せて貰うことにした。また余力の出来た時
に買い戻しなはってもよかごつしとくけん」
達吉「ほんなごつ有難うございます」
時蔵「‥天水村さん行くとね?」
達吉「はい。子供のおらっさん叔父夫婦が、
ウチに来んねって言わしてから‥」
時蔵「良かった‥」
達吉「お世話になりました」
頭を下げる達吉。
時蔵「俺の方がお世話になった‥すまんやっ
-101-
た‥」
深々と頭を下げる時蔵の肩が震えてい
る。
○同・表(朝)
荷物を背負って歩いて行く達吉を見送
っている時蔵。
○同・脇の一角(朝)
石が置かれており、小さな花が添えら
-101-
れている。
時蔵「何であんたが死なんといけん‥」
時蔵、座って手を合わせる。
時蔵「‥ほんなごつはあん時、手代の弥一さ
んに思わず殴りかかろうてしたとよ‥ばっ
てん何でか右手ば誰かに抑えられたごつ、
動かんやった‥何もしてやれんで、たった
一人の弟でん引き止められんで‥すまんこ
つばっかし‥」
じっと拝んでいる時蔵。
-102-
〇藤沢家・大部屋
呼十、小さな子供達を廻り平仮名を教
えている。
間に仕切りの衝立があり、大きめの子
供達を久爾子が教えている。算盤を使
っている大きめの子供達。その中に珂
内、介太、加藤のり(13)がいる。
子供達の手元を見て回る久爾子。
× × ×
-102-
帰り支度をしている子供達。
呼十「先生、身体どげんですか?」
久爾子「うん、大丈夫かよ。ありがとう」
呼十「良かったです。なら、使った紙ば洗っ
てきます」
呼十、墨で真っ黒になった和紙を集め
る。
久爾子、のりに話しかける。
久爾子「のりちゃん、お祖父ちゃんに持って
いって欲しか薬のあるけんちょっと待っと
-103-
ってくれる」
のり「はい。あ、ウチも久爾子先生に聞いて
欲しかことのあって‥」
久爾子「そげんね‥なら、部屋さん一緒にお
いで」
のり「はい。あ、かなちゃん先に帰っとって」
珂内「待っとくよ」
のり「よかよ。帰りにお姉ちゃんとこに寄っ
て来てってお遣いも頼まれとるし、帰っと
って」
-103-
珂内「うん‥」
久爾子と部屋を出て行くのり。
〇海着川・川原(夕)
川原に咲いている花を摘んでいる珂内。
声が聞こえてくる。
川原から声の方を眺める珂内。
のりと介太が田んぼの畦道を並んで
遠くから歩いて来ているのが見える。
珂内「…」
-104-
そっと二人から気づかれないよう近く
の木にそっと身を寄せる珂内。
〇同・川原沿いの道(夕)
並んで歩いているのりと介太。
のり「ずっと久爾子先生んとこで暮らすと?」
介太「うん」
のり「お母ちゃんに会いたくならんと?」
介太「なるよ。三年前に死なしたばってん、
毎日会いたかって思う。抱っこしてもろう
-104-
て眠ったとば毎日思い出す」
のり「お母ちゃん死んなはったと?」
介太「うん。お父ちゃんも祖母ちゃん誰もお
らん」
のり「‥誰もおらんで怖くなかと?」
介太「仕方なかよ‥ばってん庄屋さんとこに
おいてもろうて、学問ば教えてもらわれる
だけでん嬉しかけん」
のり「すごかね‥ウチはお母ちゃんが近くに
おらんくなるて思っただけでん寂しくて、
-104-
どげんしてよかか分からんかもしれんて思
うとに‥」
介太「何もすごくなかよ。俺は死なんやった
けんただ生きとっただけやけん‥」
のり「…」
〇同・川原(夕)
介太とのりが通り過ぎ、木の陰から出
てくる珂内。介太とのりが遠ざかって
行く。
-105-
手元の花を見ている珂内。
〇同・川原沿いの道(夕)
川沿いの道に立っている珂内、のりと
介太が歩いている後ろ姿を見ている。
足音が聞こえて振り返ると、呼十が歩
いて来ている。
珂内に気づき手を振る呼十。
傍に来た呼十に花を渡す珂内。
珂内「‥これ咲いとった」
-106-
呼十「綺麗かね。ありがとう」
嬉しそうに受け取る呼十。
歩き出す呼十と珂内。
呼十「あれ?あれのりちゃんやろ?隣誰や
ろ?」
珂内「‥介太」
呼十「ああ、介ちゃんか。仲良くならしたと
やね。良かった」
珂内「うん‥」
呼十、ふと手元の花をじっと見つめる。
-106-
前を歩くのりと介太の後ろ姿。
呼十「‥」
呼十、花をギュッと胸に抱く。
前ののりと介太と距離を置きながらゆ
っくりと歩いて行く呼十と珂内。
〇藤沢家・馬屋・前(朝)
馬屋へ近づいてくる五日、中をのぞく
と呼十が尾花を洗っている。
五日「おはよう」
-107-
呼十「あ、おはようございます」
