バ・リカルド(6)とシルバ・アイネ
(11)が十与に気付く。
リカルド「あ、お姉ちゃんだ!」
ブランコを止めるアイネ。
アイネとリカルドに近づく十与。
十与「遊んでたの?」
頷くアイネ。
十与「お母さん具合どう?」
アイネ「‥今日も寝てる」
十与「そっか‥お父さんは?」
首を横に振るアイネ。
十与「‥」
十与、バッグの中からパンやおにぎり
の入ったビニール袋を取り出しアイネ
に渡す。
十与「これ‥ウチのコンビニで余った物だけ
ど‥賞味期限は切れてないから。まだ食べ
れるから食べて」
黙って見ているトドク。
アイネ「‥ううん。お母さんに怒られるから」
-51-
首を振り拒否するアイネ。
十与「今日だけだから‥お母さんには言わな
いで。ね、お願い」
十与、ビニール袋を無理矢理アイネの
手に握らせる。
アイネ「…」
トドクの声「それ‥駄目だろ‥」
十与、トドクの方を振り向く。
ブランコから降りたリカルドがアイネ
の腕を握り俯く。
十与「リカルド君‥あのね、お土産なの‥」
じっと俯いたままのリカルド。
腕で涙を拭うリカルド、しゃくり上げ
始める。
十与、慌ててリカルドの前にしゃがむ。
十与「ごめん‥ごめんね‥」
泣き顔で必死に笑うリカルド。
○団地・アイネの住むアパートの前(夕)
団地の中の一つのアパート。
-52-
5階建てのアパートの4階の通路から
手を振っているアイネとリカルド。
下から手を振り返す十与とトドク。
アイネとリカルド、ドアを開け家の中
へ入っていく。
○住宅街の中の道路(夕)
無言のまま歩く十与に並ぶトドク。
トドクの声「知ってる子?」
十与「‥うん。半年くらい前に会ったの。駅
から自転車で帰ってる途中で、二人で夜暗
い中を歩いてるところに会って‥こんな暗
いのに子供だけでどうしたんだろうって声
を掛けたんだ」
○(回想)富士望駅前・大通り(夜)
駅前の新しい街並み。二車線の道路を
挟んだ両側に、二階建てや三階建ての
建物が連なっている。建物の一階には
と飲食店やコンビニ、ファーストフー
-53-
ド店等が点在している。
車が行き交う車道を自転車に乗った十
与が通っている。十与の乗った自転車
が、歩道を歩いているアイネとリカル
ドの横を通り過ぎる。
十与「え‥」
ブレーキをかけ自転車を止める十与、
振り返るとアイネとリカルドが手を繋
いで歩いて行く後ろ姿が見えている。
十与自転車を降りて引き返し、アイネ
とリカルドの横に歩きながら声を掛け
る。
十与「‥どうしたの?二人だけ?どこか行く
の?」
声を掛けられ驚くアイネ。
アイネ「‥」
リカルドの手を引き、俯いて歩いてい
く。
十与「あ、急にごめんね。大丈夫ならいいん
だ‥駅に行くの?」
-54-
リカルド「お母さんがもうすぐお仕事から帰
って来るから駅に迎えに行ってるの」
十与「そうなんだ、偉いね。お母さん電車で
帰ってくるの?」
リカルド「うん!」
十与「じゃあ、私も駅に用事があるから一緒
に行ってもいい?」
リカルド「いいよ!」
十与、自転車を押しながらアイネとリ
カルドと並んで歩いて行く。
○(回想)富士望駅・外観(夜)
塗り替えられたばかりの新しい駅。
線路を跨いだ陸橋の上が駅の入口にな
っており、大きな階段が線路の両側に
ある。駅の入口の前は広場のようにな
っており、端っこにベンチがいくつか
ある。
十与の声:いつもはお父さんが先に帰ってき
て三人で家でお母さんを待ってるんだけど
-55-
たまにお父さんが遠くのお仕事に行かれる
らしくて‥そんな時リカルド君がお母さん
に会いに行くって泣いちゃうんだって‥
○(回想)同・北口ロータリー(夜)
北口側の階段を降りると大きなロータ
リーがありタクシーが数台停まってい
る。見晴らしのいい新しい街並み。
十与の声:お母さんは家で待ってなさいって
言うけど、リカルド君が勝手に出て行こう
とするから仕方なくアイネちゃんがリカル
ド君を連れて駅で待ってるらしくて‥
○(回想)同・北口前広場(夜)
ベンチに座っているリカルドとアイネ
。その前に立ち二人と話をしている十
与。
十与の声:それから二人を見掛けた時は駅で
一緒にお母さんを待つようになったの‥
-56-
○住宅街の中の道路(夕)
並んで歩いて行く十与とトドク。
十与「だけど、二か月くらい前からお父さん
が帰ってこないらしくて‥それでお母さん
が土日もアルバイトをして身体を壊された
らしくて‥お仕事も今行けてないみたいで
‥」
トドクの声「‥でも今日、お前があの子達に
食べ物をあげてそれで解決すんの?」
十与「‥お腹が空くって辛いことだよ。何も
出来なくなるくらい辛い」
トドクの声「じゃあ、これを毎日続けるの
