○同・ロータリー(夕)
バス停にバスが止まり、トドクが降り
てくる。
○同・入口(夕)
入口から入ってくるトドク。
受付時間終了の看板が立っている。
トドク「…」
○同・ロータリー・バス停(夕)
-251-
ベンチにぼうっと座っているトドク。
空に虹がかかっているのに気づく。
トドク「あ‥」
○同・病室(夕)
十与(22)、ベッドに寝ている成田
ハコ(75)の上半身を支えながら起
こす。
ハコ「ありがとう、十与ちゃん‥」
十与、窓の外の虹に気づく。
-251-
十与「あ、お祖母ちゃん、虹が掛かってるよ」
ハコ、窓の方を見る。
ハコ「本当だ。十二月の虹なんて珍しいね‥」
十与、窓へ近づく。
十与「虹‥あの白い虹以来だな‥」
トドクの声「あの時の霧虹綺麗だったな‥」
ハッとする十与。
十与「トドク君?」
十与、病室の入口へ駆け寄り、廊下を
探すが看護師さんの姿しかない。
-252-
十与「‥」
ハコ「どうしたの?」
十与「ううん‥」
十与、窓へと戻り外を眺める。
ロータリーの屋根で見えないバス停。
十与「‥」
ハコ「ああ‥消えそうだね‥」
虹が薄くなっていく。
十与「ほんとだ‥」
消えていく虹を見ている十与。
-252-
○同・ロータリー(夕)
バスが入って来る。
トドク、立ち上がる。
○居酒屋・店内(夜)
大勢の客で賑わっている居酒屋。
忙しく働いているトドク。
○富士見駅前のカフェ・店内
-253-
向かい合って食事している十与と矢内
仁美(21)。
仁美「‥本当に学校辞めるの?」
十与「うん‥最初は復学出来るように二年間
ってことにしてたんだけど、次の人が決ま
らなくて‥私ももう少しいたいからってそ
のままにしてたら結局三年経っちゃった」
仁美「もう復学出来ないの?」
十与「うん‥でも折角だから別のこと勉強し
ようって思ってる」
-253-
仁美「そっか、やりたいことが見つかって良
かったね」
十与「うん。まだこれからだけど‥仁美ちゃ
んも就職内定おめでとう」
仁美「ありがとう。春からは社会人だよ」
十与「田中君とことは近いの?」
仁美「‥フラれたんだよ」
十与「うそ?」
仁美「えへへ‥」
十与「何で?」
-254-
仁美「私ずっと十与ちゃんに隠してたことが
あって‥本当は田中君地元に彼女がいるん
だよ」
十与「え?」
仁美「それでもいいからって付き合って貰っ
てたの。でも就職で地元に帰ることになっ
たの。仕方ないね‥」
十与「‥だって」
仁美「‥彼女のいる人と付き合ってるなんて
誰にも言えなくて‥言ったら嫌われちゃう
-254-
んじゃないかと思って、十与ちゃんには何
か特に言えなかった‥ごめんね‥」
涙ぐむ仁美。
十与「そんな‥」
仁美「あ、そういえば随分前だけど十与ちゃ
んの従弟の人に会ったよ」
十与「従弟?」
仁美「ほら、一年の時に従弟の人がここを受
験するって言って公開講義を受けに来てた
じゃん」
-255-
十与「‥もしかして、トドク君?」
仁美「あ、そうかも」
十与「トドク君が来たの?」
仁美「うん‥学食で友達とご飯食べてたら、
近くに来て友達の顔を確認してたような感
じで‥その時は分からなかったんだけど、
後で十与ちゃんだと思ったのかなって思っ
て‥」
十与「それっていつ頃だったか分かる?」
仁美「えっと‥あの時確か、十与ちゃんが写
-255-
真送ってくれたんだ‥色だらけになるお祭
りの写真、あれを友達に見せた覚えがある
」
十与「ホーリー祭だ‥えっと‥」
十与、携帯から写真を見つけて仁美に
見せる。
十与「これ?」
仁美「そう、この写真」
十与「去年の三月‥二十歳だ‥」
十与、携帯をぎゅっと握る。
-256-
仁美「‥何かあるの?」
十与「‥私も仁美ちゃんに言ってないことが
あって‥」
仁美「うん。何?」
十与「‥詳しくは話せないんだけど」
恥ずかしそうに話す十与と嬉しそうに
