端っこに積み上げられた使われていな
        い食事の台。
     住職「少しづつ皆普通の生活に戻っていきよ
      るとですね‥」
     作二「噴火もこの頃は収まっとるですね」
        咳をしている理介。
        膝の上に座っている小夜にご飯を食べ
        させている十与。
     呼十「りっちゃん、水路作業大丈夫と?きつ
      かとやなか?」
            -201-

     理介「うんにゃです。給金ば貰われるとは有
      り難かし、いつかは俺も嬢ちゃんば連れて
      ここば出て行かなんけん」
     呼十「‥ばってん咳が治まるまでは無理せん
      方がよかごたるけど‥住職でんおって欲し
      かとじゃなかとやろか‥」
        食欲が無さそうにしながらも、懸命に
        食べようとしている理介。
     理介「でん、早よ大人にならんといけんとで
      す。呼十さんには小夜ばみてもろうて助か
            -201-

      っとります‥」
     呼十「そげんことなかよ。小夜ちゃんはお利
      口さんにしてくれとらすし、何かりっちゃ
      んがおらんけん大人しくしとかんといけん
      って思っとらすごたる感じのするとよ」
        小夜が呼十の膝を立ち、理介の膝へ座
        る。にっこりと微笑む理介。
        
     ○同・お堂
        お堂を拭き掃除している十与。
            -202-

        近くで手鞠で遊んでいる小夜。
        住職が歩いて来る。
     十与「あ、すみません。もう終わります」
        十与、雑巾を桶に入れる。
     住職「理介さんは今日も水路作業に行きなは
      ったとですね‥」
     呼十「はい‥寝る前には勉強しよんなはるみ
      たいで、時々見て欲しかって持って来なは
      るです」
     住職「‥何か急ぎよんなはるごたる気のして
            -202-

      心配かごとあるけど、言うてもしょんなか
      とでしょうね‥」
     呼十「‥」
        ×   ×   ×
        お経をあげている住職。
        後方で目をつぶって正座して聞いてい
        る呼十の膝に座っている小夜。
        
     ○同・離れとお堂を結ぶ渡り廊下
        雑巾の入った桶を持ち、お堂から離れ
            -203-

        へと移動していく呼十。
        離れの方から小夜を抱っこした住職が
        現れる。
     住職「呼十さん、帰って来なはったですよ」
     呼十「え?」
     住職「いっちゃん先生、向こうで尾花の荷物
      ば下ろしよんなはるけん、早よ行って来な
      はってください」
        庭の方を指さす住職。
        渡り廊下から庭の方を見ると、遠くの
            -203-

        隅の方で尾花を柵に繋いでいる五日
        らしき姿がある。
     呼十「え‥いっちゃん?」
     住職「はい」
        驚く呼十、駆け出す。
        
     ○同・庭
        尾花を柵に繋ぎ、荷物を下ろしている
        五日。
        駆けつける呼十、息を切らしたまま五
            -204-

        日の前に立つ。
        顔を上げる五日、呼十に気づく。
     五日「‥え?」
     呼十「‥ほんとだ」
     五日「何で?‥何であんたがここにおると?」
        仁王立ちの呼十。
     呼十「待っとったとですよ!何で帰って来ん
      とですか!」
     五日「え‥」
        驚く五日。
            -204-

     呼十「お医者さんのいるとなら一回村に帰っ
      て来てから、それからまたここさん戻って
      来れば良かじゃなかですか。皆どれだけ心
      配しとるか‥」
     五日「‥すみません」
     呼十「…」
        怒りと涙が混ざってそれ以上言葉にな
        らない呼十、地面に置いてある荷物を
        持ち上げる。
        五日を睨んで、荷物を離れへと運んで
            -205-

        行く呼十。
     五日「あ‥」
        荷物を持ち後を追う五日。
     五日「それと俺謝らんといけんくて‥せっか
      く薬草あげん採って貰ったとに、出来た薬
      ば全部ここで使ってしもて、売りに行けん
      やった‥悪かったね‥」
     呼十「‥そげんかこと怒る訳なかじゃなかで
      すか!」
     五日「ああ‥うん‥そうやけど‥」
            -205-

     呼十「‥すみません。別にウチが腹を立てる
      ことじゃなかとに‥」
     五日「‥いや」
        ふと、手で胸を押さえる五日。
       
     ○同・離れ・小部屋
        素麺を食べている五日。
     五日「うまいです」
        向かいに座り嬉しそうにお茶を飲む住
        職。
            -206-

     住職「お父さんが持って来てくれなはったと
      ですよ」
     五日「そげんですか‥出来たとですね‥」
        住職の背中に掴まって立ち上がる小夜。
     五日「‥小夜ちゃん?」
     住職「大きくなったでしょう?」
     五日「すごい。もう立てるとですね‥小夜ち
      ゃん、覚えとる?」
        住職の背中に隠れる小夜。
     住職「少し人見知りの始まって」
            -206-

     五日「そげんとですね。‥理介は?」
     住職「山崩れの後の湧き水がまだ続きよって
      ですね‥いつまでも止まらんけん、海さん
      水ば流すごと水路ば作るごと決まって、そ
      の作業に行きよんなはるとですよ。お役所
      から給金の出るとです‥」
     五日「働きに行きよるとですか?」
     住職「ここさんずっとおって良かですよって
      言いよるとけど、理介さんは早よう自分で
      小夜さんば育てていけるごつ、少しづつで
            -207-

