伝えに来ました。また何かあったら立ち寄
らせて貰いますね」
忙しく立ち上がる吉沢。
ルース「すみません。宜しくお願いします」
丁寧に頭を下げるルースとアイネ。
十与、襖の近くに立つ。
十与「あ、私もそろそろ帰るね。オムライス
本当に美味しかった。ご馳走様でした」
アイネにお礼を言う十与。
アイネ、嬉しそうに頷く。
十与「こんばんは。お邪魔してました。突然
伺ってしまってすみません‥」
ルースに挨拶をする十与。
ルース「ああ‥いつも駅で‥ありがとうござ
います。会社もお友達のお母さんに聞いて
‥明日から行けるので‥すみません」
十与「いえ‥ご相談もせず勝手なことをして
しまってすみません」
ルース「ううん‥ありがとうございます」
頭を下げる十与に優しく笑うルース。
-151-
○同・外の階段(夜)
吉沢の後ろを歩いて階段を降りている
十与。
○同・駐車場(夜)
駐車場へ入って来る吉沢と十与。
吉沢「じゃあ」
十与「はい、失礼します」
車へと向かう吉沢と、自転車の鍵を開
けている十与。
車に乗った吉沢が窓を開け、声をかけ
る。
吉沢「夜遅いから乗っていきなさい。家は近
く?」
十与「はい、近いので大丈夫です」
吉沢「何かあったら行けないから、乗りなさ
い。自転車は明日取りに来れるでしょ」
十与「‥すみません」
○吉沢の車内(夜)
-152-
運転する吉沢の後部座席に座っている
十与。
吉沢「学生さん?」
十与「はい」
吉沢「そう。頑張って勉強してね」
十与「はい。私、在日外国人の人を支援する
お仕事があるって知りませんでした。素敵
なお仕事ですね」
吉沢「いやー、全然素敵じゃないですよ。辛
いことばっかりよ」
十与「すみません‥」
吉沢「いやいや、ありがとうね。自分でもい
い仕事をしよるんじゃないかって勘違いし
そうになるんですよ。そうするとね、ガツ
ンと神様にやられるんだよね。中途半端な
正義感なら無い方がいいって。理想だけじ
ゃダメなんだよね‥」
十与「‥でもいて貰わないと困る人も多い気
がします。私もいつかそんなことが出来た
らいいなって漠然とだけどそう思いました」
-153-
吉沢「悲しいことばっかりに直面するよ。ど
うにも出来ないことばっかりよ。私は自分
の娘には勧めないな」
十与「‥」
吉沢「相手の人生の片方の柱を持つような重
いことだからね‥私は恥ずかしながら使命
感とかは無くてね、自分の思っていること
をやっていってたらいつの間にかここにい
たような感じで‥」
十与「意外です‥私は使命感を感じてやって
らっしゃるのかと思いました」
吉沢「いや‥いつもね、この問題が片付いた
ら止めようって思って、でも解決しないう
ちにまた次の問題が起こって、今度こそこ
の問題が何とかなったら止めれるって、そ
う思いながら毎日来てるんだよね‥誰かが
やらんと駄目だとは思ってるんだけどね。
それが私なのかは今でも分からない‥」
十与「‥」
吉沢「ごめんなさいね‥あ、勿論時々良いこ
-154-
ともありますよ。そんな時は本当に嬉しい」
十与「そうですか」
吉沢「うん、嬉しいね」
噛みしめるように微笑む吉沢。
つられて微笑む十与。
十与「‥何か私でも出来ることがあったら手
伝わせて貰えませんか?」
吉沢「本当に?」
十与「お願いします」
吉沢「いえいえ、嬉しいな。こちらこそ」
ミラー越しに頭を下げる十与と吉沢。
○昭和大学・講義室(朝)
授業を受けている十与、熱心にノート
をとっている。
○富士樹海の中・地下の洞窟
洞窟の中を歩いているトドク、入口へ
着く。
入口を塞いでいる蔦を手でどけると光
-155-
が差し込んで来る。
○昭和公園内(夕)
学校帰りの十与が公園に入ってくる。
ブランコに座っていたアイネ、十与が
入って来たことに気付き近づいてくる。
アイネ「お姉ちゃん」
十与「アイネちゃん!」
アイネ「お父さん、戻って来れたの」
十与「本当?!良かったね!」
アイネ「うん!それとお母さんもお仕事行け
るようになった。深琴ちゃんのお母さんが
ね、毎日送り迎えしてくれてる」
十与「そうなんだ。良かった」
アイネ「うん、お母さんもお父さん帰ってき
たら何か少し元気になったみたい」
十与「そっかー、良かったね。お母さん不安
だったんだろうね‥頑張ってらしたんだね」
アイネ「うん、私もそう思う」
歩き出す十与とアイネ。
-156-
○大学と公園の間の公園側の道路(夕)
手を繋いで歩いている十与とアイネ。
十与「アイネちゃんも頑張ったね」
アイネ「ううん‥」
十与「私も何か分かんないけど‥色んなこと