聞いている仁美。
○富士見駅前のロータリー
ベンチに座って携帯を見ている十与。
-256-
十与「炭、織布‥あと木製チェアだっけ‥紙
漉‥店‥」
携帯で検索している十与。
画面にずらっと情報が出てくる。
十与「うわ‥いっぱいあるな‥」
スクロールしていく十与。幾つかお店
のホームページを開いていく。
十与「難しいかな‥そうだ、検索に富士山も
入れてみよう‥」
すると一つのお店のホームページに富
-257-
士山のクリーン活動の記事が掲載され
ている。
十与「‥アウトドアのお店か」
記事を読み進めると、トドクらしき人
物がぼんやりと写った写真がある。
十与「あ‥」
十与、画面をじっと見るが、はっきり
としない写真。
十与「‥似てる気がする」
十与、お店の所在地を確かめる。
-257-
十与「紙漉駅から歩いて行ける‥」
立ち上がる十与。
○アパート・シンの家・ダイニングキッチン
(夜)
ドアが開きトドクが入って来る。
トドク「ただいま」
キッチンで食事の準備をしているシン
、振り返る。
シン「お帰り。遅かったな」
-258-
トドク「うん、今日団体の予約が入ってて忙
しかったんだ」
シン「トドク、今日お店に善行地十与さんっ
て人が来たんだ。もしかしてヒビクが言っ
てた人なんじゃないのか?」
トドク「え?嘘?!」
シン「待っててもらおうと思ったんだけど、
何か病院に行かなきゃいけないからって言
われて、とりあえず連絡先を書いて貰った。
テーブルに置いてる」
-258-
キッチンカウンター越しに話している
シンとトドク。
テーブルの上に置かれた白い紙。
トドク「‥」
トドク、手紙を手に取る。
『トドク君へ 前に紙漉のお店で炭を売
って貰ってるって言ってたのを思い出
してホームページで調べてみたら、こ
のお店にトドク君らしき人が写ってる
のを見たので訪ねて来ました。私はあ
-258-
れからネパールに行くことになって、
昨日一時帰国しました。明後日までこ
こにいます。連絡して貰えると嬉しい
です。風立町2丁目‥ 080-‥
toyo@.. 善行地十与』
トドク「風立町‥やっぱりあれ、そうだった
んだ‥」
○同・キッチン(夜)
お皿にエビフライを盛っているシン。
-259-
シン「どうだった?」
トドク「うん。ずっと探してた人だ」
シン「本当か?!良かったな!電話してみた
ら?」
トドク「‥うん」
シン「もうトドク携帯持ちなよ。遠慮しなく
ていいからさ。今日だって携帯があったら
連絡出来たのに‥」
トドク「いや、やっぱり直接会って話したい
から今から行ってくる。シン、事務所のパ
-260-
ソコン借りていい?地図プリントしてくる
」
シン「分かった。気を付けてな」
トドク、バタバタと出て行く。
シン「‥ラップしとくか」
少し嬉しそうなシン。
シン「ヒビクずっと気にしてたもんな。今度
来た時教えてあげよう。喜ぶだろうな‥良
かった‥」
エビフライにラップをかける。
-260-
○同・表(夜)
入口から出てくるトドク。
○道路(夜)
白い息を吐きながら、自転車に乗って
走って行くトドク。
交差点で止まり、地図を確認する。
トドク「左か‥」
左へと曲がるトドク。
-261-
○善行地家・外観(夜)
住宅地の中の二階建ての家。
汗を滲ませたトドクが地図を見ながら
家を眺めている。
トドク「ここだ‥」
自転車を降りるトドク。
○同・表(夜)
門に『成田』『善行地』と表札が出て
-261-
いる。
インターホンを押すトドク。
十与の声「はい」
トドク「あ、あの‥十与さんいますか?トド
クといいます」
十与の声「私です!今行きます」
トドク「はい‥」
勢いよく玄関が開き、十与が顔を出す
。
ぺこりと頭を下げるトドク。
-262-
十与「本物だ‥」
門へとバタバタと走って来る十与。
十与「すごい‥来てくれたんだ‥自転車?遠
かったでしょ?」
