○同・ロータリー(夕)
       バス停にバスが止まり、トドクが降り
       てくる。
        
    ○同・入口(夕)
       入口から入ってくるトドク。
       受付時間終了の看板が立っている。
    トドク「…」
        
    ○同・ロータリー・バス停(夕)
           -251-

       ベンチにぼうっと座っているトドク。
       空に虹がかかっているのに気づく。
    トドク「あ‥」
        
    ○同・病室(夕)
       十与(22)、ベッドに寝ている成田
       ハコ(75)の上半身を支えながら起
       こす。
    ハコ「ありがとう、十与ちゃん‥」
       十与、窓の外の虹に気づく。
           -251-

    十与「あ、お祖母ちゃん、虹が掛かってるよ」
       ハコ、窓の方を見る。
    ハコ「本当だ。十二月の虹なんて珍しいね‥」
       十与、窓へ近づく。
    十与「虹‥あの白い虹以来だな‥」
    トドクの声「あの時の霧虹綺麗だったな‥」
       ハッとする十与。
    十与「トドク君?」
       十与、病室の入口へ駆け寄り、廊下を
       探すが看護師さんの姿しかない。
           -252-

    十与「‥」
    ハコ「どうしたの?」
    十与「ううん‥」
       十与、窓へと戻り外を眺める。
       ロータリーの屋根で見えないバス停。
    十与「‥」
    ハコ「ああ‥消えそうだね‥」
       虹が薄くなっていく。
    十与「ほんとだ‥」
       消えていく虹を見ている十与。
           -252-

        
    ○同・ロータリー(夕)
       バスが入って来る。
       トドク、立ち上がる。
        
    ○居酒屋・店内(夜)
       大勢の客で賑わっている居酒屋。
       忙しく働いているトドク。
        
    ○富士見駅前のカフェ・店内
           -253-

       向かい合って食事している十与と矢内
       仁美(21)。
    仁美「‥本当に学校辞めるの?」
    十与「うん‥最初は復学出来るように二年間
     ってことにしてたんだけど、次の人が決ま
     らなくて‥私ももう少しいたいからってそ
     のままにしてたら結局三年経っちゃった」
    仁美「もう復学出来ないの?」
    十与「うん‥でも折角だから別のこと勉強し
     ようって思ってる」
           -253-

    仁美「そっか、やりたいことが見つかって良
     かったね」
    十与「うん。まだこれからだけど‥仁美ちゃ
     んも就職内定おめでとう」
    仁美「ありがとう。春からは社会人だよ」
    十与「田中君とことは近いの?」
    仁美「‥フラれたんだよ」
    十与「うそ?」
    仁美「えへへ‥」
    十与「何で?」
           -254-

    仁美「私ずっと十与ちゃんに隠してたことが
     あって‥本当は田中君地元に彼女がいるん
     だよ」
    十与「え?」
    仁美「それでもいいからって付き合って貰っ
     てたの。でも就職で地元に帰ることになっ
     たの。仕方ないね‥」
    十与「‥だって」
    仁美「‥彼女のいる人と付き合ってるなんて
     誰にも言えなくて‥言ったら嫌われちゃう
           -254-

     んじゃないかと思って、十与ちゃんには何
     か特に言えなかった‥ごめんね‥」
       涙ぐむ仁美。
    十与「そんな‥」
    仁美「あ、そういえば随分前だけど十与ちゃ
     んの従弟の人に会ったよ」
    十与「従弟?」
    仁美「ほら、一年の時に従弟の人がここを受
     験するって言って公開講義を受けに来てた
     じゃん」
           -255-

    十与「‥もしかして、トドク君?」
    仁美「あ、そうかも」
    十与「トドク君が来たの?」
    仁美「うん‥学食で友達とご飯食べてたら、
     近くに来て友達の顔を確認してたような感
     じで‥その時は分からなかったんだけど、
     後で十与ちゃんだと思ったのかなって思っ
     て‥」
    十与「それっていつ頃だったか分かる?」
    仁美「えっと‥あの時確か、十与ちゃんが写
           -255-

