風呂敷包みを背負い、甚兵衛の手を握
る忠兵衛。
忠兵衛「甚兵衛、これからお母ちゃんと二人
で暮らすことになるけん、頑張らなんよ」
甚兵衛「兄ちゃんどこに行くと?」
忠兵衛「俺はよその家さん奉公に行く。そん
代わり麦ば一俵貰わるるごとなっとるけん、
お母ちゃんと大事に食べんねね」
甚兵衛「いつ帰って来ると?」
忠兵衛「‥ずっと先かもしれん」
甚兵衛「‥」
忠兵衛「だけん今日から甚兵衛があちこちで
手伝いばして、食べ物ばもらってこなんご
となる。出来るね?」
甚兵衛「‥うん、出来る」
忠兵衛「今までの田んぼは、売ったお金ば払
うとしゃが戻してやんなはるげなけん、そ
ん時は庄屋さんに言わんねね」
甚兵衛「うん‥分かった」
忠兵衛「甚兵衛‥」
-301-
忠兵衛、甚兵衛の手を更にギュッと力
強く握る。
忠兵衛「どげんしたら稲の沢山採れるとか‥
どげんしたら作業の早く進むとか‥どげん
か葉っぱが怪我に効くとか‥どげんか雲が
きたなら天気の変わるとか‥何でんよう見
て、自分でよう考えて動かんね。そしたな
ら絶っ対生きていけるけん」
甚兵衛「うん‥分かった」
忠兵衛「いつも心配しとるけんね」
甚兵衛「うん‥俺も‥」
○(回想)畦道
村人について歩いて行く忠兵衛を見送
っている甚兵衛。
○藤沢家・台所(朝)
慣れた手つきでお握りを握っていくえ
つ。
えつ「それっきり弟には会えとらんで、ずっ
-302-
と最期まで気にしとんなはったです‥」
久爾子「‥お父さん名前何ていいなはるとで
すか?」
えつ「藤沢忠兵衛ていいます」
久爾子「‥ここの先代藤沢甚兵衛さんです」
えつ「‥え?」
久爾子「ウチもその話、ここのお義父さんか
ら聞いたことのあるです」
えつ「‥」
久爾子「お義父さんは子供の頃お兄さんと生
き別れなはって、それからお母さんの看病
ばしながら暮らしよったって‥」
(フラッシュ)小屋の中、寝ているふみの背
中をさすっている甚兵衛。
久爾子「暮らしは大変で、よその家ば手伝い
ながら野菜の苗ば分けて貰ったりして、そ
れで自分で畑ば作って出来た野菜ば売りに
行って‥」
(フラッシュ)畑を耕す甚兵衛。野菜を背負
って売りに行く甚兵衛。
-303-
久爾子「薬草のことも詳しか人に聞いたり、
本ば写させて貰いながら勉強しなはったら
しくて、いつも誰かが怪我した時は手当て
して、そのお礼にて野菜ば貰ったりして‥」
(フラッシュ)薬草を村人の傷口に塗ってい
る甚兵衛。お礼を言われている。
久爾子「そげんして少しづつ畑ば広くしてい
って野菜ば売ったお金ば貯めて、とうとう
田んぼば買い戻しなはったらしかです」
(フラッシュ)買い戻した田んぼを見つめて
いる甚兵衛。山の中を巡り、土を確かめて
いる甚兵衛、人を連れて山へ入り、川から
水を引く説明をしている。
久爾子「そん後も田んぼになりそうな土地ば
見つけて村の人達と開拓していきなはった
けん、いつも皆から頼りにされとんなはっ
たです。その内庄屋に選ばれなはって‥」
えつ「‥はあ、そげんですか。生きとんなは
ったとですね‥良かった‥」
泣き笑いしながらお握りを握るえつ。
-304-
久爾子「でん、お母さんはずっと忠兵衛さん
のことば気に掛けてあったらしかです。父
は見つけてやれんやったなって言いよんな
はったです‥」
涙にくれるえつと久爾子。
○稲本家・表(朝)
風呂敷包みを背負った呼十と珂内が玄
関から出てくる。
続いて出てくる藍太と千穂。
藍太「珂内は呼十ば送ったら、一ぺんこっち
さん帰って来ると?」
珂内「うん。一ぺん戻って来てから、また呼
十ちゃんば迎えに行こうて思っとる」
千穂「なら、一晩は向こうに泊まって帰って
来なはると?」
珂内「時間があるごたるなら日帰りしようか
なって思っとる。綿実油の届く前になるべ
く小麦ば挽いときたかけん」
藍太「日帰りげっときつなかね?」
-305-