トドク「あ、いや‥一時間くらいで着いた」
十与「一時間?‥すごい‥喋ってる‥」
トドク「あはは。あ、ねえ、昨日紙漉駅から
バスに乗らなかった?」
十与「え?乗った」
トドク「俺見たんだ。次のバスに乗って追い
-262-
かけたんだけど見つからなくて‥」
十与「本当?!ごめん。あ‥もしかして風立
病院に行った?」
トドク「うん‥行った」
十与「ねえ‥虹見なかった?」
トドク「ああ‥見た」
十与「やっぱり。あれ?でも話してる‥」
トドク「うん‥もう伝心は使えないんだ‥」
十与「え?でも‥」
トドク「あ‥」
-263-
トドク視線を感じ、ふと見上げると二
階の窓から千鶴(48)と哲郎(48
)が様子を伺っている。
頭を下げるトドク。
十与「え?」
十与、振り返ると窓越しに千鶴が手を
振る。
呆れる十与。
十与「お母さん‥行こう」
十与、トドクの袖を引っ張って歩き出
-263-
す。
トドク「え?」
引っ張られながら自転車を押していく
トドク、振り返り会釈する。
会釈し返している千鶴と哲郎。
○同・二階の部屋(夜)
窓から十与達を見ている千鶴と哲郎。
千鶴「あー‥行っちゃった‥」
哲郎「誰だ?」
-264-
千鶴「ネパール人なのかな?」
哲郎「どうみても日本人だろ。会釈してたし
」
千鶴「ネパールでは会釈しないの?」
哲郎「いや、知らないけど」
千鶴「まあ、何じんでもいいか。十与が好き
な人だったら」
哲郎「いや、どうみても日本人だろ」
千鶴「でも‥何かちょっと雰囲気が違うって
いうか‥神秘的な感じがするっていうか‥
-264-
よく分かんないけど‥」
哲郎「‥神秘的?」
千鶴「‥複雑?」
哲郎「え?いや全然‥もう21なんだし‥」
千鶴「そっか」
哲郎「でも‥別に友達かもしれないしな」
千鶴「絶対違うでしょ」
哲郎「うん‥絶対違うな‥」
遠ざかっていく十与とトドクを見てい
る千鶴と哲郎。
-265-
○海岸沿いの道(夜)
自転車を押していくトドクと十与が並
んで歩いている。
トドク「引っ越ししたんだな‥」
十与「うん、お父さんがコンビニ辞めてその
頃お祖母ちゃんの具合も悪くなって、お母
さんの実家に戻って来たの。でもお祖母ち
ゃんずっと入院してて、こないだも一時危
篤になって‥それで今回急に帰って来るこ
-265-
とにしたんだ」
トドク「そうなんだ‥お祖母ちゃん心配だな
‥」
十与「うん。向こうの人達も一度帰っておい
でって言ってくれて‥」
トドク「そっか‥手紙にネパール行ったって
書いてあってビックリした」
十与「うん。ね、アイネちゃん覚えてる?」
トドク「うん。外に出て来た時に二人が住ん
でたアパートに行ってみたんだけど工事し
-266-
てた。リカルドも元気にしてるかな?」
十与「家族でペルーに戻ったんだ。今もメー
ルのやり取りしてる」
十与、ポケットから携帯を出しトドク
に見せる。画面に二人の写真。
トドク「大きくなってる」
十与「うん、元気にしてるみたい」
トドク「良かった」
十与「あの頃アイネちゃんの家で吉沢さんっ
ていう在日外国人の支援をしている人と知
-266-
り合って、その人の紹介でネパールにスタ
ッフとして手伝いに行くことになったんだ
。最初は二年の予定だったんだけど、大学
辞めることしてもう一年残ったの」
トドク「大学辞めたの?」
十与「うん。四月になったらこっちに戻って
来て、福祉の大学を目指してまた勉強しよ
うと思ってるんだ。アルバイトしながらだ
けど」
トドク「そうか‥何か良かったな」
-267-
再び、自転車を押しながら歩き出す二
人。
十与「本当?」
トドク「うん‥ネパールなんて予想してなか
ったけど、何かいい方向に歩いてたんだな
って思った」
十与「嬉しい。トドク君は?本当に出て来た
んだね‥」
トドク「そう‥出て来た‥」
十与「ずっと気になってたんだ‥ああ、三月