     真送ってくれたんだ‥色だらけになるお祭
     りの写真、あれを友達に見せた覚えがある
         」
    十与「ホーリー祭だ‥えっと‥」
       十与、携帯から写真を見つけて仁美に
       見せる。
    十与「これ?」
    仁美「そう、この写真」
    十与「去年の三月‥二十歳だ‥」
       十与、携帯をぎゅっと握る。
           -256-

    仁美「‥何かあるの?」
    十与「‥私も仁美ちゃんに言ってないことが
     あって‥」
    仁美「うん。何?」
    十与「‥詳しくは話せないんだけど」
       恥ずかしそうに話す十与と嬉しそうに
       聞いている仁美。
        
    ○富士見駅前のロータリー
       ベンチに座って携帯を見ている十与。
           -256-

    十与「炭、織布‥あと木製チェアだっけ‥紙
     漉‥店‥」
       携帯で検索している十与。
       画面にずらっと情報が出てくる。
    十与「うわ‥いっぱいあるな‥」
       スクロールしていく十与。幾つかお店
       のホームページを開いていく。
    十与「難しいかな‥そうだ、検索に富士山も
     入れてみよう‥」
       すると一つのお店のホームページに富
           -257-

       士山のクリーン活動の記事が掲載され
       ている。
    十与「‥アウトドアのお店か」
       記事を読み進めると、トドクらしき人
       物がぼんやりと写った写真がある。
    十与「あ‥」
       十与、画面をじっと見るが、はっきり
       としない写真。
    十与「‥似てる気がする」
       十与、お店の所在地を確かめる。
           -257-

    十与「紙漉駅から歩いて行ける‥」
       立ち上がる十与。
        
    ○アパート・シンの家・ダイニングキッチン
     (夜)
       ドアが開きトドクが入って来る。
    トドク「ただいま」
       キッチンで食事の準備をしているシン
       、振り返る。
    シン「お帰り。遅かったな」
           -258-

    トドク「うん、今日団体の予約が入ってて忙
     しかったんだ」
    シン「トドク、今日お店に善行地十与さんっ
     て人が来たんだ。もしかしてヒビクが言っ
     てた人なんじゃないのか?」
    トドク「え?嘘?!」
    シン「待っててもらおうと思ったんだけど、
     何か病院に行かなきゃいけないからって言
     われて、とりあえず連絡先を書いて貰った。
     テーブルに置いてる」
           -258-

       キッチンカウンター越しに話している 
       シンとトドク。
       テーブルの上に置かれた白い紙。
    トドク「‥」
       トドク、手紙を手に取る。
      『トドク君へ 前に紙漉のお店で炭を売
       って貰ってるって言ってたのを思い出
       してホームページで調べてみたら、こ
       のお店にトドク君らしき人が写ってる
       のを見たので訪ねて来ました。私はあ
           -258-

       れからネパールに行くことになって、
       昨日一時帰国しました。明後日までこ
       こにいます。連絡して貰えると嬉しい
       です。風立町2丁目‥ 080-‥ 
       toyo@.. 善行地十与』
    トドク「風立町‥やっぱりあれ、そうだった
     んだ‥」
        
    ○同・キッチン(夜)
       お皿にエビフライを盛っているシン。
           -259-

    シン「どうだった?」
    トドク「うん。ずっと探してた人だ」
    シン「本当か?!良かったな!電話してみた
     ら?」
    トドク「‥うん」
    シン「もうトドク携帯持ちなよ。遠慮しなく
     ていいからさ。今日だって携帯があったら
     連絡出来たのに‥」
    トドク「いや、やっぱり直接会って話したい
     から今から行ってくる。シン、事務所のパ
           -260-

     ソコン借りていい?地図プリントしてくる
     」
    シン「分かった。気を付けてな」
       トドク、バタバタと出て行く。
    シン「‥ラップしとくか」
       少し嬉しそうなシン。
    シン「ヒビクずっと気にしてたもんな。今度
     来た時教えてあげよう。喜ぶだろうな‥良
     かった‥」
       エビフライにラップをかける。
           -260-

