っとって‥ごめんね‥」
     五日「‥俺がもっと早う気づけば良かったと
      かなって思っとった‥」
     穣「でん出来んことやったし‥やっぱりこげ
      んしかならんかったとと思う」
     五日「‥俺は医者になろうと思っとったし、
      村の皆ば守らなんって思っとったけど‥そ
      れでももっと大切か物のあるって思っとっ
      た‥」
     穣「でん、そげんかことになったらずっと後
            -151-

      ろめたか思いばせなんやったし、そしたら
      いっちゃん後悔しなはったやろうと思う」
     五日「‥うんにゃよ。申し訳なかとはずっと
      思ったやろうけど、それはずっと背負って
      いったやろうけど、後悔はせんやったって
      言い切れるよ」
     穣「‥後悔しとるとはウチとやろう‥でん、
      ただ好いて貰えたっていうことがずっとウ
      チの中の宝物のごとしてある‥それで十分
      やけん」
            -151-

     五日「あん時は何かよう分からんようになっ
      て、何も出来んやった‥ごめん」
     穣「うんにゃよ。違うけんね‥ありがとう」
     五日「…」
     穣「長崎まで遠かろ?気を付けてね」
     五日「‥みっちゃんも」
     穣「うん‥ありがとう‥見送るけん、じゃあ
      ね‥」
     五日「うん‥」
        尾花に乗り、進んで行く五日。
            -152-

        五日の後ろ姿を見送る穣。
        
     ○山を越えた所の村
        津波の被害に遭った肥後の村。
        少しづつ片づけられ復興へ向かって
        いる。
        五日、尾花に乗りゆっくり通っていく。
     五日「‥こっちがこげん被害のあったとなら
      向こうはもっとやろ‥」
        遠くに見えている雲仙。
            -152-

     五日「‥滝さん、どげんしとんなはるやろう
      か‥」
        ため息をつく五日。
     五日「早う行かなんって思うとに、何か身体
      が動かんごとして‥」
        ぼうっとしたまま尾花に乗り、進んで
        行く五日。
        
     〇海着川・川原沿いの道(夕)
        呼十、とぼとぼと元気なく歩いている。
            -153-

        脇道を歩いている千穂の姿が遠くに見
        える。呼十に気づく千穂。
     千穂「呼十ちゃーん!」
        声のする方を見る呼十。
        千穂が野菜の入った籠を抱えて走って
        くる。
     千穂「お帰り」
     呼十「ただいま。どこか行っとったと?」
     千穂「みっちゃんが赤さん連れて帰って来な
      はったけん、加藤さんとこにお野菜ば分け
            -153-

      て貰って来たと」
     呼十「そげんね‥ありがとう」
        並んで歩く呼十と千穂。
     千穂「どげんしたと?何か元気なかごたる‥」
     呼十「‥いっちゃんと喧嘩したと。今日から
      長崎に行きなはったとに‥」
     千穂「‥何で喧嘩したと?」
     呼十「穣姉ちゃんが帰ってこらすけん、会っ
      てから長崎に行きなはるとよかって言うた
      ら怒んなはって‥」
            -154-

     千穂「‥分からんけど、もしウチが藍ちゃん
      に昔好いとった人に会わんねって言われた
      としたら、ウチなら嫌やけど‥」
     呼十「千穂姉ちゃん穣姉ちゃんのこと知っと
      ったと?」
     千穂「うん、前に藍ちゃんに聞いたことのあ
      って‥黙っとってごめんね‥」
     呼十「うんにゃよ」
     千穂「‥ウチやったら藍ちゃんに会わんでっ
      て言って欲しかよ。いっちゃんがどげん思
            -154-

      いなはるかは分からんけど‥」
     呼十「‥でん、それは千穂姉ちゃんが藍太兄
      ちゃんのことが好いとるけんよ。いっちゃ
      んは違っとるけん‥」
     千穂「‥呼十ちゃん、いっちゃんの本当のお
      母さんのこと知っとる?」
     呼十「‥いっちゃんが小さか頃に亡くなった
      とは覚えとる」
     千穂「藍ちゃんから聞いたとやけど‥いっち
      ゃん、お母さんが亡くならしたから家から
            -155-

      出て来んごつならしたらしか‥それで毎日
      みっちゃんがいっちゃんちまで迎えに行っ
      て、皆の所に連れて遊びにこらしたとって
      ‥」
     呼十「ああ‥何か少し覚えとる‥」
     千穂「それからいっちゃんが段々元気になっ
      ていかしたとけど、今の奥さんが新しくこ
      らすごつ決まって、でんいっちゃんがそれ
      ば嫌がんなはって‥そん時もみっちゃんが
      ずっといっちゃんば説得しなはって、二人
            -155-

      が仲良くならしたとって‥」
     呼十「そげんやったと‥」
     千穂「分からんばってん‥いっちゃんは大事
      か人ば二回も失いなはったとかなって思っ
      て‥」
     呼十「‥うん」
     千穂「そしたら、もう大事か物に会うとが嫌
      になるとかもしれんなって思って‥ウチら
      には分からんことがあるとかもしれんね‥」
     呼十「‥ウチ、二人のことば知った時ほんな
            -156-

