風呂敷包みを背負い、甚兵衛の手を握
           る忠兵衛。
        忠兵衛「甚兵衛、これからお母ちゃんと二人
         で暮らすことになるけん、頑張らなんよ」
        甚兵衛「兄ちゃんどこに行くと?」
        忠兵衛「俺はよその家さん奉公に行く。そん
         代わり麦ば一俵貰わるるごとなっとるけん、
         お母ちゃんと大事に食べんねね」
        甚兵衛「いつ帰って来ると?」
        忠兵衛「‥ずっと先かもしれん」
        甚兵衛「‥」
        忠兵衛「だけん今日から甚兵衛があちこちで
         手伝いばして、食べ物ばもらってこなんご
         となる。出来るね?」
        甚兵衛「‥うん、出来る」
        忠兵衛「今までの田んぼは、売ったお金ば払
         うとしゃが戻してやんなはるげなけん、そ
         ん時は庄屋さんに言わんねね」
        甚兵衛「うん‥分かった」
        忠兵衛「甚兵衛‥」
               -301-


           忠兵衛、甚兵衛の手を更にギュッと力
           強く握る。
        忠兵衛「どげんしたら稲の沢山採れるとか‥
         どげんしたら作業の早く進むとか‥どげん
         か葉っぱが怪我に効くとか‥どげんか雲が
         きたなら天気の変わるとか‥何でんよう見
         て、自分でよう考えて動かんね。そしたな
         ら絶っ対生きていけるけん」
        甚兵衛「うん‥分かった」
        忠兵衛「いつも心配しとるけんね」
        甚兵衛「うん‥俺も‥」
        
        ○(回想)畦道
           村人について歩いて行く忠兵衛を見送
           っている甚兵衛。
        
        ○藤沢家・台所(朝)
           慣れた手つきでお握りを握っていくえ
           つ。
        えつ「それっきり弟には会えとらんで、ずっ
               -302-


         と最期まで気にしとんなはったです‥」
        久爾子「‥お父さん名前何ていいなはるとで
         すか?」
        えつ「藤沢忠兵衛ていいます」
        久爾子「‥ここの先代藤沢甚兵衛さんです」
        えつ「‥え?」
        久爾子「ウチもその話、ここのお義父さんか
         ら聞いたことのあるです」
        えつ「‥」
        久爾子「お義父さんは子供の頃お兄さんと生
         き別れなはって、それからお母さんの看病
         ばしながら暮らしよったって‥」
        (フラッシュ)小屋の中、寝ているふみの背
         中をさすっている甚兵衛。
        久爾子「暮らしは大変で、よその家ば手伝い
         ながら野菜の苗ば分けて貰ったりして、そ
         れで自分で畑ば作って出来た野菜ば売りに
         行って‥」
        (フラッシュ)畑を耕す甚兵衛。野菜を背負
         って売りに行く甚兵衛。
               -303-


        久爾子「薬草のことも詳しか人に聞いたり、
         本ば写させて貰いながら勉強しなはったら
         しくて、いつも誰かが怪我した時は手当て
         して、そのお礼にて野菜ば貰ったりして‥」
        (フラッシュ)薬草を村人の傷口に塗ってい
         る甚兵衛。お礼を言われている。
        久爾子「そげんして少しづつ畑ば広くしてい
         って野菜ば売ったお金ば貯めて、とうとう
         田んぼば買い戻しなはったらしかです」
        (フラッシュ)買い戻した田んぼを見つめて
         いる甚兵衛。山の中を巡り、土を確かめて
         いる甚兵衛、人を連れて山へ入り、川から
         水を引く説明をしている。
        久爾子「そん後も田んぼになりそうな土地ば
         見つけて村の人達と開拓していきなはった
         けん、いつも皆から頼りにされとんなはっ
         たです。その内庄屋に選ばれなはって‥」
        えつ「‥はあ、そげんですか。生きとんなは
         ったとですね‥良かった‥」
           泣き笑いしながらお握りを握るえつ。
               -304-


