千鶴「それとね‥お父さんの仕事のこともあ
     って‥」
    十与「‥ああ」
    千鶴「お父さん、元々技術ばたけだし、いい
     んじゃないかなって私は思ってる‥」
    十与「‥決めたの?」
    哲郎「うん、決めた。‥たとえ会社の人達全
     員に責められたとしても仕方ない。そこま
     でを引き受けないときっと駄目なんだと思
     うんだ‥」
           -201-

    十与「そうなんだ‥そうしたらお父さん納得
     がいくのかな?」
    哲郎「分からない‥それでも自分がしたこと
     が無くなる訳じゃないから、それでも納得
     がいかないのかもしれない‥でも今よりは
     まだマシなんだ‥」
    十与「‥お母さんはお父さんが苦労するの見
     るの辛くないの?」
    千鶴「‥今の方がラクに暮らしていけるのか
     もしれないけど、お父さんがそう決めたん
           -201-

     なら応援しようと思う。きっと相当大変な
     んだろうけど、今よりその方がお父さんら
     しい気がする」
    十与「ふーん‥何か私には分からない二人の
     世界があるんだなって‥ちょっと羨ましい
     ような気もする‥」
    哲郎「俺、あの時会社を辞めて、本当は誰も
     知ってる人のいない遠い所に行こうと思っ
     てたけど、何か富士山が見えるところから
     離れられない気がして‥この土地で酒屋を
           -202-

     継いでコンビニ始めて、周りの人達に助け
     られて救われて‥でもずっと道がない所を
     歩いているようで、どこに向かっているの
     か分からなくて、ただ毎日をやり過ごして
     た‥」
    (フラッシュ)コンビニで商品整理をしてい
     る哲郎。ふと人に話しかけられる哲郎。
    哲郎「‥人と会うのがずっと怖くて、どうし
     てもずっと慣れなくて‥ふと、これから先
     もこれが毎日続くのかと思うと何か急に耐
           -202-

     えられる気がしなくなったんだ‥」
    十与「うん‥分かった‥ごめん、分かったよ
     ‥」
    千鶴「ね?カッコイイでしょ?」
       鼻をすすりながらチャーハンを食べて
       いる十与。
    十与「うん。そうだね」
    哲郎「いや違う‥カッコ悪い話なんだ‥十与
     は親のカッコ悪い所見たくないかもしれな
     いけど、俺は十与に俺のカッコ悪い所をし
           -203-

     っかり見て欲しいんだ。こうなりたくない
     って思われても仕方ない。俺は親だけど不
     完全な人間なんだ‥カッコ悪くて申し訳な
     いけど‥」
    十与「‥」
    千鶴「私はカッコいいと思ってるから。それ
     は譲れない」
    哲郎「‥はは」
       十与、空のお皿を持って立ち上がる。
    十与「おかわりしてこ‥」
           -203-

      
    〇同・キッチン(夜)
       フライパンからチャーハンをお皿につ
       いでいる十与。
    十与「何かいいな‥」
       仲良く話している哲郎と千鶴の姿を嬉
       しそうに眺める。
        
    〇同・ダイニング(夜)
    哲郎「コーヒーのこと聞いてみたか?」
    千鶴「コーヒー?」
           -204-

    哲郎「こないだ男の子と一緒だって言ってた
     って話しただろ?」
    千鶴「ああ、大丈夫大丈夫。妄想だよ」
    哲郎「妄想?だって実際にコーヒー二本買っ
     て行ったのに?」
    千鶴「だってこないだ妄想の中で好きな気持
     ちが伝わらないって悩んでたし、きっとそ
     うだよ」
    哲郎「‥それはそれで心配だな」
           -204-

       心配そうな哲郎。
        
    ○同・キッチン(夜)
       チャーハンを皿に山盛りによそい、フ
       ライパンを洗っている十与。
       哲郎が来る。
    哲郎「全部食うのか?」
    十与「あ、ごめん。お父さん半分あげるよ」
    哲郎「ああ‥」
       十与、自分のお皿から哲郎のお皿に半
           -205-

       分分ける。
    哲郎「関口君からお前が会社に来たらしいっ
     て聞いたんだ‥」
    十与「うん‥ごめんなさい。知ってる人があ
     の会社に勤めてて用事があって行ったの」
    哲郎「‥何か悪かったな‥俺のせいで嫌な思
     いしたんだろ?」
    十与「違うよ。あの時はお父さんが会社に戻
     るなんて思わなくて‥私こそ、私のせいで
     余計に行きづらくなったでしょ‥ごめんな
           -205-

     さい‥」
    哲郎「いや‥そんなことないよ。詳しい事情
     は分からないけど、十与のしたことを嬉し
     く思うよ」
    十与「‥私、お父さんの娘で本当に良かった
     から。誰がどんなことを言って来たって、
     その人の中のお父さんより私の中のお父さ
     んの方が本物に近いって思う」
    哲郎「‥」
    十与「どうしても辛かったら会社辞めてもい
           -206-

     いからね。私コンビニ大好きだから、そし
     たら頑張ってまた再開しよう」
    哲郎「‥そうだな」
       半分づつよそわれたチャーハン。
        
    ○富士樹海の森の中の地下にあるケケレヤ
      ツ・ムクナの住む家・居間(夕)
       ベッドに寝ているムクナ、陣痛に苦し
       んでいる。
       お湯を準備しているヒビク。
           -206-

