っとって‥ごめんね‥」
        五日「‥俺がもっと早う気づけば良かったと
         かなって思っとった‥」
        穣「でん出来んことやったし‥やっぱりこげ
         んしかならんかったとと思う」
        五日「‥俺は医者になろうと思っとったし、
         村の皆ば守らなんって思っとったけど‥そ
         れでももっと大切か物のあるって思っとっ
         た‥」
        穣「でん、そげんかことになったらずっと後
         ろめたか思いばせなんやったし、そしたら
         いっちゃん後悔しなはったやろうと思う」
        五日「‥うんにゃよ。申し訳なかとはずっと
         思ったやろうけど、それはずっと背負って
         いったやろうけど、後悔はせんやったって
         言い切れるよ」
        穣「‥後悔しとるとはウチとやろう‥でん、
         ただ好いて貰えたっていうことがずっとウ
         チの中の宝物のごとしてある‥それで十分
         やけん」
               -151-


        五日「あん時は何かよう分からんようになっ
         て、何も出来んやった‥ごめん」
        穣「うんにゃよ。違うけんね‥ありがとう」
        五日「…」
        穣「長崎まで遠かろ?気を付けてね」
        五日「‥みっちゃんも」
        穣「うん‥ありがとう‥見送るけん、じゃあ
         ね‥」
        五日「うん‥」
           尾花に乗り、進んで行く五日。
           五日の後ろ姿を見送る穣。
        
        ○山を越えた所の村
           津波の被害に遭った肥後の村。
           少しづつ片づけられ復興へ向かって
           いる。
           五日、尾花に乗りゆっくり通っていく。
        五日「‥こっちがこげん被害のあったとなら
         向こうはもっとやろ‥」
           遠くに見えている雲仙。
               -152-


        五日「‥滝さん、どげんしとんなはるやろう
         か‥」
           ため息をつく五日。
        五日「早う行かなんって思うとに、何か身体
         が動かんごとして‥」
           ぼうっとしたまま尾花に乗り、進んで
           行く五日。
        
        〇海着川・川原沿いの道(夕)
           呼十、とぼとぼと元気なく歩いている。
           脇道を歩いている千穂の姿が遠くに見
           える。呼十に気づく千穂。
        千穂「呼十ちゃーん!」
           声のする方を見る呼十。
           千穂が野菜の入った籠を抱えて走って
           くる。
        千穂「お帰り」
        呼十「ただいま。どこか行っとったと?」
        千穂「みっちゃんが赤さん連れて帰って来な
         はったけん、加藤さんとこにお野菜ば分け
               -153-


         て貰って来たと」
        呼十「そげんね‥ありがとう」
           並んで歩く呼十と千穂。
        千穂「どげんしたと?何か元気なかごたる‥」
        呼十「‥いっちゃんと喧嘩したと。今日から
         長崎に行きなはったとに‥」
        千穂「‥何で喧嘩したと?」
        呼十「穣姉ちゃんが帰ってこらすけん、会っ
         てから長崎に行きなはるとよかって言うた
         ら怒んなはって‥」
        千穂「‥分からんけど、もしウチが藍ちゃん
         に昔好いとった人に会わんねって言われた
         としたら、ウチなら嫌やけど‥」
        呼十「千穂姉ちゃん穣姉ちゃんのこと知っと
         ったと?」
        千穂「うん、前に藍ちゃんに聞いたことのあ
         って‥黙っとってごめんね‥」
        呼十「うんにゃよ」
        千穂「‥ウチやったら藍ちゃんに会わんでっ
         て言って欲しかよ。いっちゃんがどげん思
               -154-


         いなはるかは分からんけど‥」
        呼十「‥でん、それは千穂姉ちゃんが藍太兄
         ちゃんのことが好いとるけんよ。いっちゃ
         んは違っとるけん‥」
        千穂「‥呼十ちゃん、いっちゃんの本当のお
         母さんのこと知っとる?」
        呼十「‥いっちゃんが小さか頃に亡くなった
         とは覚えとる」
        千穂「藍ちゃんから聞いたとやけど‥いっち
         ゃん、お母さんが亡くならしたから家から
         出て来んごつならしたらしか‥それで毎日
         みっちゃんがいっちゃんちまで迎えに行っ
         て、皆の所に連れて遊びにこらしたとって
         ‥」
        呼十「ああ‥何か少し覚えとる‥」
        千穂「それからいっちゃんが段々元気になっ
         ていかしたとけど、今の奥さんが新しくこ
         らすごつ決まって、でんいっちゃんがそれ
         ば嫌がんなはって‥そん時もみっちゃんが
         ずっといっちゃんば説得しなはって、二人
               -155-


         が仲良くならしたとって‥」
        呼十「そげんやったと‥」
        千穂「分からんばってん‥いっちゃんは大事
         か人ば二回も失いなはったとかなって思っ
         て‥」
        呼十「‥うん」
        千穂「そしたら、もう大事か物に会うとが嫌
         になるとかもしれんなって思って‥ウチら
         には分からんことがあるとかもしれんね‥」
        呼十「‥ウチ、二人のことば知った時ほんな
         ごつは胸が塞がれて‥でん何かそげんかこ
         と思う自分が嫌で、悪者になったごたる気
         がして苦しかって‥」
        千穂「‥ウチでんそげんよ」
        呼十「‥何で?千穂姉ちゃん達は仲のようし
         て羨ましかことしかなかごたるとに」
        千穂「でん‥藍ちゃんは長男やけん、ウチが
         跡継ぎば生まんといけんやろ‥」
        呼十「そげんかこと誰も何とも思っとらんよ」
        千穂「そげんでも、甘える訳にはいかんけん
               -156-