      も手に職ばつけたかごたるです‥帰って来
      たら字の練習ばしよよんなはるらしか‥」
     五日「休む暇のなかですね‥咳はどげんとで
      すか?」
     住職「酷なっとります‥」
     五日「‥」
     住職「何か、小夜さんば遠くさんやらんでよ
      かごつて思うてしよんなはることが、かえ
      って二人ば遠ざけてしまうごとして‥でん
      理介さんにどげん言うてもでけんとやろう
            -207-

      と思います。理介さんは何か自分の内側か
      ら感じ取るものがあるとかもしれん‥」
     五日「‥長崎の先生に聞いてみたとですけど、
      こん薬ば飲んで治らんとなら難しかかもし
      れんって言われて‥」
     住職「‥はい」
     五日「でん、まだ分からんです。とにかく安
      静にしとかんと」
     住職「そげんとですけど‥何か誰にも口出し
      出来んっていうか、あの切実さを前に正論
            -207-

      とか言えんとです‥」
     五日「‥俺、水路作業の所に行ってみます」
        立ち上がる五日。
        
     ○白土湖
        山崩れにより湧き水が溜まり出来た白
        土湖。
        道路が寸断されイカダで行き来する
        人々。
     五日「水の増えとる‥」
            -208-

        
     ○白土湖からの水路
        白土湖より海へ向かって作られている
        水路。
        大勢の人が鋤や鍬で水路作業に従事し
        ている。
        
     ○水路沿いの道
        年端のいかない子が掘削された土を運
        んで行く。
            -208-

        五日、その横を理介を探しながら歩い
        て行く。
     作二の声「いっちゃん先生?!」
        水路で作業していた作二が手を振って
        いる。
        周辺の人達も五日に気づき、作業の手
        を止めて五日に手を振る。
        「いっちゃん先生!」と嬉しそうに呼
        ぶ人達。
        駆け寄る五日。
            -209-

     五日「作二さん、皆さん、お元気そうですね」
     作二「先生の帰ってこらしたなら良かった。
      これで理介も元気になるやろ」
     五日「理介はどこにおるとですか?」
     作二「多分もっと下の海側に下ったとこにお
      らんやろか?」
     五日「ありがとうございます。行ってみます」
     作二「もうすぐ薬ののうなるて言いよったけ
      ん心配しとったとですよ。戻って来てもろ
      てほんなごつ良かった」
            -210-

        「先生、また!」と手を振り作業に戻
        る人々。
        頭を下げて立ち去る五日。
        
     ○水路
        作業に戻り水路を掘削している作二。
        近くにいた男性が話しかける。
     男性「今の人は医者とね?」
     作二「あ、はい」
     男性「誰か病気と?」
            -210-

     作二「旅館で一緒に奉公しよった男ん子のず
      っと咳の治らんでから薬ば飲みよるとばっ
      てん、もうすぐそん薬のつくごたったけん
      戻って来てもろて良かったと思って」
     男性「薬ば飲みよるとに治らんておかしかね。
      そん薬がいけんとじゃなかとかな」
     作二「うんにゃ、いっちゃん先生はよかお医
      者さんで長崎さん勉強しに行って来なはっ
      たとです」
     男性「効くか分からん薬ば試す医者もおるげ
            -211-

      なけんね」
     作二「何ば言いよるとですか!そげんか訳な
      か!いっちゃん先生は俺が足ば大怪我した
      時でん、遠くの山さん行って薬草ば見つけ
      てきて治してやんなはったとやっけん」
     男性「ああ、そげんね‥」
     作二「そげんです」
        怒ったように作業する作二。
        
     ○水路の脇の道
            -211-

        人の間をぬって道をずっと歩いて行く
        五日、先の方で働いている理介の姿を
        見つける。
     五日「理介」
        痩せている理介の姿。
     五日「‥」
        近づいて行く五日。
        理介、五日に気づき笑顔になる。
     理介「いっちゃん先生?!」
        嬉しそうに駆け寄る理介、途中で倒れ
            -212-

        る。
     理介「いけん‥」
        気を失う理介。
        
     ○海守寺へ続く坂道(夕)
        理介を負ぶった五日が坂道を急いで駆
        け上っていく。
        
     ○海守寺・離れ・小部屋(夜)
        布団に寝ている理介のおでこに濡れた
            -212-

        手拭いをのせる五日。
        熱にうなされている理介。
        襖が開き作二が入って来る。
        布団の隣に座る作二。
     作二「いっちゃん先生‥理介は治るとですよ
      ね?先生からもろた薬ばずっと飲みよった
      けん大丈夫とですよね?」
     五日「‥薬は絶対に治る訳じゃなかとです。
      本人の体力が持ちこたえんことには、薬じ
      ゃ治らんとです」
            -213-

     作二「‥でん、先生は俺の脚でん治してやん
      なはったとやけん、理介のことも治してく
      れらすって信じとるです」
     五日「‥うんにゃです。俺じゃなくてから、
      もっとよか先生に診て貰った方がよかとじ
      ゃなかとかなって思いよるとです」
        作二、理介の手を取る。
     作二「理介は先生に診て欲しかとと思います。
      こまか頃奉公に来てからずっと働きよって、
      旦さんも女将さんもほんにようしてやんな
            -213-

