海斗の肩にそっと手を置く哲郎。
        
    ○同・二階住宅部・キッチン(夕)
       千鶴が起きてくる。洗い物をしている
       十与にカウンター越しに話しかける千
       鶴。
    千鶴「今日は学校、午前で終わったんだっ
     け?」
    十与「うん。これ洗ったら帰るね。お母さん
     はこれから夜勤?」
    千鶴「うん。昨日四人も生まれたんだって」
    十与「へえ、すごい。忙しそうだね。晩御飯
     何か作っとこうか?」
    千鶴「本当?嬉しい」
    十与「簡単なものしか出来ないけど」
    千鶴「人に作って貰った物が一番美味しいん
     だよね」
    十与「そうだね」
    千鶴「そういえば、こないだのお友達大丈夫
     だった?お薬効いたかな?場合によっては
            -101-

     入院した方が良いと思うんだけど、病院に
     行ってみたかな?」
    十与「ああ‥どうかな?大丈夫だといいなっ
     て思ってるけど‥」
    千鶴「連絡してないの?」
    十与「あ、うん‥今連絡がつかなくて」
    千鶴「そうなの?大丈夫?」
    十与「うん‥注意事項は伝えておいたし、別
     の友達がサポートしてくれてるから大丈夫
     だと思う」
    千鶴「そう‥」
       千鶴、十与がコーヒーカップを洗って
       いるのを見て、
    千鶴「あれ?誰かお客さん来たの?」
    十与「うん、さっき関口さんって人がお父さ
     んに会いに来られたの」
    千鶴「関口さん?」
    十与「東岡電機に勤めてるって言ってた。3
     0くらいの男の人‥知ってる?」
    千鶴「関口さんって多分お父さんの昔の上司
            -102-

     の人の名前じゃないかな‥」
    十与「へえ‥でも30くらいだよ」
    千鶴「その方はもう亡くなってるの‥あ、も
     しかしてその人の息子さんかもしれない‥
     前に聞いたことがある‥」
    十与「息子さんが何でお父さんに会いに来る
     の?」
    千鶴「うん‥」
       十与、洗い終わったコーヒーカップや
       食器類を乾燥機に入れていく。
    十与「‥東岡電機工業って昔一度倒産しかけ
     たんだよね?でも今は小さい会社だけど性
     能がいい電化製品が多くって人気だってよ
     く聞く」
    千鶴「うん‥そうだね‥」
    十与「何でお父さん辞めたんだろう‥おじさ
     んが酒屋継ぐ人がいなくて困ってたから仕
     方なかったのかな?」
    千鶴「‥こないだね‥お父さんが十与に話す
     って言ってたんだけど‥」
            -103-

    十与「え‥何を?‥」
       乾燥機を閉め、タイマーを掛ける十与。
    十与「‥コーヒー淹れようか?」
    千鶴「うん‥ありがとう‥」
       十与、何でもないようにコーヒーメー
       カーを取り出し準備を始める。
    千鶴「お父さん、何度も十与に話そうとした
     んだけど、まだ出来なくて‥」
    十与「うん‥」
    千鶴「私は話さなくてもいいんじゃないって
     言ったんだけど、もしも他の人から聞いて
     しまうことを考えたら、自分から言った方
     がいいって言ってて‥」
    十与「‥うん」
    千鶴「ごめん、お母さんが言う事じゃないか
     もしれないんだけど…言ってもいいかな‥」
    十与「‥分かった」
    千鶴「実はお父さんね‥十五年前その会社で
     内部告発したの」
    十与「‥え」(F・I)
            -104-

    ○(回想)東岡電機工業・外観
       海沿いにある工業地帯の一角にある工
       場。『東岡電機工業』の看板。
       
    ○(回想)同・製造技術部
       自分の席に座っている善行地哲郎(3
       1)と宮本(31)。宮本、『苦情処
       理リスト』と書かれた書類を見ている。
       『製造技術部部長・関口晃』とプレー
       トに書かれた席に関口晃(50)が戻
       ってくる。
       関口に詰め寄る宮本。
    宮本「部長、またS-544型のファンヒー
     ターで発火が起こってます。商品回収か注
     意勧告を促した方がいいんじゃないでしょ
     うか?」
    関口「今月は何件きてる?」
    宮本「6件です。工場長は何て仰ってるんで
     すか?」
    関口「もう少し様子を見るそうだ‥」
            -105-

    宮本「まだ様子を見るんですか?先月もそう
     仰ってたじゃないですか。急いで対策を打
     たないと、大事故が起こってからじゃ取り
     返しのつかないことになります」
    関口「‥分かってる」
       関口と宮本のやり取りを心配そうに見
       ている哲郎。
    千鶴の声「でも結局会社はその後も対策を打
     たずに問題を放置したの」
        
    ○(回想)アパート・善行地家・ダイニング
      (朝)
       テーブルで朝食を食べている哲郎と千
       鶴(31)、十与(4)。哲郎、テレ
       ビの火事のニュースに気が付く。
    アナウンサー「幸いケガ人はありませんでし
     たが、ファンヒーター付近が激しく燃えて
     いるため、発火の原因ではないかとみて調
     べを進めています」
       席を立つ哲郎。
            -106-