        久爾子「でん、お母さんはずっと忠兵衛さん
         のことば気に掛けてあったらしかです。父
         は見つけてやれんやったなって言いよんな
         はったです‥」
           涙にくれるえつと久爾子。
        
        ○稲本家・表(朝)
           風呂敷包みを背負った呼十と珂内が玄
           関から出てくる。
           続いて出てくる藍太と千穂。
        藍太「珂内は呼十ば送ったら、一ぺんこっち
         さん帰って来ると?」
        珂内「うん。一ぺん戻って来てから、また呼
         十ちゃんば迎えに行こうて思っとる」
        千穂「なら、一晩は向こうに泊まって帰って
         来なはると?」
        珂内「時間があるごたるなら日帰りしようか
         なって思っとる。綿実油の届く前になるべ
         く小麦ば挽いときたかけん」
        藍太「日帰りげっときつなかね?」
               -305-


        珂内「きつかったら明日にするかもしれん」
        藍太「うん。粉挽きは俺が手伝いに行っても
         よかし、こっちのことは気にせんでよかけ
         ん、無理せんごつゆっくり戻ってこんね」
        千穂「呼十ちゃんも気を付けてね」
        呼十「ありがとう」
           歩いて行く呼十と珂内。
        
        ○山の森の中
           伐った木材を運んで行く人々。
        
        ○山の梺
           手伝おうと山道へ入ろうとする五日を
           木材でとうせんぼする人々。
        
        ○畑
           藍太、菜の花の種の蒔き方を教えてい
           る。集まって聞いている人々。
           近くの畑では水はけの為の排水溝を掘
           っている人や、肥料となる藁を運んで
               -306-


           いる人。
           畑を鍬で耕している五日、近くにいる
           人に鍬を取り上げられている。
        
        ○藤沢家・板間
           石臼で小麦を挽いている介太。
           藍太、介太に声を掛け交代する。
           汗を拭い水を飲む介太。
        介太「‥藍太さん、時々菊南村に行きなはる
         とですよね?」
        藍太「うん。親戚もあるし、村の用事で行く
         こともあるよ」
        介太「‥今度、叔父の様子ば見て来てもらえ
         んでしょうか?叔父は多分、あんまり身体
         の調子のようなかとと思うとです」
        藍太「‥うん、分かった」
        介太「すみません‥」
        藍太「‥介太、戻らんやろ?ここにずっとお
         るとやろ?」
        介太「まあ‥祖母ちゃんのお墓のことも気に
               -307-


         なるけん‥ちょっと考えとります‥」
        藍太「でけんよ!やってずっと働かされよっ
         たとやろ?」
        介太「‥でん今は、もし何かあってもここに
         帰ってこれるけん、何か前とは違うとです」
        藍太「戻ったらいけんて」
        介太「そげん心配せんで下さい」
        藍太「もし‥叔父さん達の暮らしぶりの気に
         なるとやったら、ここで貰った給金から少
         し届けるとならどげんね?俺がちゃんと届
         けるけん。祖母ちゃんのお墓も俺が見て来
         てやる」
        介太「そげん、藍太さんに迷惑かけれんです」
        藍太「迷惑じゃなかよ」
        介太「でん‥」
        藍太「なら‥いつか介太がここば独立して、
         自分で素麺ば作れるごつなって」
        介太「え?‥独立って、自分で製麺所ば建て
         るっていうこととですか?」
        藍太「うん。庄屋さんがそげんなるとよかね
               -308-


         って言いよんなはったとよ。田んぼば持た
         れん人が、そげんしてこん村に残られるな
         らいいとにって」
        介太「‥」
        藍太「でん、なかなかそげんはならんやろう
         て思う。最初に踏み出す人は怖かやろうて
         思う。だけん介太がその第一号になってや
         って。そして俺にそこで出来た初めの素麺
         ば食べさしてよ」
        介太「‥はい。分かりました」
           戸惑いながらも力強く頷く介太にホッ
           としたように微笑む藍太。
           介太、藍太の回している石臼に小麦を
           足す。
        藍太「これ‥あと、どしこあると?」
        介太「あしこです」
           土間に何個も置かれている大きな袋を
           指さす介太。
        藍太「え‥あれ全部?」
        介太「はい」
               -309-