五日「今日は手習所ないとやろ?」
呼十「はい、何か尾花に会いたくなったけん
来ました。使いなはるとですか?」
五日「うん‥たまに金峰山に登って山の上の
草ば食べさせるとよ」
呼十「そげんとですか」
五日「‥尾花に乗ってみるね?」
呼十「え?‥ばってんお役人に見つかったら
怒られるとでしょ?」
-107-
五日「ちょっとなら大丈夫かよ。でん、結構
高か所まで登るばってん大丈夫ね?」
嬉しそうに頷く呼十。
〇野道(朝)
尾花の首をしっかり掴んで乗っている
呼十。呼十の後ろの五日、手綱を握っ
て尾花を走らせる。
手綱を握っている五日の手に手拭いが
巻かれている。
-108-
呼十「‥手、大丈夫かですか?」
五日「ああ、そげん深くなかったけん」
呼十「‥」
〇金峰山・山道
緩やかな山道。尾花の手綱を引く呼十
と尾花を後ろから軽く押しながら歩
いている五日。
〇同・中腹の見晴らしの良い草原
-108-
呼十と五日、見晴らしのきいた中腹の
草原から東側の城下町を見ている。
碁盤の目状に武家屋敷や店がびっしり
並んだ城下町。
呼十「すごか‥」
城下町から続く高台に見えている隈本
城。
呼十「銀杏城‥」
五日「うん」
山から見える裾野の道を、縄で繋がれ
-109-
た人達が役人に連れて行かれている。
呼十「‥」
五日「一揆にかたった人達が大分連れて行か
れよるらしか‥」
呼十「‥」
転んだ人を役人が木刀で叩いている。
気の毒そうに目を背ける通り掛かりの
村の人。
五日「皆の為に犠牲になれる人はすごかて思
う‥生きていく為に死なんといけん人がお
-109-
る。こげんか世の中は間違っとる‥」
呼十「…はい」
五日「それには村が力ばつけんといけん。俺
も何も出来んけど何かせんと‥」
呼十「‥」
町を眺めている呼十と五日の近くで草
原の草を食べている尾花。
五日、手綱を離し首をポンポンと触る
と尾花が走り出し近くを駆け回る。
五日「あっちに海の見ゆるよ」
-110-
西側を指さす五日。
山と田畑や家々の向こうに海、その先
に山が見えている。
五日「雲仙の梺付近に滝おばさんが住んどん
なはって、いつも泊めて貰いよるとよ」
呼十「‥あげんかとこまで行きなはるとです
ね‥何か想像できん‥」
景色を見ている呼十と五日。五日ふと
尾花がゆっくり立ち止まり丘の隅で
じっとしているのに気づく。
-110-
五日「‥何やろ?」
五日と呼十が近づいて行き、尾花の手
綱を引っ張る。
五日「さ、行こう」
動こうとしない尾花。丘の先が崖にな
っており、崖の下を覗いている。
五日「‥」
五日と呼十が尾花の見ている崖の下
を覗くと崖の途中の小さな出っ張り
のある所に身体を横たえている佐土
-111-
原雲海(25)の姿が見える。
五日「あ‥人がおる‥」
呼十「え?‥」
五日「大丈夫かですか?!」
下に向かって叫ぶ五日。
横になっている雲海、動かない。
五日、近くの水溜まりから水をすくい
下の雲海に向かって垂らす。
〇同・崖の途中の小さな出っ張り
-111-
横になっていた雲海の顔に水がかかり、
目を覚ます。
雲海「‥雨?」
雲海、上を見上げると五日と呼十が下
を覗き込んでいる。
雲海「は‥」
驚いて上半身を起こす雲海。
五日「あ、動いた。大丈夫かですか?」
雲海「あ‥はい」
-112-
〇同・草原
五日「ちょっと待っとって下さい!」
辺りを見回す五日。
五日「何か綱んごたっとがないかな?」
呼十「綱ですか?」
五日「下に届かるぐらいの長さがあれば良か
とばってん‥」
五日と呼十、辺りを探すが見つからな
い。
自分の帯を解き、下に伸ばす五日。
-112-
五日「届かん‥」
〇崖の途中の小さな出っ張り
雲海、立ち上がり帯に手を伸ばすが届
かない。
雲海「すみません‥届きません‥」
〇同・草原
五日、帯の片方の端を尾花の首に結び
付ける。
-113-
五日「俺が下さん降りて下から支えるけん、
尾花と一緒に帯ば引っ張って引き上げて貰
ってよか?」
呼十「下さん降りるとですか?」
五日「うん」
呼十「大丈夫とですか?」
五日「それしかなかけん」
呼十「‥」
五日、帯を下に下ろし、伝って雲海の
元へ降りて行く。下から見上げている
-113-
雲海。
雲海「駄目です!降りて来ないでください。
あなたまで上がれなくなるかもしれません」
帯が足りなくなり、ぶら下がったまま
止まる五日。
呼十、尾花の近くで帯を押さえている。
〇崖の途中の小さな出っ張り(朝)