      はったとけど、でん奥にある寂しさは多分
      どげんしてん消えんで‥でんこの頃は嬢ち
      ゃんが理介の家族になったごとして、ああ
      ‥理介はやっと一人じゃなくなったとやな
      って思って‥」
     五日「‥はい」
        激しく咳き込む理介。
        五日背中をさする。
     作二「‥理介、頑張らなんぞ」
     理介「‥薬ば‥」
            -214-

     五日「ああ‥」
        五日、薬を理介に飲ませていると咳込
        んで吐いてしまう。
     作二「大丈夫ね?!」
        手をギュッと握る作二。
        五日、手拭いで畳を拭くと、血の混じ
        った痰がついている。
     作二「‥」
     五日「すみません、お湯と手拭いば持って来
      てもらってもよかですか?」
            -214-

     作二「分かったです」
        立ち上がり急ぎ出て行く作二。
        ×   ×   ×
        理介の隣に敷かれた布団で寝ながら理
        介を見つめている五日。
     五日「落ち着いたごたるね‥」
     理介「‥ずっと見とって貰ったとですね‥」
     五日「うん‥大丈夫やけんね」
     理介「‥ありがとうございます」
     五日「何も心配せんでよかけん、ゆっくり寝
            -215-

      とかんね」
        安心したように小さく息を吐く理介。
     理介「あの‥ずっと気になっとったことのあ
      るとですけど、聞いてよかですか‥」
     五日「ん?」
     理介「‥初めて会った時、いっちゃん先生、
      このままもう眠っときたかって言いよんな
      はったとです‥」
     五日「ああ‥助けて貰った時のこつ?」
     理介「はい‥ばってん、もしいっちゃん先生
            -215-

      があのまま眠りたかって思っとんなはった
      となら、俺は助けたことにはならとです‥」
        上半身起き上がる五日。
     五日「うんにゃよ。あん時、助けて貰ったと
      思っとるよ」
        
     ○(回想)海守寺・庭(夜)
        小夜を負ぶって掃き掃除をしている理
        介、ふと遠くから馬の嘶く声が聞こえ
        るのに気づく。
            -216-

     理介「…何か動物の鳴き声のする」
        
     ○(回想)海守寺・表(夜)
        鳥居から出てくる理介、辺りを見回す
        と坂道の下の方から馬の鳴き声が聞
        こえる。
        鳴き声のする方へ坂道を降りて行く理
        介。
        
     ○(回想)人里近くの道(夜)
            -216-

        坂道を降りて来た理介、鳴いている尾
        花を見つけ近寄る。
        尾花の横に立つ理介、恐る恐る体に触
        れる。
     理介「‥」
        理介の背中で寝ていた小夜がぐずり始
        める。
     理介「‥ごめんね。よしよし」
        小夜に声を掛けながら尾花の身体を撫
        で続ける理介、次第に静かになる尾花。
            -217-

        理介、尾花が立っているすぐ傍に背中
        にケガを負った五日が横たわってい
        るのに気づく。
     理介「‥人?」
        うつ伏せに倒れている五日。
        五日に近づき、しゃがんで揺さぶる理
        介。
     理介「‥大丈夫かですか?」
     五日「う‥」
     理介「良かった、生きとんなはる‥どこか痛
            -217-

      かとこはなかですか?」
     五日「‥」 
        朦朧としている五日。
     五日「‥もうこのまま‥眠らせてくれんね‥」
     理介「‥え?」
        心配そうに五日を覗く理介。
     (フラッシュ)土砂降りの雨の中の山道を歩
      いている五日と呼十。呼十「‥死なんで下
      さいよ」
        倒れていた五日、ゆっくりと目を開け
            -218-

        る。
     理介「あ、目ば覚ましなはった。生きとんな
      はる。良かった‥」
        理介、五日の手を取り喜ぶ。
     五日「‥」
        不思議そうにぼうっと月を眺めている。
        
     ○海守寺・離れ・小部屋(夜)
        布団に上半身起こしている五日。
     五日「‥確かに俺、あん時はおらんくなれた
            -218-

      らいいとになって思っとって‥何か生きて
      いくとに意味が見出せんごつなとって‥」
        五日を見る理介。
     五日「いつもお世話になっとった島原の海岸
      端にあった滝さんちが流されとって、そん
      滝さんにも未だに会えんで‥ほんなごつ悲
      しくて心が塞がれるとに、悲しみが心の中
      に入ってこれんごとして‥悲しめん悲しみ
      が心の外側にずっと残っとって‥こっち来
      てずっとそげんやった‥誰と話しても、ど
            -219-

      こか上の空のごたる感じで、誰とも心が交
      わらんで‥作り物の毎日に迷い込んだごた
      る感じで、ずっとこのまま生きていかんと
      いけんとかと思うと、暗がりの中におるご
      として怖かった‥」
     理介「俺‥いっちゃん先生のこと、お父さん
      の肥後から探しに来なはって、あげん心配
      されて羨ましかなって思っとりました」
     五日「そげんやね‥こげん恵まれとるとに‥」
     理介「うんにゃです‥」
            -219-