    ○(回想)東岡電機工業・会議室
       テーブルに哲郎、宮本、関口が座って
       話している。
    宮本「部長、一刻も早く商品回収の告知をし
     ないと、人命に関わる問題です」
    関口「しかし今回の火事は使い方に問題があ
     ったことが原因だと聞いている」
    宮本「それでもこの商品で問題が多発してい
     ることには変わりないです」
    関口「分かってる。上にも言ったんだが、回
     収となると会社の損害は計り知れない。う
     ちくらいの規模なら潰れてしまうかもしれ
     んそうだ」
    哲郎「それでも仕方ないです。覚悟は出来て
     ます」
    関口「君らは若いしそれでいいかもしれない
     が、社員の中には再就職が難しい人が大勢
     いるし、その家族もいる。簡単な問題じゃ
     ないんだ」
    宮本「だからってこのままでいいんですか?」
            -107-

    関口「…」
    千鶴の声「それで、お父さん達は知り合いの
     同級生の新聞記者に相談して、そしてその
     ことが記事になったの‥」
        
    ○(回想)同・製造技術部
       哲郎と宮本が並んで机に座り仕事をし
       ている。
       周りの社員達がひそひそと話をしてい
       る。
       一人の社員が哲郎と宮本の間に立つ。
    社員「今月の給料、支払われるか分からない
     らしい。今、会計課や役員達が資金繰りに
     追われてるそうだ‥」
    哲郎「‥そうですか」
    社員「少ししたらお前達も役員室に呼ばれる
     だろう‥」
    哲郎「分かりました」
    社員「‥何で新聞社だったんだ?他に方法が
     なかったのか?」
            -108-

    宮本「何度も上に掛け合いました。でも口を
     濁されるばかりで‥大事故になる前に防ぐ
     にはこうするしかないと思いました」
    社員「少しでも準備出来ていれば、まだ存続
     への道も違ったかもしれない‥」
    宮本「そんなこと誰も言ってくれなかった‥」
    社員「すまない‥会社側が悪いのは
     は分かってる。だけど今、会社の為に必死
     に駆け回ってる社員がいるんだ。あいつら
     がどんな思いでいるか、想像してみてやっ
     て欲しい‥」
    哲郎「‥すみません」
    宮本「俺達だってこうなることを望んでいた
     訳じゃないんです‥出来れば避けたかった
     んだ‥」
    社員「こんなこと言って悪いと思うが‥お前
     達はここにいる全ての人とその家族の人生
     を狂わせたということを受け止めて欲しい」
    哲郎「‥すみません」
       俯く哲郎。
            -109-

    ○(回想)同・駐車場へと向かう道
       並んで歩いて行く哲郎と宮本。
    哲郎「間違ってたのかもしれない‥」
    宮本「今更何言ってるんだよ。あの時はああ
     しか考えられなかっただろ?」
    哲郎「うん‥あの時はああしか考えられなか
     った‥」
    宮本「俺達は正しいことをした。お前がぶれ
     んなよ。自責に駆られて迷うなよ。全部予
     想できた事だろ?それでもやるって決めた
     んだろ?」
    哲郎「…俺達ここまで予想できてたかな‥」
    宮本「俺は出来てた」
    哲郎「‥俺、出来てなかったかもしれない」
       哲郎に掴みかかる宮本。
    宮本「ふざけんな‥」
    哲郎「‥ごめん」
    宮本「俺‥誰に責められても耐えられるけど、
     お前に迷われるのには耐えられない‥」
    哲郎「‥分かった‥悪い」
            -110-

    宮本「もう頼むから、もう言わないでくれ‥」
       手を放し、歩き出す宮本。
       後ろをトボトボと歩く哲郎、駐車場へ
       と差し掛かる。
        
    ○(回想)同・駐車場
       駐車場の隅っこに蹲って制服を着た関
       口海斗(15)が座っている。
    哲郎「‥高校生?」
       海斗に近づき、しゃがんで顔を覗く哲
       郎。
    哲郎「‥どうかしたのか?」
       顔を上げる海斗、哲郎の名札に気付く。
    海斗「善行地‥」
    哲郎「え?」
       哲郎の両腕を揺さぶる海斗。
    海斗「俺、関口です」
    哲郎「関口?‥ああ、もしかして関口部長に
     用事で来たの?」
    海斗「‥父は昨夜、心不全で亡くなりました」
            -111-

    宮本「‥関口部長亡くなったのか?」
    哲郎「心不全‥」
    海斗「あんた達の正義感を満たす為に、父さ
     んは死んだんだ。父さんは悪いことをした
     かもしれないけど人殺しはしてない。だっ
     たらあんた達の方が罪が重いじゃないか!」
       哲郎を突き飛ばし立ち上がる海斗。
    海斗「俺は絶対に許さない」
       海斗を抱きしめる宮本。
    宮本「すまん‥悪かった‥俺が悪いんだ‥」
       泣きながら謝る宮本。
    海斗「許さない‥ううっ・・」
       泣きじゃくりながら宮本にしがみつく
       海斗。
       二人の傍で座り込んだまま泣いている
       哲郎。
        