        藍太「介太‥ごめん、簡単に製麺屋にならん
         ねって言うて‥あれ全部か‥」
           驚いて肩を落とす藍太に笑う介太。
        
        ○天水村の診療所・大部屋
           襖を開ける呼十。
           子供達が集まっている。
           その中に数人女の子が混ざっている。
           緊張しながら部屋へ入る呼十。
        
        ○同・小部屋
           珂内、風呂敷包みを開け、浴衣や綿入
           れをのりに渡す。
        のり「ありがとう。お母ちゃんにお礼言うと
         って」
        珂内「うん。こないだ元気そうやったって言
         うたら嬉しそうにしとんなはった」
           襖が開き、富樫が顔を出す。
        富樫「あ、良かった。まだおんなはった」
           頭を下げる珂内。
               -310-


        富樫「こないだは小屋の戸ば直してもろて助
         かりました。私は大工仕事もなかなか苦手
         で‥」
        のり「昨日作んなはった文机も脚の長さの違
         っとったですもんね」
           笑うのりと珂内。
        珂内「でん、天水村のお医者さんはよう診て
         やらすってウチの村でも評判です」
        富樫「それしか出来んけんですね」
           照れる富樫。
        富樫「あの‥珂内さん、もしよかなら子供達
         の使う文机ば幾つか作って貰えんですか?
         家から持ってこれる子と持ってこれん子の
         おって、出来れば皆に机ば使わせてやりた
         かとですけど‥いけんですか?」
        珂内「うんにゃです。そげんとやったら、や
         ってみます」
        富樫「良かった。ありがとうございます」
        のり「ありがとう。かなちゃん」
           嬉しそうなのり。
               -311-


        珂内「人、集まったとですね。女ん子もおん
         なはるって喜んどりました」
        富樫「はい。田中村から来なはった達吉さん
         が皆に話してくれなはったとですよ」
        珂内「あ、達吉さん‥天水村に行きなはった
         って聞きました」
        富樫「元気にしとんなはるですよ。お嫁さん
         も貰いなはって」
        珂内「そげんとですか。良かった」
        富樫「はい。あ、道具と材料は裏にあるけん、
         勝手に使こうてください」
        珂内「分かりました」
           立ち上がる珂内。
        
        ○肥前・川岸
           川の流れで幾つもの水車が回っている。
        
        ○肥前・水車小屋・外観
           水車の横に作られている小屋。
        
               -312-


        ○同・中
           水車の回る力が伝わり、杵が上下に動
           き臼に入った小麦をついて、籾殻を剥
           いていく。
           説明を聞いている時蔵と絵を描いてい
           る吾六。
        
        ○肥前・別の水車小屋・入口前
           別の水車小屋へ入っていく吾六。
        
        ○同・中
           水車の軸の回転で小屋の中の歯車を回
           し、その歯車と噛み合わさったもう一
           つの歯車が石臼を回す歯車とかみ合
           い、石臼へ注がれている小麦を粉へと
           製粉していく。
           製粉されタライへ落ちていく小麦粉。
           粉でいっぱいになったタライを空の
           タライへと交換する人。その粉を袋詰
           めにしている。後ろで見ていた吾六が
               -313-


           話しかけ、説明してくれる。
           紙と筆を持ち、石臼の蓋の厚みを筆で
           測りながら記録していく吾六。
        
        ○田中村・畑の畦道(夕)
           作業を終えて帰っていく田中村の人々。
           手を振る藍太、鍬や鋤を荷車に載せて
           運んでいる。
           山菜の入ったザルを持って脇道を歩い
           ていた千穂、藍太に気づき後を追う。
           追いつき荷車を後ろから押す千穂、驚
           いて後ろを見る藍太。嬉しそうに笑う
           千穂。
           並んで歩いて行く。
        
        ○天水村の診療所の裏の空き地(夕)
           文机を作っている珂内。
           のりが現れる。
           出来上がった文机を見て喜ぶのり。
           嬉しそうな珂内。
               -314-