        
    ○同・表(夜)
       入口から出てくるトドク。
        
    ○道路(夜)
       白い息を吐きながら、自転車に乗って
       走って行くトドク。
       交差点で止まり、地図を確認する。
    トドク「左か‥」
       左へと曲がるトドク。
           -261-

        
    ○善行地家・外観(夜)
       住宅地の中の二階建ての家。
       汗を滲ませたトドクが地図を見ながら
       家を眺めている。
    トドク「ここだ‥」
       自転車を降りるトドク。
        
    ○同・表(夜)
       門に『成田』『善行地』と表札が出て
           -261-

       いる。
       インターホンを押すトドク。
    十与の声「はい」
    トドク「あ、あの‥十与さんいますか?トド
     クといいます」
    十与の声「私です!今行きます」
    トドク「はい‥」
       勢いよく玄関が開き、十与が顔を出す
       。
       ぺこりと頭を下げるトドク。
           -262-

    十与「本物だ‥」
       門へとバタバタと走って来る十与。
    十与「すごい‥来てくれたんだ‥自転車?遠
     かったでしょ?」
    トドク「あ、いや‥一時間くらいで着いた」
    十与「一時間?‥すごい‥喋ってる‥」
    トドク「あはは。あ、ねえ、昨日紙漉駅から
     バスに乗らなかった?」
    十与「え?乗った」
    トドク「俺見たんだ。次のバスに乗って追い
           -262-

     かけたんだけど見つからなくて‥」
    十与「本当?!ごめん。あ‥もしかして風立
     病院に行った?」
    トドク「うん‥行った」
    十与「ねえ‥虹見なかった?」
    トドク「ああ‥見た」
    十与「やっぱり。あれ?でも話してる‥」
    トドク「うん‥もう伝心は使えないんだ‥」
    十与「え?でも‥」
    トドク「あ‥」
           -263-

       トドク視線を感じ、ふと見上げると二
       階の窓から千鶴(48)と哲郎(48
       )が様子を伺っている。
       頭を下げるトドク。
    十与「え?」
       十与、振り返ると窓越しに千鶴が手を
       振る。
       呆れる十与。
    十与「お母さん‥行こう」
       十与、トドクの袖を引っ張って歩き出
           -263-

       す。
    トドク「え?」
       引っ張られながら自転車を押していく
       トドク、振り返り会釈する。
       会釈し返している千鶴と哲郎。
        
    ○同・二階の部屋(夜)
       窓から十与達を見ている千鶴と哲郎。
    千鶴「あー‥行っちゃった‥」
    哲郎「誰だ?」
           -264-

    千鶴「ネパール人なのかな?」
    哲郎「どうみても日本人だろ。会釈してたし
     」
    千鶴「ネパールでは会釈しないの?」
    哲郎「いや、知らないけど」
    千鶴「まあ、何じんでもいいか。十与が好き
     な人だったら」
    哲郎「いや、どうみても日本人だろ」
    千鶴「でも‥何かちょっと雰囲気が違うって
     いうか‥神秘的な感じがするっていうか‥
           -264-

     よく分かんないけど‥」
    哲郎「‥神秘的?」
    千鶴「‥複雑?」
    哲郎「え?いや全然‥もう21なんだし‥」
    千鶴「そっか」
    哲郎「でも‥別に友達かもしれないしな」
    千鶴「絶対違うでしょ」
    哲郎「うん‥絶対違うな‥」
       遠ざかっていく十与とトドクを見てい
       る千鶴と哲郎。
           -265-

        
    ○海岸沿いの道(夜)
       自転車を押していくトドクと十与が並
       んで歩いている。
    トドク「引っ越ししたんだな‥」
    十与「うん、お父さんがコンビニ辞めてその
     頃お祖母ちゃんの具合も悪くなって、お母
     さんの実家に戻って来たの。でもお祖母ち
     ゃんずっと入院してて、こないだも一時危
     篤になって‥それで今回急に帰って来るこ
           -265-