-267-
だ、二十歳だなって思ってた‥」
トドク「‥あの日から一年間外の世界のこと
を勉強して色々と準備して、二十歳になっ
て外へ出てきたんだ」
十与「そっか‥」
トドク「でも外へ出たら‥コンビニも無くな
ってて、アイネ達にも会えなくて、大学に
もあのアパートにもお前がいなくて、何か
もうどこにもいないような気がしてきて、
ちょっと怖かった‥」
-268-
十与「探してくれたんだね‥ずっと知らなか
った‥」
トドク「だけど会えて良かった。やっとホッ
とした‥」
反対側の歩道に、自動販売機を見つけ
る十与。
十与「あ‥待ってて」
○海岸の堤防(夜)
缶コーヒーを飲みながら堤防に座って
-268-
話している十与とトドク。
十与「‥今はあのお店を手伝ってるの?」
トドク「うん。あそこはシンのお店で少し手
伝ってるけど、大学に通いながら居酒屋で
バイトしてる。」
十与「そうなんだ。忙しいんだね。すごいね
‥そっか、大学受けれるんだね。良かった
。学校行きたがってたもんね」
トドク「いや、すごい色んな人に助けて貰っ
て、何とか受験出来たんだ‥」
-269-
十与「‥そうなんだ」
トドク「明日はお祖母ちゃんの病院に行くの
?」
十与「うん。朝から一日病院にいようと思っ
てる」
トドク「そっか‥俺もお見舞いに行きたいけ
ど、明日一日中授業があって‥」
十与「うん‥ありがとう」
トドク「授業は休まないって決めてるんだ‥
今シンが授業料払ってくれてて、卒業した
-269-
ら返すつもりだけど、でもその気持ちを一
つも無駄には出来ないって思ってて‥授業
終わったらバイト行かなきゃで‥時間的に
難しいかな‥」
十与「大丈夫、ありがとう」
頷くトドク。
○海岸沿いの道(夜)
トドク、自転車に乗り、時々止まった
りしながらゆっくり進んで行く。
-270-
隣を歩いて行く十与。
トドク「お祖母ちゃん‥どんな人?」
十与「私、小さい頃お祖母ちゃんに似てるっ
て言われてたんだよ。何かそれが嬉しかっ
たのを覚えてる‥」
トドク「へえ‥」
十与「背筋がしゃんとしててどこか綺麗な感
じのする人で、毎朝新聞を隅から隅まで目
を通すのが日課なの‥」
トドク「大好きなんだ‥」
-270-
十与「嫌だな‥お祖父ちゃんはまだ物心つく
前に亡くなったから覚えてないけど、だっ
たらいっそお祖母ちゃんもそうだったら悲
しまなくてすんだだろうにって思ってしま
う。あんなに可愛がってもらったのに‥酷
い孫だな‥」
トドク「‥」
十与「何か‥もしこれが最後になってしまっ
たらって思うと少し怖くて‥明日、ちゃん
とまたねって言えるのかなって思って‥」
-271-
トドク「‥ああ」
十与「もしお祖母ちゃんの前で泣いてしまっ
たらどうしようって思ってしまって‥どう
しようもなくお祖母ちゃんの傍にいたいの
に、少しの時間も惜しいのに、同じくらい
怖さがあって‥」
家の前に着く十与とトドク。
自転車から降りるトドク。
トドク「‥分からないけど、大好きな思いが
一番な気がする‥お祖母ちゃんにいて欲し
-271-
いって思ってるんだっていう思いだけ持っ
て行けばいいんじゃないのかな‥本当に分
かんなくて申し訳ないけど、俺ならそうす
ると思う」
十与「‥何か良かった。テレパシーじゃなく
ても前と変わらない‥」
ふと気配を感じ二階の窓を見上げる十
与。
○善行地家・表(夜)
-272-
二階の窓から手を振る千鶴とその横に
哲郎。
十与「まだいる‥」
呆れる十与と笑っているトドク。
○風立病院・外観(朝)
朝日が差している病院。
○同・病室の前(朝)
十与、ドアの前で佇んでいる。
-272-
○同・病室(朝)
ドアが開き、十与が入って来る。
ハコに新聞を渡す十与。
嬉しそうに微笑むハコ。
○国際大学・教室(朝)
授業を受けているトドク。
○風立病院・中庭
ベンチのある小さな中庭で、海を見な