         ね‥」
        呼十「やって、こげん仲のよかとに‥」
        千穂「何でうまくいかんとやろね‥好きにな
         るってそげんかことばっかりやとかもしれ
         んね‥それでもどげんしてん諦めきれんで、
         必死に崖ば登っていくごたる‥そげんかと
         かもしれん‥」
        呼十「‥」
           涙を拭う呼十の手を取る千穂。手を繋
           いで歩いて行く。
        
        〇稲本家・居間(夜)
           赤ん坊を抱いた穣を囲み皆で食事して
           いる。
        
        〇同・居間(夜)
           穣の横に寝ている赤ん坊。
           赤ん坊の手を触っている呼十。
        呼十「かわいかね」
        穣「うん」
               -157-


        呼十「‥お嫁に行ったら赤さんば生まんとい
         けんと?」
        穣「そげんやね‥」
        呼十「穣姉ちゃんもそげん思っとったと?」
        穣「うん‥このまま生まれんなら帰らなんと
         かなって思っとった。でんこん子の生まれ
         て、でん女ん子やって‥親類の人からは次
         は男ん子ば生まなんねって言われて‥」
        呼十「そげん言われたっちゃ‥どげんしよう
         もなかやん」
        穣「うん。向こうのお義母さんは気にせんで
         いいけんねって言うてくれなはる。お義母
         さんも四人目でやっと男ん子の出来なはっ
         たけん、ずっと親類の人に同じかことば言
         われよんなはったとげな‥」
        呼十「皆そげんかと?」
        穣「うん‥」
        呼十「‥千穂姉ちゃんがこん家の跡継ぎのこ
         とば気にしとんなはって、ウチいっちょん
         気づかんで‥」
               -158-


        穣「‥うん」
        呼十「ウチはずっと、千穂姉ちゃんは好いと
         る人と一緒になられてよかなって思っとっ
         て‥お料理もお裁縫も上手やし皆に優しか
         し、何も悪かことのなくて、悩むことやら
         一つももなかとやろうって勝手に思っとっ
         た‥何も分かっとらんやった‥」
        穣「‥千穂姉ちゃんは呼十がそげん思っとっ
         てくれて、嬉しかったと思うよ。何も分か
         らんでって思ったりしなはらんし、呼十が
         千穂姉ちゃんば好いとるならそれが一番の
         助けになるとやけん」
        呼十「‥ならウチはただ千穂姉ちゃんば好き
         でおればいいとかな?」
        穣「うん。それが一番心強かと思う」
        呼十「分かった」
        穣「そのままでいいとよ」
           優しく呼十の手を握る穣。
        呼十「うん‥ありがと‥」
           優しく笑う穣。
               -159-


        呼十「‥ごめんね」
           穣の手を握り返す呼十。
        
        ○宿・外観(夜)
           山手の方にある小さな宿。
           『山海壮』の看板。
        
        ○同・部屋(夜)
           宿の一室から窓の外を眺めている五日。
           月が浮かんでいる。
        五日「何かよう分からんようになってきた‥
         ずっと村の為って思いよったけど‥俺、何
         しよるとやろう‥」
        
        〇有明海沿いの道(朝)
           海の見える道を尾花に乗って走ってい
           る五日。
        
        ○滝の家があった場所の近く
           村が流され、建物の一部や木々や衣服、
               -160-


           家財道具などが泥に埋もれている個
           所。
           かなりの範囲で片付けられてはいるが、
           津波の傷跡の残る景色。
           尾花と共に立ち尽くす五日。
        
        ○被害を逃れた人里
           手綱を曳きゆっくりと歩いて行る五
           日、尾花が歩みを止める。
        五日「尾花?どげんした?」
           五日、手綱を曳くが動こうとしない尾
           花。
        五日「‥どこか痛いとかな」
           尾花の脚を確認する五日。
           地鳴りが聞こえ始める。
        五日「‥」
           少し遠くに見えている普賢岳から噴煙
           が噴き出す。
        五日「…噴火」
           辺りに石が降り注いでくる。
               -161-


        
        〇藤沢家・大部屋
           子供達に字を教えている呼十と久爾子。
           地鳴りの音が響き始め、文机がガタガ
           タと震える。騒ぎ始める子供達。
        久爾子「噴火やろか?皆こっちにおいで!」
           久爾子の周りに集まる子供達。
           呼十、不安がる子供達の輪を外から支
           える。
        呼十「大丈夫、心配せんでよかよ」
           呼十、子供達に覆い被さるようにして
           外を眺める。
           大きな爆発音が聞こえる。
        子供達「わーっ!」
           驚いて首を竦める子供達。
        呼十「‥」
           呼十手の届く子供達の頭を撫でていく。
           沢山の布団を担いだ時蔵が駆けつける。
           時蔵が布団の幾つかを呼十とその周り
           の子供達の上に被せ、残りの布団を久
               -162-