か?」
首を横に振る十与。
十与「もうしない‥」
トドクの声「他に何か出来ることないの?‥
どこか相談するとか何かないのかな?」
十与「‥役場とかに行けばいいのかもしれな
いとは思ってる」
トドクの声「じゃあ、それが先だろ」
-57-
十与「でも役場が本当に助けてくれるのか
な?手続きとか書類とか期限とか、そんな
こと言われて待たされて‥いつ助けてくれ
るのかも分からなくて。今お腹が空いてる
のに。今苦しいんだよ」
トドクの声「‥苦しいのはお前だろ。自分が
楽になりたいんだろ?」
十与「…だとしたら駄目なの?」
トドクの声「俺は駄目だと思う。あの子達を
傷つけてる」
十与「…うん」
黙って歩く十与とトドク。
○コーポ富士見・十与の部屋・リビング(夕
方遅く)
玄関の鍵を開ける音。
開いた出窓から遠くの富士山を眺めて
いるトドク。
買い物袋を持った十与が姿を現す。
十与「お薬あったよ」
-58-
トドクの声「ありがとう。助かったよ」
十与「あ、遠いけど富士山見えるでしょ?そ
こが気に入ってここにしたんだ」
トドクの声「へえ‥」
窓を閉めるトドク。
十与「ねえ、最後にオセロやらない?」
トドクの声「いいよ」
オセロを準備しているトドク。
十与、キッチンカウンターでコーヒー
メーカーをセットしている。
トドクの声「‥あいつさ‥ケケレヤツって言
ってただろ?」
十与「ああ‥うん‥」
トドクの声「俺が住んでる所なんだ‥」
ふと手を止める十与。
十与「‥大丈夫?話さなくてもいいんだよ‥」
トドクの声「うん‥俺も話さない方がいいっ
て思ってたんだけど‥でも何か今は話した
方がいいって言うか、分からないけどそん
な気がしてきてて‥」
-59-
トドク、オセロの駒を両側にセットす
る。
十与「‥本当に大丈夫?」
トドクの声「うん‥」
コーヒーがコポコポと音を立て、ビー
カーに落ちていく。
トドクの声「俺達一族はずっとケケレヤツっ
てところで暮らしてるんだ」
コーヒーをカップに注いでいる十与。
十与「‥一族?」
トドク、駒を真ん中に四枚置く。
トドクの声「信じられないかもしれないけど
‥ずっとずっと大昔、人間には伝心といっ
てテレパシーでコミュニケーションをとる
能力があったんだ。だけど人は話すことを
選んで、その代わりに伝心という能力は消
えていってしまった‥」
十与、コーヒーをコタツの上に置き座
る。
トドクの声「だけど、俺達一族の先祖は話す
-60-
ことを選ばす、伝心を守り続けたんだ」
十与「‥じゃあ、その一族では皆テレパシー
話すの?」
最初に黒を置き、白を一枚裏返す十与。
トドクの声「うん‥」
(フラッシュ)富士山の樹海の中を荷物
を背負って歩いて行く長い行列。
トドクの声「ケケレヤツは富士山の樹海の中
にあって千年前に樹海に辿り着いたらしい。
それまでは日本中を転々としてたんだって
‥」
十与「‥富士の樹海って解明されてない所も
あるって聞いたことあるけど、でも千年も
ずっと発見されずにいられるの?」
(フラッシュ)木の幹に触れ祈っている
人。洞窟の中に木材を運んで行く人。
トドクの声「樹海の森の中にずっと住んでた
んだけど今から百年くらい前、日本で飛行
機の開発が始まった頃に更に洞窟へと移り
住んだんだ」
-61-
(フラッシュ)樹海の上から見た風景。
トドクの声「ケケレヤツにはなぜか特有の磁
場があって上空からでも地形が分かりづら
いんだ‥それに洞窟内には温水が流れてて、
一年を通して一定の温度が保たれてる」
(フラッシュ)洞窟の中に湯気の立つ小
さな川が流れている。
トドクの声「あの一帯の中でなぜかケケレヤ
ツの洞窟だけ地熱の影響を受けていて、そ
れは説明がつかないくらい不思議なことな
んだと思う。一族が移り住んでから段々と
自然にそう変わっていったって伝え聞いて
る‥」
十与「すごい‥」
トドクの声「うん‥何か不思議な出来事が幾
つも重なってるような気がしてる‥」
十与「何で伝心を守ろうって思ったんだろう
‥」
トドクの声「説明するの難しいんだけど、俺
達は相手の意思を感じ取れるんだ。何も聞
-62-
かなくても分かり合えてしまう。喜びも悲
しみも寂しさも、寄り添えてしまえる。あ
んなに優しい繋がりは外では持てないと思
う‥」
十与「へえ‥何か羨ましい‥行ってみたいな
‥誰かそこに行けた人とかいないのかな?」
トドクの声「‥俺達一族には植物とか天気と
か、周りの自然と繋がれる能力があって、
だから外の人間がケケレヤツに入って来よ
うとしても、木々が立ちはだかったり、暴
風や霧が立ち込めたりして守ってくれるん
だよ。外の人間は絶対に辿り着けない」