-273-
がらお昼を食べているハコと十与。
○国際大学・学食
友達と一緒にご飯を食べているトドク
。
○風立病院・病室(夕)
十与、ベッドに寝ているハコの上半身
を支えながら起こす。
十与「苺買って来たけど食べれる?」
-273-
ハコ「いいね。食べようか」
十与「うん」
十与、ベッドの上にテーブルをセット
する。
少し肩で息をしているハコ。
十与「大丈夫?辛い?」
ハコ「ううん。大丈夫‥」
十与、ハコの背中をさする。
ハコ「うん、ラクになった。ありがとう」
肩叩きをする十与。
-274-
ハコ「ああ、ありがとうね」
肩叩きをしながらハコの背中を見てい
る十与。
十与「どうしよう‥お祖母ちゃん、私絶対言
ってはいけないことを言うかもしれない‥
」
ハコ「‥」
十与「私‥四月になったら日本に戻って来る
から‥その時に絶対にお祖母ちゃんにいて
欲しい」
-274-
必死に泣かないように話す十与。
ハコ「うん‥」
何でもないように答えるハコ。
ドアが開き、トドクが入って来る。
十与「トドク君‥どうしたの?」
汗をかいているトドク。
トドク「少しなら病院行けるかもしれないと
思って‥こんにちは」
ハコ「‥」
十与「あ、お祖母ちゃん、友達なの」
-275-
驚いたようにじっとトドクを見ている
ハコ。
ベッドの横に折り畳みの椅子を広げる
十与。
十与「座って‥苺洗ってくるけど、一緒に行
く?」
トドク「いや‥ここで待ってる」
十与「‥じゃ、急いで行ってくるね」
冷蔵庫から苺を取り、部屋を出て行く
十与。
-275-
椅子に座るトドク。
トドク「お身体大丈夫ですか?」
ハコ「あの‥お名前は?」
トドク「‥トドクです」
ハコ「‥おいくつですか?」
トドク「‥もうすぐ21です」
ハコ「何か、何十年かぶりにすごく懐かしい
気配がして‥こんなことがあるなんて思い
もしなくて‥驚いて‥」
涙ぐむハコ。
-276-
戸惑うトドク。
ハコ「‥二十歳になった時、故郷を出て来た
んです」
トドク「‥」
ハコ「千鶴にも十与にも話したことはないん
だけど‥」
トドク「分かりました‥黙ってます」
ハコ「ありがとう‥その二年前に当時好きだ
った人が故郷を出て行かれて、二年後に会
う約束をしていて‥」
-276-
トドク「‥」
ハコ「‥でも、二年後会えなかったんです。
叔母の家にお世話になりながら、毎日約束
の場所へ通ったのですが、一度も会えませ
んでした」
トドク「‥そうなんですか」
ハコ「五年通ったんですよ。しつこいでしょ
?」
笑うハコ。
トドク「いや‥はあ‥」
-277-
つられて笑うトドク。
ハコ「叔母は小さな料理屋をしていて、そこ
にお客さんとして来ていた人と一緒になっ
て‥千鶴が生まれて‥」
トドク「そうなんですか‥」
ハコ「故郷の香りを思い出せました。ありが
とう」
トドク「すみません‥えっと‥手を触っても
大丈夫ですか?」
ハコ「え?‥はあ‥」
-277-
トドク、そっとハコの手を取る。
トドク「すごく、失礼かもしれませんが‥少
しだけすみません」
トドク、ハコの手を自分の胸の前で両
手で握り、目を瞑って祈る。
涙が流れるハコ。
× × ×
賑やかに話しをしている十与、トドク
、ハコ。
トドク「バイトがあるから、そろそろ行かな
-278-
いと‥」
ハコ「そっか、ごめんね」
立ち上がるトドク。
トドク「急にすみませんでした‥」
ハコ「ありがとう」
頭を下げるハコ。
会釈するトドク。
十与「すぐ戻って来るね」
立ち上がる十与。
-278-
○同・廊下(夕)
歩いている十与とトドク。
トドク「お祖母ちゃん、元気そうで良かった
な」
十与「看護師さんも驚いてた‥先週は話すこ
とも出来なかったんだって‥」
トドク「そうなんだ‥」
十与「お祖母ちゃんの顔見てると‥もう向こ
うに戻るの止めようかなって思ってしまっ