珂内「きつかったら明日にするかもしれん」
藍太「うん。粉挽きは俺が手伝いに行っても
よかし、こっちのことは気にせんでよかけ
ん、無理せんごつゆっくり戻ってこんね」
千穂「呼十ちゃんも気を付けてね」
呼十「ありがとう」
歩いて行く呼十と珂内。
○山の森の中
伐った木材を運んで行く人々。
○山の梺
手伝おうと山道へ入ろうとする五日を
木材でとうせんぼする人々。
○畑
藍太、菜の花の種の蒔き方を教えてい
る。集まって聞いている人々。
近くの畑では水はけの為の排水溝を掘
っている人や、肥料となる藁を運んで
-306-
いる人。
畑を鍬で耕している五日、近くにいる
人に鍬を取り上げられている。
○藤沢家・板間
石臼で小麦を挽いている介太。
藍太、介太に声を掛け交代する。
汗を拭い水を飲む介太。
介太「‥藍太さん、時々菊南村に行きなはる
とですよね?」
藍太「うん。親戚もあるし、村の用事で行く
こともあるよ」
介太「‥今度、叔父の様子ば見て来てもらえ
んでしょうか?叔父は多分、あんまり身体
の調子のようなかとと思うとです」
藍太「‥うん、分かった」
介太「すみません‥」
藍太「‥介太、戻らんやろ?ここにずっとお
るとやろ?」
介太「まあ‥祖母ちゃんのお墓のことも気に
-307-
なるけん‥ちょっと考えとります‥」
藍太「でけんよ!やってずっと働かされよっ
たとやろ?」
介太「‥でん今は、もし何かあってもここに
帰ってこれるけん、何か前とは違うとです」
藍太「戻ったらいけんて」
介太「そげん心配せんで下さい」
藍太「もし‥叔父さん達の暮らしぶりの気に
なるとやったら、ここで貰った給金から少
し届けるとならどげんね?俺がちゃんと届
けるけん。祖母ちゃんのお墓も俺が見て来
てやる」
介太「そげん、藍太さんに迷惑かけれんです」
藍太「迷惑じゃなかよ」
介太「でん‥」
藍太「なら‥いつか介太がここば独立して、
自分で素麺ば作れるごつなって」
介太「え?‥独立って、自分で製麺所ば建て
るっていうこととですか?」
藍太「うん。庄屋さんがそげんなるとよかね
-308-
って言いよんなはったとよ。田んぼば持た
れん人が、そげんしてこん村に残られるな
らいいとにって」
介太「‥」
藍太「でん、なかなかそげんはならんやろう
て思う。最初に踏み出す人は怖かやろうて
思う。だけん介太がその第一号になってや
って。そして俺にそこで出来た初めの素麺
ば食べさしてよ」
介太「‥はい。分かりました」
戸惑いながらも力強く頷く介太にホッ
としたように微笑む藍太。
介太、藍太の回している石臼に小麦を
足す。
藍太「これ‥あと、どしこあると?」
介太「あしこです」
土間に何個も置かれている大きな袋を
指さす介太。
藍太「え‥あれ全部?」
介太「はい」
-309-
藍太「介太‥ごめん、簡単に製麺屋にならん
ねって言うて‥あれ全部か‥」
驚いて肩を落とす藍太に笑う介太。
○天水村の診療所・大部屋
襖を開ける呼十。
子供達が集まっている。
その中に数人女の子が混ざっている。
緊張しながら部屋へ入る呼十。
○同・小部屋
珂内、風呂敷包みを開け、浴衣や綿入
れをのりに渡す。
のり「ありがとう。お母ちゃんにお礼言うと
って」
珂内「うん。こないだ元気そうやったって言
うたら嬉しそうにしとんなはった」
襖が開き、富樫が顔を出す。
富樫「あ、良かった。まだおんなはった」
頭を下げる珂内。
-310-
富樫「こないだは小屋の戸ば直してもろて助
かりました。私は大工仕事もなかなか苦手
で‥」
のり「昨日作んなはった文机も脚の長さの違
っとったですもんね」
笑うのりと珂内。
珂内「でん、天水村のお医者さんはよう診て
やらすってウチの村でも評判です」
富樫「それしか出来んけんですね」
照れる富樫。
富樫「あの‥珂内さん、もしよかなら子供達
の使う文机ば幾つか作って貰えんですか?