      ごつは胸が塞がれて‥でん何かそげんかこ
      と思う自分が嫌で、悪者になったごたる気
      がして苦しかって‥」
     千穂「‥ウチでんそげんよ」
     呼十「‥何で?千穂姉ちゃん達は仲のようし
      て羨ましかことしかなかごたるとに」
     千穂「でん‥藍ちゃんは長男やけん、ウチが
      跡継ぎば生まんといけんやろ‥」
     呼十「そげんかこと誰も何とも思っとらんよ」
     千穂「そげんでも、甘える訳にはいかんけん
            -156-

      ね‥」
     呼十「やって、こげん仲のよかとに‥」
     千穂「何でうまくいかんとやろね‥好きにな
      るってそげんかことばっかりやとかもしれ
      んね‥それでもどげんしてん諦めきれんで、
      必死に崖ば登っていくごたる‥そげんかと
      かもしれん‥」
     呼十「‥」
        涙を拭う呼十の手を取る千穂。手を繋
        いで歩いて行く。
            -157-

        
     〇稲本家・居間(夜)
        赤ん坊を抱いた穣を囲み皆で食事して
        いる。
        
     〇同・居間(夜)
        穣の横に寝ている赤ん坊。
        赤ん坊の手を触っている呼十。
     呼十「かわいかね」
     穣「うん」
            -157-

     呼十「‥お嫁に行ったら赤さんば生まんとい
      けんと?」
     穣「そげんやね‥」
     呼十「穣姉ちゃんもそげん思っとったと?」
     穣「うん‥このまま生まれんなら帰らなんと
      かなって思っとった。でんこん子の生まれ
      て、でん女ん子やって‥親類の人からは次
      は男ん子ば生まなんねって言われて‥」
     呼十「そげん言われたっちゃ‥どげんしよう
      もなかやん」
            -158-

     穣「うん。向こうのお義母さんは気にせんで
      いいけんねって言うてくれなはる。お義母
      さんも四人目でやっと男ん子の出来なはっ
      たけん、ずっと親類の人に同じかことば言
      われよんなはったとげな‥」
     呼十「皆そげんかと?」
     穣「うん‥」
     呼十「‥千穂姉ちゃんがこん家の跡継ぎのこ
      とば気にしとんなはって、ウチいっちょん
      気づかんで‥」
            -158-

     穣「‥うん」
     呼十「ウチはずっと、千穂姉ちゃんは好いと
      る人と一緒になられてよかなって思っとっ
      て‥お料理もお裁縫も上手やし皆に優しか
      し、何も悪かことのなくて、悩むことやら
      一つももなかとやろうって勝手に思っとっ
      た‥何も分かっとらんやった‥」
     穣「‥千穂姉ちゃんは呼十がそげん思っとっ
      てくれて、嬉しかったと思うよ。何も分か
      らんでって思ったりしなはらんし、呼十が
            -159-

      千穂姉ちゃんば好いとるならそれが一番の
      助けになるとやけん」
     呼十「‥ならウチはただ千穂姉ちゃんば好き
      でおればいいとかな?」
     穣「うん。それが一番心強かと思う」
     呼十「分かった」
     穣「そのままでいいとよ」
        優しく呼十の手を握る穣。
     呼十「うん‥ありがと‥」
        優しく笑う穣。
            -159-

     呼十「‥ごめんね」
        穣の手を握り返す呼十。
        
     ○宿・外観(夜)
        山手の方にある小さな宿。
        『山海壮』の看板。
        
     ○同・部屋(夜)
        宿の一室から窓の外を眺めている五日。
        月が浮かんでいる。
            -160-

     五日「何かよう分からんようになってきた‥
      ずっと村の為って思いよったけど‥俺、何
      しよるとやろう‥」
        
     〇有明海沿いの道(朝)
        海の見える道を尾花に乗って走ってい
        る五日。
        
     ○滝の家があった場所の近く
        村が流され、建物の一部や木々や衣服、
            -160-

        家財道具などが泥に埋もれている個
        所。
        かなりの範囲で片付けられてはいるが、
        津波の傷跡の残る景色。
        尾花と共に立ち尽くす五日。
        
     ○被害を逃れた人里
        手綱を曳きゆっくりと歩いて行る五
        日、尾花が歩みを止める。
     五日「尾花?どげんした?」
            -161-

        五日、手綱を曳くが動こうとしない尾
        花。
     五日「‥どこか痛いとかな」
        尾花の脚を確認する五日。
        地鳴りが聞こえ始める。
     五日「‥」
        少し遠くに見えている普賢岳から噴煙
        が噴き出す。
     五日「…噴火」
        辺りに石が降り注いでくる。
            -161-

        
     〇藤沢家・大部屋
        子供達に字を教えている呼十と久爾子。
        地鳴りの音が響き始め、文机がガタガ
        タと震える。騒ぎ始める子供達。
     久爾子「噴火やろか?皆こっちにおいで!」
        久爾子の周りに集まる子供達。
        呼十、不安がる子供達の輪を外から支
        える。
     呼十「大丈夫、心配せんでよかよ」
            -162-

        呼十、子供達に覆い被さるようにして
        外を眺める。
        大きな爆発音が聞こえる。
     子供達「わーっ!」
        驚いて首を竦める子供達。
     呼十「‥」
        呼十手の届く子供達の頭を撫でていく。
        沢山の布団を担いだ時蔵が駆けつける。
        時蔵が布団の幾つかを呼十とその周り
        の子供達の上に被せ、残りの布団を久
            -162-