五日、雲海の元へ勢いをつけて飛び下
りるが、勢い余ってバランスを崩し落
-114-
ちそうになる。雲海、慌てて五日を体
ごと出っ張っりの床に押し付けて何
とか二人事なきを得る。ホッとする雲
海。
雲海「危ないですよ!‥何で降りて来たんで
すか?!」
五日「いや、誰でんそげんします」
言葉につまる雲海。
五日「さ、早よ上がって下さい」
五日、両手と膝をつき、踏み台になる。
-114-
雲海「‥だけど」
五日「早く」
雲海、履いていた草鞋を脱いで手に取
り、そっと五日の背中を踏み台にし、
帯を掴んで登って行く。
五日立ち上がり、雲海のお尻を押し上
げる。
〇丘の上(朝)
呼十、右手で帯を引っ張ったまま左手
-115-
で尾花の手綱を少し曳く。尾花、帯を
引っ張るように少しづつ後ろに下が
る。
雲海の腕が崖の上に届き丘の上へ上が
りつく。
雲海「着いた‥」
呼十「大丈夫かですか?」
雲海の傍に駆け寄る呼十。
雲海「ありがとうございます‥」
雲海、自分の帯を解き繋げて、長くな
-115-
った帯を下に下ろす。
〇崖の途中の小さな出っ張り(朝)
五日、長くなった帯を掴み登って行く。
〇丘の上
五日、丘の上に辿り着く。
雲海、五日の手を握る。
雲海「もう駄目かと思ってました。ありがと
うございます」
-116-
五日「いえ‥良かった」
五日の手に巻いた拭いが血で真っ赤に
なっているのに気づく呼十。
呼十「‥」
雲海「怪我‥大丈夫ですか?」
五日「ああ、大丈夫かです。あの、馬に乗れ
なはるですか?」
雲海「え?いえ私は‥もう大丈夫なので‥本
当にありがとうございました」
五日「どこか行きよんなはるとですか?」
-116-
雲海「いや‥あの‥」
五日「よかならウチに来なはらんですか?」
雲海「いえ、とんでもないです」
五日「こげんかとこに置いていけんですよ。
身体もまだきつかと思うけん、どうぞ、乗
って下さい」
雲海「でも‥」
五日「どうぞ」
五日、雲海を馬に乗せるよう手伝う。
五日「尾花、ありがとう」
-117-
五日、尾花の頬を撫で、呼十を振り返
る。
五日「ごめんけど歩かるる?」
呼十「はい」
五日「うん‥」
五日、尾花の手綱を曳いて歩き出す。
〇藤沢家・板間(夕)
雲海、お膳に食事を出され恐縮してい
る。
-117-
笑ってお茶を注いでいる久爾子。
〇稲本家・和室(夜)
布団に入って天井を眺めている呼十。
呼十「はー‥お城綺麗やったな‥雲仙も見え
たな‥」
布団に潜り込む呼十。
呼十の声「寝れん‥何で?」
寝返りを繰り返す呼十。
-118-
〇藤沢家・五日の部屋(夜)
並んだ布団で横になっている五日と雲
海。
雲海「命を助けてもらった上に、こんなにお
世話になって、本当に有難うございます」
五日「何もですよ‥大きか怪我もなくてから
良かったです」
起き上がり、正座をする雲海。
雲海「私は雲海と言います。小豆島の素麺屋
の生まれで、二年間清に素麺造りの修行に
-118-
行ってました。その帰りなんです」
五日も起き上がり正座をする。
五日「え?清に行きなはったとですか?」
雲海「はい」
五日「すごかですね‥清か‥想像できんな‥」
雲海「そうですよね‥」
五日「素麺ってどげんかとですか?」
雲海「うどんをもっと細くしたような麺です。
乾麺なので日持ちがするんです。飢饉のと
きには助かりました」
-119-
五日「そげんとですか?この辺もやっと雨の
降って、ずっと、日照りが続いとったとで
す。今年は米が半分しか採れんで」
雲海「そうなんですか‥ここは米の後は何を
作ってらっしゃるんですか?」
五日「小麦ば作りよります」
雲海「小麦‥」
五日「はい。干鰯ばくれらす人のおってから、
それば肥料に出来るけん、質のよかとです」
雲海「‥ここは水も綺麗そうだし、あとは油
-119-
があれば素麺が作れます。何とかなりませ
んか?作り方は私が教えますので」
五日「え?ほんなごつですか?教えて貰わる
るとですか?」
雲海「はい、是非そうさせて下さい。私に出
来ることがあるなら是非お役に立ちたいん
です」
五日「‥でも清まで行って勉強してきなはっ
たとに、教えて貰ってよかとですか?」
雲海「勿論です。崖の下まで降りて来てもら
-120-
って‥本当に感謝しています」
五日「いや、そげんことはなかです‥」
雲海「‥暗闇の中で足を踏み外して崖の下に
落ちてしまって、途中のあの窪みに救われ
て‥だけど‥」
(フラッシュ)真っ暗な中歩いている雲海、