     とにしたんだ」
    トドク「そうなんだ‥お祖母ちゃん心配だな
     ‥」
    十与「うん。向こうの人達も一度帰っておい
     でって言ってくれて‥」
    トドク「そっか‥手紙にネパール行ったって
     書いてあってビックリした」
    十与「うん。ね、アイネちゃん覚えてる?」
    トドク「うん。外に出て来た時に二人が住ん
     でたアパートに行ってみたんだけど工事し
           -266-

     てた。リカルドも元気にしてるかな?」
    十与「家族でペルーに戻ったんだ。今もメー
     ルのやり取りしてる」
       十与、ポケットから携帯を出しトドク
       に見せる。画面に二人の写真。
    トドク「大きくなってる」
    十与「うん、元気にしてるみたい」
    トドク「良かった」
    十与「あの頃アイネちゃんの家で吉沢さんっ
     ていう在日外国人の支援をしている人と知
           -266-

     り合って、その人の紹介でネパールにスタ
     ッフとして手伝いに行くことになったんだ
     。最初は二年の予定だったんだけど、大学
     辞めることしてもう一年残ったの」
    トドク「大学辞めたの?」
    十与「うん。四月になったらこっちに戻って
     来て、福祉の大学を目指してまた勉強しよ
     うと思ってるんだ。アルバイトしながらだ
     けど」
    トドク「そうか‥何か良かったな」
           -267-

       再び、自転車を押しながら歩き出す二
       人。
    十与「本当?」
    トドク「うん‥ネパールなんて予想してなか
     ったけど、何かいい方向に歩いてたんだな
     って思った」
    十与「嬉しい。トドク君は?本当に出て来た
     んだね‥」
    トドク「そう‥出て来た‥」
    十与「ずっと気になってたんだ‥ああ、三月
           -267-

     だ、二十歳だなって思ってた‥」
    トドク「‥あの日から一年間外の世界のこと
     を勉強して色々と準備して、二十歳になっ
     て外へ出てきたんだ」
    十与「そっか‥」
    トドク「でも外へ出たら‥コンビニも無くな
     ってて、アイネ達にも会えなくて、大学に
     もあのアパートにもお前がいなくて、何か
     もうどこにもいないような気がしてきて、
     ちょっと怖かった‥」
           -268-

    十与「探してくれたんだね‥ずっと知らなか
     った‥」
    トドク「だけど会えて良かった。やっとホッ
     とした‥」
       反対側の歩道に、自動販売機を見つけ
       る十与。
    十与「あ‥待ってて」
        
    ○海岸の堤防(夜)
       缶コーヒーを飲みながら堤防に座って
           -268-

       話している十与とトドク。
    十与「‥今はあのお店を手伝ってるの?」
    トドク「うん。あそこはシンのお店で少し手
     伝ってるけど、大学に通いながら居酒屋で
     バイトしてる。」
    十与「そうなんだ。忙しいんだね。すごいね
     ‥そっか、大学受けれるんだね。良かった
     。学校行きたがってたもんね」
    トドク「いや、すごい色んな人に助けて貰っ
     て、何とか受験出来たんだ‥」
           -269-

    十与「‥そうなんだ」
    トドク「明日はお祖母ちゃんの病院に行くの
     ?」
    十与「うん。朝から一日病院にいようと思っ
     てる」
    トドク「そっか‥俺もお見舞いに行きたいけ
     ど、明日一日中授業があって‥」
    十与「うん‥ありがとう」
    トドク「授業は休まないって決めてるんだ‥
     今シンが授業料払ってくれてて、卒業した
           -269-

     ら返すつもりだけど、でもその気持ちを一
     つも無駄には出来ないって思ってて‥授業
     終わったらバイト行かなきゃで‥時間的に
     難しいかな‥」
    十与「大丈夫、ありがとう」
       頷くトドク。
       