        爾子の周りの子供達に被せる。
        布団の上から覆い被さる久爾子。
        時蔵も同様に布団の上から覆い被さる。
        久爾子の手を握る時蔵。
        時蔵、ふと外を見ると遠くに見えてい
        る雲仙の上に空高く黒煙が上がって
        いるのに気づく。
        
     〇人里近くの道
        五日、降り注ぐ石を避けようと尾花を
            -163-

        木の陰に繋いでいる。その後ろから石
        が、身体に打ち付けられうつ伏せに倒
        れる五日。
        意識が朦朧としていく。
     五日「‥このままおらんくなってもよかとか
      な‥」
        ぼんやりとしていく五日、ゆっくり目
        を閉じる。
        
     〇田んぼ
            -163-

        タイトル「初秋」
        田んぼの稲が色づいている。
        
     〇山の上神社・外観
        小さな山の上にある神社。苔の生えた
        階段をずっと登った先に鳥居があり、
        その奥に小さな神社がある。その土地
        の小さな神社。
        
     〇同・本堂前
            -164-

        お参りをしている呼十。
        
     〇山之上神社へ続く山道
        神社までの階段を挟んだ斜面一面の桜
        の葉の緑。階段の途中へ繋がっている
        山道。
        山道を辿っていく呼十、高台から景色
        を眺める。
        遠く海の向こうに白い煙が上がってい
        る雲仙が見える。
            -164-

     呼十「…もうすぐ稲刈りしなはるです。今年
      は裏作に油菜ば植えるとですよ」
        ため息をつきその場を離れる呼十。
        
     ○藤沢家・診療所・中
        壁一面に干されている薬草。
        更に採って来た薬草を干している呼十。
     呼十「煎じ方ば教えて貰っとくと良かったな
      ‥」
        棚に置かれているすり鉢とすりこ木を
            -165-

        眺める呼十。
        
     〇稲本家・中部屋(夜)
        布団に入り、天井を眺めている呼十。
     呼十N:お昼は絶対大丈夫って思ったことが、
      夜は全く反対のごと思えてくる。何もなか
      で心がいっぱいになる。夜が明けんやった
      ら、もう明日が来んですむと思う。今日が
      続くとと明日が来るとと、どっちが辛かこ
      ととやろうと思う。
            -165-

        
     〇藤沢家・板間
        雲海が素麺をじっと見つめている。
        介太と珂内が息をのんでその様子を
        見ている。
     雲海「うん、大丈夫です。いい出来だと思い
      ます」
     介太、珂内「ほんなごつですか?!ありがと
      うございます!出来た!」
        喜ぶ介太と珂内に嬉しそうな時蔵。
            -166-

        雲海、風呂敷包みから素麺を取り出す。
     雲海「これが小豆島の素麺です。向こうから
      持って来ました」
        時蔵、素麺を眺める。
     時蔵「へえ‥何か匂いの違うですね‥」
     雲海「はい。小麦も油も違うし、気候や製法
      でも変わります」
     時蔵「そげんとですか‥」
        
     〇同・大部屋・縁側
            -166-

        庭で子供達が思い思いに、お弁当をを
        食べている。
        呼十、縁側に座り子供達の様子を見て
        いる。
        珂内が縁側の呼十の元へ駆け寄る。
     珂内「呼十ちゃん!出来たとよ!俺達だけで
      素麺が出来たと!」
        呼十の隣に座り、素麺を見せる珂内。
     呼十「すごかやん!良かったね」
     珂内「うん!」
            -167-

        素麺を眺める呼十。
     呼十「綺麗かね‥」
        珂内の後ろに立つ雲海。
     雲海「介太さんも珂内さんも頑張んなはった
      とですね」
     呼十「雲海さん、戻ってきてもらったとです
      ね。遠かとに、有難うございます」
        呼十、雲海に頭を下げる。
     雲海「いや、私も向こうに戻ってからもずっ
      と気になっとって‥」
            -167-

     珂内「あ、方言のうつっとるですよ」
     雲海「はい。うつっとります」
        笑う呼十。
     珂内「…」
        呼十の風呂敷包みに残っている手つか
        ずのお握りに目をやる珂内。
      
     〇同・板間
        時蔵、素麺を大事そうに手に取る。
     時蔵「ありがとうございました」
            -168-

     雲海「いえ、正直ここまでいい出来だとは思
      ってなくて、相当試行錯誤されたんだろう
      なと感心しました」
     時蔵「はい。二人共よう頑張ってくれました」
     雲海「今年は菜種油を買って作ることになる
      けど、来年はここで育った菜種で作れると
      いいですね。本当は菜種油を作るところま
      で教えれれば良かったのですが‥」
     時蔵「いえ、隣の村に教えてもらいながらや
      ってみます」
            -168-

     雲海「介太さんは材料選びに長けてらっしゃ
      る感じがするし、珂内さんは作業工程が丁
      寧でこつを掴むのが早いように思います。
      庄屋さんの元、お二人で力を合わせていけ
      ばもっと作る量も増やしていけると思いま
      す」
     時蔵「ありがとうございます。田畑ば継げん
      次男とか今までよその村に出て行かんとい
      けんかったけど、素麺作りばこの村で出来
      るならよかなと思っとるとです。ほんなご
            -169-