     五日「でん、長崎からこっちに戻って来たら、
      いきなり何でいっぺん肥後に帰ってこんと
      ですかって怒られて‥あん時、やっと言葉
      が心に届いたごつして、ずっと温度の無か
      った所に熱かお湯が注がれたごつして‥今
      は何か、やっと地面に足の着いたごたる気
      のしとると」
     理介「良かった‥俺、いっちゃん先生に嬢ち
      ゃんばお願いしたかとです」
     五日「小夜ちゃんは理介が育てるとやろ?」
            -220-

     理介「もし‥それが出来んやったら‥」
     五日「でけん。気持ちが一番とよ」
     理介「‥はい」
     五日「しっかり休まんね‥」
     理介「はい‥」
        目を瞑る理介。
        理介の手を握る五日。
        
     ○同・離れ・廊下(夜)
        咳をしている理介を負ぶって走ってい
            -220-

        る五日。
        
     ○同・離れ・大部屋(夜)
        大部屋の隅で寝ている呼十と小夜。
        襖が開き、呼十が起きると理介を背負
        った五日が立っている。
     呼十「どげんしたとですか?」
     五日「理介に小夜ちゃんの顔ば見せてやりと
      うして‥」
        激しく咳き込んでいる理介。
            -221-

     呼十「‥お水汲んできます」
        立ち上がる呼十。
        眠っている小夜。
     五日「隣におろすけんね‥」
        頷く理介を背中から降ろし、布団に寝
        せる五日。
     理介「すみません‥」
        小夜の頭を撫でる理介。
     理介「俺、嬢ちゃんに旦さんと女将さんのこ
      とば話しとかんといけん‥」
            -221-

        小夜の手を握る理介。
        壁に寄りかかり見守っている五日。
     理介「俺ね、九つの時に有明旅館に奉公に来
      たとよ‥そん頃、先代の女将さんが身体ば
      崩しなはって、二十歳にならした女将さん
      が後ば継ぐことにならしたと‥それで長崎
      の方の旅館の三男の人に婿に来てもらうっ
      ていう話のあって、その話の決まろうとし
      よった時に女将さんが断りたかって言い出
      さして‥」
            -221-

        すやすや眠っている小夜。
        
     ○(回想)有明旅館・勝手口
        勝手口でタライに入った豆腐を料理人
        に渡している男性、笑って頭を下げ勝
        手口から出て行く。
        女将が追って勝手口から出て行く。
        
     ○(回想)同・勝手口の外
        空のタライを持って歩いている男性。
            -222-

        その向かい側に水を運んでくる理介の
        姿が遠くに見えている。
        勝手口から走って出てくる女将、男性
        を呼び止める。
     女将「‥お願いがあるとです」
     男性「え?」
        頭を下げる女将。
     理介の声:女将さんが自分と一緒に旅館ば支
      えて貰えんやろうかって今の旦さんに頼み
      なはったところば見たと‥
            -223-

        驚いている男性。(後の旦那さん)
        運んで来た水を落としてしまう理介。
        
     ○(回想)同・玄関
     理介の声:旦さんは小さか頃から豆腐屋さん
      で奉公しよんなはったけん、俺ら奉公人の
      話しもよう聞いてくれなはって‥
        にこやかにお客さんを迎える旦さんと
        女将さん。
        
            -223-

     ○(回想)同・調理場
     理介の声:他のお店で働きよる人達から、羨
      ましがられよったとよ。
        十数本の紙縒りのくじを持った理介の
        周りに人が集まっており、一人づつ順
        番にくじを引いて行く。
        理介、一本余ったくじをみると白い紙
        縒りでがっかりする。
        赤い印のついた紙縒りを引いた旦さ
        んが大喜びしており、周りの人達が笑
            -224-

        っている。ザルに一個余った琵琶をと
        り、そっと理介に渡す旦さん。
        驚く理介に微笑む人達。
        
     ○(回想)同・勝手口・表
     理介の声:旅館に暇ができたら里帰りさせて
      くれなはって‥家に帰って肩身の狭か思い
      ばせんごつっていつもお土産ばいっぱい持
      たせてくれなはった。
        風呂敷包みを背負い、帰省していく人。
            -224-

     理介の声:旦さんと女将さんは仲の良くてか
      ら‥あの山崩れの日、女将さんが残るって
      言わしたとは、旦さんと離れるとか怖かっ
      たとかもしれん‥
        手を振って見送っている旦さんと女将
        さん。
        
     ○海守寺・離れ・大部屋(夜)
        眠っている小夜の手を握っている理介、
        咳が酷くなる。
            -225-

        お水を持った呼十が戻って来る。
        理介の背中をさすっている五日。
        呼十お水を五日に渡し、五日が理介に
        飲ませる。
     理介「すみません‥それから‥」
        咳をしながら話す理介。
     呼十「‥明日にした方がよかとじゃなかです
      か?」
        首を横に振る五日。
     呼十「‥」
            -225-

     五日「温石ば持ってこれる?」
     呼十「分かりました‥」
        部屋を出て行く呼十。
        
     ○同・離れ・炊事場の隣の部屋(夜)
        呼十、長い箸で火のついた囲炉裏の灰
        に石を埋めて温めている。
        
     ○同・離れ・小部屋(夜)
        理介の背中をさすっている五日。
            -226-

        
     ○(回想)有明旅館・離れ・廊下
     理介の声:女将さんは優しか人で‥
        廊下で布団を運んでいる理介、ふと開
        いている襖の向こうの和室で眠って
        いる小夜に気づく。
        