       ドアの鈴の音が鳴る。
    トドクの声「ニイ、ミヤコさんが来てくれた」
           玄関へと向かうヒビク。
        
    ○同・玄関(夕)
       ヒビク、ドアを開けるとトドクの横に
       ミヤコ(37)とミヤギ(16)が立
       っている。
    ヒビクの声「すみません‥助かります」
    ミヤコの声「いえ、ムクナのお祖母ちゃんに
           -207-

     は本当にお世話になって‥私に出来ること
     があれば、是非」
    ヒビクの声「ありがとうございます」
    ミヤコの声「陣痛が始まってどれくらいです
     か?」
    ヒビクの声「一時間くらいです。どうぞ上が
     って下さい」
       中へと入っていくヒビクとミヤコ。
       玄関先で少し迷っているミヤギ。
    トドクの声「ミヤギも中へ入って」
           -207-

    ミヤギの声「私、何も出来ないから‥それに
     ちょっと怖い‥」
    トドクの声「‥ムクナも小さい頃からバアに
     ついて行ってたんだよ。最初は怖くて隠れ
     てたんだって」
    ミヤギの声「‥」
    トドクの声「ミヤギがいたら、ムクナも心強
     いと思うから行ってあげて」
    ミヤギの声「‥うん」
       中へと入っていくミヤギ。
           -208-

        
    ○善行地家・外観
       『今月末閉店』の大きな貼り紙がされ
       ている一階部分。
        
    ○同・一階コンビニ・店内
       商品補給をしている十与の後ろに立っ
       ている吉沢。
    吉沢「本当にこんな広い所使わせてもらって
     もいいの?」
           -208-

       商品補給をしながら話している十与。
    十与「はい。二階も人が住めるようになって
     いるので、要りようだったら宿泊施設とし
     ても使えるんじゃないかって言ってました」
    吉沢「有難い‥何かこんなことがあると報わ
     れる感じがするな。いつも嫌われ役をしな
     きゃいかんからね‥」
    十与「‥そうなんですか?」
    吉沢「日本で働いてる人達のことで雇い主さ
     んなんかと交渉したりね。私も嫌なことも
           -209-

     いっぱい言わんといかん。だからこんな親
     切にされると、何か慣れなくてね‥嬉しい
     ね‥」
       しみじみと話す吉沢。
       ふと、手にした缶コーヒーを見つめる。
        
    ○吉沢の車内 
       運転している吉沢の助手席に座ってい
       る十与。
    吉沢「今日はご両親にお会いできなくて残念
           -209-

     です。またお尋ねしますが、是非お礼を伝
     えておいてください」
    十与「分かりました」
    吉沢「ネパール行きのこと話されましたか?
     」
    十与「それがあっさり行って来なよって言わ
     れました」
    吉沢「すごい、素敵なご両親なんですね」
    十与「はい、感謝しています」
    吉沢「では、行かれますか?」
           -210-

    十与「‥もう少しだけ考えてもいいですか?
     」
    吉沢「分かりました」
    十与「すみません‥」
    吉沢「いえいえ‥こんなこと言って申し訳な
     いけど、行ったら絶対に後悔すると思って
     もらいたいんです」
    十与「そうなんですか?」
    吉沢「うん‥もう一度、ゼロ歳から始めるっ
     て思わないと、日本の常識なんて何の役に
           -210-

     も立たないから、自分を大人だと思って行
     くとコテンパンに叩きのめされます」
    十与「‥そんな、そんなこと言われたら行け
     なくなります」
    吉沢「うんうん、それでいい。傷つきに行く
     ようなものだから‥」
    十与「そうなんですか‥」
       窓の外の富士山を見ている十与。
        
    ○コーポ富士見・十与の部屋・リビング
           -211-

       『ネパール人材派遣』の資料に目を通
       している十与。
       ため息をつき、ハンガーにかかったト
       ドクのコートを眺める。
    十与「‥行ってみよう」
       十与、意を決したように立ち上がる。
        
    ○バス車内
       バスに乗り、外を眺めている十与。
       山の中の景色。
           -211-

        
    ○富士樹海・遊歩道入口(夕)
       十与、『神原樹海遊歩道』の地図の立
       て看板を見ている。
        
    ○同・遊歩道(夕)
       木々の生い茂る中を歩いて行く十与。
       夕日が差し込んでいる。
        
    ○富士樹海の森・大きな岩から少し離れた空
           -212-

      き地(夕)
       木に吊り下げたランプの下で作業をし
       ているトドク、ベビーベッドが出来上
       がる。
       ホッとため息をつくトドク、ふと周り
       を見回す。
       木々が風に揺れている。
    トドクの声「‥なんだろう。何か森がいつも
     と違う気がする‥」
       岩の方からヒビクが近づいて来るのに
           -212-

       気付くトドク。
    トドクの声「ムクナどう?」
    ヒビクの声「まだ、もう少しかかりそうだっ
     て‥ミヤコさんが今のうちに気分転換に外
     に出てきたらって言ってくれて‥」
    トドクの声「そっか‥もうすぐ丸一日だね‥」
    ヒビクの声「うん‥」
    トドクの声「あんなに苦しいんだね‥すごい
     ね‥」
    ヒビクの声「うん‥すごいな‥」
           -213-