足を踏み外し崖の下に転げ落ちる。
雲海「一睡も出来ないまま日が照ってきて自
分の置かれた状況が分かった時絶望に包ま
れました‥崖の下が地獄のように思えて怖
-120-
くて堪らなかった‥」
(フラッシュ)照り付ける太陽に汗を流しな
がら、崖の壁に背中を付け、必死に怖さに
耐えている雲海。
五日「‥怖かでしょうね」
(フラッシュ)ぐったりと横になっている雲
海に土砂降りの雨が降りつけている。
雲海「そんな中に五日間いました。もう駄目
だと何度も何度も思って、もう下に落ちた
方がラクなんじゃないかと思って、思いと
-120-
どまって‥」
五日「‥」
雲海「だから恩返しさせてほしいんです」
五日「そんな‥そんなんじゃなかですけど、
でんウチの村も今ギリギリのところで‥や
けん、もしも素麺づくりば教えて貰わるる
となら本当に有難かです」
正座をし、頭を下げる五日。
雲海「いえ、よろしくお願いします」
正座をし、頭を下げる雲海。
-121-
立ち上がる五日。
五日「父さんに伝えてくるです」
嬉しそうに部屋を出て行く五日。
〇野山の中の畦道(夕)
普段の姿を取り戻した野山の植物たち。
呼十、藍太、稲本千穂(22)、珂内が
小枝や落ち葉を拾い集めている。
藍太「今年は団子のなかけん焼き芋でお月見
ばするとげな」
-122-
呼十「ウチ団子も好きけど焼き芋も好いとる」
千穂「ウチも」
笑い合う呼十と千穂。
× × ×
落ち葉や枯れ枝でいっぱいになった籠
を背中に背負った藍太、千穂の手を取
り歩いて行く。
後ろを歩く歩途、藍太と千穂の後姿を
微笑んで見ている。
-122-
〇藤沢家へ続く山の梺沿いの道(夕)
遠くに見える藤沢家の前の空き地に人
が集まって焚火を燃やしている。
藤沢家に向かって歩いて行く呼十達。
〇藤沢家・表(夕)
家族連れで五十人程の人々が表の空き
地に集まり、焚火で薩摩芋を焼いてい
る。
手を繋いで歩いて来ている藍太と千穂
-123-
を見つけ、ひやかす友達。
友達「藍ちゃんとこはほんなごつ仲ん良かね」
藍太「あはは。皆もやろ」
藍太背中の籠を下ろし、焚火に落ち葉
を加える。
焚火を囲んで輪になって座り、皆それ
ぞれに焼き芋を美味しそうに食べて
いる。
輪の中にいるのりと介太。
五日、火の中から焼けた芋を取り出し、
-123-
紙に包んで珂内に渡す。
珂内と藍太、輪の中に加わっていく。
珂内の後ろに立っていた呼十。
五日「昨日は手伝って貰って悪かったね。は
い」
呼十「ありがとうございます」
呼十、五日から受け取った焼き芋を半
分に割って隣の千穂に渡し、少し離れ
た岩に二人で腰掛ける。
呼十「‥やっぱり藍太兄ちゃんと千穂姉ちゃ
-124-
んは仲の良かとやね」
千穂「さあ‥どげんやろう‥」
呼十「良かね」
千穂「うん‥藍ちゃんで良かったって本当に
思っとる」
呼十「そっか‥幸せとやね」
千穂「それはそれで怖かけど‥何か起こると
じゃなかとかなって怖くなる」
呼十「‥そげんかと?」
五日、虫に刺され泣いている子供の腕
-124-
を取り、傷口を吸い取って唾を吐く。
近くにあったヨモギの葉をとり、傷口
に塗る。
そんな様子を少し離れた所から見つ
めている呼十。
千穂「呼十ちゃん‥さっきからずっといっち
ゃんのこと見よるよ」
呼十「えっ?」
焼き芋を落としそうになり、慌てて掴
もうとして岩から転げ落ちて尻もち
-125-
をついてしまう呼十。宙に浮いた焼き
芋が呼十の前にすとんと落ちる。
全員が呼十をポカンと見ている。
呆気にとられた藍太が大声で笑う。
藍太「何ばしよるとね?」
皆に笑われ恥ずかしそうな呼十、五日
と目が合い顔が真っ赤になる。
転がった焼き芋を拾って砂を払う呼十。
五日「はい」
ふと見ると、五日が前に立ち、焼き芋
-125-
を交換してくれる。
呼十「あ‥どうも‥」
小さくお礼を言う呼十。
五日、焼き芋を頬張りながら火の番に
戻る。
呼十「はっ‥交換してしもた。泥がついとっ
たとに‥どげんしよう‥千穂姉ちゃん、ど
げんしよう‥」
ふと千穂を見ると、笑って呼十を見て
いる。
-126-
呼十「‥千穂姉ちゃん?」
千穂「呼十ちゃん、顔が焼けたごと赤うなっ
とるよ」
呼十「え?顔が?何で?」
うろたえて両手で頬を押さえる呼十を
微笑んで見る千穂。
呼十の近くに立つ加藤文月(15)。
文月「あの‥」
呼十「‥ふっちゃん、どげんしたと?」
文月「あと何日かしたら、のりが天水村のお