     ○(回想)同・離れ・和室
        和室に入って来た理介、布団を傍に置
        き、小夜のほっぺにそっと触れる。
            -226-

     理介の声:寝とんなはった嬢ちゃんがあんま
      り可愛くて‥
     理介「やわか‥」
        人の気配にゆっくりと目を覚ます小夜、
        ぐずって泣き始める。
     理介「あ‥ご、ごめんね‥」
        慌てる理介。
        廊下から女将が入って来る。
     女将「はいはい‥あら起きたとね‥」
     理介「すみません‥俺が頬っぺたば触ってし
            -227-

      もたけん‥」
        小夜を抱き上げる女将。
     理介「ほんなごつすみません‥」
        ゆっくりと小夜が泣き止む。
     女将「抱っこしてみるね?」
     理介「え?うんにゃ、よかです。すみません
      でした」
        頭を下げて立ち去ろうとする理介。
     女将「ほら、こげんして首の下に手ば添えて
      から抱っこするとよ」
            -227-

        女将、理介の方へ小夜を近づける。
     理介「え‥」
        恐る恐る小夜を抱っこする理介。
     女将「小夜、良かったね」
        少し照れたように小夜を眺める理介。
     理介「かわいか‥」
     女将「抱っこしてくれてありがとう。そのま
      まお布団に寝かせられる?」
     理介「‥こげんですか?」
        理介、そっとお布団に小夜を置く。
            -228-

        機嫌のいい小夜。
     女将「ありがとう」
        嬉しそうに立ち上がる理介。
        女将、理介をひょいと抱き上げる。
     女将「よいしょ」
     理介「うわっ」
     女将「あはは、あら軽かね。もっとご飯ば食
      べんとしゃが」
     理介「よかですよかです。下ろしてください」
     女将「理介はね、小夜のお兄ちゃんのごたる
            -228-

      もんやけん、よろしうね」
     理介「とんでもなかです」
        ゆっくりと理介を下ろす女将。
     女将「お母さんも心配しとんなはるやろね‥」
     理介「‥」
     女将「お正月には帰ってやらんねね。お土産
      は何がよかかね。楽しみやね」
        理介の頭を撫でる女将。
        
     ○海守寺・離れ・小部屋(夜)
            -229-

        布に包んだ温石をお布団に横になって
        いる理介の背中にあてる五日。
        小夜の手を握りしめる理介。
        少し離れた所に座り見ている呼十。
        ×   ×   ×
        朝の光が差している。
        布団で寝ている小夜の隣にまるで眠っ
        ているような理介が横になっている。
        布団の横で、泣きながら手を合わせて
        いる五日。
            -229-

        近くに座る呼十。
     呼十「綺麗かですね‥」
     五日「うん‥」
        朝の光が理介と小夜を包んでいる。
        
     ○同・お堂
        お経をあげている住職の後ろに手を合
        わせて座っている人々。
        小夜を抱っこして座っている呼十。
        
            -230-

     ○同・離れ・大部屋
        炊き出しを振舞っている五日。
        思い思いに話したり、涙ぐんだりして
        いる人々。
        お茶を運んだり、呼び止められたりと
        忙しく動いている五日。
           
     ○同・お堂
        泣きながらお堂の掃除をしている呼十、
        住職が入って来る。
            -230-

     住職「掃除はよかですけん、向こうでよばれ
      てきなはらんですか」
     呼十「掃除ばしよってもよかですか?すみま
      せん‥」
     住職「‥よかですよ」
        本尊の前に座り、お経をあげ始める住
        職。
        お経を聴きながら拭き掃除をしている
        呼十。
     (フラッシュ)小夜を負ぶって字を練習して
            -231-

      いる理介。冷たい手でおむつを干している
      理介。最期布団に横たわり、小夜を抱きし 
      める理介。
        涙を拭う呼十。
        作二が入って来る。
        住職お経を終え、振り返ると作二が座
        っている。
     作二「俺にもお経ばあげてください」
     住職「‥はい」
        住職、作二の前に座る。
            -231-

     住職「作二さんは私達より理介と過ごした時
      間の長かとですもんね‥」
     作二「‥理介の病気はどげんしようもなかっ
      たとですよね‥仕方のなかったとですよね
      ‥あれで良かったとですよね‥」
     住職「理介さんは理介さんにしか生きれん人
      生ば生きなはったごたる気がします。たっ
      た十二年やけど、これ以上頑張れんとやな
      いかと思うくらい濃い十二年やったんやろ
      うと思います」
            -232-

     作二「‥」
     住職「その分、私達の心の中に色濃くおんな
      はる‥悲しみも濃く残ってしまう‥」
     作二「‥俺、どげんしてん追い払えん言葉が
      心の中にあるとです。全然名前も知らん人
      の言った言葉やとに、何で追い払えんとか
      自分でも分からんくて‥」
     住職「知らん人の何か言いなはったとです
      か?」
     作二「‥水路工事ばしよる時に、効くか分か
            -232-