    ○(回想)同・製造技術(朝)
       席に座って書類を書いている哲郎の横
       に宮本が立つ。
            -112-

    宮本「おはよう。来たんだな‥」
    哲郎「おはよう。来たよ‥」
    宮本「ちょっといいか?」
    哲郎「うん‥」
       立ち上がる哲郎。
        
    ○(回想)同・食堂裏のベンチ(朝)
       人影のない食堂裏に置かれたベンチに
       座っている哲郎と宮本。
    宮本「会社辞めようと思ってるんだ‥」
    哲郎「そうか‥」
    宮本「お前は?」
    哲郎「うん‥」
    宮本「俺の友達の家が小さいけど機械修理の
     工場やってるんだ。行く気ないか?」
    哲郎「お前も行くのか?」
    宮本「いや、俺はどこか海外に出てみようと
     思ってるんだ‥」
    哲郎「海外か‥」
    宮本「‥お前も来るか?」
            -113-

    哲郎「いや‥」
    宮本「そうだよな‥今、寝食を共にしたら変
     な関係になりそうだもんな」
    哲郎「なる訳ないだろ」
    宮本「あはは」
    哲郎「‥何だよ、全く‥」
       つられて笑う哲郎。
    宮本「あー何日ぶりに笑ったんだろ‥」
    哲郎「まだ、昨日のことだよ‥」
    宮本「そうか‥まだ昨日のことなのか‥」
    哲郎「うん‥」
    宮本「一日ってこんなに長かったっけ‥」
       空を見上げる宮本。
    哲郎「‥俺、後悔してないから‥」
    宮本「‥ありがと‥‥俺もだよ‥」
    哲郎「うん‥」
       曇り空に飛行機が飛んでいる。
    千鶴の声「だけどお父さん、それからも何日
     もずっと、自分を責めることから逃げられ
     なかったの‥」
            -114-

    ○(回想)アパート・善行地家・トイレ
       嘔吐している哲郎の声が聞こえる。
       十与を抱っこした千鶴がドアの前に立
       っている。千鶴の涙を両手で拭いてい
       る十与。
    千鶴の声「お母さんその時ね、この人の人生
     を早く終わらせてあげたいって思ったの。
     好きな人の人生が一日でも早くが終わるよ
     うに願ったんだよ。酷いけど。でも、好き
     な人を失う自分の辛さの方が、お父さんが
     これから毎日を生きていく辛さに比べたら、
     まだ耐えられる辛さに感じたんだよ」
        
    ○善行地家・一階コンビニ・店内
       レジで会計をしている哲郎。
    哲郎「430円です」
       商品を袋に入れている哲郎の後ろから
       抱きつく十与。
    哲郎「わっ」
       驚いて後ろを見る哲郎。
            -115-

    十与「大好きだから‥」
       カウンターの向こうのお客が目を逸ら
       す。慌てて説明する哲郎。
    哲郎「娘です。娘なんです」
       商品を受け取り足早に去っていくお客。
    哲郎「‥」
    十与「ずっとずっと何も知らなくて‥ごめん
     なさい‥」
    哲郎「‥あ‥いや‥」
    十与「‥ずっと見た目怖いとか、無愛想だと
     か、倒れたら運ぶの大変そうとか思ってて、
     ごめんなさい‥」
    哲郎「お前そんなこと思ってたのか‥」
    十与「ありがとう‥お父さんが居てくれてそ
     れだけで十分です」
       泣きながら抱きついている十与。
       恐る恐る次のお客がレジ前に立つ。
    哲郎「‥娘です」
       商品をレジに通す哲郎。
        
            -116-

    ○富士樹海の森の洞窟の中にあるケケレヤ
     ツ・トドク達の住む家・トドクの部屋(朝)
       トドク、炭の詰まった布袋をリュック
       に詰めている。
       ノックしてヒビクが入ってくる。
    ヒビクの声「‥トドクがシンに炭を届けに行
     くの?」
    トドクの声「うん、オウガに代わって貰った
     んだ‥帰りに寄りたいとこがあって」
    ヒビクの声「今日じゃなきゃダメなのか?戻
     って来たばっかりなのに、こんなにすぐ外
     に出て大丈夫?」
    トドクの声「分かってる‥なるべく騒音の少
     ないとこ選んで行くし、今日中に帰ってく
     るから、心配しないで」
       トドクがリュックを背負うのを手伝う
       ヒビク。
    ヒビクの声「トドク‥もしかしてここを出よ
     うと思い始めてるんじゃないのか?」
     トドクの声「‥よく分からない‥それも含め
            -117-

     て、外の世界のこと知りたいんだ‥俺はニ
     イと違って何も知らずに来たから‥」
    ヒビクの声「‥分かった」
    トドクの声「心配してくれてありがとう‥」
       リュックの位置を確認するトドク。
       ヒビク、トドクのリュックからそっと
       手を放す。
        
    ○花舞駅前のロータリー・バス停
       バス停に『富士神原樹海入口→花舞駅』
       とプレートに表示されたバスが止まる。
       バスから降りてくるトドク、ふと善行
       地家のコンビニの看板を見つめる。
        
    ○電車内
       電車の窓から外を眺めているトドク。
        
    ○アウトドア用品店・表
       街の中にあるアウトドア用品店。
       ドアが開き、トドクが出て来る。
            -118-

    ○昭和大学・学食
       大きなテーブルがいくつも部屋いっぱ
       いにあり、食事をする学生で賑わって
       いる。
       テーブルの一角で十与が一人ラーメン
       を食べていると、トレーを持った仁美
       が十与の前に座る。
    十与「仁美ちゃん‥今日午後からじゃないの
     ?」
    仁美「うん。でも何か十与ちゃんがいるかな
     って思って早めに来ちゃった。十与ちゃん
     本当ラーメン好きだね」
    十与「‥うん、学食の美味しくて好き」
       嬉しそうにラーメンを食べる十与。
    仁美「そういえば十与ちゃん、最近妄想の恋
     の話、しなくなった気がする」
    十与「あれ?‥そうかな」
    仁美「うん。そうだよ」
    十与「そっか‥仁美ちゃんは?結局同窓会ど
     うしたの?」
            -119-