-126-
医者さんの家に手伝いに行くごと決まった
けん、良かなら見送りに来てやって欲しか
とけど‥」
呼十「え‥」
文月「かなちゃんも一緒に‥よかやか?」
呼十「うん‥分かった」
頭を下げる文月、涙を拭う。
呼十「‥」
珂内を見る呼十。
-127-
〇稲本家・中部屋(夜)
繕い物をしている春と呼十。
少し離れた所で縄を石で叩いてほぐし
ている珂内。
呼十「のりちゃんまだあげん小さかとに天水
村さん手伝いに行かすと?」
春「うん‥ほんなごつはふみちゃんもやりと
うなかげなけど、実家の本家からのりちゃ
んばお嫁さんにって言う話があってから、
のりちゃんが嫌がっとらすとげな」
-127-
呼十「だってのりちゃんまだ小さかやん」
春「ばってんお家に早よ慣れるごつって向こ
うが急ぎよんなはって、断られんとって」
呼十「そげん言うたっちゃ‥可哀想か‥」
春「そしたら、それなら子守に出た方がよか
てのりちゃんがきかっさんで‥それで庄屋
さんとこの奥さんに話しなはったら自分の
弟が天水村でお医者さんばしよるけんって
言いはなったらしくて、そこにお世話に手
伝いに行かすごつ決まったとげな」
-128-
呼十「‥そげんやったと」
春「ふみちゃんも泣きよらした‥」
黙々と縄を叩いている珂内。
呼十「‥」
〇稲本家の田んぼ(朝)
荷車に積んである土をざるで田んぼに
運んでいる藍太。
千穂が手伝いに田んぼに入って来る。
座って藍太が運んだ土を手でならして
-128-
いく千穂。
藍太「昨日、お月見楽しかったな」
藍太、土を運びながら千穂に話しかけ
る。
立ち上がる千穂。
千穂「藍ちゃん‥ウチ、実家に帰ろうかと思
いよるとです」
藍太「‥でけんよ」
構わず土を運び続ける藍太。
千穂「ばってんもうここさん来て四年も経つ
-129-
とに‥普通なら二、三年で返されるです。
お義父さんもお義母さんも何も言いなはら
んけんて甘えとったらいけんて思って‥藍
ちゃんは長男やけん、跡継ぎの出来んなら
他の人ばもらいなはらないけんけん‥」
藍太「うんにゃよ。家にはまだ珂内がおる。
もし赤ん坊が出来んなら珂内にここば継い
でもらえばよか」
千穂「ばってんそしたら食べていかれんごつ
なるですよ」
-129-
藍太「‥滝叔母さんが俺達に漁ば手伝いに来
んやろかて言いよんなはったっていっちゃ
んから聞いたとよ。だけん珂内がもう少し
大きうなるまで待ってみて、それでん駄目
やったら二人で滝叔母さんとこさん行って
むい。海の近くやけん塩の香りがして良か
ばい」
千穂「‥ばってんそれで良かとですか?この
村ば好いとるとでしょ‥」
藍太「あんたの為じゃなかとよ。俺がそげん
-130-
じゃなかと駄目やと‥」
千穂「‥すみません」
藍太「泣かんで‥」
涙をポロポロ流しながら頷く千穂。
黙々と作業を続ける二人。
〇加藤家・表
人々がのりの見送りに集まっている。
木で作った人形や綺麗な色の落ち葉な
どをのりに渡す友達。
-130-
珂内、人だかりの後ろの方で見ている。
介太、のりに小さな平たい石を渡す。
のり受け取ると墨で絵が描かれている。
介太「川の石にのりちゃんのお母ちゃんの絵
ば描いたとよ」
のり「ほんなごつお母ちゃんやん‥ありがと
う」
介太「‥いつか、どげんしてでも超えられん
夜がくるけん、飲み込まれそうになって怖
くなった時は、この石に話しかけてみて気
-131-
ば紛らわして‥」
のり「分かった‥ありがとう」
のり、貰った物を風呂敷の中にしまい、
背中に背負う。
のり「皆ありがとう」
のり、深々とお辞儀をする。
「元気でね」「頑張ってね」と声を掛け
る友達。
のり、付き添いの人達と歩き出す。
のりの姿を泣きながら見送っている加
-131-
藤ふみ(38)とふみの背中にそっと
手を置く春。
珂内の隣に立つ呼十。
呼十「何も渡さんで良かったと?」
珂内「‥うん」
呼十「…」
遠ざかっていくのりの後ろ姿を見送っ
ている珂内。
〇藤沢家・表(朝)
-132-
時蔵と五日が向かい合って話している。
時蔵「すまんね、急に柳井村に来てくれって
言われて。一人で大丈夫かね?」
五日「はい。父さんこそ柳井村はどげんか感
じとかいっちょん分からんとに、大丈夫か
ですか?」
時蔵「うん‥分からんばってん何さま行って
話ばしてみる。菊南村んこつ頼んどくけん
ね‥」
五日「はい。父さんの気持ちは分かっとると
-132-
思っとります。それに一人で行った方が覚
