下さいよ」
     五日「ああ‥うん‥勿論そげんとやけど、別
      に死のうとした訳やないけん」
     呼十「あの人が言いよんなはったけど‥生き
      ていくって納得出来んことも受け入れるっ
      てこととですか?」
     五日「さあ‥俺にも分からんけど、生きとっ
            -96-

      たら仕方なかこともあるっては思う」
     呼十「‥仕方なかことのあったとですか?」
     五日「いや‥よう分からんけど」
        再び歩き出す五日と呼十。
     呼十「‥でんウチはやっぱり恩を返さんと。
      今日からはそげんして生きていきます」
     五日「‥話ちゃんと聞いとった?」
        頷く呼十に、呆れたように笑う五日。
        雨の中をゆっくり歩いて行く。
        
            -96-

     〇藤沢家に続く山の梺沿いの道(夕)
        土砂降りの雨の中を村人達が走ってい
        る。
        
     〇藤沢家・玄関(夕)
        玄関の戸を開け、上がり土間へ村人達
        が何人も入ってくる。
     村人達「庄屋さん!雨の降ってきた!庄屋さ
      ん!」
        声に驚いた時蔵が玄関先に現れる。
            -97-

     時蔵「どげんしたとね?」
     村人1「明日から作物ば植えましょ!皆で頑
      張るならどげんでんなるです!」
     村人3「そげんたい!明日から総出で畑さん
      繰り出そう!」
     時蔵「‥ばってんが暫くは食べ物に困るごつ
      なると思う。思うよりか大変かもしれん」
        静まる人々。
     藍太「‥でんうちの村からは誰も死人の出ず
      に済んだです。それよりか欲しかもんとか
            -97-

      無かです」
     村人1「ほんなこつやん‥」
     村人3「よし、ちょっときつかかもしれんば
      ってん皆で力ば合わせて乗り切ろう」
        全体で掛け声が挙がる。
     藍太「‥やっぱり庄屋さんの言うごつして良
      かったです」
     時蔵「‥どげんやろね」
        心配そうな時蔵を見つめる藍太。
        
            -98-

     〇藤沢家の前の田んぼ(夜)
        雨の中、笠と蓑をつけた時蔵が田んぼ
        の土の様子を見ている。手に取ると、
        土が水気を含んでいる。
        五日が時蔵の後ろに立つ。
     五日「父さん‥」
        声に振り向く時蔵。
     五日「帰りに様子ばみようと思って日出吉さ
      んとこに寄ったとですけど‥」
     時蔵「うん‥」
            -98-

     五日「日出吉さん‥さっき亡くなったです‥」
     時蔵「…分かった」
        土砂降りの雨の中、遠くへ続く田んぼ
        を眺めている時蔵と五日。
        
     ○田上達吉の家・玄関(朝)
        しとしとと雨が降っている。
        土間に荷物が積み上げられているのが
        玄関から見えている。
        玄関を挟んで向かい合って立っている
            -99-

        時蔵と達吉。
     達吉「わざわざ来てもろうて、ありがとうご
      ざいます」
     (フラッシュ)釣った魚の入った木桶をニコ
      ニコしながら皆に差し出している日出吉。
     時蔵「‥日出吉は釣り仲間やった。いつでん
      一番釣って、皆に分けてくれよった。いつ
      もニコニコしとって、あいつから愚痴らし
      き言葉は一回も聞いたことのなかった」
     (フラッシュ)暗がりの中、大きな石を抱え
            -99-

        て運んでいる日出吉。
     時蔵「山の上の石だらけの土地ば、農作業の
      合間に何年もかけて畑にした我慢強か人や
      った‥」
     達吉「はい‥」
        風呂敷包みを渡す時蔵。
     時蔵「道中、食べてくれんね。こしこしか出
      来んですまんばってん‥」
     達吉「すみません‥」
        頭を下げて受け取る達吉。
            -100-

     時蔵「俺はやっぱり間違っとるとと思う‥す
      まんやったね」
     達吉「‥うんにゃです。ただこん村におると
      どげんしてん思い出してしまうけん。それ
      が辛かとで、庄屋さんのことが嫌とじゃな
      かとです」
     時蔵「‥土地のことやけど、組頭と話したと
      ばってん、田んぼは日出吉さんの奥さんと
      子供でやっていかれるごたるけど、畑まで
      は手の回らんやろうけん、ウチで一旦買わ
            -100-

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