知りたいと思う。せっかく生まれてきたん
だから、この人生の内に一つでも多く何か
掴みたいって思う。ずっとぼんやり大学に
通ってたけど、ようやくもっと勉強したい
って思えるようになったんだ」
アイネ「‥夢?」
十与「そっか‥これが夢か‥」
○大学と公園の間の大学側の道路(夕)
大学の脇の歩道を歩いているトドク。
反対側の公園の脇の歩道を十与とアイ
ネが手を繋ぎ歩く後ろ姿が見える。
トドクの声「おーい!善行地十与!気付け
ー!」
アイネと話している十与、角を曲がり
-157-
見えなくなる。
トドクの声「こっちに気持ちが向いてないん
だから、聞こえる訳ないか‥」
再び歩き出すトドク。
○昭和大学・門の前(夕)
トドク、大学へと入っていく。
○団地・横の道路(夕)
深夏の車が止まり、深夏が降りてきて
ルースの体を支えながら二人歩いてい
る。
十与とアイネが、そこへ歩いてくる。
アイネに気付くルースと深夏。
深夏「アイネちゃん‥こっちにおいで」
アイネ「あ、こんにちは!お帰りなさい」
ルースの傍へ駆け寄るアイネ。
十与、ルースと深夏に頭を下げる。
深夏「アイネちゃん、お家に入って」
アイネ「‥どうしたんですか?」
-158-
ルース「リカルドが待ってるから‥」
アイネ「分かった。ありがとうございました」
深夏に頭を下げるアイネ。
アイネ「お姉ちゃんまたね」
十与「うん、またね」
アイネ、ルースの体を支えながらアパ
ートの方へ歩いて行く。
深夏、十与の元へ近づく。
深夏「すみません‥今、会社であなた方親子
のことが噂になってます。あなたのお父さ
んが会社に恨みを持ってて、何か会社にし
ようとして近づいて来てるんじゃないかっ
て言う人がいて‥」
十与「そんなこと少しも思ってません‥父は
自分のしたことにずっと苦しんでます」
深夏「ごめんなさい‥でもあの事件から本当
に会社全体で皆で乗り越えてやっとここま
できたんです。世間からもああ、あの会社
ってずっと言われながら来たんです。あな
たのお父さんが辞めた後も‥」
-159-
十与「‥」
深夏「ルースさんのことは本当に有難く思っ
ているし、あなたを悪い人だとは思ってま
せん。でもこのままあなたと仲良くしてい
ることはルースさんにとって良くなくて‥
職場の人達からも付き合わない方がいいっ
て言われて小さくなってて、可哀想で‥」
十与「…すみません」
深夏「‥嫌なこと言ってしまって‥」
涙声になる深夏。
頭を下げ、急いでその場を離れる十与。
○昭和大学・阿世准教授の部屋(夕)
一人、机の上のパソコンに向かってい
る阿世。ノックの音。
阿世「どうぞ」
ドアが開き、トドクが入ってくる。
パソコンに向かったまま、ちらりとト
ドクを見る阿世。
阿世「ああ…何?と言っても話せないんだっ
-160-
け」
トドク、リュックからノートを取り出
してマジックで書き込み、パソコン画
面の前に差し出す。
『あんたに聞きたいことがある』
阿世「大学に入る方法?」
驚くトドク。
阿世「教える訳ないだろ。どれだけ苦労した
と思ってるんだ」
ノートを手で払いのける阿世。
落ちたノートを拾うトドク。
阿世「ケケレヤツ、出ない方がいいぞ‥駄目
になった奴の方がずっと多い。帰りたくて
帰りたくて‥でも帰れなくて、樹海でさ迷
ったまま音信不通になった奴もいる。あの
心と心で繋がれたケケレヤツで過ごしてき
た人間が、外の世界で生きていくのは過酷
だ。南国育ちのやつが薄着で北極に放り出
されるようなものだ」
トドク、ノートに書き込む。
-161-
『あんたは何がしたいんだ?』
阿世「そうだな‥事業でも起ち上げようかな。
世の中を変えたいなら政治家になるよりも
経済を変えた方が早そうだしな」
ページをめくって書き込むトドク。
『世の中を変えたいのか?』
阿世「別に退屈だからな‥お前は?」
書き込んだノートを見せるトドク。
『森を元に戻したい。地球に自然を返
したい』
阿世「環境問題か?」
再びノートに書き込むトドク。
トドクの声「高度経済成長期時代の人達は、
環境破壊の事を考えなかったのかってずっ
と思ってきた」
阿世「‥まあ当然の選択だろ」
ページをめくり見せるトドク。
トドクの声「でもあの時代、海外に追いつく
為に必死で頑張ってくれた人達が今の豊か
な日本を作ってくれた。お蔭で今、毎日お
-162-
腹いっぱい食べれるようになった。それを
間違ってたとは思いたくない」
阿世「‥で?」
書き込んだノートを見せるトドク。
トドクの声「今、環境が破壊されつつあるけ
ど、それは次の世代の俺達に残された問題