    ○海岸沿いの道(夜)
       トドク、自転車に乗り、時々止まった
       りしながらゆっくり進んで行く。
           -270-

       隣を歩いて行く十与。
    トドク「お祖母ちゃん‥どんな人?」
    十与「私、小さい頃お祖母ちゃんに似てるっ
     て言われてたんだよ。何かそれが嬉しかっ
     たのを覚えてる‥」
    トドク「へえ‥」
    十与「背筋がしゃんとしててどこか綺麗な感
     じのする人で、毎朝新聞を隅から隅まで目
     を通すのが日課なの‥」
    トドク「大好きなんだ‥」
           -270-

    十与「嫌だな‥お祖父ちゃんはまだ物心つく
     前に亡くなったから覚えてないけど、だっ
     たらいっそお祖母ちゃんもそうだったら悲
     しまなくてすんだだろうにって思ってしま
     う。あんなに可愛がってもらったのに‥酷
     い孫だな‥」
    トドク「‥」
    十与「何か‥もしこれが最後になってしまっ
     たらって思うと少し怖くて‥明日、ちゃん
     とまたねって言えるのかなって思って‥」
           -271-

    トドク「‥ああ」
    十与「もしお祖母ちゃんの前で泣いてしまっ
     たらどうしようって思ってしまって‥どう
     しようもなくお祖母ちゃんの傍にいたいの
     に、少しの時間も惜しいのに、同じくらい
     怖さがあって‥」
       家の前に着く十与とトドク。
       自転車から降りるトドク。
    トドク「‥分からないけど、大好きな思いが
     一番な気がする‥お祖母ちゃんにいて欲し
           -271-

     いって思ってるんだっていう思いだけ持っ
     て行けばいいんじゃないのかな‥本当に分
     かんなくて申し訳ないけど、俺ならそうす
     ると思う」
    十与「‥何か良かった。テレパシーじゃなく
     ても前と変わらない‥」
       ふと気配を感じ二階の窓を見上げる十
       与。
        
    ○善行地家・表(夜)
           -272-

       二階の窓から手を振る千鶴とその横に
       哲郎。
    十与「まだいる‥」
       呆れる十与と笑っているトドク。
        
    ○風立病院・外観(朝)
       朝日が差している病院。
        
    ○同・病室の前(朝)
       十与、ドアの前で佇んでいる。
           -272-

    ○同・病室(朝)
       ドアが開き、十与が入って来る。
       ハコに新聞を渡す十与。
       嬉しそうに微笑むハコ。
        
    ○国際大学・教室(朝)
       授業を受けているトドク。
        
    ○風立病院・中庭
       ベンチのある小さな中庭で、海を見な
           -273-

       がらお昼を食べているハコと十与。
        
    ○国際大学・学食
       友達と一緒にご飯を食べているトドク
           。
        
    ○風立病院・病室(夕)
       十与、ベッドに寝ているハコの上半身
       を支えながら起こす。
    十与「苺買って来たけど食べれる?」
           -273-

    ハコ「いいね。食べようか」
    十与「うん」
       十与、ベッドの上にテーブルをセット
       する。
       少し肩で息をしているハコ。
    十与「大丈夫?辛い?」
    ハコ「ううん。大丈夫‥」
       十与、ハコの背中をさする。
    ハコ「うん、ラクになった。ありがとう」
       肩叩きをする十与。
           -274-

    ハコ「ああ、ありがとうね」
       肩叩きをしながらハコの背中を見てい
       る十与。
    十与「どうしよう‥お祖母ちゃん、私絶対言
     ってはいけないことを言うかもしれない‥
     」
    ハコ「‥」   
    十与「私‥四月になったら日本に戻って来る
     から‥その時に絶対にお祖母ちゃんにいて
     欲しい」
           -274-

       必死に泣かないように話す十与。
    ハコ「うん‥」
       何でもないように答えるハコ。
       ドアが開き、トドクが入って来る。
    十与「トドク君‥どうしたの?」
       汗をかいているトドク。
    トドク「少しなら病院行けるかもしれないと
     思って‥こんにちは」
    ハコ「‥」
    十与「あ、お祖母ちゃん、友達なの」
           -275-