           爾子の周りの子供達に被せる。
           布団の上から覆い被さる久爾子。
           時蔵も同様に布団の上から覆い被さる。
           久爾子の手を握る時蔵。
           時蔵、ふと外を見ると遠くに見えてい
           る雲仙の上に空高く黒煙が上がって
           いるのに気づく。
        
        〇人里近くの道
           五日、降り注ぐ石を避けようと尾花を
           木の陰に繋いでいる。その後ろから石
           が、身体に打ち付けられうつ伏せに倒
           れる五日。
           意識が朦朧としていく。
        五日「‥このままおらんくなってもよかとか
         な‥」
           ぼんやりとしていく五日、ゆっくり目
           を閉じる。
        
        〇田んぼ
               -163-


           タイトル「初秋」
           田んぼの稲が色づいている。
        
        〇山の上神社・外観
           小さな山の上にある神社。苔の生えた
           階段をずっと登った先に鳥居があり、
           その奥に小さな神社がある。その土地
           の小さな神社。
        
        〇同・本堂前
           お参りをしている呼十。
        
        〇山之上神社へ続く山道
           神社までの階段を挟んだ斜面一面の桜
           の葉の緑。階段の途中へ繋がっている
           山道。
           山道を辿っていく呼十、高台から景色
           を眺める。
           遠く海の向こうに白い煙が上がってい
           る雲仙が見える。
               -164-


        呼十「…もうすぐ稲刈りしなはるです。今年
         は裏作に油菜ば植えるとですよ」
           ため息をつきその場を離れる呼十。
        
        ○藤沢家・診療所・中
           壁一面に干されている薬草。
           更に採って来た薬草を干している呼十。
        呼十「煎じ方ば教えて貰っとくと良かったな
         ‥」
           棚に置かれているすり鉢とすりこ木を
           眺める呼十。
        
        〇稲本家・中部屋(夜)
           布団に入り、天井を眺めている呼十。
        呼十N:お昼は絶対大丈夫って思ったことが、
         夜は全く反対のごと思えてくる。何もなか
         で心がいっぱいになる。夜が明けんやった
         ら、もう明日が来んですむと思う。今日が
         続くとと明日が来るとと、どっちが辛かこ
         ととやろうと思う。
               -165-


        
        〇藤沢家・板間
           雲海が素麺をじっと見つめている。
           介太と珂内が息をのんでその様子を
           見ている。
        雲海「うん、大丈夫です。いい出来だと思い
         ます」
        介太、珂内「ほんなごつですか?!ありがと
         うございます!出来た!」
           喜ぶ介太と珂内に嬉しそうな時蔵。
           雲海、風呂敷包みから素麺を取り出す。
        雲海「これが小豆島の素麺です。向こうから
         持って来ました」
           時蔵、素麺を眺める。
        時蔵「へえ‥何か匂いの違うですね‥」
        雲海「はい。小麦も油も違うし、気候や製法
         でも変わります」
        時蔵「そげんとですか‥」
        
        〇同・大部屋・縁側
               -166-


           庭で子供達が思い思いに、お弁当をを
           食べている。
           呼十、縁側に座り子供達の様子を見て
           いる。
           珂内が縁側の呼十の元へ駆け寄る。
        珂内「呼十ちゃん!出来たとよ!俺達だけで
         素麺が出来たと!」
           呼十の隣に座り、素麺を見せる珂内。
        呼十「すごかやん!良かったね」
        珂内「うん!」
           素麺を眺める呼十。
        呼十「綺麗かね‥」
           珂内の後ろに立つ雲海。
        雲海「介太さんも珂内さんも頑張んなはった
         とですね」
        呼十「雲海さん、戻ってきてもらったとです
         ね。遠かとに、有難うございます」
           呼十、雲海に頭を下げる。
        雲海「いや、私も向こうに戻ってからもずっ
         と気になっとって‥」
               -167-


        珂内「あ、方言のうつっとるですよ」
        雲海「はい。うつっとります」
           笑う呼十。
        珂内「…」
           呼十の風呂敷包みに残っている手つか
           ずのお握りに目をやる珂内。
        
        〇同・板間
           時蔵、素麺を大事そうに手に取る。
        時蔵「ありがとうございました」
        雲海「いえ、正直ここまでいい出来だとは思
         ってなくて、相当試行錯誤されたんだろう
         なと感心しました」
        時蔵「はい。二人共よう頑張ってくれました」
        雲海「今年は菜種油を買って作ることになる
         けど、来年はここで育った菜種で作れると
         いいですね。本当は菜種油を作るところま
         で教えれれば良かったのですが‥」
        時蔵「いえ、隣の村に教えてもらいながらや
         ってみます」
               -168-


