端っこに積み上げられた使われていな
い食事の台。
住職「少しづつ皆普通の生活に戻っていきよ
るとですね‥」
作二「噴火もこの頃は収まっとるですね」
咳をしている理介。
膝の上に座っている小夜にご飯を食べ
させている十与。
呼十「りっちゃん、水路作業大丈夫と?きつ
かとやなか?」
理介「うんにゃです。給金ば貰われるとは有
り難かし、いつかは俺も嬢ちゃんば連れて
ここば出て行かなんけん」
呼十「‥ばってん咳が治まるまでは無理せん
方がよかごたるけど‥住職でんおって欲し
かとじゃなかとやろか‥」
食欲が無さそうにしながらも、懸命に
食べようとしている理介。
理介「でん、早よ大人にならんといけんとで
す。呼十さんには小夜ばみてもろうて助か
-201-
っとります‥」
呼十「そげんことなかよ。小夜ちゃんはお利
口さんにしてくれとらすし、何かりっちゃ
んがおらんけん大人しくしとかんといけん
って思っとらすごたる感じのするとよ」
小夜が呼十の膝を立ち、理介の膝へ座
る。にっこりと微笑む理介。
○同・お堂
お堂を拭き掃除している十与。
近くで手鞠で遊んでいる小夜。
住職が歩いて来る。
十与「あ、すみません。もう終わります」
十与、雑巾を桶に入れる。
住職「理介さんは今日も水路作業に行きなは
ったとですね‥」
呼十「はい‥寝る前には勉強しよんなはるみ
たいで、時々見て欲しかって持って来なは
るです」
住職「‥何か急ぎよんなはるごたる気のして
-202-
心配かごとあるけど、言うてもしょんなか
とでしょうね‥」
呼十「‥」
× × ×
お経をあげている住職。
後方で目をつぶって正座して聞いてい
る呼十の膝に座っている小夜。
○同・離れとお堂を結ぶ渡り廊下
雑巾の入った桶を持ち、お堂から離れ
へと移動していく呼十。
離れの方から小夜を抱っこした住職が
現れる。
住職「呼十さん、帰って来なはったですよ」
呼十「え?」
住職「いっちゃん先生、向こうで尾花の荷物
ば下ろしよんなはるけん、早よ行って来な
はってください」
庭の方を指さす住職。
渡り廊下から庭の方を見ると、遠くの
-203-
隅の方で尾花を柵に繋いでいる五日
らしき姿がある。
呼十「え‥いっちゃん?」
住職「はい」
驚く呼十、駆け出す。
○同・庭
尾花を柵に繋ぎ、荷物を下ろしている
五日。
駆けつける呼十、息を切らしたまま五
日の前に立つ。
顔を上げる五日、呼十に気づく。
五日「‥え?」
呼十「‥ほんとだ」
五日「何で?‥何であんたがここにおると?」
仁王立ちの呼十。
呼十「待っとったとですよ!何で帰って来ん
とですか!」
五日「え‥」
驚く五日。
-204-
呼十「お医者さんのいるとなら一回村に帰っ
て来てから、それからまたここさん戻って
来れば良かじゃなかですか。皆どれだけ心
配しとるか‥」
五日「‥すみません」
呼十「…」
怒りと涙が混ざってそれ以上言葉にな
らない呼十、地面に置いてある荷物を
持ち上げる。
五日を睨んで、荷物を離れへと運んで
行く呼十。
五日「あ‥」
荷物を持ち後を追う五日。
五日「それと俺謝らんといけんくて‥せっか
く薬草あげん採って貰ったとに、出来た薬
ば全部ここで使ってしもて、売りに行けん
やった‥悪かったね‥」
呼十「‥そげんかこと怒る訳なかじゃなかで
すか!」
五日「ああ‥うん‥そうやけど‥」
-205-
呼十「‥すみません。別にウチが腹を立てる
ことじゃなかとに‥」
五日「‥いや」
ふと、手で胸を押さえる五日。
○同・離れ・小部屋
素麺を食べている五日。
五日「うまいです」
向かいに座り嬉しそうにお茶を飲む住
職。
住職「お父さんが持って来てくれなはったと
ですよ」
五日「そげんですか‥出来たとですね‥」
住職の背中に掴まって立ち上がる小夜。
五日「‥小夜ちゃん?」
住職「大きくなったでしょう?」
五日「すごい。もう立てるとですね‥小夜ち
ゃん、覚えとる?」
住職の背中に隠れる小夜。
住職「少し人見知りの始まって」
-206-
五日「そげんとですね。‥理介は?」
住職「山崩れの後の湧き水がまだ続きよって
ですね‥いつまでも止まらんけん、海さん
水ば流すごと水路ば作るごと決まって、そ
の作業に行きよんなはるとですよ。お役所
から給金の出るとです‥」
五日「働きに行きよるとですか?」
住職「ここさんずっとおって良かですよって
言いよるとけど、理介さんは早よう自分で
小夜さんば育てていけるごつ、少しづつで
も手に職ばつけたかごたるです‥帰って来
たら字の練習ばしよよんなはるらしか‥」