    仁美「行かないよ。全然行くつもりない」
    十与「ふーん‥ねえ、仁美ちゃんって田中君
     と付き合う前は、誰か付き合った人とかい
     なかったの?」
    仁美「うーん‥忘れたな‥」
    十与「忘れるものなの?」
    仁美「私出来るんだよ。ふとしたことでさ、
     昔のこと思い出しそうになっても、回路を
     切るみたいにブツって感じで思い出さない
     でいられるの。すごいでしょ」
    十与「すごい‥でも偶然会ったりしたらどう
     するの?」
    仁美「‥会いそうな所には行かない。田中君
     が良い気持ちしないんならやめておく。別
     に会っても何とも思わないし、むしろ田中
     君が好きだなって思うだけなんだけど、い
     くら説明してもそれが田中君には伝わらな
     い感じがするんだよね‥だったらマイナス
     なことしかないように思うんだ‥」
    十与「確かにそれは伝わりにくいのかもね‥
            -120-

     何か、好きな気持ち程伝わりづらい感情も
     珍しいような気がする‥」
    仁美「うん、そうなんだよ。ほんとそう」
    十与「10メートルうさぎ跳びして漸く1メ
     ートル分だけ伝わるような、100メート
     ル分伝えるには1キロうさぎ跳びしなきゃ
     ならないような‥好きな気持ちって割に合
     わないように出来てるんだなって思う‥」
    仁美「うんうん‥十与ちゃん妄想でそこまで
     分かるなんてすごいよ」
    十与「こないだお母さんに気持ち悪いって言
     われた」
    仁美「あはは」
    十与「田中君に伝わるといいね」
    仁美「私さ、基本大雑把なんだけど、田中君
     を好きなことに関してだけはストイックで
     いられるんだ」
    十与「へえ‥アスリートだね」
    仁美「伝わらないけどね」
    十与「難しいね」
            -121-

    仁美「うん‥難しい」
       ため息をつく十与と仁美。
        
    ○同・図書室
       十与、図書室で勉強していると、ふと
       窓の外に青のチェックのコートを着た
       トドクが歩いているのを見つけ、立ち
       上がる。
        
    ○同・構内
       歩いているトドクを後ろから追い駆け
       る十与。
    十与「トドク君!」
       十与の声に振り返るトドク。
       十与が目の前に立つ。
    十与「どうしたの?何してるの?」
    トドクの声「‥こないだの阿世って人探して
     るんだけど、分かる?」
    十与「阿世先生?‥講義中かそうじゃなかっ
     たら自分の部屋じゃないかな?‥行ってみ
            -122-

     る?」
    トドクの声「いいの?授業は?」
    十与「大丈夫。休講になって図書室にいたの。
     行こう」
       歩き出す十与とトドク。
        
    ○同・阿世准教授の部屋・前
       ドアに『人間環境学・経済科・准教授
       阿世』と書かれたプレート。
       プレートの下に『学会出張中』の表示
       がされている。
       ドアの前に立っている十与とトドク。
    十与「いないみたいだね‥」
    トドクの声「そっか‥」
    十与「あ、そうだ。折角来たんだから学食行
     ってみる?」
    トドクの声「学食?!行く」
        
    ○同・学食
       券売機の前に立っている十与とトドク。
            -123-

       売り切れの文字が点滅している券売機。
       券の補充に係りの人が現れる。
       扉を開け、券を補充している係りの人
       の真横に立ち、中を繁々と眺めるトド
       ク。
    係りの人「‥見る?」
       嬉しそうに頷くトドク。
       係りの人が仕組みの説明をしてくれて
       いるのを真剣に聞いているトドク。
       その様子を後ろで見ている十与。
       ×   ×   ×
       テーブルに向かい合って座っている十
       与とトドク。
       ラーメンを食べている。
    トドクの声「うまい!」
    十与「良かった」
    トドクの声「あれ?そういえばお昼食べてな
     かったのか?」
    十与「さっき食べたよ」
       ラーメンを頬張る十与。
            -124-

    トドクの声「すげーな‥何食べたんだ?」
    十与「ラーメン」
    トドクの声「‥続けて食べて飽きない?」
    十与「全っ然飽きない。いつも最高に美味し
     い。大好き」
    トドクの声「‥へえ」
    十与「気持ちによっても味って変わる気がす
     る。トドク君と初めて一緒に食べたラーメ
     ンはさっきとはまた違うよ」
       美味しそうにラーメンを頬張る十与を
       不思議そうに見るトドク。
    トドクの声「よく分からないけど‥ラーメン
     好きなんだな‥」
    十与「うん。あ、トドク君ももう一杯食べる
     ?」
    トドクの声「いや、いい」
    十与「美味しいのに‥券売機また見れるよ」
    トドクの声「‥いや、でもいい」
    十与「美味しいのに‥」
    トドクの声「炭水化物の塊りだぞ‥」
            -125-