        雲海「介太さんは材料選びに長けてらっしゃ
         る感じがするし、珂内さんは作業工程が丁
         寧でこつを掴むのが早いように思います。
         庄屋さんの元、お二人で力を合わせていけ
         ばもっと作る量も増やしていけると思いま
         す」
        時蔵「ありがとうございます。田畑ば継げん
         次男とか今までよその村に出て行かんとい
         けんかったけど、素麺作りばこの村で出来
         るならよかなと思っとるとです。ほんなご
         つ感謝しかありません」
        雲海「いえ、少しでもお役に立てたのなら良
         かったです‥五日さんにもお会いしたかっ
         たんですが‥」
        時蔵「はい‥でん、せっかく来てもらったと
         やっけんゆっくりして行って下さい」
        雲海「ありがとうございます」
           素麺を大事そうに神棚に奉る時蔵。
        
        〇同・土間(夕)
               -169-


           草鞋を履いている珂内の元に時蔵が現
           れる。
        時蔵「珂内‥よう頑張ってくれてありがとう」
        珂内「うんにゃ‥俺は素麺づくりが楽しかけ
         ん、ただそれだけやけん、何もです」
        時蔵「この素?ば持って肥前の安徳稲荷神社
         に参ってこようかと思っとるとたい。あん
         た達も一緒に行かんね?」
        珂内「肥前さんですか?」
        時蔵「うん‥弥一さんが五日のことば気にか
         けてくれとんなはって、肥前さん行くがて
         ら島原に行って見てきてよかって言いなは
         ってね。五日ば探すとば手伝うてくれんや
         ろか?」
        珂内「‥俺じゃなかとでけんですか?俺の代
         わりにウチの姉ちゃんば連れて行ってもら
         えんでしょうか?」
        時蔵「‥あんたの姉ちゃんばね?」
        珂内「はい‥」
        時蔵「女ん人がここば出るとは難しかとよ‥」
               -170-


        珂内「‥呼十ちゃんは、いっちゃん先生が行
         ったままになってからずっと違う人のごた
         るとです。あの噴火の日から毎日ずっとで
         す。毎朝心が無くなったごたる呼十ちゃん
         がそこにおって、俺は今、朝呼十ちゃんば
         見るとが辛かとです」
        時蔵「‥」
        珂内「‥お願いできんでしょうか?」
           頭を下げる珂内。
        
        〇安徳稲荷神社・外観
           山の上に見えている本殿。
           木々の中、本殿までの途中に鳥居が何
           本も続いている。
        
        〇同・手水舎
           時蔵、柄杓を手に取り手を清め、口を
           漱ぐ。
           時蔵を見ている呼十。
        時蔵「右手で柄杓ば持って、お水ば左手にか
               -171-


         くる。そして柄杓ば左手に持ち替えて右手
         に水がかくる。そしたらまた右手に持って
         左手に水ば汲んで口ば漱ぐ。最後に左手ば
         洗うたら柄杓ば伏せて返す」
        呼十「はい‥」
           時蔵の言うとおりに手と口を洗う呼十。
        
        〇同・日本庭園
           手入れのされた日本庭園。
           桟橋を渡る時蔵と呼十。
        
        〇同・赤鳥居
           鳥居が何本も続いている道。
           時蔵の後をついて行く呼十。
        
        〇同・御本殿
           綺麗な装飾のされた大きな本殿。
           拝殿の前で人々が鈴を鳴らし、お参り
           している。
           並んでいた時蔵と呼十の順番が来て、
               -172-


           時蔵鈴緒をとり、鈴を鳴らす。
           手を合わせる時蔵と呼十。
        
        〇山間の道(夕)
           山間の道を歩いて行く時蔵と呼十。
        
        〇宿・外観(夜)
           小さな宿。
        
        〇同・囲炉裏部屋(夜)
           囲炉裏を囲み食事している時蔵と呼十。
           お茶を運んでくる女将。
        女将「疲れなはったでしょ‥」
        時蔵「ありがとうございます」
           お茶を飲む時蔵。
        時蔵「この辺りは噴火の被害はなかったとで
         すか?」
        女将「火山灰は降ってきたとですけど、被害
         はなかったです。島原の方からも大分こっ
         ちさん避難して来とんなはる人もおんなは
               -173-


         ります」
        時蔵「そげんとですか?」
        女将「ほんなごつはあの山崩れと津波の前に
         もっと大勢避難して来とんなはったとけど、
         あの頃噴火の収まったけんて島原に戻んな
         はった人のだいぶおんなはって‥」
        時蔵「津波はどの辺りまできたとやろうか?」
        女将「島原の人の話ではお城の近くまで迫っ
         て来たって言いよんなはったです。肥後の
         方にもきたとでしょ?」
        時蔵「はい、山の梺まで浸かってしもうて、
         満潮の時間と重なったけんですね‥」
        女将「まさか山の崩るるとか思いもせんやっ
         たですね‥」
        時蔵「ほんなごつですね‥」
        女将「明日島原さん行きなはるとですか?」
        時蔵「はい」
        女将「何もなかばってんおむずびば用意しと
         きますけん、持って行ってください」
        時蔵「ああ‥ありがとうございます」
               -174-


           頭を下げる時蔵。
           頭を下げて台所へと戻る女将。 
        時蔵「あんたも疲れたやろ?」
           首を横に振る呼十。
        呼十「少し…でん、探しに行けるだけでん嬉
         しかです。有難うございます‥あれから嬉
         しかことがなくて、あったとかもしれんけ
         ど、嬉しかって思えんようになって‥」
        時蔵「‥何ばしよるとやろかね‥元気でおる
         となら、ちょっとくらい顔見せに帰ってく
         ればよかとにね‥こげん心配しとるとに‥」
        呼十「‥はい」
           木枠の窓から月が見えている。
        