十与「そうなんだ‥本当にすごいね‥」
トドクの声「俺の話信じれるの?」
十与「うん‥だって実際声が聞こえてるし‥」
トドクの声「そっか‥」
十与「信じるよ。初めて会った時から何か少
し不思議な、説明出来ない物があって‥だ
から怖かったの。ごめん‥」
トドクの声「いや‥ありがと‥」
-63-
十与「‥だけど、阿世先生は何でケケレヤツ
って言葉を知ってたんだろう?」
白を置き黒を裏返すトドク。
トドクの声「ケケレヤツでは二十歳になると
そこに残って伝心を受け継いでいくのか、
外の世界に出るのか選ぶことになってる」
(フラッシュ)洞窟の中を歩いて行く若
い頃の阿世。
トドクの声「あいつはもしかしたらケケレヤ
ツから出たやつなのかもしれない‥」
十与「でも喋ってたよ?」
トドクの声「伝心の力は外の世界に長くいる
と消えていくんだ」
十与「そうなんだ‥」
明らかに白が優勢なオセロ板。
十与「ねえ、ここから白と黒反対にするって
どうかな?」
トドクの声「やだ」
十与「ここから挽回できたらすごくない?」
トドクの声「仕方ないな」
-64-
黒を打つトドク。
十与「え?いいの?」
トドクの声「次早く打って」
十与「うん」
嬉しそうに白を打つ十与、黒を打つト
ドク。
十与「…何で?」
黒ばかりになったオセロ板。
トドクの声「こっちが聞きたいよ。どうやっ
たらあそこから負けれるんだ」
十与「不思議だね‥」
納得いかない十与、立ち上がるトドク。
トドクの声「‥そろそろ帰るよ」
十与「あと1回。次は勝てる気がする」
トドクの声「いや、負けるの難しいって分か
ったから‥えっと薬どこだっけ?」
十与「う‥お薬ね、待ってて‥」
十与、立ち上がり本棚の上にある薬の
袋を取る。
トドクの声「‥それ貰っても大丈夫かな?」
-65-
トドク、オセロのコマを一個手に取る。
薬を持って振り返る十与。
十与「勿論。えっとね‥こっちが鉄剤でこっ
ちが葉酸だって。あととにかく生まれるま
では絶対安静で動いちゃダメなんだって。
大丈夫かな‥」
トドクの声「頑張ってみるよ。ありがとう」
十与「ううん、本当は病院行った方がいいん
だろうけど‥役に立てなくてごめんね‥」
トドクの声「いや‥お世話になりました」
ぺこりと頭を下げるトドク。
十与「いえ‥」
頭を下げ返す十与。
○富士望駅・改札前(夜)
帰宅時間で大勢の人が行き交っている
改札口。
十与の前を歩いているトドク、振り返
り立ち止まる。
トドクの声「じゃあ‥何かやりたいこと見つ
-66-
かるといいな」
十与「ああ‥うん」
トドクの声「あと、あの公園の女の子達、ほ
んとどこかに相談した方がいいと思う」
十与「うん‥」
トドクの声「それと俺‥本当は紙漉に知って
る人がいて、そこに行くつもりだったんだ
‥」
十与「そうなの?」
トドクの声「でもどうしても病院に行きたく
て‥ごめん‥」
十与「そっか‥でも確かに心配だもんね‥少
しでも役に立てたのなら良かった」
トドクの声「それから‥」
十与「‥何?」
トドクの声「お互い頑張ろうな」
十与「‥うん」
トドクの声「じゃあな」
少し頷く十与、改札の中に入っていく
トドクを見ているが人波に紛れていく。
-67-
寂しそうにため息をつき踵を返す十与。
○富士樹海の森・外へと繋がっている洞窟
(夜)
懐中電灯を持って、洞窟の中を歩いて
いくトドク。(F・I)
○(回想)富士樹海の中
タイトル『約4年前』
樹海の中にある大きな岩。
○(回想)富士樹海の洞窟の中にあるケケレ
ヤツ・トドク達の住む家・トドクの部屋
丸太の壁に囲まれた部屋。木の色で明
るいが窓はなく、北側にシンプルな木
製の机と椅子がある他、本棚には本が
二百冊程並んでいる。子供向けの絵本
や教育本から小説や広辞苑、工業・生
物・地学・天体等多岐のジャンルにわ
たっている。
-68-
西側の壁際には木枠に藁のベッド。藁
の上に固い毛布とシーツが敷かれてい
る。
机で和弓の本を読んでいるトドク(1
6)。ノックの音。
ヒビクの声「トドク、入るよ」
トドク、ドアの方を振り返るとヒビク
(19)が部屋へ入ってくる。
トドクの声「ニイ丁度良かった。シンから頼
まれた祭事用の和弓だけど梓の木で作って
みようと思うんだ。この写真見て。どうか
な?」
和弓の説明の本を覗くヒビク。
ヒビクの声「ああ、梓なら森にあるし弾力が
あって弓にいいかもな」
トドクの声「うん。昔も神事用に使われてた
らしくて、この辺りの梓なら気も宿ってて
ピッタリだと思うんだ」
トドクの声「次にシンのとこに行く時までに
サンプル出来るかな?」
-69-
トドクの声「うん、やってみるよ」
ヒビクの声「ありがとう‥トドク今忙しい?