    十与「う‥」
    トドクの声「二杯食べたら千キロカロリーは
     超えるな‥」
    十与「うそ?!」
    トドクの声「フルマラソンの消費カロリーが
     二千五百キロカロリーだから、20キロ走
     らないと消費出来ない計算になる」
    十与「‥二十キロ」
       箸が止まる十与。
    トドク「縄跳びだと1時間、クロールだと2
     時間、自転車だと3時間、ボーリングだと
     4時間‥」
    十与「ボーリングだと4時間でいいんだ。良
     かったー」
       再び食べ始める十与。
        
    ○昭和公園(夕)
       十与とトドク、公園に入っていく。
       滑り台で遊んでいるアイネとリカルド。
       十与が入って来たことに気付き近づい
            -126-

       てくる。
    十与「遊んでたの?」
    リカルド「うん!」
    十与「‥お父さん連絡きた?」
    アイネ「ううん‥」
    十与「そっか、心配だね‥」
    アイネ「うん‥」
    十与「ねえ、アイネちゃん‥お母さんの具合
     ってどんな感じなのかな?寝たきりで全然
     動けない?」
    アイネ「ううん‥腰が痛くて、座ってれば大
     丈夫なんだけど、立ってするお仕事だから
     会社には行けないんだって‥迷惑かけるか
     らって言ってた」
       滑り台で滑っているリカルドと遊び始
       めるトドク、十与に声をかける。
    トドクの声「何ていう会社なのかな?」
       トドクに頷く十与。
    十与「どこの会社か分かる?」
    アイネ「うん。東岡電機」
            -127-

    十与「え?‥そうなの?」
    トドクの声「そこ行ってみないか?」
    十与「うん‥」
    トドクの声「‥嫌なの?」
       十与をじっと見つめるアイネ。
    十与「ううん、行こう。私、会社に行って現
     状を話してきてみる。アイネちゃん、いい
     かな?」
    アイネ「じゃあ、私も一緒に行く」
    十与「‥大丈夫?」
    アイネ「うん」
    十与「よし、じゃあ皆で行こう。アイネちゃ
     ん、この人も一緒にいい?」
       トドクの方を振り返る十与。
       頭をぺこりと下げるトドク。
    アイネ「‥うん、宜しくお願いします」
       トドクに少し微笑むアイネ。
    アイネ「二人は何で話せるの?」
    十与「え?‥どういうこと?」
    アイネ「分かんないけど‥何か二人話してる
            -128-

      よね?」
    十与「‥そんな風に見える?」
    アイネ「目には見えないけど‥何かそんな風
     に見える」
       顔を見合せる十与とトドク。
        
    ○電車・車内(夕)
       長い椅子に並んで座っている十与とア
       イネ。アイネの横に靴を脱ぎ窓の外を
       見ているリカルドとその隣で窓の外を
       眺めているトドクが座っている。窓に
       息を吹きかけ絵を描くトドク。嬉しそ
       うにトドクの真似をして窓に息を吹き
       かけているリカルド。
    十与「‥私の家コンビニなんだけど、私そこ
     でアルバイトしてるんだ」
       首を傾げるアイネ。
    十与「毎日毎日、賞味期限の一分過ぎたお弁
     当やパンを捨てなきゃいけない。そうやっ
     てごみを増やしていって‥でもそれがこの
            -129-

     国では正しいことなんだって」
    アイネ「そうなの?」
    十与「うん‥仕方ないことなんだって‥」
    アイネ「‥ペルーではそれは正しくないこと
     みたいだけど、同じ地球の上で同じ時間を
     過ごしているのに、何で正しいことが違う
     んだろ‥」
    十与「そうだね‥何か申し訳ない気がする‥」
    アイネ「‥」
       十与の手を握るアイネ。
       トドク、隣のリカルドに向かって、
       『ひらがなよめる?』と窓に書く。
    リカルド「読めるよ!」
       トドク窓に字を書く。『りかるどはあ
       いねのおとうとだけど でもおとうと
       にだって おねえちゃんをたすけてあ
       げられることがきっとあるとおもう』
    リカルド「‥本当?」
       頷くトドク。
    リカルド「そっか‥」
            -130-

       視界が開け、窓の外に海が見える。
        
    ○東岡電機工業・門(夕)
       門の所に守衛所があり、守衛の人が座
       っている。
       守衛の人に話している十与。少し離れ
       た所にトドクとアイネとリカルドが待
       っている。
       内線電話をかける守衛の人。
    守衛「関口さん、外出中だそうです」
    十与「そうですか。分かりました。ありがと
     うございました‥」
       戻って来る十与。
    十与「一人知ってる人がいたんだけど今いな
     いって‥」
    トドクの声「そうか‥」
       ウーというサイレンの音が響き、工場
       内を仕事を終えた人々が歩いている。
        