      らん薬ば試す医者もおるって言われて‥い
      っちゃん先生がそげんことする訳なかって
      分かっとるとに‥何でそげんか言葉に翻弄
      されてしまうとか、ほんなごつ自分が嫌に
      なって‥」
     住職「誰でんそげんです‥何で信じれんくな
      ってしまうとか分からんですけど‥人の心
      は不思議に出来とって、何かを信じようと
      すると、それに抗うように信じさせん作用
      が働くごたるように思います。時間が経て
            -233-

      ばちゃんと信じれるって見えることが、一
      瞬にしてどこかへ隠れてしまうごとなるこ
      とのあります。一度だけじゃなく何度も、
      誰にでもです」
     作二「‥どげんしたらいいとですか?」
     住職「私にも分からんですけど、目を瞑って
      心の行きたい方に行ったらいいとかな‥と
      思います」
     作二「‥心の行きたか方は信じる方やと思い
      ます」
            -233-

     住職「なら多分それが答えとでしょう。心は
      本当は答えを知ってるとかなと思うとです。
      心がずっといっちゃん先生ば見て来たとや
      けん」
     作二「‥よう分からんけど、分かりました‥」
     住職「無理せんでもいいとですけんね。駄目
      なら駄目で仕方のなかことやけん」
     作二「はい」
        少し安心した様子の作二。
        掃除をしている呼十、嗚咽で手が止ま
            -234-

        る。
        
     ○同・表(夕)
        帰って行く人々を見送っている住職、
        作二、五日、小夜を負ぶった呼十。
        
     ○同・庭(夕)
        離れへと歩いて行く呼十へ話しかける
        五日。
     五日「‥そろそろ肥後に帰ろうかと思っとる」
            -234-

     呼十「え?‥そげんですか‥」
     五日「よかなら小夜ちゃんも一緒にって思っ
      とるとよ‥」
     呼十「‥庄屋さんも喜びなはるですね」
     五日「‥」
        
     ○同・離れ・小部屋(夜)
        木箱から理介の荷物を整理している五
        日。
        自分で繕った跡のある衣服。
            -235-

        涙を拭う五日。
        襖が開き、作二が入って来る。
     作二「今日は全部取り仕切って貰って、あり
      がとうございます‥」
     五日「いえ、動いとった方がよかとです」
     作二「理介の荷物ですか‥」
     五日「はい‥」
     作二「こしこしかなかとですね‥」
     五日「あの‥小夜ちゃんのこととですけど、
      理介に頼まれたこともあって‥もしもよか
            -235-

      なら、肥後の方さん連れて行きたかと思っ
      とるとですけど、どげんでしょうか?」
     作二「理介がそげん言いよったとですか?」
     五日「はい。亡くなる前の晩に」
     作二「理介が望んだとなら俺はよかと思いま
      すけど‥いっちゃん先生の実家の方は大丈
      夫とですか?」
     五日「うちは母もおるですし、面倒見てくれ
      る人も周りにいっぱいおんなはるけん大丈
      夫かと思います」
            -236-

     作二「そっか‥帰んなはるとですね」
     五日「はい‥噴火もこの頃は収まったごたる
      し、理介の初七日が終わったら帰ろうと思
      います」
     作二「‥寂しくなりますけど‥いっちゃん先
      生はまた長崎さん行きなはることもあると
      でしょう?」
     五日「はい。長崎の先生に薬のことば聞いた
      ら、あの薬草はこっちの方には自生しとら
      んらしくて、向こうに戻ってまた薬ば作っ
            -236-

      て来て欲しかと言われました。少し苗ば移
      してみてもよかとかなと思っとります」
     作二「そげんですか‥なら、帰ってからも忙
      しかですね。でん待っとりますけん、また
      来なはってください」
     五日「はい‥長い間お世話になりました」
        頭を下げる五日。
     作二「うんにゃです。ずっとおって貰って皆、 
      助かりました。ありがとうございました」
        頭を下げる作二。
            -237-

        小夜の泣き声が聞こえてくる。
        
     ○同・離れ・大部屋(夜)
        泣いている小夜を抱っこしている呼十。
        五日が部屋に入って来る。
     五日「大丈夫かね?」
     呼十「‥りっちゃんがおらした時はいつもす
      ぐ泣き止みなはったとですけど‥」
     五日「‥小夜ちゃんはお母さんば山崩れで亡
      くして、やっと理介に慣れて‥やとに今度
            -237-

      はその理介ば亡くして‥やれんとやろうね
      ‥」
     呼十「‥」
        小夜をぎゅっと抱きしめる呼十。
        
     ○同・庭(夜)
        小夜を負んぶして子守歌を歌っている
        五日。
        
     ○同・お堂と離れを結ぶ渡り廊下(夜)
            -238-

        お堂へお供えされていたご飯茶碗と湯
        呑を離れへと下げている呼十と住職
        が並んで歩いている。
     住職「帰んなはるとですね‥呼十さんにもお
      世話になって、ありがとうございました。
      理介も呼十さんがおってくれて助かったろ
      うと思います」
     呼十「いえ‥何も出来んやったです‥」
        ふと、庭に小夜を負んぶしている五日
        がいる姿に気づく住職、立ち止まる。
            -238-