    トドクの声「ニイ‥何か今日、森がいつもと
     違わない?」
       辺りを見回すヒビク。
    ヒビクの声「そうかな?‥俺にはいつもと同
     じように思えるけど‥」
    トドクの声「そっか‥気のせいかな‥もしか
     したらもうすぐ赤ちゃんが生まれるからか
     な?」
    ヒビクの声「そうなのかな?‥ベッド、出来
     たんだ」
           -213-

    トドクの声「うん。これから拭きあげて完成。
     間に合って良かった」
    ヒビクの声「ありがとう‥」
    トドクの声「運ぶの手伝って」
    ヒビクの声「うん」
       ベッドの両側を持ち運んで行くトドク
       とヒビク。
       トドク、怪訝そうに空を見上げる。
        
    ○富士樹海・遊歩道(宵の口)
           -214-

       日が落ちて急に暗くなってきた森。
       鳥たちの鳴き声の聞こえる中、懐中電
       灯を照らしながら歩いていく十与。
        
    ○富士樹海の森の中の地下にあるケケレヤ
      ツ・トドク達の住む家・キッチン(宵の
      口)
       おにぎりを作っているトドク。
        
    ○富士樹海・遊歩道折り返し地点(宵の口)
           -214-

       懐中電灯を持った十与が折り返し地点
       に辿り着く。
    十与「折り返しか‥」
       森の先を眺める十与。
    十与「外の人間は近づけないって言ってたも
     んな‥やっぱり無理なのかな‥」
       リュックから携帯を取り出す十与。
       GPS機能が働いていることを確認す
       る。
    十与「‥もっと奥へ行ってみよう」
           -215-

       十与、更に奥の森へと入る。
        
    ○富士樹海の森の中の地下にあるケケレヤ
     ツ・ムクナの住む家・玄関前(夜)
       トドク、鈴を鳴らしてドアを開ける。
        
    ○同・玄関(夜)
    トドクの声「ニイ、おにぎり持ってきた。こ
     こに置いておくね」
       トドク、玄関先におにぎりを置くとミ
           -215-

     ヤギが現れる。
    ミヤギの声「もうすぐ生まれるかもしれない
     って」
    トドクの声「ほんと?」
    ミヤギの声「うん」
    トドクの声「そっか‥頑張って」
    ミヤギの声「‥私、何も頑張れないよ」
    トドクの声「‥これからだよ」
    ミヤギの声「ほんと?」
    トドクの声「‥分かんないけど」
           -215-

    ミヤギの声「なにそれ」
       笑うミヤギにおにぎりの皿を渡すトド
       ク。
    トドクの声「頑張れ」
       頷くミヤギ。
        
    ○富士樹海・遊歩道(夜)
       懐中電灯を持って遊歩道を歩いている
       十与、立ち止まり遊歩道から外れた樹
       海の奥の方へと入っていく。
           -216-

        
    ○富士樹海の森・大きな岩(夜)
       大きな岩の上に座っているトドク。
    トドクの声「今七時くらいかな‥何してるか
     な‥」
       夜空の満月を見上げるトドク。
        
    ○富士樹海の中(夜)
       携帯のGPSを確認しながら歩いてい
       る十与。
           -217-

    十与「充電の減りが早いな‥もう少ししたら
     引き返さないと戻れなくなるかもしれない
     ‥」
       懐中電灯で前方を照らすが、只樹木が
       続いている。
        
    ○富士樹海の森・大きな岩(夜)
       ふと立ち上がり、周りの森を眺めるト
       ドク。
    トドクの声「やっぱり何かいつもと違う気が
           -217-

     する‥」
        
    ○富士樹海の中(夜)
       携帯の画面を見ながら、木々の中をひ
       たすら歩いている十与、立ち止まる。
    十与「‥駄目だ。もう戻らないと‥」
       充電が2パーセントになっている。
       十与、祈るように手を組み集中する。
    十与「トドク君‥届いて‥」
       鳥の鳴き声だけが聞こえている。
           -218-

       ため息をつく十与。
    十与「ダメか‥仕方ない‥」
       十与、踵を返し来た道を戻っていく。
       一度振り向くが、諦めたように道を戻
       っていく。
        
    ○富士樹海の森・大きな岩(夜)
       大きな岩の上に立っているトドク、深
       呼吸をして目を瞑る。
    トドクの声「‥どこにいる?俺の声届く?」
           -218-

        
    ○富士樹海の森(夜)
       携帯の画面を見ながら歩いている十与。
       充電が切れ、画面が暗くなる。
    十与「あ、切れた‥」
       少し不安げな十与、真っ直ぐ前を見る。
    十与「大丈夫。このまままっすぐ行けば着く」
       十与、携帯をリュックの脇のポケット
       に入れようとして誤って落としてしま
       う。ゴトンという音。
           -219-