       驚いたようにじっとトドクを見ている
       ハコ。
       ベッドの横に折り畳みの椅子を広げる
       十与。
    十与「座って‥苺洗ってくるけど、一緒に行
     く?」
    トドク「いや‥ここで待ってる」
    十与「‥じゃ、急いで行ってくるね」
       冷蔵庫から苺を取り、部屋を出て行く
       十与。
           -275-

       椅子に座るトドク。
    トドク「お身体大丈夫ですか?」
    ハコ「あの‥お名前は?」
    トドク「‥トドクです」
    ハコ「‥おいくつですか?」
    トドク「‥もうすぐ21です」
    ハコ「何か、何十年かぶりにすごく懐かしい
     気配がして‥こんなことがあるなんて思い
     もしなくて‥驚いて‥」
       涙ぐむハコ。
           -276-

       戸惑うトドク。
    ハコ「‥二十歳になった時、故郷を出て来た
     んです」
    トドク「‥」
    ハコ「千鶴にも十与にも話したことはないん
     だけど‥」
    トドク「分かりました‥黙ってます」
    ハコ「ありがとう‥その二年前に当時好きだ
     った人が故郷を出て行かれて、二年後に会
     う約束をしていて‥」
           -276-

    トドク「‥」
    ハコ「‥でも、二年後会えなかったんです。
     叔母の家にお世話になりながら、毎日約束
     の場所へ通ったのですが、一度も会えませ
     んでした」
    トドク「‥そうなんですか」
    ハコ「五年通ったんですよ。しつこいでしょ
     ?」
       笑うハコ。
    トドク「いや‥はあ‥」
           -277-

       つられて笑うトドク。
    ハコ「叔母は小さな料理屋をしていて、そこ
     にお客さんとして来ていた人と一緒になっ
     て‥千鶴が生まれて‥」
    トドク「そうなんですか‥」
    ハコ「故郷の香りを思い出せました。ありが
     とう」
    トドク「すみません‥えっと‥手を触っても
     大丈夫ですか?」
    ハコ「え?‥はあ‥」
           -277-

       トドク、そっとハコの手を取る。
    トドク「すごく、失礼かもしれませんが‥少
     しだけすみません」
       トドク、ハコの手を自分の胸の前で両
       手で握り、目を瞑って祈る。
       涙が流れるハコ。
       ×   ×   ×
       賑やかに話しをしている十与、トドク
       、ハコ。
    トドク「バイトがあるから、そろそろ行かな
           -278-

     いと‥」
    ハコ「そっか、ごめんね」
       立ち上がるトドク。
    トドク「急にすみませんでした‥」
    ハコ「ありがとう」
       頭を下げるハコ。
       会釈するトドク。
    十与「すぐ戻って来るね」
       立ち上がる十与。
        
           -278-

    ○同・廊下(夕)
       歩いている十与とトドク。
    トドク「お祖母ちゃん、元気そうで良かった
     な」
    十与「看護師さんも驚いてた‥先週は話すこ
     とも出来なかったんだって‥」
    トドク「そうなんだ‥」
    十与「お祖母ちゃんの顔見てると‥もう向こ
     うに戻るの止めようかなって思ってしまっ
     て‥飛行機に乗れる気がしなくて‥そんな
           -279-

     無責任なこと出来ないって分かってるんだ
     けど‥」
    トドク「うん‥」
    十与「もうこれが最後になったらどうしよう
     って思うと、今ここを離れることが怖くて
     ‥怖いな‥」
    トドク「‥俺がここに来るよ。お祖母ちゃん
     の写真、毎日メールで送る」
    十与「え?無理だよ‥トドク君忙しいのに」
    トドク「いや、今日帰りに風立駅に自転車置
           -279-