        
        ○稲本家・炊事場(夕)
           釜戸で晩御飯の支度をしている千穂。
           甕から水を汲み、飲んでいる藍太。
        千穂「かなちゃん今日は帰って来らっさんと
         やろか?」
        藍太「うん。暗くなってきたけん、今日は向
         こうさん泊まらすとやろね」
        千穂「そうやね‥何か二人おらっさんと寂し
         かね」
        藍太「一日やんね」
        千穂「そげんやけど‥何か二人がどんどん大
         人になっていきよらして、何かここば出て
         行かす日がすぐにでんきそうで‥」
           涙ぐむ千穂。
        藍太「‥いつかはそげんか日がくるとやろう
         けど、仕方なかよ‥」
        千穂「うん‥」
        藍太「泣かんと」
        千穂「‥藍ちゃんも泣きよる」
               -315-


           笑う藍太と千穂。
        
        ○畑(夜)
           綺麗に耕されている畑。
           空に雨雲がかかり、雨が降り始める。
        
        ○富樫家・板間(朝)
           朝ごはんを食べている富樫家族とのり、
           珂内、呼十。
           珂内、外を見ると雨が降っている。
        
        ○肥前・宿の一部屋
           水車の絵に手を加えている吾六。
           雨戸を少し開け、空を心配そうに見上
           げている時蔵。
        
        ○畑
           雨の中、水が溜まり始めた畑の土を心
           配そうに見ている五日。
           畑を見回りながら遠くから歩いて来て
               -316-


           いる藍太、五日を見つけ近づいてくる。
        
        ○海着川
           水嵩が増し、流れの勢いが強くなって
           いる川。
        
        ○稲本家・表(夜)
           心配そうに外を確認し、戸を閉める千
           穂。
        
        ○天水村の診療所・表(朝)
           雨の中、笠をかぶり蓑を着た子供達が
           次々と歩いてくる。
        
        ○同・土間(朝)
           雨に濡れた子供達を手拭いで拭いてい
           る呼十とのり。
        
        ○同・大部屋(朝)
           新しい文机に喜ぶ子供達。
               -317-


        
        ○天水村の診療所・表(夕)
           雨の中、帰って行く子供達を見送って
           いる呼十。
        
        ○富樫家・和室(朝)
           布団を畳んでいるのり。呼十が雨戸を
           開けると雨が降っている。
        のり「もう五日やね‥」
        呼十「うん。今日帰るって藍太兄ちゃんに言
         うてから来たとけど、帰られるかな‥」
        のり「どげんやろね‥川の水の増えとるって
         あちこちで心配しよんなはったけど‥」
           空を見上げる呼十とのり。
        
        ○同・板間(朝)
           朝ごはんを食べ終わり、茶わんなどを
           片付けているのり。
           台を布巾で拭き上げる呼十。
           富樫、縁側の障子を開けると雨が上が
               -318-


           っている。
        珂内「あ、雨上がったとですね」
        富樫「うん。大分降ったけん、土砂崩れのな
         かか心配ですね。どげんしなはるですか?」
        珂内「でん、今のうちに戻らんとまた降るか
         もしれんけん、急いで帰ります。呼十ちゃ
         ん、すぐ出られる?」
        呼十「うん、分かった」
           立ち上がる呼十。
           心配そうに雨雲を眺める富樫。
        
        ○同・表(朝)
           富樫、のりが見送りに出ている。
        珂内「長くお世話になってしまってすみませ
         ん。有難うございました」
        富樫「いえ、こちらこそ有難うございました」
        呼十「声かけて頂いて嬉しかったです。有難
         うございました」
        富樫「これで女ん子も来易くなったやろうし、
         後ば引き受けてくれる人も見つかったって
               -319-