      つ感謝しかありません」
     雲海「いえ、少しでもお役に立てたのなら良
      かったです‥五日さんにもお会いしたかっ
      たんですが‥」
     時蔵「はい‥でん、せっかく来てもらったと
      やっけんゆっくりして行って下さい」
     雲海「ありがとうございます」
        素麺を大事そうに神棚に奉る時蔵。
        
     〇同・土間(夕)
            -169-

        草鞋を履いている珂内の元に時蔵が現
        れる。
     時蔵「珂内‥よう頑張ってくれてありがとう」
     珂内「うんにゃ‥俺は素麺づくりが楽しかけ
      ん、ただそれだけやけん、何もです」
     時蔵「この素?ば持って肥前の安徳稲荷神社
      に参ってこようかと思っとるとたい。あん
      た達も一緒に行かんね?」
     珂内「肥前さんですか?」
     時蔵「うん‥弥一さんが五日のことば気にか
            -170-

      けてくれとんなはって、肥前さん行くがて
      ら島原に行って見てきてよかって言いなは
      ってね。五日ば探すとば手伝うてくれんや
      ろか?」
     珂内「‥俺じゃなかとでけんですか?俺の代
      わりにウチの姉ちゃんば連れて行ってもら
      えんでしょうか?」
     時蔵「‥あんたの姉ちゃんばね?」
     珂内「はい‥」
     時蔵「女ん人がここば出るとは難しかとよ‥」
            -170-

     珂内「‥呼十ちゃんは、いっちゃん先生が行
      ったままになってからずっと違う人のごた
      るとです。あの噴火の日から毎日ずっとで
      す。毎朝心が無くなったごたる呼十ちゃん
      がそこにおって、俺は今、朝呼十ちゃんば
      見るとが辛かとです」
     時蔵「‥」
     珂内「‥お願いできんでしょうか?」
        頭を下げる珂内。
        
            -171-

     〇安徳稲荷神社・外観
        山の上に見えている本殿。
        木々の中、本殿までの途中に鳥居が何
        本も続いている。
        
     〇同・手水舎
        時蔵、柄杓を手に取り手を清め、口を
        漱ぐ。
        時蔵を見ている呼十。
     時蔵「右手で柄杓ば持って、お水ば左手にか
            -171-

      くる。そして柄杓ば左手に持ち替えて右手
      に水がかくる。そしたらまた右手に持って
      左手に水ば汲んで口ば漱ぐ。最後に左手ば
      洗うたら柄杓ば伏せて返す」
     呼十「はい‥」
        時蔵の言うとおりに手と口を洗う呼十。
        
     〇同・日本庭園
        手入れのされた日本庭園。
        桟橋を渡る時蔵と呼十。
            -172-

        
     〇同・赤鳥居
        鳥居が何本も続いている道。
        時蔵の後をついて行く呼十。
        
     〇同・御本殿
        綺麗な装飾のされた大きな本殿。
        拝殿の前で人々が鈴を鳴らし、お参り
        している。
        並んでいた時蔵と呼十の順番が来て、
            -172-

        時蔵鈴緒をとり、鈴を鳴らす。
        手を合わせる時蔵と呼十。
        
     〇山間の道(夕)
        山間の道を歩いて行く時蔵と呼十。
        
     〇宿・外観(夜)
        小さな宿。
        
     〇同・囲炉裏部屋(夜)
            -173-

        囲炉裏を囲み食事している時蔵と呼十。
        お茶を運んでくる女将。
     女将「疲れなはったでしょ‥」
     時蔵「ありがとうございます」
        お茶を飲む時蔵。
     時蔵「この辺りは噴火の被害はなかったとで
      すか?」
     女将「火山灰は降ってきたとですけど、被害
      はなかったです。島原の方からも大分こっ
      ちさん避難して来とんなはる人もおんなは
            -173-

      ります」
     時蔵「そげんとですか?」
     女将「ほんなごつはあの山崩れと津波の前に
      もっと大勢避難して来とんなはったとけど、
      あの頃噴火の収まったけんて島原に戻んな
      はった人のだいぶおんなはって‥」
     時蔵「津波はどの辺りまできたとやろうか?」
     女将「島原の人の話ではお城の近くまで迫っ
      て来たって言いよんなはったです。肥後の
      方にもきたとでしょ?」
            -174-

     時蔵「はい、山の梺まで浸かってしもうて、
      満潮の時間と重なったけんですね‥」
     女将「まさか山の崩るるとか思いもせんやっ
      たですね‥」
     時蔵「ほんなごつですね‥」
     女将「明日島原さん行きなはるとですか?」
     時蔵「はい」
     女将「何もなかばってんおむずびば用意しと
      きますけん、持って行ってください」
     時蔵「ああ‥ありがとうございます」
            -174-

        頭を下げる時蔵。
        頭を下げて台所へと戻る女将。 
     時蔵「あんたも疲れたやろ?」
        首を横に振る呼十。
     呼十「少し…でん、探しに行けるだけでん嬉
      しかです。有難うございます‥あれから嬉
      しかことがなくて、あったとかもしれんけ
      ど、嬉しかって思えんようになって‥」
     時蔵「‥何ばしよるとやろかね‥元気でおる
      となら、ちょっとくらい顔見せに帰ってく
            -175-