    ○東岡電機工業・門の近く(夕)
            -131-

       門の中から仕事を終えた従業員の人達
       が大勢出てきている。
       門の近くに立っている十与達を怪訝そ
       うに見ながら通り過ぎていく人々。
       門から5人程の女性達が出て来る。そ
       の中に戸川深夏(36)の姿がある。
       アイネに気付く深夏。
    深夏「あれ?アイネちゃん?」
    アイネ「あ、深琴ちゃんのお母さん‥こんに
     ちは」
       怪訝そうにアイネを見る十与。
    アイネ「お友達のお母さん。うちのお母さん
     と同じところで働いてるの」
    十与「‥そうなんだ」
       顔を見合せる十与とトドク。
    トドクの声「話してみよう」
       頷く十与。
       アイネに近づいて来る深夏。
    深夏「アイネちゃん、どうしたの?お母さん
       今日もお休みだよ。どうやってここまで来
            -132-

     たの?」
       深夏と一緒にいた女性1。
    女性1「アイネちゃん?」
       深夏、振り返り
    深夏「ルースさんの娘さんです」
    女性2「ああ」
    十与「あの‥お願いがあって来ました」
    深夏「はい?」
    十与「アイネちゃんのお母さん、腰がなかな
     か治らないみたいで、ご主人もずっと行方
     が分からなくて、それで差し当たっての生
     活のことでお話ししたくて来ました‥」
    深夏「‥はい」
    十与「厚かましいお願いだとは思いますが、
     例えばルースさんが座ったままお仕事出来
     るようにしてもらえないかとか、他に何か
     出来そうな仕事とか無いかと思いましてご
     相談だけでもしてみようと思って‥」
       十与の横でぺこりと頭を下げるアイネ。
    深夏「そっか‥そうですよね‥ルースさん先
            -133-

     月は一日も出勤されてないし、その前の月
     も一週間くらいでしたもんね‥お困りです
     よね‥」
    女性1「ルースさんのご主人行方が分からな
     いの?」
    深夏「はい‥そうらしくて、ルースさんも心
     配されてるみたいなんです」
    女性2「大変だね」
    深夏「はい」
    女性1「ルースさんには早く出て来て貰わな
     いとね。ルースさんがいるのといないのと
     じゃ全然効率が違うから」
    女性2「そうですよ。座って出来ることもあ
     んじゃないかな。明日職長に言ってみよう
     か?」
    十与「いいんですか?」
    女性3「勿論。もっと早く言ってくれれば良
     かったのに。ご主人のことも心配ね‥」
    十与「ありがとうございます」
    アイネ「ありがとうございます」
            -134-

    深夏「良かったね、アイネちゃん。‥このお
     姉さんは知ってる人?」
    十与「‥善行地といいます。アイネちゃんと
     は偶然知り合って」
    深夏「そうなんですか」
    女性4「善行地さんって‥もしかして前にこ
     こに勤めてらした善行地さん?」
    十与「‥はい。父です」
    女性1「え?‥あの?」
    女性2「まあ、でもルースさんのことはルー
     スさんのことですから‥」
    女性3「そうね。さ、行こう‥」
       立ち去って行く女性4人。深夏、十与
       に頭を下げ後を追う。
       ひそひそと話をする女性達。
    十与「‥」
       アイネ、十与の手を握る。
    アイネ「お姉ちゃん、ありがとう。帰ろう」
    十与「うん‥お家まで送って行くよ」
    アイネ「ありがとう」
            -135-

    十与「ううん」
       十与の手をぎゅっと握るアイネ。
    アイネ「ありがとう‥」
       女性達から少し離れた後ろを手を繋い
       で歩いて行く十与とアイネ。その後ろ
       をついて歩くトドクとリカルド。
        
    ○富士見駅前のカフェ・店内(夜)
       向かい合ってコーヒーを飲んでいる十
       与とトドク。
    十与「話してみて良かった。ありがとう」
    トドクの声「いや、別に何も‥」
    十与「あのままでいい訳ないもんね。何か変
     わりそうで良かった」
    トドクの声「‥あの人達何か変な感じだった
     けど、大丈夫か?‥本当は行かない方が良
     かったんじゃないの?」
    十与「‥実はウチのお父さんね、あの会社、
     内部告発して辞めたらしいんだ‥」
       驚くトドク。
            -136-

    トドクの声「……そうなんだ」
    十与「うん‥」
    トドクの声「すごいな‥何かよっぽどのこと
     だったんだろうな‥」
    十与「うん‥」
    トドクの声「俺はすごいと思うけどな‥」
    十与「‥うん。私もそう思う。ありがとう‥」
    トドクの声「‥何か色んな人生があるんだな」
    十与「‥そうだね。私も実はお父さんのこと
     最近知ったの。19年も一緒に居たのに、
     そんなことがあったなんて全然知らなかっ
     た‥何にも見えてなかったんだなってちょ
     っとショックだった‥」
    トドクの声「人の思いって分かっているよう
     な気がしてしまうけど、意外に分かってな
     いものなんだよな‥想像にはどうしても限
     界がある‥」
    十与「そっか‥でも私は私にしかなれないか
     ら想像するしかないもんね‥だけど想像と
     経験とではきっと全然違うんだろうね‥」
            -137-

    トドクの声「そうだな‥」
       壁の時計に気づくトドク。
    トドクの声「あ、やばい。もう帰らないとバ
     スに間に合わなくなる」
       急いでコーヒーを飲むトドク。
    十与「‥忙しいんだね」
    トドクの声「いや、こないだ外に出たばかり
     ですぐにまた来てしまったから伝心の力が
     弱くなってるんだ‥あまり外の世界の音に
     触れ過ぎると、戻れなくなることもある」
    十与「そうなんだ。大変‥急がないとだね」
       立ち上がる十与。
    十与「‥また来る?」
    トドクの声「うん。今日はケケレヤツから炭
     を持って来たんだ。織布とか木製チェアと
     か色々、紙漉のお店で売って貰ってて‥」
    十与「こないだ言ってた知り合いの人?」
     トドクの声「そう」
    十与「‥じゃ、また来るんだね」
    トドクの声「うん。阿世って人にも会いたい」
            -138-