    十与「あ、落としちゃった!やばい‥どこい
     ったかな?」
       十与、懐中電灯で辺りを探し始める。
       暫く探すと少し離れた所がキラリと光
       り、携帯が転がっているのを見つける。
       ホッとして携帯を拾う十与。
    十与「良かった」
       ふと辺りを見回すと方向が分からなく
       なっている。
    十与「あれ?‥どっちだっけ‥」
           -219-

       キョロキョロと辺りを見回す十与。
    十与「やばい‥分からなくなってる‥」
       呆然と立ち尽くす十与。
        
    ○富士樹海の森・大きな岩(夜)
       目を開けるトドク。
    トドクの声「届く訳ないか‥」
       トドク、ため息をつき岩の上に仰向け
       に寝転がる。
        
           -220-

    ○富士樹海の森(夜)
       呼吸が早くなっていく十与。
    十与「どうしよう‥」
       座り込んでしまう。
       暫くすると霧が立ち込めてくる。
        
    ○富士樹海の森・大きな岩(夜)
       寝転がっているトドク、霧に包まれる。
    トドクの声「霧だ‥」
       ふと上半身を起こすと西の空に白い虹
           -220-

       が掛かっている。
    トドクの声「あ‥霧虹」
       立ち上がるトドク。
    トドクの声「何だろう‥やっぱり何かがある
     気がする‥何だ?」
       深呼吸をして目を閉じる。
       ヒビクが霧の中、トドクに近づいてく
       る。
    トドクの声「あ、いた。トドク!生まれた!
     トドク!」
           -221-

       じっと集中するがため息をついて目を
       開けるトドク。
    トドクの声「分からない‥何なんだ‥」
    ヒビクの声「トドク‥聞こえてないのか?」
       不安げにトドクへ近づいてくるヒビク。
       トドク、息を大きく吸って霧虹に目を
       凝らす。
    トドクの声「駄目だ‥何なんだ‥気付け!」
       呼吸が荒くなり、神経が昂るトドク。
    トドク「ウワーーーー!」
           -221-

       叫び声が出るトドク。
       走って来たヒビクが後ろからトドクを
       抱きしめる。
    ヒビクの声「トドク!止めろ!」
        
    ○富士樹海の森(夜)
       蹲っている十与、ふと寒気がして顔を
       上げると周りに霧が立ち込めているの
       に気付く。
    十与「霧‥そういえば霧が立ち込めて近づい
           -222-

     て来る人を阻害するって言ってたっけ‥駄
     目だ、落ち着こう」
       十与、空を見上げると木々の間から夜
       空に白い虹が掛かっているのが見える。
    十与「あ‥白い虹だ‥」
       呆然と虹を眺めている十与、すっと立
       ち上がり手を組んで祈る。
        
    ○富士樹海の森・大きな岩(夜)
       トドク、自分の声に驚き、両手で喉元
           -222-

       を押さえる。トドクを抱きしめている
       ヒビク。
       霧虹が強い光を放ち、辺りが白く光る。
       思わず目を瞑るトドク。
    (フラッシュ)森の中で手を組んで祈ってい
     る十与の姿。
    トドクの声「あっ?!」
       驚くトドク。
        
    ○富士樹海の森(夜)
           -223-

       祈っている十与。辺りが白く光る。
    (フラッシュ)岩の上に立ってヒビクに抱き
     締められているトドクの姿。
    十与「えっ?!トドク君?」
       驚く十与。
        
    ○富士樹海の森・大きな岩(夜)
       目を瞑りテレパシーを送るトドク。
    トドクの声「もしかして近くにいるのか?‥
     大丈夫?しっかりして‥」
           -223-

        
    ○富士樹海の森(夜)
    十与「聞こえる‥トドク君だ‥」
       緊張していた十与の顔が明るくなる。
       再び目を閉じて祈る十与。
        
    ○富士樹海の森・大きな岩(夜)
       目を瞑りテレパシーを送るトドク。
    トドクの声「そこにいて。今から行く」
       ヒビクの腕をそっと外すトドク。
           -224-

    ヒビクの声「‥どうした?」
    トドクの声「行きたいところがあるんだ‥」
    ヒビクの声「駄目だ」
       ぎゅっとトドクの腕を掴むヒビク。
    トドクの声「大丈夫だから。すぐ戻って来る
     ‥」
    ヒビクの声「トドク、生まれたよ」
    トドクの声「本当?!‥おめでとう」
    ヒビクの声「女の子、もう可愛いんだよ」
    トドクの声「‥そっか、良かった」
           -224-

    ヒビクの声「うん‥こんなに幸せなことはな
     い‥」
    トドクの声「そうだね。ニイの幸せが嬉しい
     よ」
       首を横に振るヒビク。
    ヒビクの声「なのに不安で仕方ないんだよ‥
     」
    トドクの声「どうしたの?」
    ヒビクの声「さっき声が出ただろ?」
    トドクの声「うん‥」
           -225-

    ヒビクの声「誰かと話してるの?‥前に言っ
     てた人か?声が聞こえるっていう‥」
    トドクの声「‥うん、近くにいるから行って
     くる。すぐ戻って来るから」
    ヒビクの声「トドク、伝心が弱くなってるの
     気づいてる?時々俺の声が聞こえてない‥
     」
       戸惑うトドク。
    トドクの声「‥ニイ、これで最後だから‥も
     う外へは出ない」
           -225-