      ればよかとにね‥こげん心配しとるとに‥」
     呼十「‥はい」
        木枠の窓から月が見えている。
        
     〇同・表(朝)
        時蔵と呼十を見送っている女将。
        
     〇海岸沿いの道
        海岸沿いの道を歩いて行く時蔵と呼十。
        ×   ×   ×
            -175-

        歩いている二人に夕日が差してくる。
        土砂が海に流れ込んでおり、道が塞が
        れている。その前で立ち止まる二人。
     時蔵「…山崩れ、凄かったとやね」
     呼十「はい‥」
        脇道へと入っていく時蔵の後へ続く呼
        十。
        
     〇島原の村の中の坂道(夕)
        木々や建物の残がいなどが集められて
            -176-

        いるゴミの山が所々に見える。
        村の合間の細い坂道を登っていく時蔵
        と呼十、小さな店を見つける。
     時蔵「ここで聞いてみようか?」
     呼十「はい」
        店へ入っていく時蔵と呼十。
        
     ○店・店内(夕)
        鍬や鋤、箒や桶等の用具を売っている
        店。
            -176-

        店先に座っている女性。
        開いた入口から入って来る時蔵と呼十。
     時蔵「すみません」
     女性「‥はい」
     時蔵「あの‥肥後の方から人を探しに来とる
      とですが、聞いてもよかでしょうか?」
     女性「肥後からですか‥」
     時蔵「はい。あの大きか噴火の頃に島原の方
      さん来て、そのまま帰ってきとらんで‥」
     女性「幾つくらいの人とですか?」
            -177-

     時蔵「二十歳です。医者になろうて長崎さん
      時々通いよったとですけど‥」
     女性「お医者さん‥もしかしていっちゃん先
      生じゃなかやろか‥」
     時蔵・呼十「え?」
     時蔵「名前は五日ていいます」
     女性「皆いっちゃん先生て言いよるとけど、
      確か肥後の方の田中村っていう所から来た
      って言いよんなはったです」
     時蔵「そげんです!」
            -177-

     女性「ああ、そげんですか。先生には本当に
      お世話になってから‥山崩れの後も噴火の
      後もあちこちからいっぱいお医者さんの来
      てくれなはったばってん、皆自分の村さん
      戻らなんってすぐ帰って行きなはったっで
      すけど、いっちゃん先生だけは噴火のちゃ
      んと収まるまでおりますて言うて残ってく
      れなはっとるとです」
     時蔵「良かった、無事とですね‥」
     女性「詳しくは知らんとけど、あの噴火の日
            -177-

      に道に倒れとんなはったて聞いたです」
     時蔵「そげんやったとですか‥」
     女性「今は元気にしとんなはるですよ。そん
      前の道ば山の方さんずっと登って行くと海
      守寺っていうお寺さんのあって、そこにお
      んなはるです。つい甘えてしもうてから‥
      すみません」
     時蔵「こちらこそありがとうございます」
        頭を下げる時蔵。
        
            -178-

     〇海守寺・外観(夕)
        村の高台にある小さなお寺。目の前に
        は村の景色とその向こうに海が広がっ
        ている。
        
     〇同・表(夕)
        小夜(0)を負ぶった理介(12)が
        鳥居の前を掃き掃除している。
        海守寺に続いている坂道の下の方から
        時蔵と呼十が歩いて来ている。
            -179-

        二人に気づく理介。
        時蔵が理介に声を掛ける。
     時蔵「あの‥私、五日の父親とですけど、こ
      こに五日がお世話になっとるってきいて‥」
     理介「え?いっちゃん先生のお父さんとです
      か?」
     時蔵「はい。五日はここにおるとですか?」
     理介「いっちゃん先生はいつもここで怪我人
      ば診てくれよんなはるとですけど‥でも今
      は長崎のお医者さんのとこに行っとんなは
            -179-

      るとです」
     時蔵「長崎さん?」
     理介「はい。知っとる先生の所に薬ば持って
      行くけんって、一昨日尾花と一緒に行きな
      はったとです」
     時蔵「そげんですか‥無事なら良かったです。
      助けてもらったとでしょ?ありがとうござ
      います」
        頭を下げる時蔵。
     理介「うんにゃです。あ、中さん入んなはっ
            -180-

      てください」
        鳥居の中へと案内する理介。
        続いて行く時蔵と呼十。
        
     ○同・離れ(夜)
        あちこち修繕した跡がある離れ。
        
     ○同・離れ・大部屋(夜)
        広い部屋で災害から逃れてきた二十人
        程の人が集い、素?を食べている。家
            -180-

        族連れの人もいる。
        美味しそうに素?を食べる住職(77)
        と時蔵。その隣に座っている呼十、小
        夜を膝に抱き、理介が小夜に素?を食
        べさせている。ふと急に咳き込む理介、
        ひどく咳き込む。
        呼十、理介の背中をさすると、理介が
      腰の布袋から薬を取りだして飲んで
        いる。
     呼十「‥」
            -181-