炭、作りたいんだ。注文が多いらしくて、
今度来る時は少し量増やして欲しいってシ
ンに頼まれたんだよ」
トドクの声「そうなんだ。木材もそろそろ乾
いてる頃だし作ろうか。窯も少し大きめに
作ってみるよ。でも何か嬉しいね」
立ち上がるトドク。
○(回想)富士樹海の森・大きな岩から少し
離れた所にある空き地
ヒビク、籠を背負って木材を運んでく
る。
土を四角く掘り、周りと底にレンガを
敷き詰めて炭焼き窯を作っていくトド
ク。
ヒビク、レンガの窯の中に木材を縦に
並べていき、焚口部分に杉の葉を詰め
る。
-70-
トドク、天井部にアーチ型に木枠を作
りその上に大きめの石を組んでいく。
ヒビク、煙突用の竹の筒を立て、天井
部の石の上に更に土を被せる。
弓きり式で火起こしをするトドク。
ヒビク、小さな木の枝を集め倒木の上
に腰掛ける。
ヒビクの声「マッチもライターもあるのに‥」
トドクの声「こうやって点けるのが好きなん
だ‥それに何となくだけどこうやって点け
た方が良い炭が出来る気がする‥」
ヒビクの声「そっか。確かにトドクの炭は少
し違うもんな」
トドクの声「ジイが出来る限り自然に寄り添
えって言ってたんだ」
ヒビクの声「トドクはジイに似てるな。ジイ
も器用で何でも上手かったよな‥」
トドクの声「うん‥色んなこと教えて貰った」
火きり板から煙が出始める。トドク、
火種にそっと息を吹きかける。
-71-
ヒビク、細い枝をトドクに渡す。
トドク、ヒビクに貰った細い枝で火種
をそっと包み、手元で火種を絶やさぬ
よう息を吹く。
ヒビクの声「もうする俺がここを出て行って
も大丈夫なのかな‥」
トドク、強くなった火種を窯の中へ入
れ、木の棒で更に奥の方へ押し込む。
トドクの声「大丈夫だよ。ごめん‥心配させ
てる?」
ヒビクの声「信頼してるんだけど、それでも
心配は消えなくて‥怖い」
トドク、焚口から中を見ると窯の中に
炎があがり始めているのが見える。
トドクの声「‥怖いってどういう事?」
ヒビクの声「‥ここのことも、出て行くこと
も何か漠然と怖い‥」
トドクの声「でもニイ、子供の頃からあんな
にずっと準備してきてたじゃん。俺、ニイ
は少しも怖くないんだと思ってた」
-72-
トドク、焚口から団扇で風を送る。
ヒビクの声「うん‥ここまで少しも迷わなか
ったんだけど、ここにきて何でか怖いと思
うようになったんだ‥」
竹筒から煙が上がり始める。
二人で空気口を作りながら焚口をレン
ガや粘土で固めていく。
トドクの声「ニイなら大丈夫だよ。外からケ
ケレヤツを守ってくれる。ニイ程、最適な
人はいないよ。昔からそうだった。ニイは
そんな力がある人だ」
ヒビクの声「‥でも俺が出ていくことがトド
クにここに残ることを強いてしまわないか
って、少し気になってもいて‥」
トドクの声「俺はここが好きだしここでしか
生きていけない。俺はニイと違って知らな
い世界の中に入っていこうなんて思わない
‥俺は外には向いてないよ」
焚口の空気口から中の炎を確認するト
ドク。
-73-
トドクの声「ここに残ってやりたいこともあ
るし、俺のことなら心配しないでいいから
ね」
トドク、ヒビクの手を取り自分の胸に
当てる。目を閉じるヒビク。
トドクの声「‥分かった?」
目を開けるヒビク。
ヒビクの声「うん‥分かった‥」
トドク安心したようにヒビクの手を離
し、二人並んで倒木に座り煙を眺める。
トドクの声「‥先にムクナが出発するんだも
んね。5カ月間は二人離れ離れか‥」
ヒビクの声「うん‥シンがムクナと久しぶり
に兄妹一緒に住めるって喜んでる」
トドクの声「そっか」
ヒビクの声「でも俺、ムクナとそんなに長く
離れるのって初めてで‥ここにいて会えな
い5ヶ月とは全然違うんだなって思って‥
5カ月後、もうムクナはテレパシーが使え
なくなってるかもしれないし‥外の世界で
-74-
全く違った環境で、しかもテレパシーが出
来なくなって、今まで通りでいられるのか
とか‥テレパシーが使えなくなって喋れる
ようになれるっていう保証だって無いし、
不安だらけだよ。色んなこと考える‥」
トドクの声「そっか‥考えてみればそうだな
‥ごめん。俺全然分かってなかった‥」
竹筒から立ち上がる煙が森を抜け、そ
の上空まで届いている。
煙を隠すように霧が立ち込め始める。
ヒビクの声「俺‥トドクと、こうして通じ合
えなくなるって思うこともすごく怖いんだ。
今、森は味方になってくれるけど、ここを
出たら俺は森に敵だって思われるのかなっ
て思うとすごく寂しくて‥考えれば考える
程、もう出るのやめようかって思ってしま
う‥」
トドクの声「だけどニイ‥ムクナの誕生日ま
でそんなにないよ‥大丈夫?」
ヒビクの声「うん、分かってる‥子供の頃か
-75-
ら勉強も準備もしてきて、シンも待ってて