悟の伝わるかもしれんです」
時蔵「うん。ありがとう」
五日「なら、気を付けて」
時蔵「うん‥」
歩いて行く五日の後姿を見つめる時蔵。
〇島田家・表
島田家の表の大きな道。
槍や鎌などの武器を持った菊南村の
-133-
人々と、刀を持ち武装した役人たちが
島田家を境に向かい合って睨み合っ
ている。
〇同・居間
升三の隣に座っている五日。
向かい合って代官の勝盛一之助(40)
と弥一、その後ろに役人が数人座って
いる。
五日「怒っとんなはるとは分かります。ばっ
-133-
てんあん状況はどげんしようもなかったて
思うとです。前の庄屋さん達が連れて行か
れて、もうそれでよかじゃなかですか。も
う終わりにさして下さい」
一之助「でけん。甘か処分ばするならまた他
ん村ででん同じかことん起こる。二度と一
揆やら起こらんごつ、徹底的に処分せんと
いけん」
五日「甘か処分ばしたけんて同じかこととか
起こらんですよ。俺達はそげん馬鹿じゃな
-134-
か。ここで助けて貰わるるならそれに報い
たかと思うです」
一之助「そげんかこと信用出来ん。村全滅覚
悟で戦う支度ばしよるて聞いとる。今でん
外におるじゃなかか」
五日「そげんしたくなかけん、今話しよると
です。こん村が全滅したなら石高でん減る
ごつなる。菊南村はこの辺じゃ一番大きか
村です。こん村ば全滅させてどげんするで
すか」
-134-
弥一「でんもう村には米一粒残っとらんて聞
いとる。雨は降ってきたばってん、作物が
すぐ育つ訳じゃなかろうが。どげんして生
き延びるとか?」
五日「ウチの村も天水村も何とか菊南村には
踏ん張って欲しかて思っとります。確かに
自分たちの村でん食ぶるとの精一杯です。
でんここば凌がるるなら、菊南村の米は美
味しかって定評もあるし、裏作の菜種もウ
チの村で買わせて貰って素麺ば作りたかと
-135-
思っとるとです」
弥一「素麺ば?」
五日「素麺は小麦と油で出来るとげなです」
一之助「あの冷や麦のごたるとやろ?あら美
味かな」
五日「今ウチの村に小豆島から来とんなはる
人がおって、素麺の作り方ば教えて貰われ
るとです」
一之助「ほんなごつかい?」
五日「小麦と油がいるらしくてから、小麦は
-135-
ウチの村で作りよるけど、菜種は菊南村に
しかなかけん菊南村で作って貰われんやろ
るかと思っとるとです」
弥一「裏作の菜種のせいで米の少のうなるこ
つもあるけんどげんやとうと思いよったけ
ど、ならその方が良かかもしれんですね」
一之助「うーん、ばってん‥ほんなごつ戦う
気はなかとか?」
升三「なかです」
五日「何とか頼みます」
-136-
頭を下げる時蔵と升三。
弥一「そげんしまっしょか?そん方が良かて
私も思うです」
一之助「うん‥」
五日「それですみませんけど、作り方ば教え
てもらうとに少しでよかけん、小麦と油ば
調達してもらえんでしょうか?」
一之助「今や?」
弥一「分かった。俺が何とか知っとるところ
ば掛けおうてみっです」
-136-
五日「ありがとうございます。それともう一
つ‥救済米ば出してもらえんですか?うち
の村は何とかなるて思いよるけど、菊南村
はこんままではどげんもなりません。苦し
かとは分かっとりますが、今後のことば考
えて何とか今菊南村ば助けて貰えんでしょ
うか?」
弥一「何とかならんですか?」
五日「お願いします」
一之助「素?は美味かもんな‥分からんばっ
-137-
てん、頼んでみようたい」
五日・升三「ありがとうございます!」
〇同・土間
升三、五日に頭を下げる。
升三「すまんかったね‥」
五日「いえ、救済米が出るとよかですね。で
ん、戦わんで済むとならそれが一番よかと
思うです」
升三「うん。連れて行かれたもんのこつば考
-137-
ゆると生き残ることが、何か申し訳なかご
として全滅してでん後ば追わんといけんと
じゃなかかって思っとって‥ばってん時蔵
さんに村の為ば思うて犠牲になってくれた
とやっけん、それば無駄にしたらいかんて
言われてから思い直した‥」
五日「ほんなごつ犠牲になった人んこつば思
うと、ちゃんと生きていかんといけんなて
思うです‥残された家族ん人の思いははか
り知れん。そげんか境遇ん人が実際におん
-138-
なはる。自分なら一日ば過ごすとでん辛か
ろうと思うです。尊敬するとしか言いよう
のなかです」
升三「うん‥嘆願書のことば後悔しそうにな
るばってん、それも申し訳なかごとして。