五日「休む暇のなかですね‥咳はどげんとで
すか?」
住職「酷なっとります‥」
五日「‥」
住職「何か、小夜さんば遠くさんやらんでよ
かごつて思うてしよんなはることが、かえ
って二人ば遠ざけてしまうごとして‥でん
理介さんにどげん言うてもでけんとやろう
-207-
と思います。理介さんは何か自分の内側か
ら感じ取るものがあるとかもしれん‥」
五日「‥長崎の先生に聞いてみたとですけど、
こん薬ば飲んで治らんとなら難しかかもし
れんって言われて‥」
住職「‥はい」
五日「でん、まだ分からんです。とにかく安
静にしとかんと」
住職「そげんとですけど‥何か誰にも口出し
出来んっていうか、あの切実さを前に正論
とか言えんとです‥」
五日「‥俺、水路作業の所に行ってみます」
立ち上がる五日。
○白土湖
山崩れにより湧き水が溜まり出来た白
土湖。
道路が寸断されイカダで行き来する
人々。
五日「水の増えとる‥」
-208-
○白土湖からの水路
白土湖より海へ向かって作られている
水路。
大勢の人が鋤や鍬で水路作業に従事し
ている。
○水路沿いの道
年端のいかない子が掘削された土を運
んで行く。
五日、その横を理介を探しながら歩い
て行く。
作二の声「いっちゃん先生?!」
水路で作業していた作二が手を振って
いる。
周辺の人達も五日に気づき、作業の手
を止めて五日に手を振る。
「いっちゃん先生!」と嬉しそうに呼
ぶ人達。
駆け寄る五日。
-209-
五日「作二さん、皆さん、お元気そうですね」
作二「先生の帰ってこらしたなら良かった。
これで理介も元気になるやろ」
五日「理介はどこにおるとですか?」
作二「多分もっと下の海側に下ったとこにお
らんやろか?」
五日「ありがとうございます。行ってみます」
作二「もうすぐ薬ののうなるて言いよったけ
ん心配しとったとですよ。戻って来てもろ
てほんなごつ良かった」
「先生、また!」と手を振り作業に戻
る人々。
頭を下げて立ち去る五日。
○水路
作業に戻り水路を掘削している作二。
近くにいた男性が話しかける。
男性「今の人は医者とね?」
作二「あ、はい」
男性「誰か病気と?」
-210-
作二「旅館で一緒に奉公しよった男ん子のず
っと咳の治らんでから薬ば飲みよるとばっ
てん、もうすぐそん薬のつくごたったけん
戻って来てもろて良かったと思って」
男性「薬ば飲みよるとに治らんておかしかね。
そん薬がいけんとじゃなかとかな」
作二「うんにゃ、いっちゃん先生はよかお医
者さんで長崎さん勉強しに行って来なはっ
たとです」
男性「効くか分からん薬ば試す医者もおるげ
なけんね」
作二「何ば言いよるとですか!そげんか訳な
か!いっちゃん先生は俺が足ば大怪我した
時でん、遠くの山さん行って薬草ば見つけ
てきて治してやんなはったとやっけん」
男性「ああ、そげんね‥」
作二「そげんです」
怒ったように作業する作二。
○水路の脇の道
-211-
人の間をぬって道をずっと歩いて行く
五日、先の方で働いている理介の姿を
見つける。
五日「理介」
痩せている理介の姿。
五日「‥」
近づいて行く五日。
理介、五日に気づき笑顔になる。
理介「いっちゃん先生?!」
嬉しそうに駆け寄る理介、途中で倒れ
る。
理介「いけん‥」
気を失う理介。
○海守寺へ続く坂道(夕)
理介を負ぶった五日が坂道を急いで駆
け上っていく。
○海守寺・離れ・小部屋(夜)
布団に寝ている理介のおでこに濡れた
-212-
手拭いをのせる五日。
熱にうなされている理介。
襖が開き作二が入って来る。
布団の隣に座る作二。
作二「いっちゃん先生‥理介は治るとですよ
ね?先生からもろた薬ばずっと飲みよった
けん大丈夫とですよね?」
五日「‥薬は絶対に治る訳じゃなかとです。
本人の体力が持ちこたえんことには、薬じ
ゃ治らんとです」
作二「‥でん、先生は俺の脚でん治してやん
なはったとやけん、理介のことも治してく
れらすって信じとるです」
五日「‥うんにゃです。俺じゃなくてから、
もっとよか先生に診て貰った方がよかとじ
ゃなかとかなって思いよるとです」
作二、理介の手を取る。
作二「理介は先生に診て欲しかとと思います。
こまか頃奉公に来てからずっと働きよって、
旦さんも女将さんもほんにようしてやんな
-213-
はったとけど、でん奥にある寂しさは多分
どげんしてん消えんで‥でんこの頃は嬢ち
ゃんが理介の家族になったごとして、ああ
‥理介はやっと一人じゃなくなったとやな
って思って‥」
五日「‥はい」
激しく咳き込む理介。
五日背中をさする。