て‥飛行機に乗れる気がしなくて‥そんな
-279-
無責任なこと出来ないって分かってるんだ
けど‥」
トドク「うん‥」
十与「もうこれが最後になったらどうしよう
って思うと、今ここを離れることが怖くて
‥怖いな‥」
トドク「‥俺がここに来るよ。お祖母ちゃん
の写真、毎日メールで送る」
十与「え?無理だよ‥トドク君忙しいのに」
トドク「いや、今日帰りに風立駅に自転車置
-279-
いて行くよ。それなら学校から直接病院に
来れるし、バイトにも間に合うと思う。1
0分くらいしかいれないけど‥」
十与「そんなの大変だよ。いいから‥ありが
とう。駄目だね。気合い入れてまた来るね
ってちゃんとお祖母ちゃんに言わないと」
トドク「‥俺、それ嘘じゃないと思うよ。そ
れはお前にとっての希望だし、お祖母ちゃ
んにとっては目標になると思う」
十与「‥分かった」
-280-
並んで歩いて行く十与とトドク。
○同・ロータリー・バス停(夕)
バス停の前で待っているトドクと十与
。
トドク「‥あ、そうだ。これ、ずっと返さな
きゃって思ってて‥」
トドク、ポケットから小瓶に入ったオ
セロを差し出す。
オセロを受け取り眺める十与。
-280-
十与「思い出した‥オセロ1個足りなくて探
してたんだった」
トドク「え?あの時1個貰うって言っただ
ろ?」
(フラッシュ)トドクの声「‥貰っても大丈
夫かな?」トドク、オセロのコマを一個握
る。薬を持って振り返る十与、「勿論」と
答える。
十与「あれってオセロのことだったの?どお
りで帰ったらテーブルにお薬のお金置いて
-281-
あって変だなって思ったんだ」
トドク「あの時はあんだけあるんだから1個
くらい記念に貰えるかなって思ったんだよ
‥」
十与「あ‥私もこのコート返さなきゃってず
っと思ってて‥でも四月に帰国するまで借
りててもいい?」
トドク「うん‥四月か‥もうすぐだな‥」
十与「うん‥」
バスが着く。
-281-
○善行地家・洗面所(朝)
顔を洗っている十与。
ノックの音の後ドアが開き、千鶴が顔
を見せる。
千鶴「じゃあ、お母さん行くね。ご飯テーブ
ルに置いてるから」
十与「うん。ありがとう」
千鶴「気を付けてね。良いお年を」
十与「あ、そっか‥良いお年を‥」
-282-
頭を下げる十与。
○電車内(朝)
満員電車に乗っているトドク。ドアの
近くに立ち、窓の外の富士山を見てい
る。
○紙漉駅・ホーム(朝)
電車から降りてくる乗客の中にトドク
がいる。
-282-
ホームを歩いて行くトドク。
隣の車線に電車が入って来る。
青いチェックのコートを着た十与が電
車に乗ろうと並んでいる姿が遠くに見
える。
トドク「‥え?!」
トドク、走り出す。
並んでいる乗客の間をぬって走って行
くトドク。
-283-
○電車内(朝)
電車に乗り込む十与、ドアと反対側の
扉付近に立ち、窓の外の富士山を眺め
ている。
○紙漉駅・ホーム(朝)
十与の乗った扉の前に息を切らしたト
ドクが辿り着く。十与の後ろ姿が見え
ているが扉が閉まる。
トドク「善行地十与!」
-283-
雑音に紛れ、声に気づかない十与。
トドク、ふと目を閉じる。
トドクの声「気づけ!」
驚いたように振り返る十与、扉の向こ
うのトドクに気づく。
電車が発車する。
扉に駆け寄る十与。
手を振るトドク。
遠ざかって行く電車を見送るトドク。
トドク「‥気づいた」
-284-
遠くに見えている富士山。
○空港・ロビー
スーツケースを引いた十与が歩いてい
る。
(フラッシュ)ハコがおどけてピースサイン
をしている写真や、ハコとトドクが仲良さ
そうに一緒に写っている写真を携帯の画面
を見ながら笑って眺めている十与。
十与N:トドク君はシンさんにデジカメを借
-284-
りたらしく、本当に毎日お祖母ちゃんの写
真をメールで送ってくれた。どれだけ助け
られたか、説明しても伝えられない気がし