     住職「‥いっちゃん先生も、次々に重かこと
      ば引き受けていきなはるですね‥大変かろ
      うに‥」
     呼十「あの‥あの薬はいっちゃんが自分のお
      母さんの為に作んなはった薬とで、お母さ
      んはあの薬でほんなごつ咳が治んなはって
      今も元気にしとんなはるとです」
     住職「ああ‥そげんやったとですか」
     呼十「元々は長崎さん薬ば売りに行くって言
      うて出て行きなはったとけど、ここで使っ
            -239-

      たけんごめんって言うて謝んなはって‥や
      とに何でそげんことになってしまうとか‥」
     住職「‥良かれと思ってしたことが裏返しに
      なって戻って来ることは実はよく起こるこ
      とかもしれんくて、物事は正しい方に流れ
      るという訳ではないとかもしれません‥」
     呼十「‥仕方なかとですか?」
     住職「理不尽かごたるけど‥でも誰か信じて 
      くれる人がたった一人でもおったなら、人
      は意外に生きていけるとですよね‥こげん
            -239-

      人のおるとに何でたった一人だけで生きて
      いけるとやろうかって不思議にも思うけど、
      でもそうとですよね‥」
     呼十「‥ウチ、信じることやったら出来るか
      もしれません」
        頷く住職。
        五日と小夜の姿を見ている呼十。
        
     ○同・離れ・大部屋(朝)
        朝ごはんを食べている人々。
            -240-

           
     ○水路の脇の道
        お握りの詰まったタライを抱えて運ん
        で行く十与。
        水路から少し離れた小さな小屋で怪我
        人の手当てをしている五日を見つけ
        る。
           
     ○海守寺・表の道(夕)
        道の脇にある山菜を摘んでいる呼十。
            -240-

        坂の下の方から五日が上って来る。
     呼十「野蒜のありました」
        山菜を見せる呼十。
     五日「へえ‥野蒜は薬草にもなるとよ」
     呼十「え‥どげんしますか?」
     五日「あはは。食べよう」
        下に広がる景色を眺める五日。
     五日「ここからいつも向こうば見よった」
        海の向こうに見えている肥後の山。
     呼十「あと三日とですね‥」
            -241-

     五日「うん‥」
     呼十「長崎さん行きなはった日、あげん言う
      てしまったとけど、やっぱり‥もし誰でん
      よかってまだ思っとんなはるなら、ウチで
      もいいとですか?」
     五日「‥誰でんよかという訳じゃなかけど」
     呼十「え?駄目とですか?」
     五日「いや‥何かそげん言うてしまって申し
      訳なかったなって思って‥」
     呼十「いえ、変なこと言うてしまったけんす
            -241-

      みません」
     五日「いや‥」
     呼十「よかとですよ。ウチは一緒に薬ば作っ
      たり、素?が出来て喜んだり、読み書き出
      来る人が増えたり、そげんか時間ば一緒に
      過ごせたら、何かそれが嬉しいとです」
     五日「うん‥何かいい加減かことは言えんけ
      ど‥俺、これからせんといけんことが山の
      ごつあって、ばってん俺は無力で何も出来
      んくて‥けど、そげんか時あんたがおった
            -242-

      らなって思って‥何か今はそれぐらいしか
      言われんでごめんけど‥」
     呼十「いや、十分とです‥」
     五日「え?‥そげんかな‥」
     呼十「はあ‥何か緊張したです‥」
     五日「あはは‥俺も‥」
     呼十「りっちゃん、見よんなはったかな‥」
     五日「理介に会いたかな‥」
        空を見上げる五日と呼十の背中を夕日
        が照らしている。
            -242-

        
     ○稲本家・土間(夜)
        玄関が開き、呼十と五日が入って来る。
        板間で食事をしていた太吉、春、藍太、
        千穂、珂内、穣、驚いて二人を見る。
        
     ○藤沢家・玄関(夜)
        小夜を負ぶった五日、玄関を開けると、
        忙しそうに座布団を運んでいる久爾
        子が偶然通りかかる。
            -243-

     久爾子「‥いっちゃん?!」
        座布団を放り投げ、五日に抱きつく久
        爾子。
     五日「‥遅くなってすみません」
        久爾子、ふと背中の小夜に気づく。
     久爾子「‥え?‥いっちゃん?」
     五日「あ‥違うとです」
        足音が近づき、時蔵が駆けつける。
     時蔵「帰って来たとね‥」
     五日「はい‥」
            -243-

     久爾子「疲れたやろ?はよ上がって」
        中へ入る五日。
        
     ○稲本家・板間(夜)
        家族に囲まれ、食事をしている呼十。
        
     ○同・南部屋(夜)
        一つの布団に穣と子供、隣の布団に呼
        十が寝ている。
     穣「十与が島原に行ったって藍太兄ちゃんに
            -244-

      聞いたとよ‥」
     呼十「うん‥ウチ、最初穣姉ちゃんのこと知
      らんかったと‥ごめんね‥」
     穣「謝らんでいいとって。気にすることじゃ
      なかとよ。幼馴染みとやっけんね」
     呼十「でん、穣姉ちゃんがお母ちゃんの頼み
      ば聞いて嫁いで行ってくれなはったけん、
      だけんウチは自分の好きなこつの出来ると
      に‥」
     穣「ウチも自分で選んで嫁いだとやけん、一
            -244-