    ヒビクの声「トドクの伝心が弱くなったのは
     外に出たからだけじゃない。外の人間と接
     触し過ぎたんだと思う。今外の人間と会っ
     たらここへ戻って来れなくなるかもしれな
     い」
    トドクの声「それでも、今行かない訳にはい
     かないんだ」
    ヒビクの声「トドク‥もしこのまま戻ってこ
     れなくなったら、トドクもその人も不幸に
     なるよ。出て行くんなら準備を整えてから
           -226-

     じゃないと。落ち着いて、ちゃんと考えて
     」
       霧虹を見つめるトドク。
    トドクの声「‥分かった、そうだね。行くの
     は止める。けど伝心だけは送らせて‥」
       ヒビク、ゆっくり腕を離す。
       トドク、ヒビクから少し離れて目を瞑
       る。
    ヒビクの声「待って!トドク」
       ヒビクの方を振り返るトドク。
           -226-

    ヒビクの声「ごめん‥俺の勝手な憶測だけど
     、もしも今の状態で外の人に伝心を使えば
     ‥もしかすると‥」
       ヒビクの方を振り返るトドク。
    トドクの声「ニイの言う通りかもしれない‥
     でも、これだけは譲れない。ごめんニイ‥
     」
    ヒビクの声「無理だよ‥悪いけど頷いてはあ
     げられない‥」
    トドクの声「‥」
           -227-

    ヒビクの声「でも止めることもしてはいけな
     い気がする‥それが今俺が精一杯してあげ
     れることだと思う‥」
       立ち竦んだまま、じっとトドクを見つ
       めるヒビク。
       トドク、霧虹の方へ向き直る。
       トドク、息をつき目を瞑って集中する
       。
       森が風でざわめく。
    トドクの声「聞こえる?ごめん、俺行けない
           -227-

     けど、霧虹の方向に向かって進める?‥そ
     うすれば帰れるから。森がそう言ってる‥」
        
    ○富士樹海の森(夜)
       祈っている十与、目を開ける。
    十与「‥霧虹の方向?あれだ‥」
       十与、虹に向かって歩き始める。
    十与「分かった‥ありがとう」
       十与、振り返り東の空に霧の中でぼん
       やりと浮かんでいる月の方向を眺める。
           -228-

    十与「トドク君、私ネパールに行くよ。どん
     なことが待ってるか分からないけど、行っ
     てみる‥」
        
    ○富士樹海の森・ケケレヤツへの入り口にあ
     る目印の岩(夜)
       目を瞑りテレパシーを送り続けるトド
       ク。
    トドクの声「‥昔一度霧虹を見たことがある
     んだ。ジイが亡くなった日だった‥」
           -228-

       じっとトドクの姿を見ているヒビク。
        
    ○富士樹海の森(夜)
       虹の方向へまっすぐ歩いて行く十与。
    十与「‥うん、聞こえてる」
        
    ○富士樹海の森・ケケレヤツへの入り口にあ
     る目印の岩(夜)
       目を瞑りテレパシーを送るトドク。
    トドクの声「‥俺が12歳の時に母さんが病
           -229-

     気で亡くなって、死ぬほど悲しくて悲しく
     て‥だけどいくら悲しんでも母さんは帰っ
     てこないことも分かる年齢だった‥」
        
    〇(回想)富士樹海の森の中の地下にあるケ
     ケレヤツ・トドク達の住む家・トドクの部
     屋(夜)
       布団の中で一人泣いているトドク。
    トドクの声「母さんがいた日が昨日になって
     、一昨日になって、三日前になって‥母さ
           -229-

     んがいた日が遠くなっていけばいく程、悲
     しみの箱が一つ一つ上に積まれていくよう
     で苦しくて怖くて‥今日が何月何日なのか
     も分からなくて、教えられても全然頭に入
     ってこなくて‥」
        
    ○(回想)富士樹海の森の中の地下にあるケ
     ケレヤツ・トドク達の住む家・キッチン
     (朝)
       目玉焼きを焦がしているカガク(4
           -230-

       0)。
    トドクの声「最初に普通の生活を始めたのは
     父さんだった‥」
       カガクの横に立ち、不器用な手つきを
       見て笑っているヒビク(15)。
    トドクの声「俺らが悲しんでいたら父さんが
     壊れてしまいそうな気がして‥」
       ドアを開けて入ってくるトドク(12)
       にヒビクが気づき、笑って手招きする。
    トドクの声「父さんが俺らの為だけに一日を
           -230-

     過ごしてるようで‥」
       トドク、卵を割り砂糖と塩を混ぜ合わ
       せ、器用な手つきで卵焼きを作る。
    トドクの声「自分までいなくなる訳にはいか
     ないって言い聞かせているようなそんな感
     じに見えて、俺らはその時悲しみを封印し
     たんだ‥」
       拍手するカガクとヒビクに少し照れて
       いるトドク。
    トドクの声「俺とニイとの暗黙の了解だった
           -231-

     ‥そうじゃなきゃ一日を保てなかった‥不
     自然なほど誰もカアのことを話さなくて、
     思い出すことは不在を突きつけられるよう
     で‥そんなことに耐えられる筈もなかった」
       少し離れた所から三人の様子を目を細
       めて眺めているジイ(65)。
    トドクの声「ずっとずっと薄いガラスの上に
     いるような怖さの中で、俺らは必死に一日
     を繰り返し過ごしてた‥」
        