なんだと思ったんだ」
阿世「どこまでもあまいんだな…」
トドク、阿世のパソコンのキーボード
を使い、打ち込む。
画面に『退屈してるあんたに言われた
くない』の文字。
阿世「‥じゃあ退屈凌ぎにその能力を研究さ
せて貰うっていうのもいいかもな」
阿世、立ち上がりドアの前に立ちふさ
がる。
後ずさりするトドク、窓を確認する。
窓へ駆け寄るトドク、外へ出ようと窓
の鍵を開ける。
近づいてくる阿世を目掛けて近くにあ
-163-
った観葉植物が突然倒れる。
阿世「うわっ!」
植木鉢の割れる音。
その隙に窓を開けるトドクの洋服を、
立ち上がった阿世が掴む。
阿世「外には色んな世界が広がってるなんて
幻想だ。外に出たって何も変えることなん
て出来ない。だったらあそこにいてあの温
もりの中に身を捧げた方がどれだけ幸せか
‥」
トドクが窓を開けると急に突風が部屋
の中へ入ってきて、本棚から本がこぼ
れ落ちる。思わず手を離す阿世。
阿世「お前一人出てきたところで何も変わら
ない。ビクともしない」
強風が吹きつける中、阿世を睨むトド
ク。
トドク、窓枠を飛び越え外へと走り去
って行く。
静かに風が止み、阿世が窓の外を見る
-164-
と走っていくトドクの後ろ姿が見えて
いる。
阿世「出ない方がいい‥こんな所来なくてい
い‥」
トドクの姿が見えなくなる。
○住宅街の中の道(宵の口)
日が沈み暗くなりかけた住宅街の中の
道を一人トボトボと歩いているトドク
。
○コーポ富士見・十与の部屋・リビング(夜)
灯りが点いていない暗い部屋にテレビ
の光だけが点いている。
テレビの光でコタツで一人、オセロを
している十与。高校の緑のジャージ姿。
ぼんやりとしながらただオセロをして
いる。
○コーポ富士見の前の道路(夜)
-165-
灯りが消えている階の右角にある十与
の部屋の窓を見上げているトドク。
ポケットから1枚のオセロのコマを取
り出し見つめる。
トドクの声「あいつオセロ弱かったな‥」
○コーポ富士見・十与の部屋(夜)
白黒半分くらいのオセロ板、最後の板
面。
十与「あれ?1枚足りない‥」
コタツ布団をめくって探す十与。
十与「あの時までは有ったのに‥」
(フラッシュ)オセロに大敗している十与と
呆れ気味のトドク。
コタツの上のオセロ板を眺め、ため息
をつく十与。
するとトドクの声が聞こえる。
トドクの声「あいつオセロ弱かったな‥」
十与「‥‥え?」
十与、辺りを見回す。
-166-
十与「‥トドク君?」
十与立ち上がり、窓を開けて外を見る
が誰もいない道路。
十与「…」
十与、駆け足で部屋を出ていく。
○富士見駅・改札前(夜)
ジャージ姿のまま駆けつける十与。
人混みの中に青色のチェックのコート
を着たトドクを見つける。
十与「トドク君!」
気付かないトドク。走る十与。
十与「善行地トドクー!18歳!」
周りの人に奇妙な目で見られる十与。
気付かず改札の中に入っていくトドク。
十与「ああ‥そうだ」
十与、手に持っている鍵のキーホルダ
ーの中からお札を取り出す。
十与「お財布忘れたときの為にお金入れとい
たんだった」
-167-
小さく折り畳まれた二千円を広げる。
十与「日頃の駄目さが役に立ったな‥」
辺りを見回し切符の販売機を見つける。
○同・電車内(夜)
ドアから電車に乗りこむトドク。
車内アナウンス「5分間停車いたします」
開いたドアからホームの方をぼんやり
見ているトドク。
ホームを十与が走って通り過ぎていく。
○同・ホーム(夜)
驚いて電車のドアから顔を出し十与の
姿を確認するトドク。
十与が電車の中を見ながら走っている。
トドクの声「善行地十与!」
トドクの声が届き、振り向く十与。
トドクが電車のドアから身を乗り出し
ているのが見える。
ホッとする十与、ベルが鳴り慌てて電
-168-
車に乗る。動き出す電車。
○同・電車内(夜)
トドクの車両に十与が歩いてくる。
ドアの近くに立っているトドク。
トドクの声「何かすごい色だな」
十与、自分が高校の緑のジャージ姿な
のに気付く。
十与「あ‥」
トドク、コートを脱ぎ十与に掛ける。
十与「いいよ、大丈夫」
トドクの声「それ大丈夫じゃないでしょ」
周りの人の視線に気づく十与。
十与「すみません‥」
コートの袖を掴み突然ボロボロと泣き
出す十与。
トドクの声「どうした?!」
十与「ううん‥何か人の優しさって本当に温
かいんだなって思って‥」
トドクの声「‥何かあったの?さっきあの子
-169-
と大学の横の道歩いてただろ?」
十与「え?あそこにいたの?何で声かけてく