とにかくこん村ばようすることに専念しよ
うて今は思うとるです」
五日「はい‥あの、実は俺‥升三さんに頼み
たかことのあるとです」
升三「何ばですか?」
-138-
五日「‥ウチに今こん村から来た介太ってい
う男ん子のおるとですけど知っとんなはる
ですか?」
升三「‥介太っちゃ東川さんとこの介太やろ
か?そげん言えば次男の喜助が戻って来た
ばってん、全然働きよらんて組頭から聞い
たです」
五日「その喜助さんっていう人に介太ば家で
預かるごつ話しばしてもらえんでしょう
か?」
-139-
升三「そげんか事情なら仕方なか。俺が引き
受くるけん心配せんで下さい」
五日「ありがとうございます」
頭を下げる五日。
〇藤沢家に続く道(夕)
タイトル『翌年 夏』
〇藤沢家・土間・炊事場(朝)
土間の一角にある釜戸と水の溜まった
-139-
甕などがおかれている炊事場。
石臼で小麦を挽いている珂内。
隣に見える板間では雲海と介太が菜種
を釜戸で炒っている。
〇同・馬屋(朝)
尾花の体を洗っている珂内。
尾花が少し暴れ始め、身体を押さえる
珂内。
珂内「尾花、どげんしたと」
-140-
遠くで噴火の音がして、地震のように
建物が揺れる。
珂内「あ‥また噴火やね。大丈夫やけんね‥」
尾花の首を撫でる珂内、少しして揺れ
がおさまる。
呼十「あ‥収まった‥」
柵の向こうから五日が現れる。
五日「大丈夫ね?」
珂内「あ、はい‥少し興奮したみたいやけど、
すぐおとなしくしてくれました」
-140-
五日「そげんね。尾花は珂内に懐いとるけん
ね。良かった」
柵を超えて馬屋へ入って来る五日に尾
花が近寄る。
珂内「でん、尾花には噴火の起こるとがわか
るとですかね?」
五日「島原で山崩れのあった日もずっと落ち
着かんやったけん、何かおかしかねって父
さんと話しよったとよ‥何か分かるとやろ
うね‥」
-141-
珂内「生き物はすごかですね‥」
五日「俺らは何も分からんやったけど‥山崩
れも津波んことも‥」
珂内「ほんなごつ、まさか肥後にまでそげん
大きか津波がくるとか思わんかったです。
加美山の向こうは全部浸かったって聞いた
ばってん、酷かとでしょ?」
五日「うん。俺らが手伝いに行ったとは津波
の次の日やったばってん、どこもぬかるん
どって荷車が通られんやった‥今は少しづ
-141-
つ片付きよるて言いよらしたけど‥」
珂内「そげんですか‥大変かですね‥」
五日、尾花の蹄を確認する。
五日「近々長崎に行こうかと思いよるとやけ
ど、尾花も一緒に連れて行って大丈夫やろ
か?珂内はどげん思う?」
尾花の身体を洗っていた珂内、驚いて
五日を見る。
珂内「長崎さん行きなはるとですか?」
五日「うん、薬草が採れるごつなって咳の薬
-142-
も大分出来たし、向こうは火山灰で咳の酷
か人の増えよるごたるけん」
珂内「ばってんまだ噴火の続きよるとに、大
丈夫とですか?」
五日「そげんやけど、滝さんちも気になって
‥どげんか見てこようと思っとる」
珂内「‥滝おばちゃんのことはお父ちゃんも
心配しとらすごたるです」
五日「俺もいつもお世話になっとるけんね」
珂内「よう分からんけど、何か尾花はいっち
-142-
ゃんが遠くさん行く時は、自分も一緒に行
かなんって思っとるごたる気がするです」
五日「ああ‥そげんかもね‥」
尾花の頬を撫でながら、身体の調子を
確認していく五日。
五日「じゃあ一緒に行こうかね」
珂内「‥ほんなごつ気を付けて行って来てく
ださい」
五日「うん」
馬屋を出て行く五日。
-143-
珂内、尾花の部屋を掃き掃除を始める。
餌を抱えた呼十が柵の向こうから現れ
る。
呼十「また噴火したとやろかね。大丈夫やっ
た?」
珂内「呼十ちゃん、いっちゃんに会わんやっ
た?」
呼十「会わんやったよ、何で?」
珂内「今、尾花の様子ば見に来なはって‥い
っちゃん長崎に行きなはるとって‥」
-143-
呼十「え?‥いつ?」
珂内「近々って言いよんなはった」
呼十「ふーん‥」
餌を木箱に移す呼十。
尾花の体に水を掛ける珂内。
珂内「‥ねえ呼十ちゃん。だいぶ前にいっち
ゃんと穣姉ちゃんが歩きよらしたとば見た
と覚えとる?」
呼十「‥ああ‥そう言えばそげんやった‥」
珂内「あれ何やったとやろうね‥」
-144-
呼十「‥忘れとった‥何で忘れとったとやろ
‥」
ぼうっとする呼十。
〇稲本家・炊事場(夜)
春が釜戸でお団子を茹でている。