        〇同・表(朝)
           時蔵と呼十を見送っている女将。
        
        〇海岸沿いの道
           海岸沿いの道を歩いて行く時蔵と呼十。
           ×   ×   ×
               -175-


           歩いている二人に夕日が差してくる。
           土砂が海に流れ込んでおり、道が塞が
           れている。その前で立ち止まる二人。
        時蔵「…山崩れ、凄かったとやね」
        呼十「はい‥」
           脇道へと入っていく時蔵の後へ続く呼
           十。
        
        〇島原の村の中の坂道(夕)
           木々や建物の残がいなどが集められて
           いるゴミの山が所々に見える。
           村の合間の細い坂道を登っていく時蔵
           と呼十、小さな店を見つける。
        時蔵「ここで聞いてみようか?」
        呼十「はい」
           店へ入っていく時蔵と呼十。
        
        ○店・店内(夕)
           鍬や鋤、箒や桶等の用具を売っている
           店。
               -176-


           店先に座っている女性。
           開いた入口から入って来る時蔵と呼十。
        時蔵「すみません」
        女性「‥はい」
        時蔵「あの‥肥後の方から人を探しに来とる
         とですが、聞いてもよかでしょうか?」
        女性「肥後からですか‥」
        時蔵「はい。あの大きか噴火の頃に島原の方
         さん来て、そのまま帰ってきとらんで‥」
        女性「幾つくらいの人とですか?」
        時蔵「二十歳です。医者になろうて長崎さん
         時々通いよったとですけど‥」
        女性「お医者さん‥もしかしていっちゃん先
         生じゃなかやろか‥」
        時蔵・呼十「え?」
        時蔵「名前は五日ていいます」
        女性「皆いっちゃん先生て言いよるとけど、
         確か肥後の方の田中村っていう所から来た
         って言いよんなはったです」
        時蔵「そげんです!」
               -177-


        女性「ああ、そげんですか。先生には本当に
         お世話になってから‥山崩れの後も噴火の
         後もあちこちからいっぱいお医者さんの来
         てくれなはったばってん、皆自分の村さん
         戻らなんってすぐ帰って行きなはったっで
         すけど、いっちゃん先生だけは噴火のちゃ
         んと収まるまでおりますて言うて残ってく
         れなはっとるとです」
        時蔵「良かった、無事とですね‥」
        女性「詳しくは知らんとけど、あの噴火の日
         に道に倒れとんなはったて聞いたです」
        時蔵「そげんやったとですか‥」
        女性「今は元気にしとんなはるですよ。そん
         前の道ば山の方さんずっと登って行くと海
         守寺っていうお寺さんのあって、そこにお
         んなはるです。つい甘えてしもうてから‥
         すみません」
        時蔵「こちらこそありがとうございます」
           頭を下げる時蔵。
        
               -178-


        〇海守寺・外観(夕)
           村の高台にある小さなお寺。目の前に
           は村の景色とその向こうに海が広がっ
           ている。
        
        〇同・表(夕)
           小夜(0)を負ぶった理介(12)が
           鳥居の前を掃き掃除している。
           海守寺に続いている坂道の下の方から
           時蔵と呼十が歩いて来ている。
           二人に気づく理介。
           時蔵が理介に声を掛ける。
        時蔵「あの‥私、五日の父親とですけど、こ
         こに五日がお世話になっとるってきいて‥」
        理介「え?いっちゃん先生のお父さんとです
         か?」
        時蔵「はい。五日はここにおるとですか?」
        理介「いっちゃん先生はいつもここで怪我人
         ば診てくれよんなはるとですけど‥でも今
         は長崎のお医者さんのとこに行っとんなは
               -179-


         るとです」
        時蔵「長崎さん?」
        理介「はい。知っとる先生の所に薬ば持って
         行くけんって、一昨日尾花と一緒に行きな
         はったとです」
        時蔵「そげんですか‥無事なら良かったです。
         助けてもらったとでしょ?ありがとうござ
         います」
           頭を下げる時蔵。
        理介「うんにゃです。あ、中さん入んなはっ
         てください」
           鳥居の中へと案内する理介。
           続いて行く時蔵と呼十。
        
        ○同・離れ(夜)
           あちこち修繕した跡がある離れ。
        
        ○同・離れ・大部屋(夜)
           広い部屋で災害から逃れてきた二十人
           程の人が集い、素?を食べている。家
               -180-


           族連れの人もいる。
           美味しそうに素?を食べる住職(77)
           と時蔵。その隣に座っている呼十、小
           夜を膝に抱き、理介が小夜に素?を食
           べさせている。ふと急に咳き込む理介、
           ひどく咳き込む。
           呼十、理介の背中をさすると、理介が
           腰の布袋から薬を取りだして飲んで
           いる。
        呼十「‥」
        時蔵「すみません、住職。私は朝になったら
         肥後の方に帰りますけど、こん子を暫くこ
         こさん置いて貰われんでしょうか?」
        呼十「え?」
        住職「もう帰んなはるとですか?一緒におん
         なはったらいいとに」
        時蔵「早う帰って五日の無事ば知らせてやら
         んと皆心配しとるけんですね‥」
        住職「ああ、そげんですね」
        時蔵「こん子は向こうで手習所ば手伝ってく
               -181-