       立ち上がるトドク。
       安堵する十与。
        
    ○富士見駅・改札口(夜)
       改札口の中に入っていくトドク。
       少し振り返って手を上げるトドク。
       手を振り返す十与。
       トドクの姿が人波に紛れる。
        
    ○住宅街の中の道路
       ランドセルを背負って4人の女の子が
       仲良さそうに歩いている。その中にい
       る楽しそうなアイネ。分かれ道に差し
       掛かり、アイネと戸川深琴(11)の
       二人と、女の子2人とに分かれる。
    アイネ・深琴「バイバイ」
    二人の女の子「バイバイ。明日忘れないでね。
     皆で交換しようね」
    深琴「うん!」
       手を振り、別れて歩いていく女の子達。
            -139-

         アイネと深琴、並んで歩いている。
     深琴「お母さんがアイネちゃんも家に呼んで
     おいでって。明日の友チョコ一緒に作ろう
     よ」
    アイネ「うん‥」
    深琴「じゃあ、宿題終わったらウチに集合ね。
     材料もお母さんが一緒に買いにつれてって
     くれるって」
    アイネ「うん‥」
       下を向いて歩いて行くアイネ。
        
    ○百円ショップ・店内
       チョコレートやトッピングのお菓子、
       ラッピングの袋やリボン等を次々に選
       び、籠へ入れていく深琴。
       ラッピングの袋を手に持って眺めてい
       るアイネの横へ戸川深夏(36)が立
       つ。
    深夏「全部で三個づつ作るんでしょ?」
    アイネ「はい‥」
            -140-

    深夏「だったらそんなに沢山買っても余っち
     ゃって勿体無いから、必要な分を一緒に買
     って二人で分けようよ」
       深夏を見るアイネ。
       深夏、アイネに顔を寄せ
    深夏「アイネちゃんお金持ってきた?」
       アイネ、ポケットから100円玉1枚
       と50円玉1枚、10円玉数枚、5円
       1円数枚を深夏に見せる。
    深夏「じゃあアイネちゃんの分、おばちゃん
     貰ってもいいかな?」
       戸惑いながら頷くアイネ。
       深夏、アイネの掌からお金を受け取る。
    深夏「ありがとう。じゃあ早く帰って一緒に
     作ろう」
       深夏、アイネの手を引いて歩いて行く。
    アイネ「‥」
       深夏の顔を見上げるアイネ。
        
    ○戸川家・キッチン
            -141-

       深琴、溶かしたチョコレートの入った
       ボールを混ぜている。
    深琴「味見しよう」
       チョコレートを指で取って舐める深琴
       とアイネ。
    深琴「美味しい!」
    アイネ「うん、美味しい!」
    深琴「もう一回」
    アイネ「深琴ちゃん駄目だよ。無くなっちゃ
     うよ」
    深琴「うー‥じゃあ匂いだけ‥」
       ボールに顔を寄せ匂いを嗅ぐ深琴とア
       イネ。
    深琴「あーいい匂い。絶対美味しいの出来る
     ね!楽しみ。ね?」
       遠慮がちに頷くアイネ。
    深琴「あーこのボールの中で泳ぎたいな」
    アイネ「え?でも髪の毛についたらドロドロ
     になるよ‥絶対シャワー大変だし目に入っ
     たら痛いよ」
            -142-

    深琴「シャワーからもチョコレートが出てく
     るんだよ。口開けたままシャワー浴びるの。
     幸せじゃない?」
    アイネ「そうかなあ?‥あ!深琴ちゃん、早
     く型に流し込まないと固まっちゃうよ」
    深琴「あー!とれない‥」
       ボールの中で深琴の指がチョコレート
       に刺さったまま固まっている。
       笑い合う深琴とアイネ。
    深琴「そうだ。皆で交換するの止めて今食べ
     ちゃおうか?」
    アイネ「駄目だよ。約束したじゃん。明日に
     なったら食べられるんだから頑張ろう」
    深琴「う‥うん。頑張れるかなあ‥こんな良
     い匂いするんだよ。私頑張れない自信ある
     な。アイネちゃんが帰ったら食べてしまい
     そうな気がする」
    アイネ「深琴ちゃーん‥」
    深琴「ごめんね‥そしたら明日、私抜きで三
     人で交換して」
            -143-

    アイネ「分かった。私、深琴ちゃんの分も預
     かって帰る」
    深琴「‥アイネちゃん天才」
    アイネ「‥深琴ちゃん作るところまでは頑張
     れる?」
    深琴「うん。息とめる」
       顔が真っ赤になる深琴を見て笑うアイ
       ネ。
        
    ○深夏の車の車内(夕)
       運転している深夏の横に座り、膝の上
       のチョコレートを嬉しそうに眺めるア
       イネ。
    アイネ「ありがとうございました」
    深夏「アイネちゃん‥お母さんのこと何とか
     なりそうだから心配しないでね」
    アイネ「‥ありがとうございます」
       頭を下げるアイネ。
    深夏「‥アイネちゃんのお母さんね、会社で
     少しもジッとしてないんだよ。時給だから
            -144-