     いて行くよ。それなら学校から直接病院に
     来れるし、バイトにも間に合うと思う。1
     0分くらいしかいれないけど‥」
    十与「そんなの大変だよ。いいから‥ありが
     とう。駄目だね。気合い入れてまた来るね
     ってちゃんとお祖母ちゃんに言わないと」
    トドク「‥俺、それ嘘じゃないと思うよ。そ
     れはお前にとっての希望だし、お祖母ちゃ
     んにとっては目標になると思う」
    十与「‥分かった」
           -280-

       並んで歩いて行く十与とトドク。
        
    ○同・ロータリー・バス停(夕)
       バス停の前で待っているトドクと十与 
       。
    トドク「‥あ、そうだ。これ、ずっと返さな
     きゃって思ってて‥」
       トドク、ポケットから小瓶に入ったオ
       セロを差し出す。
       オセロを受け取り眺める十与。
           -280-

    十与「思い出した‥オセロ1個足りなくて探
     してたんだった」
    トドク「え?あの時1個貰うって言っただ
     ろ?」
    (フラッシュ)トドクの声「‥貰っても大丈
     夫かな?」トドク、オセロのコマを一個握
     る。薬を持って振り返る十与、「勿論」と
     答える。
    十与「あれってオセロのことだったの?どお
     りで帰ったらテーブルにお薬のお金置いて
           -281-

     あって変だなって思ったんだ」
    トドク「あの時はあんだけあるんだから1個
     くらい記念に貰えるかなって思ったんだよ
     ‥」
    十与「あ‥私もこのコート返さなきゃってず
     っと思ってて‥でも四月に帰国するまで借
     りててもいい?」
    トドク「うん‥四月か‥もうすぐだな‥」
    十与「うん‥」
       バスが着く。
           -281-

        
    ○善行地家・洗面所(朝)
       顔を洗っている十与。
       ノックの音の後ドアが開き、千鶴が顔
       を見せる。
    千鶴「じゃあ、お母さん行くね。ご飯テーブ
     ルに置いてるから」
    十与「うん。ありがとう」
    千鶴「気を付けてね。良いお年を」
    十与「あ、そっか‥良いお年を‥」
           -282-

       頭を下げる十与。
        
    ○電車内(朝)
       満員電車に乗っているトドク。ドアの
       近くに立ち、窓の外の富士山を見てい
       る。
        
    ○紙漉駅・ホーム(朝)
       電車から降りてくる乗客の中にトドク
       がいる。
           -282-

       ホームを歩いて行くトドク。
       隣の車線に電車が入って来る。
       青いチェックのコートを着た十与が電
       車に乗ろうと並んでいる姿が遠くに見
       える。
    トドク「‥え?!」
       トドク、走り出す。
       並んでいる乗客の間をぬって走って行
       くトドク。
        
           -283-

    ○電車内(朝)
       電車に乗り込む十与、ドアと反対側の
       扉付近に立ち、窓の外の富士山を眺め
       ている。
        
    ○紙漉駅・ホーム(朝)
       十与の乗った扉の前に息を切らしたト
       ドクが辿り着く。十与の後ろ姿が見え
       ているが扉が閉まる。
    トドク「善行地十与!」
           -283-

       雑音に紛れ、声に気づかない十与。
       トドク、ふと目を閉じる。
    トドクの声「気づけ!」
       驚いたように振り返る十与、扉の向こ
       うのトドクに気づく。
       電車が発車する。
       扉に駆け寄る十与。
       手を振るトドク。
       遠ざかって行く電車を見送るトドク。
    トドク「‥気づいた」
           -284-

       遠くに見えている富士山。
        
    ○空港・ロビー
       スーツケースを引いた十与が歩いてい
       る。
    (フラッシュ)ハコがおどけてピースサイン
     をしている写真や、ハコとトドクが仲良さ
     そうに一緒に写っている写真を携帯の画面
     を見ながら笑って眺めている十与。
    十与N:トドク君はシンさんにデジカメを借
           -284-