くれてムクナも行くって言ってくれて‥分
かってるんだ」
トドクの声「‥俺ずっとすごいな、人はこん
なにも努力出来るんだなって思ってニイの
こと見てた‥少し羨ましかった‥」
ヒビク、棒を持ったトドクの腕を不意
に掴む。驚くトドク。
ヒビクの声「‥トドク、一緒に来ない?」
トドクの声「‥俺が?」
ヒビクの声「うん‥」
トドクの声「‥ごめん、考えたことなかった
‥」
ヒビクの声「勝手なこと言ってごめん‥トド
クにはトドクの夢があるんだもんな‥」
トドクの声「夢って程じゃないけど、俺もケ
ケレヤツの為に少しでも何か出来たらいい
なって思ってる‥ここに残って、ジイ達か
ら学んだ昔からの技術を継承していって、
新しい技術も作りたい」
-76-
立ち上がるヒビク。
ヒビクの声「分かった‥ごめん、何か急に不
安が大きくなってさ‥このまま外に出たら
後悔しそうに思って‥言えて良かった。少
し不安が減ったよ。ありがとう‥」
ヒビク、トドクの手を取り自分の胸に
当てる。
心配そうにヒビクを見るトドク。
○(回想)富士樹海の洞窟の中にあるケケレ
ヤツ・ムクナ達の住む家・居間
ベッドにバア(70)が寝ている。
ベッドの横で心配そうにしているムク
ナ(19)。オウガ(50)がバアの
手をそっと布団の中に入れる。
オウガの声「ムクナ‥バアはもう分かってる。
お前はまだ残された先も生きていかないと
いけないんだ。だから悔いが残らないよう
にしろ。今出て行く機会を逃すな」
ムクナ、オウガに頷く。ムクナの頭を
-77-
クシャっと撫でるオウガ。
ムクナ、寝ているバアの布団の上に顔
を埋める。玄関の鈴の音が鳴り、ゆっ
くり立ち上がるムクナ。
× × ×
寝ているバアの手を取るヒビク。
バアが目を開ける。
バアの声「ヒビク‥ムクナは?」
ヒビクの声「熱下げの枝を摘みに行くって‥
俺が行くって言ったんだけど、何か森に行
きたかったみたい‥」
バアの声「ケケレヤツにいられるのもあと少
しだからね‥」
ヒビクの声「そっか‥」
バアの声「‥ムクナは私を一人残していくの
が心配みたいだけど、もう私もいなくなれ
るから、ムクナの心残りが薄れて本当に良
かった‥」
ヒビクの声「駄目だよ。バアにはまだここで
やって貰わなきゃいけないことがいっぱい
-78-
あるんだから。それにトドクがここに引っ
越してくるって張り切ってるんだからね」
バア、ヒビクの手に自分のもう片方の
手を重ねる。
バアの声「ヒビク‥もしもムクナが行くのを
止めるって言い出しても、絶対に認めない
でね。お願いね」
ヒビクの声「バア‥俺分からなくなってる‥
ムクナはバアの傍にいたいはずなのに、俺
が二人を引き離してるみたいで‥」
バアの声「ちがうよ。ムクナが一緒に生きて
いく人は私じゃない。ヒビクは間違ってな
いよ。だからもしムクナが今の私を見て、
ちょっとでも迷うようなことがあってもヒ
ビクは絶対にぶれないであげて欲しい‥」
ヒビクの声「バア‥難しいよ‥」
バアの声「大丈夫。大丈夫よ」
バア、ヒビクの手を優しく包む。
○(回想)富士樹海の森・大きな岩から少し
-79-
離れた空き地
灰を掛けて冷やしていた白炭を手でそ
っと掘り起こしているトドク。指で炭
を弾き音を確認していると、人が歩い
てくる音が聞こえ、振り向くとムクナ
が歩いている。
トドク、ムクナの方へ木の枝を投げる
と、ムクナが気付いて近づいて来る。
トドクの声「どこ行くの?」
ムクナの声「バアの熱が下がらないから熱下
げの枝を摘みに行こうと思ってさ‥」
トドクの声「熱?俺採ってくるから、ムクナ、
バアのとこに行ってあげなよ」
ムクナの声「ありがとう‥でもちょっとこの
辺歩きたいんだ‥」
出来上がった白炭を布袋に入れていく
トドク。
トドクの声「そっか‥そうだな‥じゃあ、一
人じゃ危ないから俺も一緒に行くよ。ちょ
っと待ってて」
-80-
布袋を抱えて運ぶトドク。
○(回想)富士樹海の森
森の中を歩いているトドクとムクナ。
トドクの声「あと一週間だね‥」
ムクナの声「そうだな‥」
トドクの声「ニイ少し不安がってたよ。5か
月後大丈夫かなって‥テレパシーが使えな
くなって変わるのが怖いって言ってた‥」
ムクナの声「大丈夫だよ。テレパシーが使え
なくなったって気持ちが変わる訳じゃない。
ヒビクがいるんならどんなでも頑張れるよ。
怖くても全然平気さ」
トドクの声「そうだな‥ヒビクとムクナなら
ここを守ってくれるって思ってる」
ムクナとトドク、ナナカマドの木の前
に立つ。
ムクナの声「あのさ‥もしも私が残るって言
ったらヒビクはどうすると思う?」
ナナカマドの枝を摘み始めるトドクと
-81-
ムクナ。ムクナは枝切バサミを使い、
トドクは素手で摘んでいく。
トドクの声「‥ムクナ残りたいの?」
ムクナの声「いや、全然‥ただもしそう言っ