家から持ってこれる子と持ってこれん子の
おって、出来れば皆に机ば使わせてやりた
かとですけど‥いけんですか?」
珂内「うんにゃです。そげんとやったら、や
ってみます」
富樫「良かった。ありがとうございます」
のり「ありがとう。かなちゃん」
嬉しそうなのり。
-311-
珂内「人、集まったとですね。女ん子もおん
なはるって喜んどりました」
富樫「はい。田中村から来なはった達吉さん
が皆に話してくれなはったとですよ」
珂内「あ、達吉さん‥天水村に行きなはった
って聞きました」
富樫「元気にしとんなはるですよ。お嫁さん
も貰いなはって」
珂内「そげんとですか。良かった」
富樫「はい。あ、道具と材料は裏にあるけん、
勝手に使こうてください」
珂内「分かりました」
立ち上がる珂内。
○肥前・川岸
川の流れで幾つもの水車が回っている。
○肥前・水車小屋・外観
水車の横に作られている小屋。
-312-
○同・中
水車の回る力が伝わり、杵が上下に動
き臼に入った小麦をついて、籾殻を剥
いていく。
説明を聞いている時蔵と絵を描いてい
る吾六。
○肥前・別の水車小屋・入口前
別の水車小屋へ入っていく吾六。
○同・中
水車の軸の回転で小屋の中の歯車を回
し、その歯車と噛み合わさったもう一
つの歯車が石臼を回す歯車とかみ合
い、石臼へ注がれている小麦を粉へと
製粉していく。
製粉されタライへ落ちていく小麦粉。
粉でいっぱいになったタライを空の
タライへと交換する人。その粉を袋詰
めにしている。後ろで見ていた吾六が
-313-
話しかけ、説明してくれる。
紙と筆を持ち、石臼の蓋の厚みを筆で
測りながら記録していく吾六。
○田中村・畑の畦道(夕)
作業を終えて帰っていく田中村の人々。
手を振る藍太、鍬や鋤を荷車に載せて
運んでいる。
山菜の入ったザルを持って脇道を歩い
ていた千穂、藍太に気づき後を追う。
追いつき荷車を後ろから押す千穂、驚
いて後ろを見る藍太。嬉しそうに笑う
千穂。
並んで歩いて行く。
○天水村の診療所の裏の空き地(夕)
文机を作っている珂内。
のりが現れる。
出来上がった文机を見て喜ぶのり。
嬉しそうな珂内。
-314-
○稲本家・炊事場(夕)
釜戸で晩御飯の支度をしている千穂。
甕から水を汲み、飲んでいる藍太。
千穂「かなちゃん今日は帰って来らっさんと
やろか?」
藍太「うん。暗くなってきたけん、今日は向
こうさん泊まらすとやろね」
千穂「そうやね‥何か二人おらっさんと寂し
かね」
藍太「一日やんね」
千穂「そげんやけど‥何か二人がどんどん大
人になっていきよらして、何かここば出て
行かす日がすぐにでんきそうで‥」
涙ぐむ千穂。
藍太「‥いつかはそげんか日がくるとやろう
けど、仕方なかよ‥」
千穂「うん‥」
藍太「泣かんと」
千穂「‥藍ちゃんも泣きよる」
-315-
笑う藍太と千穂。
○畑(夜)
綺麗に耕されている畑。
空に雨雲がかかり、雨が降り始める。
○富樫家・板間(朝)
朝ごはんを食べている富樫家族とのり、
珂内、呼十。
珂内、外を見ると雨が降っている。
○肥前・宿の一部屋
水車の絵に手を加えている吾六。
雨戸を少し開け、空を心配そうに見上
げている時蔵。
○畑
雨の中、水が溜まり始めた畑の土を心
配そうに見ている五日。
畑を見回りながら遠くから歩いて来て
-316-
いる藍太、五日を見つけ近づいてくる。
○海着川
水嵩が増し、流れの勢いが強くなって
いる川。
○稲本家・表(夜)
心配そうに外を確認し、戸を閉める千
穂。
○天水村の診療所・表(朝)
雨の中、笠をかぶり蓑を着た子供達が
次々と歩いてくる。
○同・土間(朝)
雨に濡れた子供達を手拭いで拭いてい
る呼十とのり。
○同・大部屋(朝)
新しい文机に喜ぶ子供達。
-317-
○天水村の診療所・表(夕)