      緒よ」
     呼十「‥ごめんね」
     穣「いいとよ。いいと」
     呼十「うん‥」
     穣「いっちゃんも大切か幼馴染みやし、呼十
      はたった一人の妹とやけん‥」
     呼十「うん‥」
     穣「‥呼十がまだお母ちゃんのお腹の中にお
      る時、うちいつもんごつお母ちゃんの膝に
      どんって座ったとよ。そしたらお母ちゃん
            -245-

      のいたたたってお腹ば押さえなはって、そ
      ん時お父ちゃんとお母ちゃんに、お腹ん中
      に赤ちゃんのおらすとやけん、どんって膝
      に乗ったらいけん。もうお姉ちゃんになる
      とやけんって怒られたと。そん時、ああ‥
      お姉ちゃんになるというこつはもうお母さ
      んの膝に座れんというこつとやねって思っ
      たとば覚えとると」
     呼十「‥うん」
     穣「でんお母ちゃんの膝に座れんことよりか、
            -245-

      弟か妹の生まれる嬉しさの方がうんと勝っ
      とたと。生まれた呼十の可愛いうして、毎
      日ずっと眺めとった。電電太鼓ば叩くと泣
      き止んで、音のする方ば目で追いなはって
      ‥あん時何とも言えん暖かか光の差しとっ
      て、神様がそこにおらすごと幸せか空気に
      包まれたごたる気がしたとば覚えとる」
        呼十に手を伸ばす穣。穣の手を握る呼
        十。
     呼十「‥ウチは自慢やったよ。皆がみっちゃ
            -246-

      んがお姉ちゃんでよかねって羨ましがりな
      はって、何か嬉しくて。かなちゃんもそげ
      んやったとと思う」
     穣「楽しかったね‥」
     呼十「皆ずっと一緒におられるとよかとにね
      ‥」
     穣「そうやね‥」
        天井を眺めている呼十と穣。
        
     ○同・土間(朝)
            -246-

        玄関が開き五日が入って来る。
     五日「おはようございます」
        小部屋から姿を見せる穣。
     穣「いっちゃん。あ、呼十?」
     五日「うん‥」
     穣「さっき天水村さん行ったよ」
     五日「天水村に?」
     穣「藍太兄ちゃんが天水村の人に呼十に来て
      欲しかって頼まれなはって、ほんとにさっ
      き‥」
            -247-

     五日「え‥」
        五日、玄関から出て行く。
     穣「ん?…あ‥まさか‥」
        穣、慌てて土間へと降りる。
        
     ○稲本家へと続いている道(朝)
        走っている五日を追いかける穣。
     穣「いっちゃーん!違う!違うとー」
        穣が追いかけて来ていることに気づい
        て止まる五日。
            -247-

        息を切らし追いつく穣。
     穣「‥あのね、呼十手習所の手伝いに行っと
      らすと」
     五日「‥ああ」
     穣「天水村の女ん子がなかなか来なはらんら
      しくて‥それで女ん人の教えらすなら女ん
      子も来やすかかもしれんけんって向こうの
      庄屋さんに藍太兄ちゃんが頼まれとんなは
      ったらしくて‥それで島原から帰って来た
      ならって今朝、呼十と珂内と一緒に出て行
            -248-

      きなはったとよ」
     五日「そげんね‥俺、また同じかことになる
      とかと思って‥」
     穣「‥」
     五日「なら分かった‥言いに来てもろてあり
      がとう」
     穣「‥いっちゃん、慌てて出て行きなはった
      けん、絶対誤解しとんなはると思って‥」
     五日「あはは。そうやね‥誤解するとこやっ
      た。いけんね‥」
            -248-

     穣「あの‥いっちゃん、前に話してくれて‥
      ああ、やっぱりいっちゃんも気にしとって
      くれとんなはったとやなって分かって‥あ
      の時の気持ちば教えて貰って、良かったと
      今は思っとる。ずっと分からんままやった
      けん‥ほんなごつ良かった‥ありがとう」
     五日「うんにゃ‥」
     穣「今から天水村さん行くと?」
     五日「いや‥何か診療所にいっぱい薬草の干
      してあったけん、俺がおらん間も摘んでく
            -249-

      れとったとやねってお礼ば言おうと思って」
     穣「そげんね。何日か向こうにおるって言い
      よらしたけど‥」
     五日「いや‥今じゃなくてもよかけん」
     穣「分かった‥なら、気を付けてね」
     五日「うん、みっちゃんも」
     穣「あはは。ウチはすぐそこやけん」
     五日「見よくよ」
     穣「うん‥ならね」
        穣、歩いて戻って行く。
            -249-

     五日の声:分かっとらんよ、みっちゃん‥あ
      れからどれだけ後悔したつか‥どげんも出
      来んことがどげん苦しかったつか‥でん誰
      にも分からんでよかとと思う。俺だけにし
      か分からんことと‥
        歩いて行く穣を見ている五日。
        
     ○天水村の診療所・外観
        平屋の大きめの診療所。
        
            -250-

     ○同・小部屋
        のりと向かい合って話している呼十と
        珂内。
     のり「遠かったやろ?」
     呼十「うんにゃ。のりちゃんが元気そうやけ
      ん良かった」
     のり「うん。先生も優しかし、手伝うとも楽
      しかとよ」
     呼十「あ、おばちゃんから何か預かって来た
      よ。かなちゃんが持って来てくれらした」
            -250-

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