たらヒビクはどうすると思うか、トドクに
聞いてみたいと思ってさ‥」
ムクナ、腕に下げた籠に摘んだ枝を入
れていく。
トドクの声「‥もしムクナが行かないんだっ
たら、ニイも行かないんじゃないかな‥」
ムクナの声「でもずっとヒビクの夢だったん
だ。小さい頃から自分は出ていくんだって
ずっと言ってただろ?私が行かなくてもヒ
ビクは行くんじゃないかな‥」
トドク、摘んだ枝の束をムクナの籠に
入れる。
トドクの声「確かにニイの夢だったけど、で
もムクナが一緒にいることが大前提で、ム
クナがいないとその夢は成立しないような
気がする」
-82-
ムクナの声「そうなのかな‥」
ふとムクナの腕を掴むトドク。
トドクの声「‥もしかしてバア、良くない
の?」
ムクナの声「‥もうかなり悪い。今生きてい
るのが不思議なくらいだってオウガに言わ
れた‥」
トドクの声「嘘?!」
ムクナの声「ごめん‥トドクに言ったらきっ
とバアに付きっきりでいてくれそうに思っ
たから、ヒビクに黙っててって言ったんだ」
トドクの声「そんな‥‥だってこないだまで
あんなに元気だったのに‥」
ムクナの声「うん‥」
トドクの声「‥ムクナ、こんな時に外に出る
のか‥きついな‥」
ムクナの声「少しな‥」
トドクの声「ムクナの代わりに俺がいるから。
バアの傍からずっと離れないよ。俺にとっ
てもバアは肉親と同じだから‥」
-83-
ムクナの声「ありがとな‥」
枝を摘み続けるムクナを心配そうに眺
めるトドク。
○(回想)富士樹海の森の洞窟の中にあるケ
ケレヤツ・ムクナの家・キッチン
枝をすり潰しているムクナ、粉末をお
粥にいれ、煮詰めている。
○(回想)同・居間
ベッドに寝ているバア、酷く咳込んで
いる。意識が混濁しているバア。
寝ているバアの背中を擦っているヒビ
ク。その横で心配そうなトドク、キッ
チンに立っているムクナに声を掛ける。
トドクの声「ムクナ、そろそろ出発しないと
間に合わなくなるよ‥」
振り返り頷くムクナ、バアの傍にしゃ
がみバアの手を握って祈るように胸の
前で手を組む。
-84-
頷くムクナ、立ち上がりバアの手を握
る。意識のハッキリしていないバア。
ムクナの声「バア、行くよ‥本当にありがと
う‥バア‥」
ムクナを見ているヒビク。【F・I】
○(回想中回想)同・ミヤコの家・寝室(夜)
ベッドに寝ているミヤコ(24)。赤
ん坊を取り上げようとしている昔のバ
ア(60)。
お湯の入った桶を持って来るムクナ
(9)。
× × ×
朝。生まれたばかりの赤ん坊を抱いて
いるミヤコとその横で嬉しそうに笑う
ミヤギ(3)。
タオルを片付けながら、ふとミヤコと
ミヤギの姿をぼんやりと眺めるムクナ。
○(回想中回想)同・ムクナの家・キッチン
-85-
(朝)
ご飯の支度をしているバアとムクナ。
お米を研いでいるバア。
釜戸に火をくべようと火打石を打って
いるムクナ。点いた火を素早く綿でく
るみ、息を吹きかけ釜戸に入れる。火
を強くするために炭を入れるムクナ。
団扇で風を送り炎を確認すると、バア
の横に立つ。
ムクナ、バアの横でジャガイモの皮む
きを始める。
バアの声「‥カアのこと思い出させてしまっ
たね」
驚いてバアを見るムクナ。
ムクナの声「ちがうよ‥何か不思議だったん
だ‥私はバアのお腹の中から生まれたよう
に思ってる。カアがいなくて寂しいって思
ったこと無いんだよ‥変かな?」
バアの声「‥バアがカアのこと話さなかった
からなのかもね‥これからはちゃんと話そ
-86-
うかね」
ムクナの声「いいよ。話すってことは思い出
すってことだろ?バアが悲しい思いをする
のを感じる方が私には辛い‥カアは掟を破
って外の世界に行ったんだ‥それだけ分か
ってれば十分だから」
バアの声「結果だけみればそうだけど‥それ
だけじゃなくて‥」
ムクナの声「分かったよ‥それだけじゃない
ってことで納得出来るから」
バアの声「ムクナが気遣ってくれるのは有難
いけど、カアのこと伝えておいた方がいい
んじゃないかって、それも辛くて‥だから
‥」
ムクナの声「‥私はカアのこと全然想像がつ
かなくて、話聞いても多分ピンとこないと
思う。それよりバアが産んでくれたって思
う方が何かしっくりくるんだ‥」
バアの声「話さない方がいいってこと?」
ムクナの声「いつか、聞きたいと思ったらそ
-87-
う言う」
バアの声「分かった‥」
ムクナの声「カアのこと怒ってる訳じゃない
んだよ。カアの人生なんだからそれでいい
と思ってる」
バアの声「‥そう」
ムクナの声「うん。私にはバアがいてくれる。
それがすごく嬉しい。バアが大好きなんだ」
ジャガイモを剥きながら噛み締めるよ
うに呟くムクナ。【F・O】
○(回想)富士樹海の中・地下の洞窟(夜)
洞窟の中を手を繋ぎ歩いているムクナ
とヒビク。大きなリュックを背負った