れなかったの?」
トドクの声「かけたけど気付かれなかった。
思いがお互いに向かってないと届かないん
だよ」
十与「そうなんだ‥あ、トドク君さっき、私
の事オセロ下手だったって思ったでしょ?」
トドクの声「‥え?うん思った‥」
十与「聞こえて来たんだよ。だから追いかけ
て来たの」
トドクの声「家にいたのか?電気がついてな
かったからいないのかと思った‥」
十与「あ‥そっか‥」
トドクの声「でも良かった‥」
十与「うん。‥それとね私、こないだ思い出
したんだけど‥小学生の時に、声が聞こえ
たことがあるんだ」
トドクの声「‥どういうこと?」
-170-
○(回想)善行地家・二階住宅部・リビング
ドアからランドセルを背負った十与
(10)が入って来る。誰もいないリ
ビング。
十与の声「ある日家に帰ったらお父さんとお
母さんがいなくて、何でかその時他の部屋
を見なくても二人がいないことが分かって
‥瞬間的にあっ、きっと香ちゃんちだって
思ったの。家族ぐるみで仲良しでいつも行
き来してたから」
トドクの声「‥うん」
リビングの入口でぼんやりと立ち尽く
す十与。
十与の声「そしたら次の瞬間、お母さんの声
で『十与ももう帰って来たかな』って聞こ
えて、お父さんが『うん』って答えるその
会話が部屋の中に聞こえてきたんだよ」
トドクの声「‥え?」
十与の声「声が聞こえて来たのに少しも怖く
なくて、会話の内容からやっぱり香ちゃん
-171-
ちだなって思ってそのまま向かったの。
普通にドアから出て行く十与。
○(回想)道路
考えことをしながら走って行く十与。
十与の声「あれ?今声が聞こえた‥何だろう
これ‥すごい、すごいって思いながらドキ
ドキしながら走って‥」
○(回想)香ちゃんち・玄関の前
インターホンを押している十与。
十与の声「それで香ちゃんちに行ってみたら
‥」
○(回想)同・リビング
テーブルを囲みお茶を飲みながら談笑
している千鶴と哲郎、香と香の両親。
十与の声「やっぱりお父さんとお母さんがい
て、それで声が聞こえて来たって話をした
の」
-172-
話しをしている十与と驚いている千鶴。
十与の声「そしたらお母さんが『うん、さっ
き二人で同じこと喋った』って言ってくれ
て、それで私が家の中に聞こえてきたって
言ったら『すごい』ってお母さんは言った
んだけど」
笑っている哲郎。
十与の声「お父さんは『どこかで聞いてたん
だろ。そんなことある訳ない』って信じて
くれなくって‥」
トドクの声「うん‥」
少し寂しそうな十与。静かにほほ笑む
千鶴、十与の頬を撫でる。
十与の声「その瞬間お母さんの気持ちが変わ
ったのが分かったんだよ。お母さんの気持
ちがお父さんと同じになったの。そっか世
の中では、本当のことが本当な訳じゃない
んだなって思ったんだよ。一人でも多くの
人が本当って思うことが本当になるんだっ
て」
-173-
トドクの声「うん‥」
○電車内(夜)
窓の外を見ながら話をしている十与と
話を聞いているトドク。
十与「でも嘘じゃない。あの時の光景を今で
もはっきり覚えてる。部屋の中の家具の配
置も、エコーがかかったような二人の声も、
走っていった時のドキドキも、伝えようと
必死に話したのも、信じて貰えなかった時
の落胆も」
トドクの声「うん、信じるよ」
十与「ホント?じゃあ‥今のところ二対二だ
ね」
トドクの声「でも信じれなかった気持ちもわ
かるけど‥」
十与「うん‥私も逆だったら絶対信じない」
トドクの声「‥はは」
十与「でもそっか‥確かにあの瞬間お互いに
思い合ったから聞こえたのかもしれない‥」
-174-
トドクの声「うん」
電車の窓から遠くに見える富士山のシ
ルエットを眺める十与とトドク。
○花舞駅前ロータリー・バス停(夜)
バス停『富士神原樹海方面・花舞駅前』
時刻表を見ているトドク。
トドクの声「あと30分ある‥」
十与「‥折角だから見送るよ。そうだ、公園
で待ってる?」
トドクの声「‥大丈夫?遅くならない?」
十与「バイトより早い時間だし全然平気‥あ
の公園久しぶりだな‥」
トドクの声「そうだったな‥」
少しむくれる十与に笑うトドク。
十与「コーヒー買って来るね。言ったっけ?
あのコンビニ、ウチのお父さんのお店なん
だよ」
トドクの声「え?そうなのか?俺前に行った
時、低い声の人がいて一瞬驚いた‥」
-175-
十与「そう、その人!」
笑うトドク。
○善行地家・一階コンビニ・店内(夜)
ドアが開き、十与が入ってくる。
レジに立っている哲郎。
哲郎「いらっしゃいませ‥あれ?どうした?