作二「‥理介、頑張らなんぞ」
理介「‥薬ば‥」
五日「ああ‥」
五日、薬を理介に飲ませていると咳込
んで吐いてしまう。
作二「大丈夫ね?!」
手をギュッと握る作二。
五日、手拭いで畳を拭くと、血の混じ
った痰がついている。
作二「‥」
五日「すみません、お湯と手拭いば持って来
てもらってもよかですか?」
-214-
作二「分かったです」
立ち上がり急ぎ出て行く作二。
× × ×
理介の隣に敷かれた布団で寝ながら理
介を見つめている五日。
五日「落ち着いたごたるね‥」
理介「‥ずっと見とって貰ったとですね‥」
五日「うん‥大丈夫やけんね」
理介「‥ありがとうございます」
五日「何も心配せんでよかけん、ゆっくり寝
とかんね」
安心したように小さく息を吐く理介。
理介「あの‥ずっと気になっとったことのあ
るとですけど、聞いてよかですか‥」
五日「ん?」
理介「‥初めて会った時、いっちゃん先生、
このままもう眠っときたかって言いよんな
はったとです‥」
五日「ああ‥助けて貰った時のこつ?」
理介「はい‥ばってん、もしいっちゃん先生
-215-
があのまま眠りたかって思っとんなはった
となら、俺は助けたことにはならとです‥」
上半身起き上がる五日。
五日「うんにゃよ。あん時、助けて貰ったと
思っとるよ」
○(回想)海守寺・庭(夜)
小夜を負ぶって掃き掃除をしている理
介、ふと遠くから馬の嘶く声が聞こえ
るのに気づく。
理介「…何か動物の鳴き声のする」
○(回想)海守寺・表(夜)
鳥居から出てくる理介、辺りを見回す
と坂道の下の方から馬の鳴き声が聞
こえる。
鳴き声のする方へ坂道を降りて行く理
介。
○(回想)人里近くの道(夜)
-216-
坂道を降りて来た理介、鳴いている尾
花を見つけ近寄る。
尾花の横に立つ理介、恐る恐る体に触
れる。
理介「‥」
理介の背中で寝ていた小夜がぐずり始
める。
理介「‥ごめんね。よしよし」
小夜に声を掛けながら尾花の身体を撫
で続ける理介、次第に静かになる尾花。
理介、尾花が立っているすぐ傍に背中
にケガを負った五日が横たわってい
るのに気づく。
理介「‥人?」
うつ伏せに倒れている五日。
五日に近づき、しゃがんで揺さぶる理
介。
理介「‥大丈夫かですか?」
五日「う‥」
理介「良かった、生きとんなはる‥どこか痛
-217-
かとこはなかですか?」
五日「‥」
朦朧としている五日。
五日「‥もうこのまま‥眠らせてくれんね‥」
理介「‥え?」
心配そうに五日を覗く理介。
(フラッシュ)土砂降りの雨の中の山道を歩
いている五日と呼十。呼十「‥死なんで下
さいよ」
倒れていた五日、ゆっくりと目を開け
る。
理介「あ、目ば覚ましなはった。生きとんな
はる。良かった‥」
理介、五日の手を取り喜ぶ。
五日「‥」
不思議そうにぼうっと月を眺めている。
○海守寺・離れ・小部屋(夜)
布団に上半身起こしている五日。
五日「‥確かに俺、あん時はおらんくなれた
-218-
らいいとになって思っとって‥何か生きて
いくとに意味が見出せんごつなとって‥」
五日を見る理介。
五日「いつもお世話になっとった島原の海岸
端にあった滝さんちが流されとって、そん
滝さんにも未だに会えんで‥ほんなごつ悲
しくて心が塞がれるとに、悲しみが心の中
に入ってこれんごとして‥悲しめん悲しみ
が心の外側にずっと残っとって‥こっち来
てずっとそげんやった‥誰と話しても、ど
こか上の空のごたる感じで、誰とも心が交
わらんで‥作り物の毎日に迷い込んだごた
る感じで、ずっとこのまま生きていかんと
いけんとかと思うと、暗がりの中におるご
として怖かった‥」
理介「俺‥いっちゃん先生のこと、お父さん
の肥後から探しに来なはって、あげん心配
されて羨ましかなって思っとりました」
五日「そげんやね‥こげん恵まれとるとに‥」
理介「うんにゃです‥」
-219-
五日「でん、長崎からこっちに戻って来たら、
いきなり何でいっぺん肥後に帰ってこんと
ですかって怒られて‥あん時、やっと言葉
が心に届いたごつして、ずっと温度の無か
った所に熱かお湯が注がれたごつして‥今
は何か、やっと地面に足の着いたごたる気
のしとると」
理介「良かった‥俺、いっちゃん先生に嬢ち
ゃんばお願いしたかとです」
五日「小夜ちゃんは理介が育てるとやろ?」
理介「もし‥それが出来んやったら‥」
五日「でけん。気持ちが一番とよ」
理介「‥はい」
五日「しっかり休まんね‥」
理介「はい‥」
目を瞑る理介。
理介の手を握る五日。
○同・離れ・廊下(夜)