た。
○飛行機内
席に座り窓の外を眺めている十与。
十与N:ある日メールではなく電話が鳴って
、ああ、その時が来たんだって分かった。
電話に出たらトドク君の声が震えていて、
-285-
何でこの人が泣くんだろうとぼんやり思っ
ていた‥
(フラッシュ)携帯の画面に『着信 紙漉
シンさんのお店』の文字。落ち着いた様子
で電話に出る十与。ぼんやりと頷いている
。
○善行地家・和室
仏壇に手を合わせているツヅク(5)
。
-285-
十与の声「ツヅクー、行くよー」
ツヅク「はーい」
立ち上がるツヅク、部屋を出て行く。
ピースサインをしているハコの遺影。
バタバタと廊下を歩く足音。
十与の声「じゃあお母さん、ありがとう。ま
たご飯貰いに来るね」
千鶴の声「自分で作らないとパパに怒られる
よ。あ、トドク君、こないだカボチャすご
いマズかったんだってね。ごめんね」
-286-
トドクの声「いや‥でもこないだのは一応カ
ボチャの味がしたんで大丈夫です。その前
貰いに来てね‥身体気を付けてね‥」
千鶴の声「本当にすみません‥いつでもご飯
貰いに来てね‥身体気を付けてね‥」
哲郎の声「チュヂュクー、次いつ来る?明日
?明後日?」
ツヅクの声「ジイ、ラインするよ」
哲郎の声「ツヅクは天才かもしれん‥」
ドアが閉まる音。
-286-
○大きな公園
休日の昼下がり、家族連れで賑わって
いる大きな公園。
広い芝生の広場があり、周りにアスレ
チックや池、森林などが広がっている。
芝生の広場からピンク色のボールが公
園内の道路へと転がって行く。
ボールを追いかけている女の子、ツヅ
クの吹いているシャボン玉に気付き、
-287-
少し目で追いながらツヅクの横を通り
過ぎる。
ふと、通り過ぎて行った女の子の方を
振り返るツヅク。園内の道路を公園内
を往復するトロッコバスが走ってくる
のに気付く。
園内に4時を告げる音楽が鳴り響く。
音楽にかき消されトロッコバスの音に
気付かず、ボールを追いかけていく女
の子。
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ツヅク、驚いてシャボン玉の容器を落
とす。
ツヅクの声「あぶない!止まって!」
心で念じるツヅク。
走っている女の子、風に乗って浮かん
でいるシャボン玉に気づき、シャボン
玉をふと見る。
ツヅクの声「あぶない!止まって!」
ツヅクが念じた声が聞こえて、走って
いた女の子が急に立ち止まり、ツヅク
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の方を振り返る。
トロッコバスの前をボールが転がって
いき、立ち止まった女の子の前をトロ
ッコバスが通り過ぎる。
女の子、トロッコバスが通り過ぎた後、
道路の向こうで止まっているボールを
取りに行く。
ボールを持って戻ってきた女の子がツ
ヅクの方へ近づいて来る。
女の子「教えてくれてありがとう」
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ツヅク「‥え?」
驚いているツヅクに手を振り、女の子
が走って遠ざかっていく。
ツヅク「‥何で?」
ぽつりと雨が落ち、空を見上げるツヅ
ク。
遠くから女性が叫んでいる。
十与の声「ツヅクー!雨降って来たから帰る
よー」
ツヅク「‥はーい!」
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ツヅク、女性の元へ走っていく。
合羽を着たツヅクの右手をビニール傘
を差した女性が繋ぎ、左手をビニール
傘を差した男性が繋いで歩いて行く後
ろ姿。
遠くに富士山が見えている。
完
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