           -231-

    ○(回想)同・居間
       ベッドに横たわっているジイ(68)。
       ベッドの周りで泣き崩れるヒビク(1
       8)とトドク(15)。涙を流しなが
       ら二人の肩に手を置くカガク(43)。
    トドクの声「だけど3年後ジイが亡くなった
     時、俺達は思い切り泣いた‥もう悲しんで
     も大丈夫だっていう自信みたいな物が漸く
     持てたような気がしたんだ‥」
        
           -232-

    ○(回想)富士樹海の森・ケケレヤツから少
     し離れた場所(夜)
       霧が立ち込めるの中、座って花を手向
       けて祈っているトドク、ヒビク、カガ
       ク。立ち上がり振り向くと西の空に霧
       虹が掛かっている。
    トドクの声「それから父さんはケケレヤツに
     は医学が必要だって言って、北海道に住む
     知人の元へと出て行った。実際外の人達に
     比べてケケレヤツに住む人の寿命は極端に
           -232-

     短い。父さんは10年間思い切り勉強して
     戻って来るから、10年したら迎えに来て
     欲しいって皆に約束をして出て行ったんだ
     ‥伝心は消えるだろうから戻ってきても父
     さん一人だけは喋ることになるんだろうけ
     ど、それでも行くって言った‥」
       大きなリュックを背負い手を振って歩
       いていくトドク。大勢のケケレヤツの
       人々に見送られている。
    トドクの声「誰も止めなかった。進んだ医学
           -233-

     の技術があれば、母さんを救えていたかも
     しれないときっと父さんはずっと思ってい
     たんだって分かった。皆、父さんの悲しみ
     を共有していた。ケケレヤツの人達は皆そ
     うなんだ‥」
        
    ○富士樹海の森・大きな岩(夜)
       目を瞑りテレパシーを送るトドク。
       空にかかっている霧虹とざわざわと揺
       れている森。
           -233-

    トドクの声「‥俺も二十歳になったら外に出
     ようと思う。ずっと迷ってたけどやっぱり
     そうする。偶然お前に会って外の世界の人
     達に初めて触れて、外の世界に住む人達も
     俺達と同じように悩んだり苦しんだりして
     るんだなって分かった。俺、外に出ても何
     も出来ずに終わるんなら残った方が良いん
     じゃないかって思ってたけど、でも何も出
     来なかったとしても構わないと思う。今日
     漸く決心がついたよ」
           -234-

        
    ○富士樹海の森(夜)
       泣きながら歩いている十与、急に視界
       が開け道路に出る。
       霧虹が夜空に掛かっているのが綺麗に
       見えている。
    十与「すごい‥」
        
    ○富士樹海の森・大きな岩(夜)
       目を開けるトドク。
           -234-

    トドクの声「届いた気がする‥」
       大きく息を吐き、空の霧虹を見つめる
       トドク。振り返りヒビクの方へ歩み寄
       る。
    トドクの声「ニイ‥ごめん。もう大丈夫。帰
     ろう」
       トドクをじっと見つめているヒビクの
       顔が悲しそうに変わる。
    トドクの声「ニイ?‥」
       風がやみ鳥の声が響き始める。
           -235-

       ヒビクの手を取るトドク。
       涙が止まらないヒビク。
    トドクの声「ごめん、ニイ‥ごめん‥」
       ヒビクの手を胸に当て祈るトドク。
        
    〇富士樹海の森の中の地下にあるケケレヤ
     ツ・ムクナの住む家・表(夜)
       ケケレヤツの人々が大勢集まって赤ん
       坊の誕生を祝福している。
       その中心に赤ん坊を抱っこしたミヤギ
           -235-

       とその隣で椅子に座っているムクナ。
       ヒビクとトドクが歩いて来ているのに
       気づくムクナ。
    ムクナの声「トドク、どこ行ってたんだよ」
       人々が一斉にトドクとヒビクの方を振
       り向く。
       赤ちゃんに近づいてくるトドク。
    ムクナの声「さっきアクビしたよ。見て、ヒ
     ビクに似てない?」
       トドク、ミヤコの腕の中の赤ちゃんの
           -236-

       手を嬉しそうにそっと触る。
    ムクナの声「トドクも抱っこしてみてよ。首
     を支えれば大丈夫だから」
       ミヤコ、赤ちゃんをトドクに渡そうと
       する。驚いて慌てるトドク。
    ムクナの声「首を支えるんだよ。違う、首の
     下だよ‥トドク?‥どうした?」
       トドクをじっと見つめるムクナ。
       ムクナの視線に気づき、理解していな
       いように戸惑いながらムクナを見てい
           -236-

       るトドク。
    ムクナの声「まさか‥聞こえてないのか?」
       ムクナ、ふとトドクの後ろにいるヒビ
       クを見ると、ヒビクが小さく頷く。
    ムクナの声「嘘だろ?!何でだよ!」
       ムクナ椅子から立ち上がり、トドクの
       頭を抱きかかえる。
    ムクナの声「嫌だよ、トドク!」
       呆然としているトドク。
       少し離れた所で立ちつくし、涙を拭う
           -237-