今日バイトの日じゃないだろ?」
十与「うん。近くに来たから寄っただけなの」
十与、温かい飲み物の前に立つ。
哲郎「そっか‥丁度良かった‥」
十与の後ろに立つ哲郎。
哲郎「十与‥」
振り向く十与。
哲郎「実はこの店、やめようと思ってるんだ
‥」
十与「え?何で?だって‥どうするの?」
哲郎「もしかしたらお店はこのまま他の人に
やってもらうかもしれないけど‥俺、東岡
電機に勤めようと思ってる‥」
-176-
十与「え?!そんなの駄目だよ!」
哲郎「‥何でだよ?」
十与「だって‥苦労するよ、きっと‥絶対今
の方が良いよ」
哲郎「うん‥分かってるけど、そうしたいん
だ」
十与「私はやめた方が良いと思う」
十与、コーヒーを二本取りレジに向か
う。
レジに入る哲郎。
哲郎「‥誰かと一緒なのか?」
十与「友達の分‥」
コーヒーをレジに通す。
哲郎「‥女の子?」
十与「‥いや、男の子だけど‥」
哲郎「‥そうか」
十与、お金を払ってコーヒーを手に取
る。
十与「じゃあ‥また来るね」
哲郎「うん‥」
-177-
十与、入口から出て行く。
哲郎「男の子か‥そうか‥そうだよな、大学
生だもんな‥そんなこともあるよな‥でも
友達だって言ってたしな‥でも男の子か‥
そうか‥」
肩を落としため息をつく哲郎。
○駅前公園・ベンチ(夜)
ベンチに座っているトドクの前に座る
十与、コーヒーを渡す。
トドクの声「あ、ありがとう‥」
十与「…お父さん、東岡電機に戻るって言っ
てた‥」
トドクの声「え?あの‥こないだ行ったと
こ?」
十与「うん‥やめた方が良いよね?だって無
理だよ、そんなの‥」
トドクの声「‥どうかな。お父さんだって全
部考えてのことだろうし‥そうしたいって
自分で思われたってことなんじゃないの?」
-178-
十与「何で?何でそうしたいのか全然分から
ない」
トドクの声「俺もよく分からないけど‥忘れ
てないのに忘れたようにこの先もずっと生
きていくって、結構他の人が想像するより
本人はずっと辛いのかもしれない‥」
十与「だけど実際会社に戻ったら、周りの人
達全員が敵みたいなものなんだよ。その方
が絶対辛いよ」
トドクの声「そうかもしれないけど‥それで
も自分が納得出来る辛さの方が耐えられる
んじゃないのかな‥」
十与「‥そうしないとお父さんは納得出来な
いままで生きてかなきゃいけないってこと
になるのかな」
トドクの声「…心と体が別々みたいな、違和
感みたいな‥そんな感じなのかな‥でも本
当にその人にしかきっと分からないんだろ
うね‥ごめん、勝手なこと言って‥」
十与「ううん、ありがとう‥」
-179-
コーヒーを開ける十与。
十与「‥気になってたんだけど、トドク君は
二十歳になったらどうするか決めてるの?」
トドクの声「いや‥」
十与「そっか‥」
コーヒーを飲む十与。
トドクの声「だけど‥何でお前にだけ聞こえ
るんだろうな‥」
十与「うん‥本当にそうだね‥」
バスの音が聞こえる。
十与「あ、あのバスじゃない?」
時計を見るトドク。
トドクの声「あと五分だ‥」
急いでコーヒーを飲み干すトドクと十
与。
トドクの声「‥例えば人との出会いの中で離
れてしまったとしても、それで人は成長出
来るって出会いに意味はあるって言うけど
、成長する為に出会うなんて寂し過ぎる気
がして、でもそう思わないとやり切れない
-180-
こともあるのかなって思って‥」
十与「それが私が声が聞こえることとどう関
係があるの?」
立ち上がるトドク。
トドクの声「やばい、行かないと‥」
立ち上がる十与。
十与「ねえ‥そういえば、トドク君は今日学
校に行ったの?阿世先生に会ったの?」
トドクの声「うん会ったよ‥」
十与の空き缶を受け取り、ゴミ箱へと
走るトドク。
十与「‥」
後に続く十与。
○花舞駅前ロータリー・バス停(夜)
『花舞駅→富士神原樹海入口』とプレ
ートに表示されたバスが止まっている。
4・5人並んでいるバス停。その一番
後ろにトドクが立つ。トドクの後ろに
進む十与。振り返るトドク。
-181-
トドクの声「じゃ‥気を付けて」
十与「うん‥大丈夫?何かあった?」
トドクの声「頑張れよ。‥これから色んなこ
とあるかもしれないけど、お前らしくぶつ
かっていけばきっと大丈夫だから」
十与「‥また来るよね?」
少し微笑んでバスに乗りこむトドク。
席へと進み窓から手を振るトドク。
窓の下へと歩いて行く十与。
十与「そうだ。アイネちゃんのお父さん戻っ
て来たんだよ」
トドクの声「そうか‥良かった。やっぱりお
前はそのまま進めばいいと思う。祈ってる」
十与「‥」
少し心配そうに怒ったようにトドクを
見る十与。
バスが出発する。
十与「‥何それ」
遠ざかっていくバスを見ている十与。
-182-
○コーポ富士見・十与の部屋・リビング(朝)
窓から朝日が差している。
ベッドに寝ている十与、じっと考えて
いる。