後ろに立つ呼十。
呼十「お団子?」
春「うん。明日穣が赤さん見せに来るげな。
藍太が菊南村に野菜ば届けに行かしたとき
-144-
に穣に会うて、たまには帰ってこんねって
言うたとって」
呼十「‥そげんね」
春「あんた嬉しかろ?」
呼十「‥うん」
〇藤沢家・診療所・中
五日、布袋に薬を詰めている。
呼十、竹の皮で包まれたおにぎりの包
みを持って、入口から入ってくる。
-145-
呼十「おむすびげなです」
五日に渡す呼十。
五日「ありがと」
呼十「‥行きなはるとですか?」
五日「うん」
呼十「あの‥今日、穣姉ちゃんが帰ってくる
らしかです。おうてから行きなはるとよか
とに」
五日「‥何で?」
呼十「‥その方がいいとかなって思って」
-145-
五日「‥何それ?」
呼十「やって‥会いたかでしょ?」
短くため息をつく五日。
五日「‥大体あんた、ウチに来る話でん三年
前に断ったくせに、何で俺の前にいつも現
れて色々入り込んできて、何がしたいと?」
呼十「違うとです!断ったとはお母ちゃんが
勝手にさしたことで、やってウチは変やし
あんたはあの家には向いとらんって言わし
て‥ウチは器量よしでもないし、色は黒い
-146-
し、何も出来んし‥」
五日「‥それやけんあん時ウチに来ればよか
て言うたとやろ?」
呼十「‥そげんです。あん時誰でんよかけん
って言いなはって、よう考えればひどか話
です」
五日「‥あん時はよか人て言いよらんやっ
た?」
呼十「あん時はそれが嬉しかったとけど、何
か分からんけど今はそれが嫌とです」
-146-
五日「来たくなかってこと?」
呼十「うんにゃです」
五日「‥どげんしたかと?」
呼十「‥ウチは恩返しがしたかっです。でも
分からん。何かずっと胸が塞がったごとし
て、腹の立つごたるし悲しかごたるし、何
かもう分からんです」
五日「‥俺も分からんよ。急に来て何でそげ
んかこといわれやんとか‥」
呼十「‥すみません。でん穣姉ちゃんが来る
-147-
ことば言わんといけんと思って‥そげんせ
んと後悔しそうやったけん‥」
五日「あんたが後悔するかどげんかとか知ら
んよ。とにかくもう行かなんけん」
呼十「‥行きなはるとですか?」
五日「‥おむすびありがとうって久爾子さん
に言うとって」
呼十「‥」
五日、尾花を柵から出す。
-147-
〇野道
尾花に乗り走っている怒った顔の五日。
五日「何やろう‥何か腹が立つ‥」
少し走って行くと、赤ん坊を負ぶった
瀬戸穣(20)が歩いて来ているのが
見える。
穣「いっちゃん‥」
五日「‥」
尾花から降りる五日。
穣「どこか行きよると?」
-148-
五日「‥長崎に」
穣「今から?大変やね」
五日「‥うんにゃ‥家さん帰りよると?」
穣「うん。麦の採れたけん貰いにおいでって
藍太兄ちゃんが言うてくれなはって‥」
五日「そげんね‥皆待っとんなはるやろね」
穣「この村でんまだ十分に食べ物が足りとる
訳じゃなかとに‥」
五日「‥心配しとんなはるとやろ」
穣「‥うん」
-148-
五日「赤さん寝とんなはるとやね。可愛かね」
背中の赤ん坊を覗く五日。
穣「ありがとう」
五日「(小声で)静かにせんと起きなはるね」
微笑む穣。
穣「‥ずっとウチ、いっちゃんに謝らんで村
ば出て行ってから‥ごめんね‥」
五日「え‥」
穣「‥あの日海着川沿いの道ば歩いたやん」
五日「‥うん」
-149-
○(回想)海着川・川原沿いの道(夕)
並んで歩いている穣と五日。
穣「‥やっぱりお母ちゃん断られんて言いよ
らして‥」
五日「‥俺も父さんに話してみるけん、大丈
夫て」
穣「大丈夫とかな‥」
ふと立ち止まる穣。
穣「もし‥二人でどこか別の村さん行ったら、
-149-
どげんなるかな‥」
五日「‥皆心配しなはるよ」
穣「うん、そげんやね‥いっちゃんはお医者
さんになってこん村の人達が、遠くの診療
所まで行かんでよかごとしたいとやし‥ウ
チもそげんなって欲しかし‥ウチでんお母
ちゃんがどげん肩身の狭か思いばしなはる
か‥」
五日「大丈夫やけん。絶対何とかなる。無理
矢理行かせたりはしなはらんよ」
-149-
穣「‥うん」
歩いて行く五日と穣。
○野道
五日「あの時、ほんなごつはどこか行くしか
なかって思っとったとじゃなかとかなって
‥俺、気づいとらんやったとかなって後で
思って‥」
穣「‥うんにゃ、ウチもあげん言うたけんい
っちゃんが気にしとるとかもしれんって思
-150-
※一切の無断転用を禁じます。