雨の中、帰って行く子供達を見送って
いる呼十。
○富樫家・和室(朝)
布団を畳んでいるのり。呼十が雨戸を
開けると雨が降っている。
のり「もう五日やね‥」
呼十「うん。今日帰るって藍太兄ちゃんに言
うてから来たとけど、帰られるかな‥」
のり「どげんやろね‥川の水の増えとるって
あちこちで心配しよんなはったけど‥」
空を見上げる呼十とのり。
○同・板間(朝)
朝ごはんを食べ終わり、茶わんなどを
片付けているのり。
台を布巾で拭き上げる呼十。
富樫、縁側の障子を開けると雨が上が
-318-
っている。
珂内「あ、雨上がったとですね」
富樫「うん。大分降ったけん、土砂崩れのな
かか心配ですね。どげんしなはるですか?」
珂内「でん、今のうちに戻らんとまた降るか
もしれんけん、急いで帰ります。呼十ちゃ
ん、すぐ出られる?」
呼十「うん、分かった」
立ち上がる呼十。
心配そうに雨雲を眺める富樫。
○同・表(朝)
富樫、のりが見送りに出ている。
珂内「長くお世話になってしまってすみませ
ん。有難うございました」
富樫「いえ、こちらこそ有難うございました」
呼十「声かけて頂いて嬉しかったです。有難
うございました」
富樫「これで女ん子も来易くなったやろうし、
後ば引き受けてくれる人も見つかったって
-319-
庄屋さんの言いよんなはったけん、ほんと
良かったです」
頭を下げる呼十。
○山道
並んで歩いて行く珂内と呼十。ポツポ
ツと雨が降り始める。
○海着川の支流
水嵩がギリギリの高さまできている海
着川の支流。
周りには畑が広がっている。
○同・川沿いの道
五日、藍太、村の人々が心配そうに川
の様子を見ている。
五日「畑に水の入ってこんごつ、大きか石と
かば皆で運んでこよう」
藍太「うん‥いっちゃん、あの材木ばここさ
ん運んで来たらどげんやろか?」
-320-
五日「でん、あれは水車ば造るごつって皆が
伐ってくれた材木やろ‥」
藍太「そうやけど‥材木は乾かせばまた使わ
れるかもしれんし、駄目になったならまた
伐るごつなっても仕方なかかなと思うとけ
ど、でん菜種はもう一粒も残っとらんけん」
五日「そげんね‥なら、そげんしようか。畑
ば守るとば優先しよう」
藍太「うん」
五日「すみません。悪かとばってん、こない
だ伐ってもろた材木ば使わせて貰ってよか
ですか?材木の後ろに石ば敷き詰めて、堤
防になるごつしましょう」
村人1「そげんしよう」
同調し、それぞれ動き始める人々。
○山の梺にある木材置き場
雨の中、立て掛けられている材木を数
人がかりで一本づつ運んで行く人々。
藍太もその中にいる。
-321-
材木置き場へ来た人達へすれ違いざま
に説明している藍太。
○海着川の支流・川沿いの道
五日、運ばれて来た材木を積み上げ、
石で固定していく。
応援に駆けつけて来た人へ、作業しな
がら説明している五日。
○海着川の支流
材木の堤防により、増えた水嵩が畑に
浸水するのを塞いでいる。
○同・下流沿いの道
雨の中、膝まで水に浸かっている川沿
いの道を歩いている珂内と呼十。
ジャブンジャブンと水の大きな音が
したので、少し先の方を見ると、川の
湾曲している所から水が周りへと溢
れ出したのが見える。
-322-
呼十「え‥」
珂内「呼十ちゃん!」
手を伸ばす珂内。
珂内の手を取る呼十。
一気に水嵩が足元から腰までどんどん
と高くなっていく。
珂内「思い切り踏ん張って!」
呼十「うん!」
雨脚が強くなり、動けない二人に更に
水が押し寄せてくる。
○同・川沿いの道
畑が守られ、一安心する人々。
五日と藍太、堤防を確認している。
雨の中、遠くから千穂が走って来てい
るのに気づく藍太。
藍太「千穂?どげんしたとやろか‥」
五日「‥」
藍太の元へ駆けつける千穂。
千穂「川下の方の天水村さん行く道が水に浸
-323-