         れよったとです。だけんここでもちょっと
         は役に立つと思います」
        住職「ちょっとはって‥酷かですね」
           笑う周りの人達。
        呼十「いえ‥本当に何も出来んとです‥」
        時蔵「よかならお寺の手伝いばしながら、こ
         こで手習所ばさせて貰えんでしょうか?」
        住職「それは助かるです。今、皆作業に駆り
         出されて子供達に字ば教えてやる人のおら
         んとですよ。ほんなごつは島原は寺子屋の
         いっぱいあったとやけど、今はそれが出来
         んごつなっとるとです。理介さん、字ば教え
         て貰われるげな」
        理介「‥俺もよかとですか?」
        住職「教えて欲しか人は皆来たらよかですよ」
           他の子ども達も顔を見合わせる。
        呼十「‥でん帰らんでよかとでしょうか?」
        時蔵「事情は説明しとくけん、大丈夫やろ‥
         そしてあんたが五日ば連れて帰って来てく
         れんね」
               -182-


        呼十「‥分かりました」
        時蔵「五日ば助けて貰った上に無理ゆうてす
         みませんが、どうか宜しくお願いします」
           頭を下げる時蔵。
        住職「こげん美味しか素?ば貰ったとですけ
         ん、大きか顔しておってよかとですよ」
           呼十ににっこり笑う住職。
        
        ○同・表(朝)
           一人、旅立つ時蔵。
           見送る住職、理介、呼十。
        
        ○海守寺の奥にある林
           近くの小川で洗濯物を洗っている十
           与と理介。
        十与「いつもりっちゃんが負んぶしとる赤さ
         んは妹やと?」
        理介「うんにゃです。嬢ちゃんは俺が奉公し
         とった有明旅館のだんさんと女将さんとこ
         の子供さんとです」
               -183-


        十与「あ‥そげんやったと」
        理介「あん山崩れの日、井戸のおかしかった
         とです。そげん言うたら、だんさんと女将
         さんがお客さんば連れて海守寺さん逃げて
         くれんねって言いなはって‥」
        呼十「‥」(F・I)
        
        ○(回想)有明旅館・外観(夕)
           二、三十人程が泊まれる宿。
        
        ○(回想)同・勝手口(夕)
           背中に棒を担ぎ、水の入ったタライを
           運んでいる理介、勝手口から入って来
           る。
        
        ○(回想)同・調理場
           忙しく働いている四、五人の人。
           タライの水を桶に移し、汗を拭う理介、
           また水を汲みに外へ出る。
        
               -184-


        ○(回想)村の井戸
           理介、井戸に繋がれた桶を引き上げ、
           汲んだ水をタライに移す。
        理介「熱っ!」
           飛び散った水に驚いて飛び跳ねる理介。
        理介「え?何で?」
           理介、井戸を覗き込むと水位が急に上
           がってきて井戸から水が溢れ出す。
        理介「うわっ!冷たっ!」
           溢れた水で濡れる理介。
           少しすると溢れていた水が引く。
        理介「え?」
           再び井戸を覗くと水位が下がっていく。
        理介「‥」
           小康状態の普賢岳を眺め、熱いお湯の
           入った桶を運んで行く理介。
        
        ○(回想)有明旅館・調理場
           釜戸にかけられた大きな窯でご飯を炊
           いているサチ(40)、穴の空いた竹で
               -185-


           息を吹き団扇であおぐ。
           サチの後ろに立つ理介。
        理介「サチさん」
           声に振り返るサチ。
        理介「井戸に行ったらこげん熱かお湯の出て
         来たとです」
           湯気の出ているタライを覗くサチ。
        サチ「あはは。りっちゃん驚かせようと思っ
         とるとやろ?」
        理介「ほんなごつとです!そん後水の溢れて
         きて、今はまた普通に元に戻っとるとけど
         ‥でん、ほんなごつさっきはこんお湯が出
         て来たとです」
        サチ「‥だんさんに言うたね?」
        理介「うんにゃです」
        サチ「すぐ言うてこんね」
        理介「はい」
           走って行く理介。
        
        ○(回想)同・廊下
               -186-


           タライを持って走っている理介、玄関
           先で背中に小夜(0)を負ぶって吐き
           掃除をしている女将(24)が見える。
        理介「女将さん!」
        
        ○(回想)同・玄関
        理介「だんさんはどこにおんなはるですか?」
           玄関越しに理介を見る女将。
        女将「今、市場さん行っとんなはるよ」
        理介「市場‥」
        女将「どげんかしたと?」
        理介「はい‥井戸のおかしかとです」
        女将「‥」
        
        ○(回想)同・調理場
           調理場に集まっている旦那(29)、女
           将、調理人や奉公人等理介を含めた五、
           六人。
        旦那「理介から井戸のおかしかて聞いて、さ
         っき見てきたばってんどげんなかった」
               -187-