     さ、沢山動いた人もあんまり動かなかった
     人も同じお給料なのね。でもアイネちゃん
     のお母さんはいつも自分が出来る精一杯の
     ことをやってくれる。その後にお仕事する
     人が一番やりやすい様に工夫して出来た製
     品を並べておいてくれたりするの。だから
     すごく助かる」
    アイネ「‥はい」
    深夏「毎日毎日私達より遅くまで働いてて、
     本当にすごいなって思う。私には同じこと
     絶対に出来ないと思う‥だから尊敬する‥」
       じっと聞いているアイネ。
    深夏「もしかしたらアイネちゃんの人生は、
     深琴とかその他の子達より困難が多いのか
     もしれない‥これから辛いこととか多くあ
     るのかもしれないけど、それがきっとアイ
     ネちゃんを作っていくんだと思う。何か大
     人とか子供とかそういうことを超えて、一
     人の人として応援してる」
    アイネ「‥はい」
            -145-

    深夏「でも‥出来ないこととかあったら遠慮
     なく深琴や私に言ってね」
    アイネ「ありがとうございます‥」
    深夏「深琴、アイネちゃんのこと大好きなん
     だよ」
    アイネ「私もです」
    深夏「さっきもチョコレート味見しすぎて半
     分になっちゃったって、でもアイネちゃん
     笑ってくれたって半べそ掻きながら反省し
     てた」
       笑うアイネ。
    
    ○団地・アイネ達の住むアパートの中の一
     室・台所(夜)
       オムライスを作っているアイネ。チャ
       イムが鳴る。
    
    ○同・玄関
       アイネが扉を開けると十与が立ってい
       る。
            -146-

    十与「明日バレンタインでしょ?チョコレー
     トケーキ買ったんだ。一緒に食べない?」
       十与、嬉しそうにケーキの箱を渡す。
        
    〇同・子供部屋(夜)
       布団に寝ているシルバ・ルース(3
       6)。
        
    ○同・居間(夜)
       子供部屋の襖を少し開けるアイネ。
    アイネ「お母さん寝てる‥」
       リカルドと遊んでいる十与。
    十与「うん‥静かにしてよう」
       頷いて襖を閉めるアイネ。
       テーブルでオムライスを食べている十
       与とアイネとリカルド。
    十与「やばい。オムライス、メチャメチャ美
     味しい。アイネちゃん上手だね」
    アイネ「うん。料理するの好き」
    十与「そうなんだ。美味しい!」
            -147-

    リカルド「お姉ちゃんいつも美味しいの作っ
     てくれるよ」
    十与「そっか‥アイネちゃんはいつもお姉ち
     ゃんだね」
       ピンポンとチャイムが鳴る。 
    アイネ「‥はい」
       立ち上がるアイネ。
        
    ○同・玄関(夜)
       アイネ、ドアを開けると吉沢満(55)
       が立っている。
    吉沢「こんばんは。私吉沢といいます。お父
     さんのことでご家族にお伝えしたいことが
     あって来ました。お母さんいらっしゃる?」
    アイネ「はい‥」
        
    ○同・子供部屋(夜)
       布団に寝ているルースの上半身を起こ
       すアイネ。
       吉沢、部屋の脇に座る。
            -148-

       隣の部屋で見守る十与。
    吉沢「お母さんですか?ロドリゴさんの奥さ
     ん?」
    ルース「はい、そうです‥何か用事ですか?」
    吉沢「私は在日外国人のサポートをしている
     吉沢といいまして‥ロドリゴさんのことを
     偶然知人から聞いたのですが、警察からは
     何と言われましたか?」
    アイネ「…え?」
    ルース「あ、アイネ向こうでご飯食べてて‥」
    アイネ「‥はい」
       アイネ、立ち上る。
    吉沢「違うんですよ。警察が何と言ったのか
     知りませんが、ロドリゴさんは事件に巻き
     込まれただけなんです」
    ルース「本当ですか?‥私もパパは物盗んだ
     り絶対しないって警察に言ったけど、全然
     聞いてくれないです」
    吉沢「ロドリゴさんは、むしろ止めなさいっ
     て止めた側なんです。なのに勘違いされて
            -149-

     ロドリゴさんも一緒に捕まった形になって、
     何とも気の毒な話でね。今知り合いの弁護
     士さんに相談して掛け合って貰ってるとこ
     ろなんだけど、とにかくご家族が心配され
     てるだろうからってことでね、お伝えにき
     たんです」
    ルース「パパを助けて下さい」
    吉沢「大丈夫大丈夫。一緒に捕まった内の一
     人の人がね、ロドリゴさんは関係ないって
     証言してるんですよ。絶対分かってもらえ
     るから心配せんでもいいから」
    ルース「本当ですか?」
    吉沢「日本の警察が融通が利かんからね‥ち
     ょっと今時間がかかってるけど、心配しな
     いでね。本当申し訳ないですね」
    ルース「‥パパ大丈夫ですか?」
    吉沢「うん、安心して待っていて下さい」
    ルース「はい‥分かりました」
    吉沢「じゃあ、これから別の所に行かないと
     いけないから、今日はとりあえずそれだけ
            -150-

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