かっとるとげな。かなちゃんと呼十ちゃん、
大丈夫やろか‥」
藍太「まさか、こん雨の中帰って来よらんや
ろ‥」
五日「‥でん、朝一回雨のやんだけん、もし
かしたらそん時出たかもしれん‥」
藍太「‥」
千穂「水に浸かったとこの近くに住んどらす
人達の、少し前までは道のあったとけど、
一瞬で水嵩の増したて言いよんなはった」
五日「もしかして、ここば堰き止めたけんや
ろうか‥ちょっと見てきてみる」
川下へ向かって走り出す五日。後を追
う藍太と千穂。
○同・下流
大きく湾曲している川。湾曲している
箇所から川の水が外へ溢れ出し、途中
から道が濁った水に浸かって見えな
くなっており、川と道の境目が分から
-324-
なくなっている。
○同・下流沿いの道
川沿いの道を走って来た五日と藍太、
途中で道が水に浸かっており立ち止
まる。
五日「ほんなごつ、道の無くなっとる‥」
遠くに肩まで水に浸かり動けなくなっ
ている二人の人が見えている。
五日「‥あれ!人のおらす!」
藍太「ええっ?!」
遅れて走り着く千穂。
千穂「‥かなちゃん?」
藍太「え?!何で?」
千穂「あの頭に被っとらす手拭い、かなちゃ
んが大切にしとらした籠目のとに色が似と
るごたる‥」
藍太「ああ、あの七つの祝いに貰ったやつ?」
千穂「そう」
藍太「そげんかもしれん‥なら後ろにおらす
-325-
とが呼十やろか‥」
五日「‥」
○同・水に浸かった道
雨の中、肩まで水に浸かっている珂内
と呼十。
珂内「あ‥誰か来なはった。おーい!」
水から手を上げ、遠くの人へ手を振る
珂内。
○同・下流沿いの道
藍太「珂内ー!!」
手を振り返す藍太。
○同・水に浸かった道
川と雨の音に交じり、藍太の声がかす
かに聞こえる。
珂内「藍太兄ちゃんだ。藍太兄ちゃん!」
叫び返す珂内。
珂内「‥あ、呼十ちゃん、あれ、いっちゃん
-326-
先生と千穂姉ちゃんじゃなか?」
呼十「え‥」
五日の姿を確認する呼十。
○同・下流沿いの道
藍太「動かん方がよかやろね。川に落ちたら
流さるる」
突然川に入っていく五日。
慌てて手を引き、止める藍太。
藍太「いけん!俺らが流されたら助けられん
やなかね!」
五日「ならどげんする!」
藍太「‥」
ふと辺りを見渡す藍太。
藍太「上流の堤防ば作ったけん、こっちの水
嵩の増えたとやろか?」
五日「‥そげんかもしれん。堤防ば崩そう」
藍太「うん。あの中流の辺りは畑の広かけん、
そっちに水の流れるなら、こっちの水嵩は
減るかもしれん」
-327-
五日「藍ちゃん、ごめんけどここばしっかり
見よって。俺、上さん行って堤防ば取っ払
ってくる」
藍太「‥畑はよかと?」
五日「よか」
藍太「うん」
五日「呼十!動いたらいけん!」
五日、川沿いの道を駆け上がっていく。
○同・水に浸かった道
呼十を見る珂内。
珂内「‥このまま待っとこう」
呼十「うん‥」
○同・川沿いの道
五日、作った堤防へと駆けつける。
堤防の崩れかかりそうな箇所を急ぎ補
強している人々。
五日「‥」
村人1「どげんやったですか?」
-328-
堤防を支えながら五日へと尋ねる。
五日「‥ごめん。ここば崩して下流の流れば
弱めます」
堤防を支えている石をどかし始める五
日。
村人1「え?壊すとですか?」
村人2「‥畑は?」
村人1「もしかして、下流に人のおんなはっ
たとですか?」
五日「はい。このままげっと、流されるかも
しれん」
五日、必死に石や木材を取り除く。
村人1「分かりました。皆手伝おう」
村人2「うん」
あちこちで堤防を崩し始める人々。
五日「‥すみません。俺‥」
涙を拭いながら作業をする五日、。
村人1「何ば言いよんなはるとですか。当た
り前とです」
五日「‥俺、ほんなごつこの村に生まれて良
-329-
かったです」
村人1「‥庄屋さん達がこげんか村ば作って