咳をしている理介を負ぶって走ってい
-220-
る五日。
○同・離れ・大部屋(夜)
大部屋の隅で寝ている呼十と小夜。
襖が開き、呼十が起きると理介を背負
った五日が立っている。
呼十「どげんしたとですか?」
五日「理介に小夜ちゃんの顔ば見せてやりと
うして‥」
激しく咳き込んでいる理介。
呼十「‥お水汲んできます」
立ち上がる呼十。
眠っている小夜。
五日「隣におろすけんね‥」
頷く理介を背中から降ろし、布団に寝
せる五日。
理介「すみません‥」
小夜の頭を撫でる理介。
理介「俺、嬢ちゃんに旦さんと女将さんのこ
とば話しとかんといけん‥」
-221-
小夜の手を握る理介。
壁に寄りかかり見守っている五日。
理介「俺ね、九つの時に有明旅館に奉公に来
たとよ‥そん頃、先代の女将さんが身体ば
崩しなはって、二十歳にならした女将さん
が後ば継ぐことにならしたと‥それで長崎
の方の旅館の三男の人に婿に来てもらうっ
ていう話のあって、その話の決まろうとし
よった時に女将さんが断りたかって言い出
さして‥」
すやすや眠っている小夜。
○(回想)有明旅館・勝手口
勝手口でタライに入った豆腐を料理人
に渡している男性、笑って頭を下げ勝
手口から出て行く。
女将が追って勝手口から出て行く。
○(回想)同・勝手口の外
空のタライを持って歩いている男性。
-222-
その向かい側に水を運んでくる理介の
姿が遠くに見えている。
勝手口から走って出てくる女将、男性
を呼び止める。
女将「‥お願いがあるとです」
男性「え?」
頭を下げる女将。
理介の声:女将さんが自分と一緒に旅館ば支
えて貰えんやろうかって今の旦さんに頼み
なはったところば見たと‥
驚いている男性。(後の旦那さん)
運んで来た水を落としてしまう理介。
○(回想)同・玄関
理介の声:旦さんは小さか頃から豆腐屋さん
で奉公しよんなはったけん、俺ら奉公人の
話しもよう聞いてくれなはって‥
にこやかにお客さんを迎える旦さんと
女将さん。
-223-
○(回想)同・調理場
理介の声:他のお店で働きよる人達から、羨
ましがられよったとよ。
十数本の紙縒りのくじを持った理介の
周りに人が集まっており、一人づつ順
番にくじを引いて行く。
理介、一本余ったくじをみると白い紙
縒りでがっかりする。
赤い印のついた紙縒りを引いた旦さ
んが大喜びしており、周りの人達が笑
っている。ザルに一個余った琵琶をと
り、そっと理介に渡す旦さん。
驚く理介に微笑む人達。
○(回想)同・勝手口・表
理介の声:旅館に暇ができたら里帰りさせて
くれなはって‥家に帰って肩身の狭か思い
ばせんごつっていつもお土産ばいっぱい持
たせてくれなはった。
風呂敷包みを背負い、帰省していく人。
-224-
理介の声:旦さんと女将さんは仲の良くてか
ら‥あの山崩れの日、女将さんが残るって
言わしたとは、旦さんと離れるとか怖かっ
たとかもしれん‥
手を振って見送っている旦さんと女将
さん。
○海守寺・離れ・大部屋(夜)
眠っている小夜の手を握っている理介、
咳が酷くなる。
お水を持った呼十が戻って来る。
理介の背中をさすっている五日。
呼十お水を五日に渡し、五日が理介に
飲ませる。
理介「すみません‥それから‥」
咳をしながら話す理介。
呼十「‥明日にした方がよかとじゃなかです
か?」
首を横に振る五日。
呼十「‥」
-225-
五日「温石ば持ってこれる?」
呼十「分かりました‥」
部屋を出て行く呼十。
○同・離れ・炊事場の隣の部屋(夜)
呼十、長い箸で火のついた囲炉裏の灰
に石を埋めて温めている。
○同・離れ・小部屋(夜)
理介の背中をさすっている五日。
○(回想)有明旅館・離れ・廊下
理介の声:女将さんは優しか人で‥
廊下で布団を運んでいる理介、ふと開
いている襖の向こうの和室で眠って
いる小夜に気づく。
○(回想)同・離れ・和室
和室に入って来た理介、布団を傍に置
き、小夜のほっぺにそっと触れる。
-226-
理介の声:寝とんなはった嬢ちゃんがあんま
り可愛くて‥
理介「やわか‥」
人の気配にゆっくりと目を覚ます小夜、
ぐずって泣き始める。
理介「あ‥ご、ごめんね‥」
慌てる理介。
廊下から女将が入って来る。
女将「はいはい‥あら起きたとね‥」
理介「すみません‥俺が頬っぺたば触ってし
もたけん‥」
小夜を抱き上げる女将。
理介「ほんなごつすみません‥」
ゆっくりと小夜が泣き止む。
女将「抱っこしてみるね?」
理介「え?うんにゃ、よかです。すみません
でした」