        理介「‥」
        旦那「ばってん鍛冶屋の和さんも地面の割れ
         目から水の逆流していくとば見たて、何か
         起こるとじゃなかとやろかって言いよんな
         はったらしか‥この辺の人達はそげんこと
         はなかって言いよらすばってん、俺も何か
         起こるごたる気がする」
           話しを聞いていた奉公人頭の作二(2
           2)。
        作二「‥噴火の起こるっていうことですか?」
        旦那「いや、分からん‥何か分からんばって
         んじっとしとったらいけんごたる気がして
         ね‥何でそげん思うとか分からんばってん
         ‥」
        作二「‥はあ」
        旦那「今日夕方の食事ば出したら、皆で海守
         寺さん避難して欲しかとよ。あそこまでち
         ょっと遠かばってん、なるべく離れた所の
         方がよかやろ。住職には伝えて貰うごつ頼
         んどったけん」
               -188-


        サチ「だんさんと女将さんはどげんしなはる
         とですか?」
        旦那「お客さんに話したら避難するって言う
         人と宿に残りたかって言う人とおんなはる
         けん、皆には避難する人ば海守寺まで連れ
         て行って欲しか。俺はここさん残るけん」
        サチ「女将さんは海守寺さん一緒に来なはる
         とですね?」
        女将「ウチも残ります。女手があった方がよ
         かろうけん」
        理介「嬢ちゃんは?どげんしなはるとです
         か?」
        女将「ウチも明日海守寺さん行くけん、それ
         までサチさん、先に小夜ば連れて行って貰
         えんやろうか?」
        サチ「ウチが残りますけん、女将さんは嬢ち
         ゃんば連れて避難しなはってください」
        女将「うんにゃ、女将が宿におらん訳にはい
         かんけん。サチさん、小夜ば頼みます」
        サチ「‥」
               -189-


        作二「旅館は明日からどげんしなはるとです
         か?」
        旦那「明日の朝お客さんば送り出したら一旦
         閉めようと思っとる。そげん長くは休まれ
         んばってん、何か胸騒ぎのするけん、それ
         が収まるまでちょっとの間休ませて貰えん
         やろうか?」
        作二「ばってん、何も起こっとらんとにそこ
         までせんといけんとですか?」
        旦那「うん。どげんもなかならそれが一番ば
         ってん、お客さんば預かっとるけん用心し
         よう。頼みます」
           頭を下げる旦那と女将。
        作二「いや、だんさんがそげん言いなはると
         なら勿論そげんするです」
           頭を下げ返す奉公人たち。
        
        ○(回想)同・玄関(夜)
           玄関から出てくる十数人程の人影。
        
               -190-


        ○(回想)里の中の道(夜)
           皆黙って歩いている。
           先頭に提灯を持った作二。
           一番後ろを歩いている理介。
           その前に歩いていた小夜を負ぶったサ
           チが振り返る。
        サチ「ウチ‥女将さんが赤さんの頃から有明
         旅館に奉公しとってね‥ずっとこげんして
         負んぶしとったとよ‥ウチにとって女将さ
         んは雇い主ばってん、妹のごたる人でもあ
         ると‥」
        理介「そげんやったとですか‥」
        サチ「りっちゃん、嬢ちゃんば頼めんやろか
         ‥」
        理介「サチさんは?」
        サチ「やっぱりウチは女将さんのそばにおり
         たかけん‥」
        理介「‥分かりました」
           サチ、負んぶ紐を使い、小夜を理介の
           背中に負ぶらせる。
               -191-


        サチ「これおむつ‥もしお腹の空きなはった
         ら柔らかかお粥かお汁ば飲ませてやって‥
         明日女将さんと一緒に海守寺に来るけん、
         それまでお願いね」
           風呂敷を理介に渡すサチ。
        理介「はい」
        サチ「ありがとう。気を付けてね」
        理介「サチさんも」
           頷いて道を戻っていくサチ。
           理介、小夜を負ぶって進んでいく。
           ×   ×   ×   
           黙々と歩いて行く一行。
           人里の中に小さな神社がある。
           先頭を歩いている作二、振り返る。
        作二「海守寺までまだあるけん、ここで少し
         休憩ばしましょうか」
           頷く一行。
        
        ○(回想)神社の中(夜)
           境内へお参りしている理介。
               -192-


           一行が思い思いに腰掛けて休んでいる
           と地鳴りが聞こえる。
        理介「えっ‥」
           暫くすると地面が揺れ始め、物凄い轟
           音と共に土砂が流れる音がする。
        理介「‥」
           休んでいた全員が立ち上がり、顔を見
           合わせる。
        
        ○(回想)有明旅館のあった場所一帯(夜)
           山崩れにより土砂で流されていく人里。
        
        ○(回想)有明海・島原沖海岸(夜)
           その山崩れによる土砂が有明海へと
           雪崩れ込む。
           土砂が流れ込んだことにより大きな
           波が起こる。
        
        ○(回想)有明海・肥後側海岸(夜)
           大きな波が津波として肥後側の海岸
               -193-


           に押し寄せ、人里を飲み込んでいく。
        
        ○(回想)有明海・島原沖海岸(夜)
           大きな波が肥後側の海岸へと押し寄せ
           た後、島原沖へと戻り、山崩れにあっ
           た島原の人里を更に津波が襲う。
        