     りたらしく、本当に毎日お祖母ちゃんの写
     真をメールで送ってくれた。どれだけ助け
     られたか、説明しても伝えられない気がし
     た。
        
    ○飛行機内
       席に座り窓の外を眺めている十与。
    十与N:ある日メールではなく電話が鳴って
     、ああ、その時が来たんだって分かった。
     電話に出たらトドク君の声が震えていて、
           -285-

     何でこの人が泣くんだろうとぼんやり思っ
     ていた‥
    (フラッシュ)携帯の画面に『着信 紙漉 
     シンさんのお店』の文字。落ち着いた様子
     で電話に出る十与。ぼんやりと頷いている
     。
        
    ○善行地家・和室
       仏壇に手を合わせているツヅク(5)
       。
           -285-

    十与の声「ツヅクー、行くよー」
    ツヅク「はーい」
       立ち上がるツヅク、部屋を出て行く。
       ピースサインをしているハコの遺影。
       バタバタと廊下を歩く足音。
    十与の声「じゃあお母さん、ありがとう。ま
     たご飯貰いに来るね」
    千鶴の声「自分で作らないとパパに怒られる
     よ。あ、トドク君、こないだカボチャすご
     いマズかったんだってね。ごめんね」
           -286-

    トドクの声「いや‥でもこないだのは一応カ
     ボチャの味がしたんで大丈夫です。その前
     貰いに来てね‥身体気を付けてね‥」
    千鶴の声「本当にすみません‥いつでもご飯
     貰いに来てね‥身体気を付けてね‥」
    哲郎の声「チュヂュクー、次いつ来る?明日
     ?明後日?」
    ツヅクの声「ジイ、ラインするよ」
    哲郎の声「ツヅクは天才かもしれん‥」
       ドアが閉まる音。
           -286-

        
    ○大きな公園
       休日の昼下がり、家族連れで賑わって
       いる大きな公園。
       広い芝生の広場があり、周りにアスレ
       チックや池、森林などが広がっている。
       芝生の広場からピンク色のボールが公
       園内の道路へと転がって行く。
       ボールを追いかけている女の子、ツヅ
       クの吹いているシャボン玉に気付き、
           -287-

       少し目で追いながらツヅクの横を通り
       過ぎる。
       ふと、通り過ぎて行った女の子の方を
       振り返るツヅク。園内の道路を公園内
       を往復するトロッコバスが走ってくる
       のに気付く。
       園内に4時を告げる音楽が鳴り響く。
       音楽にかき消されトロッコバスの音に
       気付かず、ボールを追いかけていく女
       の子。
           -287-

       ツヅク、驚いてシャボン玉の容器を落
       とす。
    ツヅクの声「あぶない!止まって!」
       心で念じるツヅク。
       走っている女の子、風に乗って浮かん
       でいるシャボン玉に気づき、シャボン
       玉をふと見る。
       ツヅクの声「あぶない!止まって!」
       ツヅクが念じた声が聞こえて、走って
       いた女の子が急に立ち止まり、ツヅク
           -288-

       の方を振り返る。
       トロッコバスの前をボールが転がって
       いき、立ち止まった女の子の前をトロ
       ッコバスが通り過ぎる。
       女の子、トロッコバスが通り過ぎた後、
       道路の向こうで止まっているボールを
       取りに行く。
       ボールを持って戻ってきた女の子がツ
       ヅクの方へ近づいて来る。
    女の子「教えてくれてありがとう」
           -288-

    ツヅク「‥え?」
       驚いているツヅクに手を振り、女の子
       が走って遠ざかっていく。
    ツヅク「‥何で?」
       ぽつりと雨が落ち、空を見上げるツヅ
       ク。
       遠くから女性が叫んでいる。
    十与の声「ツヅクー!雨降って来たから帰る
     よー」
    ツヅク「‥はーい!」
           -289-

       ツヅク、女性の元へ走っていく。
       合羽を着たツヅクの右手をビニール傘
       を差した女性が繋ぎ、左手をビニール
       傘を差した男性が繋いで歩いて行く後
       ろ姿。
       遠くに富士山が見えている。
        
                       完
        
        
            -289-

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