頭を下げて立ち去ろうとする理介。
女将「ほら、こげんして首の下に手ば添えて
から抱っこするとよ」
-227-
女将、理介の方へ小夜を近づける。
理介「え‥」
恐る恐る小夜を抱っこする理介。
女将「小夜、良かったね」
少し照れたように小夜を眺める理介。
理介「かわいか‥」
女将「抱っこしてくれてありがとう。そのま
まお布団に寝かせられる?」
理介「‥こげんですか?」
理介、そっとお布団に小夜を置く。
機嫌のいい小夜。
女将「ありがとう」
嬉しそうに立ち上がる理介。
女将、理介をひょいと抱き上げる。
女将「よいしょ」
理介「うわっ」
女将「あはは、あら軽かね。もっとご飯ば食
べんとしゃが」
理介「よかですよかです。下ろしてください」
女将「理介はね、小夜のお兄ちゃんのごたる
-228-
もんやけん、よろしうね」
理介「とんでもなかです」
ゆっくりと理介を下ろす女将。
女将「お母さんも心配しとんなはるやろね‥」
理介「‥」
女将「お正月には帰ってやらんねね。お土産
は何がよかかね。楽しみやね」
理介の頭を撫でる女将。
○海守寺・離れ・小部屋(夜)
布に包んだ温石をお布団に横になって
いる理介の背中にあてる五日。
小夜の手を握りしめる理介。
少し離れた所に座り見ている呼十。
× × ×
朝の光が差している。
布団で寝ている小夜の隣にまるで眠っ
ているような理介が横になっている。
布団の横で、泣きながら手を合わせて
いる五日。
-229-
近くに座る呼十。
呼十「綺麗かですね‥」
五日「うん‥」
朝の光が理介と小夜を包んでいる。
○同・お堂
お経をあげている住職の後ろに手を合
わせて座っている人々。
小夜を抱っこして座っている呼十。
○同・離れ・大部屋
炊き出しを振舞っている五日。
思い思いに話したり、涙ぐんだりして
いる人々。
お茶を運んだり、呼び止められたりと
忙しく動いている五日。
○同・お堂
泣きながらお堂の掃除をしている呼十、
住職が入って来る。
-230-
住職「掃除はよかですけん、向こうでよばれ
てきなはらんですか」
呼十「掃除ばしよってもよかですか?すみま
せん‥」
住職「‥よかですよ」
本尊の前に座り、お経をあげ始める住
職。
お経を聴きながら拭き掃除をしている
呼十。
(フラッシュ)小夜を負ぶって字を練習して
いる理介。冷たい手でおむつを干している
理介。最期布団に横たわり、小夜を抱きし
める理介。
涙を拭う呼十。
作二が入って来る。
住職お経を終え、振り返ると作二が座
っている。
作二「俺にもお経ばあげてください」
住職「‥はい」
住職、作二の前に座る。
-231-
住職「作二さんは私達より理介と過ごした時
間の長かとですもんね‥」
作二「‥理介の病気はどげんしようもなかっ
たとですよね‥仕方のなかったとですよね
‥あれで良かったとですよね‥」
住職「理介さんは理介さんにしか生きれん人
生ば生きなはったごたる気がします。たっ
た十二年やけど、これ以上頑張れんとやな
いかと思うくらい濃い十二年やったんやろ
うと思います」
作二「‥」
住職「その分、私達の心の中に色濃くおんな
はる‥悲しみも濃く残ってしまう‥」
作二「‥俺、どげんしてん追い払えん言葉が
心の中にあるとです。全然名前も知らん人
の言った言葉やとに、何で追い払えんとか
自分でも分からんくて‥」
住職「知らん人の何か言いなはったとです
か?」
作二「‥水路工事ばしよる時に、効くか分か
-232-
らん薬ば試す医者もおるって言われて‥い
っちゃん先生がそげんことする訳なかって
分かっとるとに‥何でそげんか言葉に翻弄
されてしまうとか、ほんなごつ自分が嫌に
なって‥」
住職「誰でんそげんです‥何で信じれんくな
ってしまうとか分からんですけど‥人の心
は不思議に出来とって、何かを信じようと
すると、それに抗うように信じさせん作用
が働くごたるように思います。時間が経て
ばちゃんと信じれるって見えることが、一
瞬にしてどこかへ隠れてしまうごとなるこ
とのあります。一度だけじゃなく何度も、
誰にでもです」
作二「‥どげんしたらいいとですか?」
住職「私にも分からんですけど、目を瞑って
心の行きたい方に行ったらいいとかな‥と
思います」
作二「‥心の行きたか方は信じる方やと思い
ます」
-233-
住職「なら多分それが答えとでしょう。心は
本当は答えを知ってるとかなと思うとです。
心がずっといっちゃん先生ば見て来たとや
けん」
作二「‥よう分からんけど、分かりました‥」
住職「無理せんでもいいとですけんね。駄目