       ヒビク。
        
    ○花舞駅前ロータリー・バス停(夕)
       タイトル『1年後』
       バス停に『富士神原樹海入口→花舞駅』
       とプレートに表示されたバスが止まる。
       バスから降りてくるトドク(20)、
       雨が降っている空を見上げ、ビニール
       傘をさす。
        
           -237-

    ○外国人支援事務所・外観(夕)
       元善行地家だった二階建ての建物。吉
       沢が務める『外国人支援事務所・花舞
       支部』の文字がドアに書かれている。
        
    ○同・表(夕)
       ビニール傘を差したトドク、建物を眺
       めている。
       入口から吉沢(61)が出て来る。
    トドク「…」
           -238-

       道路を渡り駅方向へ歩いていく吉沢、
       道路に立っているトドクを怪訝そうに
       眺める。
    トドク「‥」
    吉沢「‥何か、ここに用事ですか?」
       首を横に振り、会釈をして引き返すト
       ドク。
    吉沢「…」
        
    ○電車・車内(夕)
           -238-

       トドク、電車の窓から富士山のシルエ
       ットを眺めている。
        
    ○コーポ富士見の前の道路(夜)
       元十与の住んでいた3階の右上の部屋。
       その部屋の窓を見上げているトドク。
       ポケットから小瓶に入ったオセロのコ
       マを取り出し見つめる。
       部屋の灯りが消える。
       トドク、緊張して待っていると入口か
           -239-

       ら知らないの女性が出て来る。
    トドク「‥」
       灯りの消えた窓をぼんやり眺めている
       トドク。
        
    ○アウトドア用品店・外観(夜)
       明かりが消えているお店。
        
    ○同・事務室(夜)
       綺麗に片付けられている事務所。
           -239-

       布団が敷かれたソファに横になり、天
       井を見上げているトドク。口を開けて
       言葉を発しようとするが、声が出ない。
       喉を手で押さえるトドク、汗をかいて
           ガバッと起き上がる。
        
    ○同・表(夜)
       静まり返った街。遠くに薄っすらと富
       士山のシルエットが見えているのを眺
       めているトドク。
           -240-

    トドクの声「ニイ‥やっぱり怖いね‥朝まで
     ケケレヤツにいたのが信じられないくらい
     遠い‥ニイ‥」
       富士山の上に月が掛かっている。
        
    ○同・事務所
       窓から日差しが差し込んでいる。
       伝票を見ながらパソコンにデータを入
       力しているトドク。
       ドアが開きシン(30)が入って来る
           -240-

       。パソコンの画面を覗くシン。
    シン「これで店の売り上げとか在庫の管理と
     かが出来るようになるのか?」
       頷くトドク。
    シン「‥さっぱり分からん」
       微笑むトドク。
    シン「でもトドクが来てくれて助かるよ。今
     度ウチでも小さな窯を作って炭造りしたい
     と思うんだ。教えてくれるかな?」
       嬉しそうに頷くトドク。
           -241-

    シン「声出す練習も少しづつやっていこうな
     ‥」
       トドクの表情が曇る
    シン「大丈夫だよ。そんな不安そうな顔する
     な」
       パソコン画面に文字を打つトドク。『
       シンはどれくらいかかったの?』
    シン「最初に声が出るまでは半年かかったけ
     ど、そこから言葉を話せるようになるのに
     はそんなにかからなかったよ。元々話せる
           -241-

     ように出来てるんだなって思った‥何かケ
     ケレヤツが否定されてるみたいで、悔しく
     も思ったけど‥」
       画面に『半年も‥俺耐えられるかな‥
       』の文字。
    シン「思い詰めると良くない。遠くを見ない
     でその日その日を努力していくといいよ」
       画面に『分かった。頑張るよ』の文字
           。
    シン「辛いときは辛いってちゃんと言ってな
           -242-

     。何も出来ないけど、分かってないってこ
     とを分かっていたいんだ‥それが一番難し
     いけど‥」
       画面に『うん。ありがとう』の文字。
    シン「俺、トドクが来てくれて嬉しいんだよ
     。本当に‥トドクが想像してるよりうんと
     嬉しいんだ」
       ふとシンを見上げるトドク。
        
    ○昭和公園・公園内
           -242-

       誰もいない公園に立っているトドク、
       ため息をつき歩いて行く。
        
    ○団地・アイネの住んでいたアパートの前
       取り壊し工事が行われている。
       じっと工事を見ているトドク。
        
    ○昭和大学・門
       門に『昭和大学』の文字。
       学生達が行き交っている。
           -243-

        
    ○同・学食
       大勢の学生達が昼食を食べている。
       テーブルの間を十与を探しながら歩い
       て行くトドク。
       隅の方で食事している矢内仁美(20)
       と向かいに座っている同級生に気付く。
       急いで近づいて行き、仁美の向かいの
       同級生を確認するが十与とは違うこと
       に気づくトドク。
           -243-

       驚く同級生。
    同級生「え?何ですか?」
       頭を下げ足早に立ち去るトドク。
    同級生「何だろう‥」
       怪訝そうにトドクの方を振り返る同級
       生。
       入口から出て行くトドク。
    仁美「‥どこかで見たことがある気がする。
     誰だっけ‥」
       仁美の携帯の音が鳴る。
           -244-