         庄屋さんの言いよんなはったけん、ほんと
         良かったです」
           頭を下げる呼十。
        
        ○山道
           並んで歩いて行く珂内と呼十。ポツポ
           ツと雨が降り始める。
        
        ○海着川の支流
           水嵩がギリギリの高さまできている海
           着川の支流。
           周りには畑が広がっている。
        
        ○同・川沿いの道
           五日、藍太、村の人々が心配そうに川
           の様子を見ている。
        五日「畑に水の入ってこんごつ、大きか石と
         かば皆で運んでこよう」
        藍太「うん‥いっちゃん、あの材木ばここさ
         ん運んで来たらどげんやろか?」
               -320-


        五日「でん、あれは水車ば造るごつって皆が
         伐ってくれた材木やろ‥」
        藍太「そうやけど‥材木は乾かせばまた使わ
         れるかもしれんし、駄目になったならまた
         伐るごつなっても仕方なかかなと思うとけ
         ど、でん菜種はもう一粒も残っとらんけん」
        五日「そげんね‥なら、そげんしようか。畑
         ば守るとば優先しよう」
        藍太「うん」
        五日「すみません。悪かとばってん、こない
         だ伐ってもろた材木ば使わせて貰ってよか
         ですか?材木の後ろに石ば敷き詰めて、堤
         防になるごつしましょう」
        村人1「そげんしよう」
           同調し、それぞれ動き始める人々。
        
        ○山の梺にある木材置き場
           雨の中、立て掛けられている材木を数
           人がかりで一本づつ運んで行く人々。
           藍太もその中にいる。
               -321-


           材木置き場へ来た人達へすれ違いざま
           に説明している藍太。
        
        ○海着川の支流・川沿いの道
           五日、運ばれて来た材木を積み上げ、
           石で固定していく。
           応援に駆けつけて来た人へ、作業しな
           がら説明している五日。
        
        ○海着川の支流
           材木の堤防により、増えた水嵩が畑に
           浸水するのを塞いでいる。
        
        ○同・下流沿いの道
           雨の中、膝まで水に浸かっている川沿
           いの道を歩いている珂内と呼十。   
           ジャブンジャブンと水の大きな音が
           したので、少し先の方を見ると、川の
           湾曲している所から水が周りへと溢
           れ出したのが見える。
               -322-


        呼十「え‥」
        珂内「呼十ちゃん!」
           手を伸ばす珂内。
           珂内の手を取る呼十。
           一気に水嵩が足元から腰までどんどん
           と高くなっていく。
        珂内「思い切り踏ん張って!」
        呼十「うん!」
           雨脚が強くなり、動けない二人に更に
           水が押し寄せてくる。
        
        ○同・川沿いの道
           畑が守られ、一安心する人々。
           五日と藍太、堤防を確認している。
           雨の中、遠くから千穂が走って来てい
           るのに気づく藍太。
        藍太「千穂?どげんしたとやろか‥」
        五日「‥」
           藍太の元へ駆けつける千穂。
        千穂「川下の方の天水村さん行く道が水に浸
               -323-


         かっとるとげな。かなちゃんと呼十ちゃん、
         大丈夫やろか‥」
        藍太「まさか、こん雨の中帰って来よらんや
         ろ‥」
        五日「‥でん、朝一回雨のやんだけん、もし
         かしたらそん時出たかもしれん‥」
        藍太「‥」
        千穂「水に浸かったとこの近くに住んどらす
         人達の、少し前までは道のあったとけど、
         一瞬で水嵩の増したて言いよんなはった」
        五日「もしかして、ここば堰き止めたけんや
         ろうか‥ちょっと見てきてみる」
           川下へ向かって走り出す五日。後を追
           う藍太と千穂。
        
        ○同・下流
           大きく湾曲している川。湾曲している
           箇所から川の水が外へ溢れ出し、途中
           から道が濁った水に浸かって見えな
           くなっており、川と道の境目が分から
               -324-