なら駄目で仕方のなかことやけん」
作二「はい」
少し安心した様子の作二。
掃除をしている呼十、嗚咽で手が止ま
る。
○同・表(夕)
帰って行く人々を見送っている住職、
作二、五日、小夜を負ぶった呼十。
○同・庭(夕)
離れへと歩いて行く呼十へ話しかける
五日。
五日「‥そろそろ肥後に帰ろうかと思っとる」
-234-
呼十「え?‥そげんですか‥」
五日「よかなら小夜ちゃんも一緒にって思っ
とるとよ‥」
呼十「‥庄屋さんも喜びなはるですね」
五日「‥」
○同・離れ・小部屋(夜)
木箱から理介の荷物を整理している五
日。
自分で繕った跡のある衣服。
涙を拭う五日。
襖が開き、作二が入って来る。
作二「今日は全部取り仕切って貰って、あり
がとうございます‥」
五日「いえ、動いとった方がよかとです」
作二「理介の荷物ですか‥」
五日「はい‥」
作二「こしこしかなかとですね‥」
五日「あの‥小夜ちゃんのこととですけど、
理介に頼まれたこともあって‥もしもよか
-235-
なら、肥後の方さん連れて行きたかと思っ
とるとですけど、どげんでしょうか?」
作二「理介がそげん言いよったとですか?」
五日「はい。亡くなる前の晩に」
作二「理介が望んだとなら俺はよかと思いま
すけど‥いっちゃん先生の実家の方は大丈
夫とですか?」
五日「うちは母もおるですし、面倒見てくれ
る人も周りにいっぱいおんなはるけん大丈
夫かと思います」
作二「そっか‥帰んなはるとですね」
五日「はい‥噴火もこの頃は収まったごたる
し、理介の初七日が終わったら帰ろうと思
います」
作二「‥寂しくなりますけど‥いっちゃん先
生はまた長崎さん行きなはることもあると
でしょう?」
五日「はい。長崎の先生に薬のことば聞いた
ら、あの薬草はこっちの方には自生しとら
んらしくて、向こうに戻ってまた薬ば作っ
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て来て欲しかと言われました。少し苗ば移
してみてもよかとかなと思っとります」
作二「そげんですか‥なら、帰ってからも忙
しかですね。でん待っとりますけん、また
来なはってください」
五日「はい‥長い間お世話になりました」
頭を下げる五日。
作二「うんにゃです。ずっとおって貰って皆、
助かりました。ありがとうございました」
頭を下げる作二。
小夜の泣き声が聞こえてくる。
○同・離れ・大部屋(夜)
泣いている小夜を抱っこしている呼十。
五日が部屋に入って来る。
五日「大丈夫かね?」
呼十「‥りっちゃんがおらした時はいつもす
ぐ泣き止みなはったとですけど‥」
五日「‥小夜ちゃんはお母さんば山崩れで亡
くして、やっと理介に慣れて‥やとに今度
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はその理介ば亡くして‥やれんとやろうね
‥」
呼十「‥」
小夜をぎゅっと抱きしめる呼十。
○同・庭(夜)
小夜を負んぶして子守歌を歌っている
五日。
○同・お堂と離れを結ぶ渡り廊下(夜)
お堂へお供えされていたご飯茶碗と湯
呑を離れへと下げている呼十と住職
が並んで歩いている。
住職「帰んなはるとですね‥呼十さんにもお
世話になって、ありがとうございました。
理介も呼十さんがおってくれて助かったろ
うと思います」
呼十「いえ‥何も出来んやったです‥」
ふと、庭に小夜を負んぶしている五日
がいる姿に気づく住職、立ち止まる。
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住職「‥いっちゃん先生も、次々に重かこと
ば引き受けていきなはるですね‥大変かろ
うに‥」
呼十「あの‥あの薬はいっちゃんが自分のお
母さんの為に作んなはった薬とで、お母さ
んはあの薬でほんなごつ咳が治んなはって
今も元気にしとんなはるとです」
住職「ああ‥そげんやったとですか」
呼十「元々は長崎さん薬ば売りに行くって言
うて出て行きなはったとけど、ここで使っ
たけんごめんって言うて謝んなはって‥や
とに何でそげんことになってしまうとか‥」
住職「‥良かれと思ってしたことが裏返しに
なって戻って来ることは実はよく起こるこ
とかもしれんくて、物事は正しい方に流れ
るという訳ではないとかもしれません‥」
呼十「‥仕方なかとですか?」
住職「理不尽かごたるけど‥でも誰か信じて
くれる人がたった一人でもおったなら、人
は意外に生きていけるとですよね‥こげん