ムクナ。ヒビクはもう片手に松明を持
ち、ムクナは懐中電灯を持っている。
ムクナの声「‥ヒビクの誕生日まで5カ月間
離れ離れになるけど、毎日ヒビクを思って
る。いつかテレパシーが使えなくなっても
私は変わらない‥」
-88-
ヒビクの声「うん‥」
ムクナの声「‥もしも向こうで何かの手違い
で会えなかったりしたら‥その時は花舞駅
でいつも待ってる。あのバスから降りた駅
分かるだろ?」
ヒビクの声「うん、分かるよ‥」
ムクナの声「絶対見つけ出すから、大丈夫だ
からな‥」
ヒビクの声「ムクナ‥」
立ち止まるヒビク。
ヒビクの声「やっぱり戻ろう。このまま行っ
たらこの先ずっと後悔し続けるよ。きっと
想像以上に辛いと思う」
ムクナの声「‥いや、今行かないと出れなく
なってしまう。私まで掟を破ることは出来
ない」
ヒビクの声「掟はケケレヤツを守る為にある
けど、それはそこに住む人達の為の掟で、
住む人が幸せじゃなくなるのならそんな掟
には意味がない。掟を破った人を絶対に責
-89-
めないのも掟だろ‥」
ムクナの声「皆私にカアは悪くないんだから
気にするなって言ってくれたけど、気にせ
ずにはいられなかったよ。皆の優しさがそ
のまま皆の傷の深さに思えた‥」
ヒビクの声「‥掟は破らなくていい」
ムクナの声「‥何言ってるんだ?」
怒ったようにヒビクを睨むムクナ。
ヒビクの声「もし今戻ってもバアの意識は戻
らないかもしれないけど、でもバアとムク
ナの最期の時は、この先の何十年より重い
気がする‥」
ムクナの声「そんなことない‥」
ヒビクの声「ムクナは今そのことに背を向け
て出て行こうとしてる。でもきっといつか
嫌でも向き合う時が来る。後悔で心が覆わ
れる時が来る」
ムクナの声「背を向けなきゃいけない時だっ
てあるんだ。後悔にだって耐えれるよ‥だ
って未来だってやっぱり大切だ。ずっと二
-90-
人で思い描いてきた未来だろ?」
ヒビクの声「もし、このままムクナがここを
出たとしたら‥俺が来るまでの五カ月間、
ムクナ一人なんだって思うと、何か怖いん
だ‥こんな状況で出て行ってたった一人で
本当に耐えられると思う?」
ムクナの声「‥外にはシンニイがいる」
ヒビクの声「シンがここを出てもう7年だよ
‥シンにはシンの日常がある」
ムクナの声「分かってる」
ヒビクの声「‥シンはバアのこと悲しむだろ
うけどムクナと同じ濃度では悲しめないよ
‥それは仕方のないことだけど、それはム
クナの悲しみを更に深くする気がするんだ
‥」
ムクナの声「大丈夫だ。出来る。私を信じろ。
頼むからもう言わないでくれ‥」
前を歩き始めるムクナ。ヒビク、後に
続く。
ヒビクの声「ムクナ‥俺の夢のこと抜きで、
-91-
自分のことだけ考えてみて‥」
ムクナの声「自分のことを考えて決めたんだ」
ヒビクの声「ムクナ、俺は今、残りたいと思
ってる」
ムクナの声「‥誰も自分のことだけなんて考
えられないんだ。ヒビクがそうじゃないか」
怒ったように急ぎ歩きになるムクナ。
暫く行くと洞窟の中に岩の柱がある。
立ち止まるムクナとヒビク。
ヒビクの声「ここから先は俺は行けないから
‥何か色々言ってごめん。ムクナがこれか
ら頑張ろうとしてる時に‥」
ムクナの声「いや‥ヒビクの気持ちは嬉しい
んだ。ありがとう‥」
ヒビクの声「俺も行くから‥それまで頑張っ
て‥毎日祈ってる」
頷くムクナ。
ムクナの声「行ってくる‥」
ヒビクを残し歩き始める。
ムクナ、暫くして振り返ると遠くで心
-92-
配そうに見ているヒビクが見える。
ムクナの声「‥聞こえるか?」
ヒビクの声「聞こえるよ‥」
再び歩き始めるムクナ。ヒビクの姿が
小さくなっていく。
(フラッシュ)大きなクマに遭遇し、小さな
頃のムクナとシンを後ろに庇ってクマに
念を送っているバア。ワナにかかり気が
立っていたクマが静まり、バアがワナを
外して近くの薬草を摘み手当てをする姿
を見ている小さなムクナ。夜中にぐった
りした子供を抱いた女性を家に入れ、子
供の背中を叩いてのどに詰まっていた木
の実をとるバア。泣きながらお礼を言う
女性を見ている小さな頃のムクナ。森の
間から見えている星空を眺めて大きな岩
の上で泣きながら眠る小さな頃のムクナ
とシンを抱き締めているバア。出て行く
シンの後ろ姿を見送っているバアとムク
ナ。夜一人で涙を拭っているバア。カレ
-93-
ンダーにムクナの二十歳の誕生日を○で
囲んでいるバア。一人お薬を煎じて飲ん
でいるバア。ベッドで酷く咳き込んでい
るバア、背中をさするムクナを振り返り、
何か言いたげにするが寂しそうに微笑む。
泣きながら洞窟を歩いているムクナの
視線の先に、木々で覆われた出口が見
えてくる。
ムクナの声「‥バアはカアのことを話してお
きたいのかもしれない‥」
涙でグシャグシャのムクナ、立ち止ま