    仁美「あ、十与ちゃんからラインだ」
    同級生「ほんと?何だって?」
    仁美「すごい。すっかり現地人だよ。お祭り
     だったんだって」
       携帯の画面を見せる仁美。
       全身色のついた粉だらけになった十与
       と小学生くらいの女の子が写っている
       写真。
    同級生「ほんとだ。楽しそう。すごね、頑張
     ってるんだね」
           -244-

    仁美「うん、ほんとすごい」
    同級生「ネパールか‥考えられないな‥」
    仁美「うん、初め聞いた時は驚いた‥何か十
     与ちゃんあの頃急に変わったんだよね‥」
    同級生「へえ‥そうなんだ。どんな?」
    仁美「‥何か急に授業で発言したり」
    同級生「ああ、何か覚えてる‥阿世先生の授
     業じゃなかったっけ?」
       携帯を仁美に返す同級生。受け取り画
       面を眺める仁美。
           -245-

    仁美「あ、そうだ‥思い出した。あの時の十
     与ちゃんの従弟だ‥」
       立ち上がる仁美。
        
    ○同・学食・入口
       仁美、入口から廊下を見回すがトドク
       は見当たらない。
        
    ○同・中庭
       十与を探し歩いているトドク。
           -245-

       立ち止まり、空を見上げる。
    トドク「‥どこ?」
       自然に声が出たことに驚くトドク。
        
    ○国際大学・外観
       門に『国際大学』の文字。
       門の近くにクリスマスの飾りつけをさ
       れたもみの木が立っている。
    トドクN:あいつに出会えないまま一年九か
      月が経った。
           -246-

        
    ○同・大講義室
       阿世(43)の講義を受けている生徒
       の中にトドク(21)の姿。
       白板に『招待講師・昭和大学・人間環
       境学経済科・准教授阿世』の文字。
        
    ○同・廊下
       教室から出て歩いて行くトドク、肩を
       叩かれ振り向くと阿世が立っている。
           -246-

    阿世「ここにいたのか‥」
    トドク「‥お久しぶりです」
    阿世「良い声だな‥」
       頭を下げるトドク。
    阿世「‥大検受けれたんだな」
    トドク「はい、受験も出来て、春からここに
     通ってます」
    阿世「そうか‥良かったな‥」
    トドク「‥阿世先生にも協力して頂いたと聞
     きました。ありがとうございました」
           -247-

    阿世「いや‥自分もして貰ったことだ‥」
    トドク「はい‥」
    阿世「じゃ、頑張れよ‥」
       歩いて行く阿世。
    トドク「‥」
        
    ○紙漉駅・外観(夕)
       人が行き交っている大きな駅。
       霧雨が降っている。
        
           -247-

    ○紙漉駅ビル一階・本屋(夕)
       本を数冊選んでいるトドク。
       トドクの後ろで店員二人が棚の高い所
       の本を取ろうとしている。
    店員「届く?」
       ふと店員の方を見るトドク。
    トドク「取りましょうか?」
       トドク、本棚から本を取り店員に渡す。
    店員「ありがとうございます」
       トドク、ふと窓の外を見るとトドクの
           -248-

       青いチェックのコートを着た女性が歩
       いて行く。
    トドク「え‥」
       トドク、慌てて手に持っていた数冊の
       本を本棚に戻そうと元の場所を探す。
    トドク「えっと‥これどこだったっけ‥えっ
     と‥」
       バタバタと本を戻していくトドク。
        
    ○紙漉駅ビル一階・本屋・入口(夕)
           -248-

       入口からトドクが出てくる。
       霧雨の中、遠くにスーツケースを引い
       た青いチェックのコートを着た女性が
       傘を差さず歩いているのが見える。
       走り出すトドク。
        
    ○紙漉駅前道路(夕)
       女性に向かって走っていくトドク。
       バス停にバスが止まり、女性がスーツ
       ケースを抱えてバスに乗り込む。
           -249-

    トドク「すみませーん!」
       トドク、大声で叫ぶが周りの騒音にか
       き消される。
       女性を乗せたバスが発車する。
       息を切らしてバス停まで走って来たト
       ドク、バスが遠ざかっていくのを見て
       いる。
    トドク「駄目か‥」
       ぼんやりとバスを眺めているトドク。
    トドク「違う人かな‥いや、でもあのコート
           -249-

     は絶対そうだ‥バアが生地から作ってくれ
     た」
       トドク、バス停の時刻表を確認する。
       時計を見ると4時22分を差している。
       時刻表を追っていくと4時20分発が
       あることに気づく。
    トドク「これだ‥風立病院行き?‥次は40
     分発か‥バイトまでには何とか戻れるかな
     ‥」
       じっと時刻表を見つめるトドク。
           -250-

        
    ○バスの車内(夕)
       窓の外をじっと見ているトドク。
    トドク「途中で降りたかもしれないのに‥ア
     ホだな、俺‥」
        
    ○風立病院・外観(夕)
       海の近くの20床程の病院。
       雨が上がり、日が差している。
        
           -250-

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