壁にトドクに借りたコートが掛かって
いる。
○富士望駅前・アーケード通り(夜)
車道を自転車に乗った十与が走ってい
る。
離れた所にアイネとリカルドが並んで
歩いて来ているのが見える。
慌てて角を曲がり身を隠す十与。
アイネとリカルドが二人で駅へと向か
っていく。
十与「‥」
二人に気づかれないようにずっと後ろ
を自転車を押しながら歩いて行く十与。
時々、十与を探すように辺りを見回し
ているアイネとリカルド。
-183-
○富士望駅・北口前広場(夜)
寂しそうにベンチに座っているアイネ
とリカルド。建物に隠れて二人を見守
っている十与。
リカルドとアイネの前に警察官が立つ
。
警察官「二人?ここで何してるの?」
アイネ「あ‥えっと‥」
言葉に詰まるアイネの前に立つリカル
ド。
リカルド「何?」
警察官「僕はいくつ?」
リカルド「6歳」
警察官「どこから来たの?住所言える?」
リカルド「住所?‥」
アイネ「‥富士望市」
リカルド「僕、電話番号言えるよ。080-
1212-3434」
警察官を睨むリカルド。
-184-
急いで二人の元へ駆け寄る十与。
十与「ごめんね。トイレ混んでたんだ」
アイネ「お姉ちゃん」
リカルド「お姉ちゃん!」
十与、リカルドを抱きしめる。
警察官「お姉さん?」
十与「いえ、近所の子でお母さんが帰ってく
るまでいつもここで一緒に待ってるんです
」
警察官「そう。目を離さないように気を付け
て下さいね」
十与「はい。すみません‥」
去っていく警察官。
リカルド「お姉ちゃん、ずっと探してたんだ
よ」
十与「‥ごめんね」
少し涙目のアイネ。
十与「大丈夫?怖かったね。ごめんね‥」
リカルド、涙をこらえてアイネの頭を
撫でる。
-185-
リカルド「大丈夫?」
頷くアイネ。
十与、二人の様子に微笑む。
アイネ、ポケットから小さな袋を出し、
十与に渡す。
アイネ「今日家庭科でクッキー作ったの。先
生が感謝している人に渡しなさいって言っ
てたからお姉ちゃんに渡したいと思って‥」
十与「‥ありがとう。嬉しい‥」
袋を受け取る十与。
アイネ「お母さんもそうしなさいって言って
くれたの。‥ごめんね」
十与「何で?すごく嬉しいよ」
アイネ「良かった‥話してくれなかったらど
うしようってちょっと怖かったの‥」
十与「私も‥」
アイネ「良かった‥」
十与「‥ありがとう。本当にありがとう‥」
十与を見上げてにっこり笑うリカルド。
リカルドの頭を撫でる十与。
-186-
× × ×
ベンチに座っているアイネとリカルド
と十与。
アイネ「‥こないだお姉ちゃんがうちに来て
くれて、オムライス一緒に食べるって聞い
た時ちょっと怖かったの‥遠慮して食べな
いって言われるかもしれないって思って‥」
十与「‥そっか」
アイネ「でもお姉ちゃんが、いいの?って嬉
しそうに言ってくれて本当に美味しそうに
食べてくれて、嬉しかった‥」
十与「‥私、アイネちゃんと話してると何か
自分が恥ずかしくなる。アイネちゃんの方
が大人で‥ああ、私何も知らないんだなっ
て思う‥」
アイネ「‥」
十与「でも時々はアイネちゃんも子供になっ
てね」
アイネの手をぎゅっと握る十与。
戸惑うように頷くアイネ。
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リカルド「お姉ちゃん、僕たちペルーに帰る
んだよ」
十与「え?そうなの?」
アイネ「来年、今住んでる団地が取り壊され
るんだって。お父さんのビザも切れるし‥
ペルーに帰ろうかって‥」
十与「そうなんだ‥アイネちゃん達は帰りた
いの?」
アイネ「友達と離れるのは嫌だけど、ペルー
にはお祖母ちゃん達もいるし‥それにお父
さんがあれからずっと元気がなくて、それ
がすごく心配で‥」
十与「そうか‥何かごめんね‥せっかく日本
に来てくれたのに‥」
アイネ「ううん、私日本大好きだよ。いっぱ
い勉強して、いつか日本の学校に来たいな
って思ってる」
十与「本当?嬉しいな。大人になったアイネ
ちゃんに会えるのすごく楽しみ」
アイネ「頑張る」
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十与「うん。でも寂しくなるな‥」
アイネ「お母さんの携帯からメールするよ」
十与「本当?」
アイネ「うん」
リカルド「あ、お母さんだ」
遠くからルースが歩いてくるのが見え
る。十与を見つけ頭を下げるルース。
立ち上がり会釈する十与。
○富士樹海の森・大きな岩から少し離れた空
き地
トドク、ノコギリで丸太を切っている。
ヒビクがトドクに近づいて来る。
足音に気付き振り向くトドク。
ヒビクの声「何作ってるの?」
じっとぼんやりとヒビクを見ているト
ドク。
ヒビクの声「‥トドク?どうした?トドク?」
驚いているヒビクに気づかないトドク。
トドクの声「ねえニイ‥ベビーベッド、そろ