りその場にうずくまり、しゃくり上げ
る。
ムクナの声「ごめん‥ヒビク‥」
俯き泣いているムクナを包むように優
しく風が吹いてくる。風に気づいたム
クナ、顔を上げ出口の木々の間から見
えている星を見つめ、ゆっくりと立ち
上がる。
× × ×
-94-
岩の柱にもたれ、力なく座り込んでい
るヒビク、手に持った松明の火をぼう
っと見つめている。
足音が聞こえ、ふと洞窟の先を見ると
懐中電灯の小さな明かりが遠くに見え
ている。
立ち上がるヒビク。
次第に、泣きながら項垂れて歩いてき
ているムクナの姿が見えてくる。
ホッとしたように微笑むヒビク、俯い
て歩いてきたムクナの手を取る。
手を繋ぎケケレヤツへと戻っていくヒ
ビクとムクナの後ろ姿。
○(回想)同・ムクナの家・居間
ベッドに寝ているバアの手を握ってい
るムクナ。
ムクナの声「バア、カアのこと聞かせて欲し
い‥」
ベッドに寝ているバアの頬が少し緩む。
-95-
トドクN:グシャグシャな顔で戻ったムクナ
は一週間後バアの最期を看取った。
〇(回想)同・ムクナの家・表
ムクナの家を取り囲み、祈りを捧げて
いるケケレヤツの大勢の人々。
○(回想)富士樹海の森・ケケレヤツから少
し離れた場所(夕)
森の中の少し高台になっている斜面に
祈りを捧げているムクナとヒビク、ト
ドク、オウガ。
トドクのN:オウガの話ではバアの意識が戻
った形跡は無かったらしいけど、ムクナは
バアと話したと言った。それから、ムクナ
の男言葉が抜けた。ずっと男友達の中で育
ってきたからなのかと思っていたけど、そ
ればかりでは無かったのかもしれない‥ム
クナの中で何かが融けたような感じがした。
花を摘んでいるムクナ。
-96-
顔を見合わせるトドクとオウガ。
トドクのN:ムクナの変化に少し戸惑ったけ
ど、ニイだけは自然に受け入れていた。
一緒に花を摘むヒビク。
○(回想)同・ムクナの家・居間
二人で食事をしているヒビクとムクナ。
ケーキのロウソクを吹き消すヒビク。
トドクN:それから5か月後、ニイは迷わず
ケケレヤツに残った。
少し寂しそうに嬉しそうに微笑んで拍
手をするムクナ。
トドクN:二十歳の誕生日の日、ニイにどう
するのか尋ねる人は一人もいなかった。ケ
ケレヤツの人達は皆そうだった。ニイは何
年も準備してきた夢を迷いなくきっぱりと
覆した。(F・O)
○富士樹海の中・地下の洞窟(夜)
洞窟の中を歩いているトドク。
-97-
トドクN:人を想うことはこんなにも強いこ
となのかと俺は少し怖い様にも思った。
○善行地家・一階コンビニ・店内
お弁当を補充している十与、来客を告
げる効果音に振り向く。
関口海斗(30)が店内に入ってくる。
十与に近づく海斗。
海斗「あの‥すみません」
十与「はい」
海斗「ここに善行地哲郎さんって方いらっし
ゃいませんか?」
十与「あ、はい。父です。今二階にいるので
呼んできましょうか?」
海斗「すみません。東岡電機工業の関口海斗
といいます」
十与「はい‥お待ちください」
怪訝そうに海斗を見る十与。
○同・二階住宅部・リビング
-98-
テーブルに向かい合って座っている哲
郎と海斗。
海斗「突然お邪魔してすみません。もっと早
く来たかったんですけど‥ずっと、どうし
ても来れなくて」
哲郎「いいえ‥そんな‥」
海斗「あれから15年経って、ようやく来れ
ました。あの時善行地さん達に酷いことを
言ってしまって、ずっと気に掛かっていて、
本当に申し訳ありませんでした」
頭を下げる海斗。
哲郎「‥そんな風に思ってらっしゃったなん
て‥こちらこそずっと重荷にさせてしまっ
てむしろ申し訳ないです。あの頃まだ高校
生だったんじゃないですか?」
海斗「はい‥高校に入ったばかりでした‥」
哲郎「そんなに若くにあんなことがあって‥
辛かったですね‥」
海斗「‥今、実は東岡電機で働いてるんです。
ずっと交流のあった人事の方が勧めて下さ
-99-
って‥最初は絶対に無理だと思ったのです
が、だからこそうちに来ないかって言って
頂いて‥」
哲郎「そうなんですか‥それはすごい‥」
海斗「‥父のしたことで何で自分が苦しまな
きゃいけないのか、あなた方を憎むことで
しかあの時は解決できなかった。本当にす
みませんでした」
再び頭を下げる海斗の腕をつかむ哲郎。
哲郎「私こそあの時他に方法があったんじゃ
ないかとあれからずっと考えています」
海斗「いえ、大事故が起こる前に善行地さん
達に止めて頂いて、有難かったと今は思っ
てます。もしも大事故が起こってしまって
いたら、もっともっと苦しかっただろうと
思います」
哲郎「高校生であんな経験をされて、本当に
それだけで私はあなたを尊敬します。君は
1つも悪くないのだから、もう楽になって
欲しい‥」
-100-
※一切の無断転用を禁じます。