           なくなっている。
        
        ○同・下流沿いの道
           川沿いの道を走って来た五日と藍太、
           途中で道が水に浸かっており立ち止
           まる。
        五日「ほんなごつ、道の無くなっとる‥」
           遠くに肩まで水に浸かり動けなくなっ
           ている二人の人が見えている。
        五日「‥あれ!人のおらす!」
        藍太「ええっ?!」
           遅れて走り着く千穂。
        千穂「‥かなちゃん?」
        藍太「え?!何で?」
        千穂「あの頭に被っとらす手拭い、かなちゃ
         んが大切にしとらした籠目のとに色が似と
         るごたる‥」
        藍太「ああ、あの七つの祝いに貰ったやつ?」
        千穂「そう」
        藍太「そげんかもしれん‥なら後ろにおらす
               -325-


         とが呼十やろか‥」
        五日「‥」
        
        ○同・水に浸かった道
           雨の中、肩まで水に浸かっている珂内
           と呼十。
        珂内「あ‥誰か来なはった。おーい!」
           水から手を上げ、遠くの人へ手を振る
           珂内。
        
        ○同・下流沿いの道
        藍太「珂内ー!!」
           手を振り返す藍太。
        
        ○同・水に浸かった道
           川と雨の音に交じり、藍太の声がかす
           かに聞こえる。
        珂内「藍太兄ちゃんだ。藍太兄ちゃん!」
           叫び返す珂内。
        珂内「‥あ、呼十ちゃん、あれ、いっちゃん
               -326-


         先生と千穂姉ちゃんじゃなか?」
        呼十「え‥」
           五日の姿を確認する呼十。
        
        ○同・下流沿いの道
        藍太「動かん方がよかやろね。川に落ちたら
         流さるる」
           突然川に入っていく五日。
           慌てて手を引き、止める藍太。
        藍太「いけん!俺らが流されたら助けられん
         やなかね!」
        五日「ならどげんする!」
        藍太「‥」
           ふと辺りを見渡す藍太。
        藍太「上流の堤防ば作ったけん、こっちの水
         嵩の増えたとやろか?」
        五日「‥そげんかもしれん。堤防ば崩そう」
        藍太「うん。あの中流の辺りは畑の広かけん、
         そっちに水の流れるなら、こっちの水嵩は
         減るかもしれん」
               -327-


        五日「藍ちゃん、ごめんけどここばしっかり
         見よって。俺、上さん行って堤防ば取っ払
         ってくる」
        藍太「‥畑はよかと?」
        五日「よか」
        藍太「うん」
        五日「呼十!動いたらいけん!」
           五日、川沿いの道を駆け上がっていく。
        
        ○同・水に浸かった道
           呼十を見る珂内。
        珂内「‥このまま待っとこう」
        呼十「うん‥」
        
        ○同・川沿いの道
           五日、作った堤防へと駆けつける。
           堤防の崩れかかりそうな箇所を急ぎ補
           強している人々。
        五日「‥」
        村人1「どげんやったですか?」
               -328-


           堤防を支えながら五日へと尋ねる。
        五日「‥ごめん。ここば崩して下流の流れば
         弱めます」
           堤防を支えている石をどかし始める五
           日。
        村人1「え?壊すとですか?」
        村人2「‥畑は?」
        村人1「もしかして、下流に人のおんなはっ
         たとですか?」
        五日「はい。このままげっと、流されるかも
         しれん」
           五日、必死に石や木材を取り除く。
        村人1「分かりました。皆手伝おう」
        村人2「うん」
           あちこちで堤防を崩し始める人々。
        五日「‥すみません。俺‥」
           涙を拭いながら作業をする五日、。
        村人1「何ば言いよんなはるとですか。当た
         り前とです」
        五日「‥俺、ほんなごつこの村に生まれて良
               -329-


         かったです」
        村人1「‥庄屋さん達がこげんか村ば作って
         きなはったとです」
           堤防が崩れた箇所から、濁った川の水
           が畑へと流れ入っていく。
           慌てて高台へと逃れる人々。
           村人1が五日の手を引いて行く。
        
        ○同・川の近くの高台
           高台に立ち、畑が水で見えなくなって
           いく様子を黙って見ている人々。
           高台から膝丈まで浸かった川沿いの道
           へ飛び移り、下流に向かって駆け出す
           五日。
           続いて走り出す人々。
        