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人のおるとに何でたった一人だけで生きて
いけるとやろうかって不思議にも思うけど、
でもそうとですよね‥」」
呼十「‥ウチ、信じることやったら出来るかもしれ
ません」
頷く住職。
五日と小夜の姿を見ている呼十。
○同・離れ・大部屋(朝)
朝ごはんを食べている人々。
○水路の脇の道
お握りの詰まったタライを抱えて運ん
で行く十与。
水路から少し離れた小さな小屋で怪我
人の手当てをしている五日を見つけ
る。
○海守寺・表の道(夕)
道の脇にある山菜を摘んでいる呼十。
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坂の下の方から五日が上って来る。
呼十「野蒜のありました」
山菜を見せる呼十。
五日「へえ‥野蒜は薬草にもなるとよ」
呼十「え‥どげんしますか?」
五日「あはは。食べよう」
下に広がる景色を眺める五日。
五日「ここからいつも向こうば見よった」
海の向こうに見えている肥後の山。
呼十「あと三日とですね‥」
五日「うん‥」
呼十「長崎さん行きなはった日、あげん言う
てしまったとけど、やっぱり‥もし誰でん
よかってまだ思っとんなはるなら、ウチで
もいいとですか?」
五日「‥誰でんよかという訳じゃなかけど」
呼十「え?駄目とですか?」
五日「いや‥何かそげん言うてしまって申し
訳なかったなって思って‥」
呼十「いえ、変なこと言うてしまったけんす
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みません」
五日「いや‥」
呼十「よかとですよ。ウチは一緒に薬ば作っ
たり、素?が出来て喜んだり、読み書き出
来る人が増えたり、そげんか時間ば一緒に
過ごせたら、何かそれが嬉しいとです」
五日「うん‥何かいい加減かことは言えんけ
ど‥俺、これからせんといけんことが山の
ごつあって、ばってん俺は無力で何も出来
んくて‥けど、そげんか時あんたがおった
らなって思って‥何か今はそれぐらいしか
言われんでごめんけど‥」
呼十「いや、十分とです‥」
五日「え?‥そげんかな‥」
呼十「はあ‥何か緊張したです‥」
五日「あはは‥俺も‥」
呼十「りっちゃん、見よんなはったかな‥」
五日「理介に会いたかな‥」
空を見上げる五日と呼十の背中を夕日
が照らしている。
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○稲本家・土間(夜)
玄関が開き、呼十と五日が入って来る。
板間で食事をしていた太吉、春、藍太、
千穂、珂内、穣、驚いて二人を見る。
○藤沢家・玄関(夜)
小夜を負ぶった五日、玄関を開けると、
忙しそうに座布団を運んでいる久爾
子が偶然通りかかる。
久爾子「‥いっちゃん?!」
座布団を放り投げ、五日に抱きつく久
爾子。
五日「‥遅くなってすみません」
久爾子、ふと背中の小夜に気づく。
久爾子「‥え?‥いっちゃん?」
五日「あ‥違うとです」
足音が近づき、時蔵が駆けつける。
時蔵「帰って来たとね‥」
五日「はい‥」
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久爾子「疲れたやろ?はよ上がって」
中へ入る五日。
○稲本家・板間(夜)
家族に囲まれ、食事をしている呼十。
○同・南部屋(夜)
一つの布団に穣と子供、隣の布団に呼
十が寝ている。
穣「十与が島原に行ったって藍太兄ちゃんに
聞いたとよ‥」
呼十「うん‥ウチ、最初穣姉ちゃんのこと知
らんかったと‥ごめんね‥」
穣「謝らんでいいとって。気にすることじゃ
なかとよ。幼馴染みとやっけんね」
呼十「でん、穣姉ちゃんがお母ちゃんの頼み
ば聞いて嫁いで行ってくれなはったけん、
だけんウチは自分の好きなこつの出来ると
に‥」
穣「ウチも自分で選んで嫁いだとやけん、一
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緒よ」
呼十「‥ごめんね」
穣「いいとよ。いいと」
呼十「うん‥」
穣「いっちゃんも大切か幼馴染みやし、呼十
はたった一人の妹とやけん‥」
呼十「うん‥」
穣「‥呼十がまだお母ちゃんのお腹の中にお
る時、うちいつもんごつお母ちゃんの膝に
どんって座ったとよ。そしたらお母ちゃん
のいたたたってお腹ば押さえなはって、そ
ん時お父ちゃんとお母ちゃんに、お腹ん中
に赤ちゃんのおらすとやけん、どんって膝