きなはったとです」
堤防が崩れた箇所から、濁った川の水
が畑へと流れ入っていく。
慌てて高台へと逃れる人々。
村人1が五日の手を引いて行く。
○同・川の近くの高台
高台に立ち、畑が水で見えなくなって
いく様子を黙って見ている人々。
高台から膝丈まで浸かった川沿いの道
へ飛び移り、下流に向かって駆け出す
五日。
続いて走り出す人々。
○同・下流沿いの道
藍太の元へ五日が駆けつける。
○同・水に浸かった道
-330-
変わらず川の水の中に浸かっている珂
内と呼十。
水位が少しづつ下がり始め、同時に雨
も小降りになる。
次第に水嵩が肩から胸のあたりまで下
がっていく。
○同・下流沿いの道
人々が駆けつける。
水際の道から順に皆で手を繋いで水に
入り、一本の縄のようになる。一番手
前の道側の藍太が、流されないようし
っかりと木に掴まっている。
その先頭側で珂内達の方へ近づいて行
く五日、途中湾曲部の水の流れの強い
所で足を取られそうになり、隣にいた
村人1にぎゅっと腕を掴まれる。
再び水の中を歩き出す五日。
○同・水に浸かった道
-331-
手を繋いだ先頭にいる五日がだんだ
んと珂内の傍へ近づいてくる。
五日、珂内の傍へ辿り着き手を伸ばす。
珂内が五日の手を取り、もう片方の手
を少し後ろにいる呼十へ伸ばす。珂内
の手を取る呼十。
珂内、呼十を先に五日へ渡す。
呼十の手を取る五日。
呼十「すみませんでした‥ありがとうござい
ます」
五日「良かった‥」
手をしっかりと掴む。
五日「引っ張って下さい!」
岸側に向かって叫ぶ。
○同・下流沿いの道
川岸に立ち見守っている千穂。
千穂「良かった‥呼十ちゃん‥」
藍太「引っ張ります!」
藍太、繋いだ手を一人一人手前から順
-332-
に岸へと上げていく。
○・水に浸かった道
手を引かれ、ゆっくりと水の中を岸の
方へと歩いて行く呼十と珂内。
○同・下流沿いの道
無事、珂内と呼十が岸へと辿り着く。
人々から拍手が起こる。
頭を下げる藍太と珂内と呼十。
駆けつけた春が珂内と呼十を抱きしめ
る。
少し離れた所から、安心したようにそ
の様子を見ている五日。
〇山之上神社・本堂前(夕)
手を合わせお参りしている呼十と五日。
〇山之上神社へ続く山道(夕)
村が見渡せる山道。
-333-
水に浸かっている村の畑。
村を見ている呼十と五日。
呼十「菜種ば植えなはったばっかりやったと
げなですね‥」
五日「‥長崎さん薬ば持って行って交換して
もらったお金で、菜種ば肥前で買ってこよ
うと思っとる」
呼十「すみません。ウチらのせいで‥」
五日「災害はいつでん起こるし仕方なかよ。
その分返していこう」
呼十「‥はい」
五日「俺‥あんたば幸せに出来んかもしれん。
幸せにしたかって気持ちは勿論あるとけど、
人生何が降りかかるか分からん。不幸にな
ることもあるかもしれん‥」
呼十「‥」
五日「守りたかとも思うけど、何かあった時
傍にこげんか風に一緒におれんで守れんこ
ともあるかもしれん。傍におったって守っ
てやれんこともあるかもしれん。そげんか
-334-
とは嫌やけど、でも約束は出来んて思う‥」
呼十「はい‥」
五日「ばってん一個だけ、俺は絶対いつでも
あんたの味方でおる。喧嘩になった時でん、
いつもどっかであんたの味方でおる」
呼十「‥はい」
五日「つまり、こっから先、一時残らず俺は
あんたの味方やけん、こっから先の人生ば
一緒に生きていけたらなって思っとる」
呼十「ええっ‥」
五日「‥よかかな?」
呼十「‥ということは一緒におられるという
ことですか?」
五日「うん」
呼十「いいとですか?」
五日「うん」
少し照れたように頷く五日。
嬉しそうに笑う呼十。
村のずっと先に海と雲仙が見えている。
夕日が二人を照らしている。 完
-335-
※一切の無断転用を禁じます。