        ○(回想)有明旅館のあった場所一帯(朝)
           朝日が昇り、被害状況が見えてくる。
           土砂や木々や壊れた建物が散乱して
           おり、海水が残っている場所があちら
           こちらに見える。
        
        ○(回想)海守寺・境内(朝)
           怪我人で溢れているお堂や境内、その
           庭。
           小夜を負ぶった理介、人を探すように
           境内に座った人や横たわっている人を
           確認しながら間をぬって歩いている。
        
               -194-


        ○(回想)島原城の前の道
           被害を逃れた島原城の前の道から村を
           見下ろしている小夜を負ぶった理介。
           流されてすっかり変わり果てた村に呆
           然と立ち尽くす。
        
        ○(回想)有明旅館のあった場所付近
           土砂や建物の残がいで何も残っていな
           い有明旅館の跡地。
           小夜を負ぶって佇んでいる理介に気づ
           いた作次が近づいてくる。
           理介の肩に手を置き、泣きながら首を
           横に振る作二。
        作二「二人共さっき海辺で見つかった‥」
        理介「‥」
        
        ○(回想)海守寺・表(夕)
           小夜を負んぶしてぼうっと歩いて来た
           理介が鳥居から入っていく。
        
               -195-


        ○(回想)同・庭(夕)
           庭を歩いて行く理介、境内から聞こえ
           るお経に足を止める。
           お堂でお経をあげている住職の後ろ姿
           を見つめる理介。
        
        ○(回想)同・離れ・小部屋(夜)
           並んだ三つのお布団。
           夜泣きしている小夜を抱っこしている
           理介。
           小夜にいないいないばあをしてみせる
           住職。
           ×   ×   ×
           泣き疲れて眠った小夜をそっとお布団
           に寝せる理介。
        理介「旦さん、女将さん、サチさん‥俺に力
         ば下さい‥嬢ちゃんば守って下さい‥」
           小夜の寝顔を見ている理介。(F・O)
        
        ○海守寺の奥にある林
               -196-


           小川のほとりの大きな岩に洗濯物を叩
           いて水を切っている理介。
           手拭いを絞っている呼十。
        呼十「‥りっちゃんのお父ちゃんとお母ちゃ
         んは?心配しとらすとじゃなかと?戻らん
         でよかと?」
        理介「‥俺、旅館に奉公に来る前は地主さん
         のとこでちょっとの間手伝いばしよったと
         です‥うちの家は小作で、年貢の足らん分
         ば俺が地主さんとこで働いて返すごつして
         くれなはって‥でん地主さんがもう家さん
         帰ってよかよって言いなはって家さん帰っ
         たとけど、俺が食べる分はやっぱり家には
         なくてから、それで今度は有明旅館に奉公
         に出たとです‥だけん、俺は家には戻られ
         んとです‥」
        呼十「そげんやったと‥」
        理介「でん嬢ちゃんももう旅館の流されて、
         だんさんも女将さんもおんなはらんごとな
         って‥だけん俺が何とかせんといけん」
               -197-


        呼十「‥」
        理介「字ば教えてください。生きていくとに
         必要かて思うけん‥」
        呼十「‥うん。分かった‥」
           火山灰を含んだ風が吹いてくる。
           咳き込む理介、腰から薬を出して服用
           する。
        呼十「そん薬‥いっちゃんが作んなはった薬
         と?」
        理介「はい。これば飲むと咳のようなって‥
         でん、この頃はしょっちゅう咳の出るごつ
         なって‥早う治さんと」
        呼十「‥そげんやね。咳はきつかもんね‥」
           絞った洗濯物の中から手拭いをとり、
           理介に渡す呼十。
        
        ○海守寺・離れ・大部屋
           数人の子供達が台を使って字を書いて
           いる。
           一人の子にお手本を描いて見せている
               -198-


           十与。
           何べんも練習している理介。
        
        ○同・離れ・炊事場(夕)
           食事の支度をしている女性達。
        
        ○同・表(夕)
           箒で掃き掃除をしている子供達。
           理介も小夜を負ぶって掃除している。
           坂の下の方から復興の作業を手伝って
           来た男性達が帰って来ている。
           自分のお父さんを見つけ駆け寄る子供
           達。
           鳥居の中へ入っていく理介。
        
        ○同・鐘撞堂(夕)
           鐘をついている住職。
        
        ○同・離れ・大部屋
           子供達に算術を教えている呼十。
               -199-


           台に掴まり、立ち上がる小夜を見て驚
           く理介。
           小夜の周りに集まって喜ぶ子供達。
        
        ○同・庭(朝)
           霜が降りている庭。
           白い息をはずませ追いかけっこをして
           遊んでいる子供達。
           よちよち歩きの小夜に付き添う呼十。
        
        ○同・表(夕)
           履き掃除をしている子供達。
           高台にある道から下を眺めると建物が
           建ったり、水路が出来たりと復興して
           いる村の姿が見える。
           作業を終えて帰って来る男性達の中に
           理介も混ざっている。
        
        ○同・離れ・大部屋(夜)
           食事をしている七、八人程の人達。
               -200-

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