に乗ったらいけん。もうお姉ちゃんになる
とやけんって怒られたと。そん時、ああ‥
お姉ちゃんになるというこつはもうお母さ
んの膝に座れんというこつとやねって思っ
たとば覚えとると」
呼十「‥うん」
穣「でんお母ちゃんの膝に座れんことよりか、
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弟か妹の生まれる嬉しさの方がうんと勝っ
とたと。生まれた呼十の可愛いうして、毎
日ずっと眺めとった。電電太鼓ば叩くと泣
き止んで、音のする方ば目で追いなはって
‥あん時何とも言えん暖かか光の差しとっ
て、神様がそこにおらすごと幸せか空気に
包まれたごたる気がしたとば覚えとる」
呼十に手を伸ばす穣。穣の手を握る呼
十。
呼十「‥ウチは自慢やったよ。皆がみっちゃ
んがお姉ちゃんでよかねって羨ましがりな
はって、何か嬉しくて。かなちゃんもそげ
んやったとと思う」
穣「楽しかったね‥」
呼十「皆ずっと一緒におられるとよかとにね
‥」
穣「そうやね‥」
天井を眺めている呼十と穣。
○同・土間(朝)
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玄関が開き五日が入って来る。
五日「おはようございます」
小部屋から姿を見せる穣。
穣「いっちゃん。あ、呼十?」
五日「うん‥」
穣「さっき天水村さん行ったよ」
五日「天水村に?」
穣「藍太兄ちゃんが天水村の人に呼十に来て
欲しかって頼まれなはって、ほんとにさっ
き‥」
五日「え‥」
五日、玄関から出て行く。
穣「ん?…あ‥まさか‥」
穣、慌てて土間へと降りる。
○稲本家へと続いている道(朝)
走っている五日を追いかける穣。
穣「いっちゃーん!違う!違うとー」
穣が追いかけて来ていることに気づい
て止まる五日。
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息を切らし追いつく穣。
穣「‥あのね、呼十手習所の手伝いに行っと
らすと」
五日「‥ああ」
穣「天水村の女ん子がなかなか来なはらんら
しくて‥それで女ん人の教えらすなら女ん
子も来やすかかもしれんけんって向こうの
庄屋さんに藍太兄ちゃんが頼まれとんなは
ったらしくて‥それで島原から帰って来た
ならって今朝、呼十と珂内と一緒に出て行
きなはったとよ」
五日「そげんね‥俺、また同じかことになる
とかと思って‥」
穣「‥」
五日「なら分かった‥言いに来てもろてあり
がとう」
穣「‥いっちゃん、慌てて出て行きなはった
けん、絶対誤解しとんなはると思って‥」
五日「あはは。そうやね‥誤解するとこやっ
た。いけんね‥」
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穣「あの‥いっちゃん、前に話してくれて‥
ああ、やっぱりいっちゃんも気にしとって
くれとんなはったとやなって分かって‥あ
の時の気持ちば教えて貰って、良かったと
今は思っとる。ずっと分からんままやった
けん‥ほんなごつ良かった‥ありがとう」
五日「うんにゃ‥」
穣「今から天水村さん行くと?」
五日「いや‥何か診療所にいっぱい薬草の干
してあったけん、俺がおらん間も摘んでく
れとったとやねってお礼ば言おうと思って」
穣「そげんね。何日か向こうにおるって言い
よらしたけど‥」
五日「いや‥今じゃなくてもよかけん」
穣「分かった‥なら、気を付けてね」
五日「うん、みっちゃんも」
穣「あはは。ウチはすぐそこやけん」
五日「見よくよ」
穣「うん‥ならね」
穣、歩いて戻って行く。
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五日の声:分かっとらんよ、みっちゃん‥あ
れからどれだけ後悔したつか‥どげんも出
来んことがどげん苦しかったつか‥でん誰
にも分からんでよかとと思う。俺だけにし
か分からんことと‥
歩いて行く穣を見ている五日。
○天水村の診療所・外観
平屋の大きめの診療所。
○同・小部屋
のりと向かい合って話している呼十と
珂内。
のり「遠かったやろ?」
呼十「うんにゃ。のりちゃんが元気そうやけ
ん良かった」
のり「うん。先生も優しかし、手伝うとも楽
しかとよ」
呼十「あ、おばちゃんから何か預かって来た
よ。かなちゃんが持って来てくれらした」
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