     時蔵「すみません、住職。私は朝になったら
      肥後の方に帰りますけど、こん子を暫くこ
      こさん置いて貰われんでしょうか?」
     呼十「え?」
     住職「もう帰んなはるとですか?一緒におん
      なはったらいいとに」
     時蔵「早う帰って五日の無事ば知らせてやら
      んと皆心配しとるけんですね‥」
     住職「ああ、そげんですね」
     時蔵「こん子は向こうで手習所ば手伝ってく
            -181-

      れよったとです。だけんここでもちょっと
      は役に立つと思います」
     住職「ちょっとはって‥酷かですね」
        笑う周りの人達。
     呼十「いえ‥本当に何も出来んとです‥」
     時蔵「よかならお寺の手伝いばしながら、こ
      こで手習所ばさせて貰えんでしょうか?」
     住職「それは助かるです。今、皆作業に駆り
      出されて子供達に字ば教えてやる人のおら
      んとですよ。ほんなごつは島原は寺子屋の
            -182-

      いっぱいあったとやけど、今はそれが出来
      んごつなっとるとです。理介さん、字ば教え
      て貰われるげな」
     理介「‥俺もよかとですか?」
     住職「教えて欲しか人は皆来たらよかですよ」
        他の子ども達も顔を見合わせる。
     呼十「‥でん帰らんでよかとでしょうか?」
     時蔵「事情は説明しとくけん、大丈夫やろ‥
      そしてあんたが五日ば連れて帰って来てく
      れんね」
            -182-

     呼十「‥分かりました」
     時蔵「五日ば助けて貰った上に無理ゆうてす
      みませんが、どうか宜しくお願いします」
        頭を下げる時蔵。
     住職「こげん美味しか素?ば貰ったとですけ
      ん、大きか顔しておってよかとですよ」
        呼十ににっこり笑う住職。
        
     ○同・表(朝)
        一人、旅立つ時蔵。
            -183-

        見送る住職、理介、呼十。
        
     ○海守寺の奥にある林
        近くの小川で洗濯物を洗っている十
        与と理介。
     十与「いつもりっちゃんが負んぶしとる赤さ
      んは妹やと?」
     理介「うんにゃです。嬢ちゃんは俺が奉公し
      とった有明旅館のだんさんと女将さんとこ
      の子供さんとです」
            -183-

     十与「あ‥そげんやったと」
     理介「あん山崩れの日、井戸のおかしかった
      とです。そげん言うたら、だんさんと女将
      さんがお客さんば連れて海守寺さん逃げて
      くれんねって言いなはって‥」
     呼十「‥」(F・I)
        
     ○(回想)有明旅館・外観(夕)
        二、三十人程が泊まれる宿。
        
            -184-

     ○(回想)同・勝手口(夕)
        背中に棒を担ぎ、水の入ったタライを
        運んでいる理介、勝手口から入って来
        る。
        
     ○(回想)同・調理場
        忙しく働いている四、五人の人。
        タライの水を桶に移し、汗を拭う理介、
        また水を汲みに外へ出る。
        
            -184-

     ○(回想)村の井戸
        理介、井戸に繋がれた桶を引き上げ、
        汲んだ水をタライに移す。
     理介「熱っ!」
        飛び散った水に驚いて飛び跳ねる理介。
     理介「え?何で?」
        理介、井戸を覗き込むと水位が急に上
        がってきて井戸から水が溢れ出す。
     理介「うわっ!冷たっ!」
        溢れた水で濡れる理介。
            -185-

        少しすると溢れていた水が引く。
     理介「え?」
        再び井戸を覗くと水位が下がっていく。
     理介「‥」
        小康状態の普賢岳を眺め、熱いお湯の
        入った桶を運んで行く理介。
        
     ○(回想)有明旅館・調理場
        釜戸にかけられた大きな窯でご飯を炊
        いているサチ(40)、穴の空いた竹で
            -185-

        息を吹き団扇であおぐ。
        サチの後ろに立つ理介。
     理介「サチさん」
        声に振り返るサチ。
     理介「井戸に行ったらこげん熱かお湯の出て
      来たとです」
        湯気の出ているタライを覗くサチ。
     サチ「あはは。りっちゃん驚かせようと思っ
      とるとやろ?」
     理介「ほんなごつとです!そん後水の溢れて
            -186-

      きて、今はまた普通に元に戻っとるとけど
      ‥でん、ほんなごつさっきはこんお湯が出
      て来たとです」
     サチ「‥だんさんに言うたね?」
     理介「うんにゃです」
     サチ「すぐ言うてこんね」
     理介「はい」
        走って行く理介。
        
     ○(回想)同・廊下
            -186-

        タライを持って走っている理介、玄関
        先で背中に小夜(0)を負ぶって吐き
        掃除をしている女将(24)が見える。
     理介「女将さん!」
        
     ○(回想)同・玄関
     理介「だんさんはどこにおんなはるですか?」
        玄関越しに理介を見る女将。
     女将「今、市場さん行っとんなはるよ」
     理介「市場‥」
            -187-

     女将「どげんかしたと?」
     理介「はい‥井戸のおかしかとです」
     女将「‥」
        
     ○(回想)同・調理場
        調理場に集まっている旦那(29)、女
        将、調理人や奉公人等理介を含めた五、
        六人。
     旦那「理介から井戸のおかしかて聞いて、さ
      っき見てきたばってんどげんなかった」
            -187-