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そろ準備しておこうと思ってるんだ」
ヒビクの声「ああ‥そっか‥ありがと」
ヒビク、切りたての板を手に取り鑢を
かける。
トドクの声「ううん。俺が楽しみにしてるか
ら」
トドク、再び丸太を切り始める。
ヒビクの声「‥昨日どうだった?何か答えに
繋がった?」
トドクの声「‥俺、自分は残る人間で絶対に
悩むことは無いと思ってた。外で生きてい
こうなんて考えたこともなかった‥でも最
近になって、何か自分にも出来るのかなっ
て思い始めてきて‥でも昨日、やっぱり外
に出て自分に出来る事なんて無いんじゃな
いかって思い直して、だったらここに残っ
た方が出来る事があるのかなって今は思っ
てる‥」
ヒビクの声「トドクは俺の方が外に合ってる
って言ってたけど、俺も始めはそう思って
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たけど、でもトドクの方が外に出て行くべ
き人間なんじゃないかって思うようになっ
てきたんだ‥」
切った丸太を拾うトドク。
トドクの声「それは違うでしょ。ニイは外向
きの人で、でもここに残っても力を発揮で
きる、オールラウンダーみたいな人だ」
ヒビクの声「そんなことないよ‥ムクナにヒ
ビクはトドクの前では絶対に兄だなって言
われた。確かに俺トドクには強いとこしか
見せてこなかったのかなって思って‥俺本
当は全然そうじゃないよ‥」
丸太の長さを切り揃えていくトドク。
トドクの声「‥俺にとってもニイは絶対に兄
さんだな‥だけど前に一度、出ることが怖
くなったって言ってくれたよ。驚いたけど
ニイに認められたみたいで嬉しかった」
ヒビクの声「そっか‥弱音はいてたな‥」
トドクの声「どんなことがあってもニイはニ
イだよ」
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ヒビクの声「うん‥だけどトドクは自分が思
ってるよりずっと皆に慕われてるんだよ。
何だろう‥何か憧れるっていうのかな‥外
でも輝けると俺は思う‥」
トドクの声「兄弟だからそう思ってくれるだ
けだよ‥実際外に出て何していいのかなん
て全然分かんないし‥俺はずっと残る準備
しかしてこなかったから‥」
同じ長さの丸太を何本も集めるトドク。
更に丸太を切り始める。
ヒビクの声「外に出てみて見えてくるものが
あるかもしれないよ」
トドクの声「でも無かったらどうしよう‥そ
の時の自分のことを思うと、残れば良かっ
たって思いそうで怖いんだ‥」
トドクの切った丸太を雑巾で乾拭きし、
更に鑢をかけるヒビク。
ヒビクの声「怖いってことはそれだけ現実と
して考えられてるってことなんだろうな‥
まあ、あと1年ゆっくり考えればいい。最
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後は自分の心が向かう方へ進むといいよ。
俺もそうしたから」
トドクの声「うん‥ありがとう」
丸太が切れ額の汗をぬぐうトドク。
○コーポ富士見・十与の部屋・洗面所(朝)
顔を洗っている十与。
携帯の鳴る音が聞こえる。
○同・リビング(朝)
コタツの上の携帯をとる十与。
画面に『吉沢さん』の文字。
十与「もしもし、はい。おはようございます。
はい‥え?‥本当ですか?」
電話口で驚いている十与。
○吉沢事務所・外観(夕)
雑居ビルの一階。ドアに『吉沢事務
所・外国人支援』の文字。
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○同・事務所内(夕)
書類に囲まれた狭い事務所内。隅っこ
に小さなテーブルと椅子が置かれてお
り、椅子の一つに座っている十与。
吉沢、机で忙しそうに電話で話してい
る。電話が終わり、十与に話しかける。
吉沢「ごめんなさいね、せっかく来てもらっ
たのに、ちょっとトラブルが起きてね‥こ
れから出掛けないといけなくなってしまっ
て‥」
机から書類を探している吉沢。
十与「いえ、大丈夫です。そちらを優先して
下さい」
吉沢「ありがとう。あ、あった。これ、電話
で話してた件です。もしやる気があるなら
連絡下さい。急な話で申し訳ないけど、先
方も急いでて。あなたが駄目なら、他の人
を探すか募集をかけようと思いよるんです
よ。でも、遠い国だし、ご両親もご心配だ
ろうからよく話してみてください」
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書類を渡す吉沢。
十与「はい‥分かりました」
『人材急募・ネパール・学習支援の補
助要員』と書かれた紙。
吉沢「じゃあ、私はこれで。連絡待ってます」
頭を下げ足早に出かけていく吉沢。