        ○同・下流沿いの道
           藍太の元へ五日が駆けつける。
        
        ○同・水に浸かった道
               -330-


           変わらず川の水の中に浸かっている珂
           内と呼十。
           水位が少しづつ下がり始め、同時に雨
           も小降りになる。
           次第に水嵩が肩から胸のあたりまで下
           がっていく。
        
        ○同・下流沿いの道
           人々が駆けつける。
           水際の道から順に皆で手を繋いで水に
           入り、一本の縄のようになる。一番手
           前の道側の藍太が、流されないようし
           っかりと木に掴まっている。
           その先頭側で珂内達の方へ近づいて行
           く五日、途中湾曲部の水の流れの強い
           所で足を取られそうになり、隣にいた
           村人1にぎゅっと腕を掴まれる。
           再び水の中を歩き出す五日。
        
        ○同・水に浸かった道
               -331-


           手を繋いだ先頭にいる五日がだんだ
           んと珂内の傍へ近づいてくる。
           五日、珂内の傍へ辿り着き手を伸ばす。
           珂内が五日の手を取り、もう片方の手
           を少し後ろにいる呼十へ伸ばす。珂内
           の手を取る呼十。
           珂内、呼十を先に五日へ渡す。
           呼十の手を取る五日。
        呼十「すみませんでした‥ありがとうござい
         ます」
        五日「良かった‥」
           手をしっかりと掴む。
        五日「引っ張って下さい!」
           岸側に向かって叫ぶ。
        
        ○同・下流沿いの道
           川岸に立ち見守っている千穂。
        千穂「良かった‥呼十ちゃん‥」
        藍太「引っ張ります!」
           藍太、繋いだ手を一人一人手前から順
               -332-


           に岸へと上げていく。
        
        ○・水に浸かった道
           手を引かれ、ゆっくりと水の中を岸の
           方へと歩いて行く呼十と珂内。
        
        ○同・下流沿いの道
           無事、珂内と呼十が岸へと辿り着く。
           人々から拍手が起こる。
           頭を下げる藍太と珂内と呼十。
           駆けつけた春が珂内と呼十を抱きしめ
           る。
           少し離れた所から、安心したようにそ
           の様子を見ている五日。
        
        〇山之上神社・本堂前(夕)
           手を合わせお参りしている呼十と五日。
        
        〇山之上神社へ続く山道(夕)
           村が見渡せる山道。
               -333-


           水に浸かっている村の畑。
           村を見ている呼十と五日。
        呼十「菜種ば植えなはったばっかりやったと
         げなですね‥」
        五日「‥長崎さん薬ば持って行って交換して
         もらったお金で、菜種ば肥前で買ってこよ
         うと思っとる」
        呼十「すみません。ウチらのせいで‥」
        五日「災害はいつでん起こるし仕方なかよ。
         その分返していこう」
        呼十「‥はい」
        五日「俺‥あんたば幸せに出来んかもしれん。
         幸せにしたかって気持ちは勿論あるとけど、
         人生何が降りかかるか分からん。不幸にな
         ることもあるかもしれん‥」
        呼十「‥」
        五日「守りたかとも思うけど、何かあった時
         傍にこげんか風に一緒におれんで守れんこ
         ともあるかもしれん。傍におったって守っ
         てやれんこともあるかもしれん。そげんか
               -334-


         とは嫌やけど、でも約束は出来んて思う‥」
        呼十「はい‥」
        五日「ばってん一個だけ、俺は絶対いつでも
         あんたの味方でおる。喧嘩になった時でん、
         いつもどっかであんたの味方でおる」
        呼十「‥はい」
        五日「つまり、こっから先、一時残らず俺は
         あんたの味方やけん、こっから先の人生ば
         一緒に生きていけたらなって思っとる」
        呼十「ええっ‥」
        五日「‥よかかな?」
        呼十「‥ということは一緒におられるという
         ことですか?」
        五日「うん」
        呼十「いいとですか?」
        五日「うん」
           少し照れたように頷く五日。
           嬉しそうに笑う呼十。
           村のずっと先に海と雲仙が見えている。
           夕日が二人を照らしている。   完
               -335-

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