     理介「‥」
     旦那「ばってん鍛冶屋の和さんも地面の割れ
      目から水の逆流していくとば見たて、何か
      起こるとじゃなかとやろかって言いよんな
      はったらしか‥この辺の人達はそげんこと
      はなかって言いよらすばってん、俺も何か
      起こるごたる気がする」
        話しを聞いていた奉公人頭の作二(2
        2)。
     作二「‥噴火の起こるっていうことですか?」
            -188-

     旦那「いや、分からん‥何か分からんばって
      んじっとしとったらいけんごたる気がして
      ね‥何でそげん思うとか分からんばってん
      ‥」
     作二「‥はあ」
     旦那「今日夕方の食事ば出したら、皆で海守
      寺さん避難して欲しかとよ。あそこまでち
      ょっと遠かばってん、なるべく離れた所の
      方がよかやろ。住職には伝えて貰うごつ頼
      んどったけん」
            -188-

     サチ「だんさんと女将さんはどげんしなはる
      とですか?」
     旦那「お客さんに話したら避難するって言う
      人と宿に残りたかって言う人とおんなはる
      けん、皆には避難する人ば海守寺まで連れ
      て行って欲しか。俺はここさん残るけん」
     サチ「女将さんは海守寺さん一緒に来なはる
      とですね?」
     女将「ウチも残ります。女手があった方がよ
      かろうけん」
            -189-

     理介「嬢ちゃんは?どげんしなはるとです
      か?」
     女将「ウチも明日海守寺さん行くけん、それ
      までサチさん、先に小夜ば連れて行って貰
      えんやろうか?」
     サチ「ウチが残りますけん、女将さんは嬢ち
      ゃんば連れて避難しなはってください」
     女将「うんにゃ、女将が宿におらん訳にはい
      かんけん。サチさん、小夜ば頼みます」
     サチ「‥」
            -189-

     作二「旅館は明日からどげんしなはるとです
      か?」
     旦那「明日の朝お客さんば送り出したら一旦
      閉めようと思っとる。そげん長くは休まれ
      んばってん、何か胸騒ぎのするけん、それ
      が収まるまでちょっとの間休ませて貰えん
      やろうか?」
     作二「ばってん、何も起こっとらんとにそこ
      までせんといけんとですか?」
     旦那「うん。どげんもなかならそれが一番ば
            -190-

      ってん、お客さんば預かっとるけん用心し
      よう。頼みます」
        頭を下げる旦那と女将。
     作二「いや、だんさんがそげん言いなはると
      なら勿論そげんするです」
        頭を下げ返す奉公人たち。
        
     ○(回想)同・玄関(夜)
        玄関から出てくる十数人程の人影。
        
            -190-

     ○(回想)里の中の道(夜)
        皆黙って歩いている。
        先頭に提灯を持った作二。
        一番後ろを歩いている理介。
        その前に歩いていた小夜を負ぶったサ
        チが振り返る。
     サチ「ウチ‥女将さんが赤さんの頃から有明
      旅館に奉公しとってね‥ずっとこげんして
      負んぶしとったとよ‥ウチにとって女将さ
      んは雇い主ばってん、妹のごたる人でもあ
            -191-

      ると‥」
     理介「そげんやったとですか‥」
     サチ「りっちゃん、嬢ちゃんば頼めんやろか
      ‥」
     理介「サチさんは?」
     サチ「やっぱりウチは女将さんのそばにおり
      たかけん‥」
     理介「‥分かりました」
        サチ、負んぶ紐を使い、小夜を理介の
        背中に負ぶらせる。
            -191-

     サチ「これおむつ‥もしお腹の空きなはった
      ら柔らかかお粥かお汁ば飲ませてやって‥
      明日女将さんと一緒に海守寺に来るけん、
      それまでお願いね」
        風呂敷を理介に渡すサチ。
     理介「はい」
     サチ「ありがとう。気を付けてね」
     理介「サチさんも」
        頷いて道を戻っていくサチ。
        理介、小夜を負ぶって進んでいく。
            -192-

        ×   ×   ×   
        黙々と歩いて行く一行。
        人里の中に小さな神社がある。
        先頭を歩いている作二、振り返る。
     作二「海守寺までまだあるけん、ここで少し
      休憩ばしましょうか」
        頷く一行。
        
     ○(回想)神社の中(夜)
        境内へお参りしている理介。
            -192-

        一行が思い思いに腰掛けて休んでいる
        と地鳴りが聞こえる。
     理介「えっ‥」
        暫くすると地面が揺れ始め、物凄い轟
        音と共に土砂が流れる音がする。
     理介「‥」
        休んでいた全員が立ち上がり、顔を見
        合わせる。
        
     ○(回想)有明旅館のあった場所一帯(夜)
            -193-

        山崩れにより土砂で流されていく人里。
        
     ○(回想)有明海・島原沖海岸(夜)
        その山崩れによる土砂が有明海へと
        雪崩れ込む。
        土砂が流れ込んだことにより大きな
        波が起こる。
        
     ○(回想)有明海・肥後側海岸(夜)
        大きな波が津波として肥後側の海岸
            -193-

        に押し寄せ、人里を飲み込んでいく。
        
     ○(回想)有明海・島原沖海岸(夜)
        大きな波が肥後側の海岸へと押し寄せ
        た後、島原沖へと戻り、山崩れにあっ
        た島原の人里を更に津波が襲う。
        