頭を下げる十与。
○善行地家・二階住宅部・キッチン(夜)
千鶴、チャーハンを作っている。
隣でお皿を拭いている十与、千鶴にお
皿を差し出す。
千鶴「すごい!何でわかったの?」
十与「それぐらい分かるよ」
千鶴「テレパシーだね」
チャーハンをお皿に盛る千鶴。
千鶴「‥十与覚えてないかもしれないけど、
小学生の頃、声が聞こえてきたって言った
ことがあるんだよ」
十与「え?覚えてるよ。香ちゃんちに行った
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時でしょ?」
千鶴「ほんとに?」
十与「うん。私もこないだ思い出したの」
引き出しからスプーンを取り出す十与。
鍋を洗っている千鶴。
千鶴「そう、香ちゃんちでさ‥あの時お母さ
ん言えなかったんだけど、実はお母さんも
子供の頃、風邪ひいて休んで家で寝てた時
に、教室で友達が話してる声が聞こえてき
たことがあったんだ‥」
十与「嘘?!」
○(回想)成田家・千鶴の部屋
小学生の頃の千鶴がお布団に寝ている。
千鶴の声「寝ながら今頃皆給食食べてるのか
なって思ってたら、友達の声でチーちゃん
今頃寝てるのかな?明日は来れるかなって
話声が聞こえてきたの」
驚いてお布団から上半身を起こす千鶴。
十与の声「‥うん」
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お布団までお粥を運んで来た成田ハコ
。
千鶴、ハコに勢い込んで話し始める。
お粥を置いて千鶴の両手を握り、真剣
な顔で首を横に振るハコ。
千鶴の声「でもそれをお祖母ちゃんに言った
ら、絶対に誰にも言っちゃ駄目よって口止
めされたんだよね。その様子が何だかいつ
もと違ってて何か怖く思って、ずっと誰に
も言えなかったの‥」
○善行地家・二階住居部・キッチン(夜)
チャーハンの入ったお皿を二つお盆に
乗せていく十与。
十与「‥そうだったんだ」
千鶴「あの時、嘘じゃないって言ってあげれ
なくてごめんね」
十与「ううん‥そっか‥」
千鶴「不思議なことってあるんだね」
十与「うん、あるんだね」
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十与、お皿をもう一つ出しチャーハン
をよそう。
千鶴「あ、駄目だよ。十与は自分ちで食べな
いとお父さんに怒られるよ」
十与「だって美味しそうなんだもん。お母さ
ん娘が大事じゃないの?」
千鶴「大事だけどお父さんの方が大事」
十与「気持ち悪い!‥だけど、それもいいの
かもね‥」
千鶴「そうでしょ?だって十与の人生のパー
トナーは私じゃないもん」
十与「‥親子って不思議だね‥子供の頃はお
母さんがいないと死んじゃうって思うくら
い自分の分身みたいに近い存在だったのに
‥いつからかそうじゃなくなってて‥」
千鶴「‥仕方ないよ。ちょっと寂しいけど嬉
しいことでもあるし‥自分もそうだったん
だろうし‥その繰り返しなんだよ、きっと
‥」
十与「うん‥」
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○同・ダイニング(夜)
テーブルで一緒にチャーハンを食べて
いる哲郎と千鶴と十与。
十与「‥あのね、私ネパールに行ってもいい
かな?」
千鶴「え?ネパール?」
哲郎「旅行?」
十与「ううん‥在日外国人の支援をしてる人
と偶然知り合って、その人が今ネパールで
手伝いをしてくれる人を探してるんだって
‥それで興味があるなら行ってみないかっ
て言って貰って‥2年くらいなんだけど、
その間学校休学することになるんだ。遠い
国だし、ご両親と相談してみてって言われ
て‥」
千鶴「すごい!行ってきたらいいじゃん!」
十与「‥ほんとに?」
千鶴「うん。若い内にいっぱい経験しといた
方がいいよ。すごくいいと思う。ねえ?」
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哲郎「あ、ああ‥それって一人で行くのか?」
十与「え?うん。でも向こうには日本人の人
が何人かいるみたい」
哲郎「ああ、そうか‥」
ホッとしたように呟く哲郎。
十与「何か意外‥止められるかと思った‥」
千鶴「止めないよ。十与の人生だもん」
十与「うん‥」
千鶴「‥実はね、お母さん達もここ引っ越そ
うと思ってるの」
十与「引っ越すの?」
千鶴「お祖母ちゃんがまた入院したらしくて
今回は長くなりそうで‥病院の付き添い美
佐さんだけに任せる訳にいかないし、まだ
玲君達も小さいしね‥」
十与「看病か‥大変だね‥」
千鶴「特に手伝うことがある訳じゃないんだ
けど‥娘の私の方がわがまま言いやすいと
思うし‥」
十与「うん、そうだね」
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