     ○(回想)有明旅館のあった場所一帯(朝)
        朝日が昇り、被害状況が見えてくる。
        土砂や木々や壊れた建物が散乱して
            -194-

        おり、海水が残っている場所があちら
        こちらに見える。
        
     ○(回想)海守寺・境内(朝)
        怪我人で溢れているお堂や境内、その
        庭。
        小夜を負ぶった理介、人を探すように
        境内に座った人や横たわっている人を
        確認しながら間をぬって歩いている。
        
            -194-

     ○(回想)島原城の前の道
        被害を逃れた島原城の前の道から村を
        見下ろしている小夜を負ぶった理介。
        流されてすっかり変わり果てた村に呆
        然と立ち尽くす。
        
     ○(回想)有明旅館のあった場所付近
        土砂や建物の残がいで何も残っていな
        い有明旅館の跡地。
        小夜を負ぶって佇んでいる理介に気づ
            -195-

        いた作次が近づいてくる。
        理介の肩に手を置き、泣きながら首を
        横に振る作二。
     作二「二人共さっき海辺で見つかった‥」
     理介「‥」
        
     ○(回想)海守寺・表(夕)
        小夜を負んぶしてぼうっと歩いて来た
        理介が鳥居から入っていく。
        
            -195-

     ○(回想)同・庭(夕)
        庭を歩いて行く理介、境内から聞こえ
        るお経に足を止める。
        お堂でお経をあげている住職の後ろ姿
        を見つめる理介。
        
     ○(回想)同・離れ・小部屋(夜)
        並んだ三つのお布団。
        夜泣きしている小夜を抱っこしている
        理介。
            -196-

        小夜にいないいないばあをしてみせる
        住職。
        ×   ×   ×
        泣き疲れて眠った小夜をそっとお布団
        に寝せる理介。
     理介「旦さん、女将さん、サチさん‥俺に力
      ば下さい‥嬢ちゃんば守って下さい‥」
        小夜の寝顔を見ている理介。(F・O)
        
     ○海守寺の奥にある林
            -196-

        小川のほとりの大きな岩に洗濯物を叩
        いて水を切っている理介。
        手拭いを絞っている呼十。
     呼十「‥りっちゃんのお父ちゃんとお母ちゃ
      んは?心配しとらすとじゃなかと?戻らん
      でよかと?」
     理介「‥俺、旅館に奉公に来る前は地主さん
      のとこでちょっとの間手伝いばしよったと
      です‥うちの家は小作で、年貢の足らん分
      ば俺が地主さんとこで働いて返すごつして
            -197-

      くれなはって‥でん地主さんがもう家さん
      帰ってよかよって言いなはって家さん帰っ
      たとけど、俺が食べる分はやっぱり家には
      なくてから、それで今度は有明旅館に奉公
      に出たとです‥だけん、俺は家には戻られ
      んとです‥」
     呼十「そげんやったと‥」
     理介「でん嬢ちゃんももう旅館の流されて、
      だんさんも女将さんもおんなはらんごとな
      って‥だけん俺が何とかせんといけん」
            -197-

     呼十「‥」
     理介「字ば教えてください。生きていくとに
      必要かて思うけん‥」
     呼十「‥うん。分かった‥」
        火山灰を含んだ風が吹いてくる。
        咳き込む理介、腰から薬を出して服用
        する。
     呼十「そん薬‥いっちゃんが作んなはった薬
      と?」
     理介「はい。これば飲むと咳のようなって‥
            -198-

      でん、この頃はしょっちゅう咳の出るごつ
      なって‥早う治さんと」
     呼十「‥そげんやね。咳はきつかもんね‥」
        絞った洗濯物の中から手拭いをとり、
        理介に渡す呼十。
        
     ○海守寺・離れ・大部屋
        数人の子供達が台を使って字を書いて
        いる。
        一人の子にお手本を描いて見せている
            -198-

        十与。
        何べんも練習している理介。
        
     ○同・離れ・炊事場(夕)
        食事の支度をしている女性達。
        
     ○同・表(夕)
        箒で掃き掃除をしている子供達。
        理介も小夜を負ぶって掃除している。
        坂の下の方から復興の作業を手伝って
            -199-

        来た男性達が帰って来ている。
        自分のお父さんを見つけ駆け寄る子供
        達。
        鳥居の中へ入っていく理介。
        
     ○同・鐘撞堂(夕)
        鐘をついている住職。
        
     ○同・離れ・大部屋
        子供達に算術を教えている呼十。
            -199-

        台に掴まり、立ち上がる小夜を見て驚
        く理介。
        小夜の周りに集まって喜ぶ子供達。
        
     ○同・庭(朝)
        霜が降りている庭。
        白い息をはずませ追いかけっこをして
        遊んでいる子供達。
        よちよち歩きの小夜に付き添う呼十。
        
            -200-

     ○同・表(夕)
        履き掃除をしている子供達。
        高台にある道から下を眺めると建物が
        建ったり、水路が出来たりと復興して
        いる村の姿が見える。
        作業を終えて帰って来る男性達の中に
        理介も混ざっている。
        
     ○同・離れ・大部屋(夜)
        食事をしている七、八人程の人達。
            -200-

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